それぞれの活動
いつもと視点が違います。
「ラダ、寝ないの?」
膝に乗り上げてくるミルコの問いに、ラダは「まだ寝ないよ」と小声で返した。シュヴァルツはテーブルの上で香箱座りで船を漕いでいる。ラダは手持ち無沙汰に自分の鞄の中の整理をしていた。
レイト達が草原へと向かったのをきっかけに解散となり、パトリックさんは馬車の方へと戻っていった。ライナス家族は寝る準備に入っている。護衛がその周囲を警戒していた。
火が消され馬も休み、話し声が聞こえなくなると、闇の中から聞こえる音がやけに気になった。
「レイト達が帰ってくるまで起きてる」
というか、寝れない。
行くのは怖いが、残っているのもまた怖い。が、レイトがノリノリで行ってしまったので、ラダは『早く帰ってきて〜』と祈るしかないのだ。
「ミルコも起きてるー」
「寝てていいよ?」
小さなランプの明かりに照らされたミルコの顔が笑う。
「大丈夫。ミルコ昼間寝てるしー」
「そっか。じゃあ、付き合ってね。うーん。それにしても、整理は済んじゃったし、なにしてようかな」
ラダが持っている鞄は普通の鞄なので、ときどき入れてある薬や素材のチェックをする。劣化するものは基本的に入れていないが、たまに間違って生物を入れていたりするので注意が必要だ。
「これは? お水?」
保存瓶をミルコが突いた。
「ああ、これ、クリスマスツリーの樹液……。あっ、そうだ! これ撒いとけば幽霊よってこないかも」
最近は使わなかったから、量はある。アンデッド消滅薬の素材であるクリスマスツリーの樹液は、聖属性だ。アンデッド消滅薬ほどではないが、多少の効果はあるかも知れない。アンデッド消滅薬本体は魔法鞄に入ってるから、手持ちにはない。
「一本もらっとけばよかった」
そう呟きながらもラダは立ち上がって、周囲にクリスマスツリーの樹液を少量ずつ垂らしていった。ミルコがトコトコとついてくる。大切な仲間の馬達の周囲にも忘れずに。向こうは、護衛達がいるからいっか。
「レイト達、大丈夫かなぁ」
ここに慣れている冒険者が一緒だし、大丈夫だとは思うのだが。変なもの引き寄せちゃうからな、と、ラダが空を仰いだときだった。
ボシュッ!!
空気が破裂したような音が響いた。音がした方を見ると、夜空に見覚えのある半円状の風の刃があった。途中で溶けるように消えてしまったが、あれはコクシンがよく使う風の魔法だ。
「……えぇぇ?」
ラダは空を見上げたままぽかんと口を開けた。
戦闘があったのだろうか。しかも結構魔力を込めないと、あの大きさはでないだろう。打ち上げなければいけないような厄介なものに出くわしたのだろうか。
「行ってみる?」
ミルコも気づいたのか、ラダを見上げて首を傾げてきた。
「いやっ。いやいやいや。僕らが行っても!」
幽霊に出くわしでもしたら動けなくなって、余計に迷惑をかけることになること請け合いだ。できることをする、できないことは人に任せるのがレイトの方針である。
「そう。えっと今は、現状の把握。それから、なにかあったときのために、薬……薬を作ろう!」
ラダは振り返った。護衛達が忙しなく動いている。でも緊迫感はまだそれほどではない。追加のコクシンの攻撃もない。草原は静かだ。
大丈夫。たぶん。
僕は僕のできることをしよう。
テーブルのランプをラダが取ると、シュヴァルツが身震いして立ち上がった。しゅるしゅると腕を伝ってラダの肩へと移動してくる。
「ちょっとだけ森に近づくよ。警戒頼める?」
へっ。
シュヴァルツが了解とばかりに手を挙げる。
「どうするの?」
「薬草を採るよ」
ミルコと一緒に、亡霊の草原近くの森に近づく。まだここは亡霊の草原ではないから、少なくとも幽霊は出てこないはずだ。と、ラダは自分に言い聞かせた。それでも道端での採取にとどめる。
薬草というのは、その事象に対応するように付近に発生することがある。毒持ちが多い場所