穴に落ちた俺達
「レイト、レイト! 大丈夫か!?」
揺さぶられて意識が戻る。あ、なんか背中痛い。ていうか、なにがどうなったんだっけ? は! そういえば、突然地面に踏ん張り効かなくなって、なんでか落ちて……。
「コクシン!? って、あいたぁ!」
がばっと起き上がって声の主を探そうとしたら、腰のあたりに鈍痛が走った。
「だ、大丈夫か? 早く回復薬を飲むんだ」
そばにいたらしいコクシンが、慌てて俺の背中に手を添えてくれた。手探りで魔法鞄から初級回復薬を取り出す。初級でいいかな? 手足を動かしてみるが、痛いのは腰と背中だけだ。骨までいってる感覚はないから、大丈夫だろう。
ぐびっと一気飲みするとすぅっと痛みが引いてくれた。いつ飲んでも不思議だよな、回復薬の類って。
「コクシンは大丈夫だった? 回復薬いる?」
コクシンはそばでひざまずいている状態だった。俺の様子にホッとしたように息をつく。見た感じどうにもなってないみたいだけど。
「擦りむいただけだから問題ない」
そう言って二の腕あたりを見せた。
「いや問題なくないよ?」
がっつり血がにじんでる。慌てて魔法鞄から初級回復薬を取り出して渡す。平気なのに、みたいな顔をするコクシンに飲むように促した。まったく、初級回復薬なんていくらでも作れるんだから、ガブガブ飲んでほしい。
というか、前衛で一番怪我率高いのに、回復薬を一本も持ってないことのほうが問題か。今までは直ぐ側に俺やラダがいてホイホイと供給してたけど、いつもそう出来るとは限らない。口に含みやすいタイプの開発でも頼んでみるか。ていうか、普段俺が持ってても普通に魔法鞄に手を突っ込んでるんだから、勝手に取っていけよと。
「はぁ~。てか、ここどこ? 俺らどうなったの?」
土の上に座り込んでいるのは分かる。ちょっと不安定だ。適当に耕した畑みたいな。
暗いけど、お互いの顔がわかるくらいにぼんやり明るいのは、コクシンが出したんだろう明かりの魔法の玉と、蓄光タイプのバックラーのせいだ。無駄に光るとか思っていたが、役に立つじゃないの。
湿って淀んだ空気。目の前に見えるのは土の壁だろうか。
「突然地面に穴が空いて、落ちたんだ。かばいきれなくてすまない」
言いながらコクシンが頭上を指さした。結構な高さを落ちたらしい。ぽっかり丸く切り取られた夜空が見えた。地崩れというより、空井戸に落ちた感じだろうか。井戸にしては幅が広いが。
「お互い無事でよかった。コクシンのせいじゃないんだから、謝んないでよ」
「しかし」
「わかった。じゃあ、かばってくれてありがとう。一緒に落ちてくれて助かったよ。で、それは終わり。これどうやって上がろうね」
「……」
わずかに顔をしかめたが、コクシンはそれ以上言っても俺が取り合わないとわかったのか、頷いて立ち上がった。コンコンと土の壁を叩く。
こういうときに誰のせいだって責め合うのは時間の無駄だからね。というか、コクシンが俺をかばわなければいけない義務も責任もない。いや、助け合いは大事だよ? ただそれで凹むのは違うわけで。
「自然にできた穴……というわけでもないみたいだな。ほら、レイト。ここ」
少しかがんだコクシンが叩いた壁は、どう見ても人工物。レンガのような形が整った石が積まれている形跡だった。
「ほんとだ。こっちの壁にもところどころあるな。だいぶ古そうだけど」
よく見えるように明かりの魔法で光の玉を増やす。俺達の足の下は、ボロボロの土の塊。たぶん落ちたときの地面だった土だろう。大人二人が両手を広げられるくらいの広さで、湿気てはいるが息苦しさはない。
「井戸にしては広いから、地下室か何かあったのかな」
「戦争があった頃のものか?」
「どうだろう」
昔戦場だったという情報しか知らない。どことどこが、どんな理由で戦っていたのか。なぜここで戦うことになったのか。
もしかしたら防空壕みたいなものだったのかも知れない。それとも、敵陣地に向かうための地下道だったのか。
「それはともかく、自力で上がれるのかな、これ。双翼の二人が見つけてくれればいいんだけど」
謎は謎で興味があるが、こんなところで遭難している場合じゃない。生理現象に悩まされる前にぜひとも脱出したい。
絶壁、とはいえないが、とっかかりもないような土の壁だ。いつかみたいに土魔法でモリモリ土出す? いや、さすがにこの容量埋める分出すのは無理だよな。ハシゴ……足場みたいなものを作っていくか。壊れないかな。骨喰リスにあっけなく壊された土鳥籠を思い出し、不安がよぎる。
「呼んでみるか」
「え?」
呼ぶって? と、コクシンを見ると、上に向けて両手を掲げていた。
ぼうんっ!!
破裂するような音を立てながら、何かが飛び出ていく。穴の中が台風みたいな風に襲われた。
「ひえっ」
「うわあ」
なんでやったコクシンまで声上げてるんだ。
頭上を見ると、大きなかまいたちが夜空に溶けていくところだった。風魔法を使ったらしい。思ったより威力が出たのか、コクシンがしげしげと自分の両手を見ていた。
「……狭い場所で使うのは気をつけてね」
「そうだな。びっくりした」
そんな真顔で言われても。
「まあでも、さすがにあれなら気づくだろ。来てくれるかどうかは、また別の話だけど」
仲良くなったとはいえ、予想外のことに首を突っ込んでくれるかどうかは謎だ。ラッカの性格だと嬉々として来てくれそうではあるけど。
「うわっなんだこれ。あ、いたいた。おーい、大丈夫かぁ?」
いや、予想外に早く来てくれた。来るまで自力で試行錯誤しようと思う暇もなかった。明るいラッカの声に仰ぎ見ると、逆光でよく見えないが顔が二つ穴を覗いているのがわかった。
「大丈夫〜。ロープかなにか持ってなーい?」
「おー。待ってろ」
二つの顔が引っ込む。やれやれ、なんとかなりそうだ。
「おーい。ちょっと端に寄って〜」
「は?」
「はやくはやく」
ラッカの声に急かされ、わけがわからないまま土壁に背をつけるようにして穴の中央を空ける。
「ほあっ……あぁぁぁぁ、んぐっ!」
なんか、落ちてきた。
なんで飛び降りてくんの!? 腰にロープを巻いたラッカが飛び降りてきたんだけど! 思ったより衝撃が来たのか、中腰でプルプルしてるんだけど! そっと初級回復薬を差し出しておこう。
「ロープだけで良かったんだけど」
「いやいや、謎の穴とか気になるじゃない。俺ら何度もここ来てるけど、こんなの初めてだよ!」
「そうなんだ」
「ふーん。なんだろうな。これ、人の手によるものだよな」
「おそらくね」
ラッカは目ざとくレンガらしきものに目を留めている。
「この下の土のけたら、なにか出てこないかな」
そう言い出したので、思わずコクシンと顔を見合わせる。うーん、壁じゃなくてさらに下かぁ。
「じゃあ、のけてみようか」
「お? できる?」
「まあ、これくらいなら」
土に魔力を通し……って、魔法鞄に入れちゃったほうが早いな。ゴーレムを作ろうと思ったけど、それより手っ取り早いし、魔力も使わなくて済む。
ということで、ほいさっと土を魔法鞄に収納していく。何か埋もれていると困るので、ちょっとずつ。
「え、めっちゃ便利ぃ。ねぇ、俺と一緒に汚泥処理のお仕事受けない?」
「嫌です」
お互いに内容物は干渉しないはずだけど、汚泥は入れたくない。気分的に。
しゃがんで膝に手を置き、興味津々に見てくるラッカのお誘いをきっぱり断る。
そんなこんなしているうちに、底が見えてきた。
「こっちも人の手が入ってるのか」
ボロくはなっているけど、石畳のようにも見えた。コクシンが細かく残った土を風魔法で吹き飛ばしていく。便利に使うようになったなぁ。
「うーん。特に模様とかはないな」
大きな街の大通りの石畳には、街を象徴するような模様が彫ってあることがあるらしい。覗き込んでいたラッカが体を起こし、再び周りを見渡す。
「明るくなってから、もう一度詳しく調べたいな。この辺に遺跡があるとか聞いたことないけど、もしかしたらお宝が埋まってるかもしれないぞ。土掘る道具とか持ち込んでさ、おまえらも知りたいだろ?」
「気になるっちゃ気になるけど……」
「勝手に掘り返していいのか?」
コクシンの言葉に、そういえばそうだと思う。亡霊の草原なんていわれてる場所だから、誰かの所有地なんてことはないだろうけど、どこかの領の土地ではあるだろう。
「あ、うーん。たぶん大丈夫じゃないかな。遺跡とかって見つけたもん勝ちだし」
ラッカによると、報告すればもちろん上の人間が出てくるが、未発見の遺跡や洞窟などを発掘したり探索するのは問題ないらしい。もちろん、そこで見つかったものを自分のものにしても構わない。トレジャーハンターを生業にしているものもいるらしい。まあ、たまに自分のものだと所有権を主張してくる領主とかはいるらしいけど。
「とりあえず、外のみんなも心配するだろうし、一度上がる?」
言いながら、ラッカは腕を組みながら、トンと、土壁にもたれた。
ずずぅん!!
地響きとともにその土壁が崩れ落ち、ラッカの体勢が揺らぐ。とっさにコクシンが彼の腕を取ったことで、ラッカは後ろに倒れることはなかった。
「なっ、は、はぁ?」
四つん這いでラッカが振り返る。そこにはポッカリと横穴が開いていた。
「レイトは無事か?」
コクシンの問いに頷く。音と地響きにビビりはしたが、俺自身に問題はない。崩れたのは横穴だけで、縦穴はなんともない。
「ちょっとー、今の音なによ。大丈夫なの!?」
上からアリスの声が降ってくる。
とりあえず、大丈夫だと返すべきだろうか。




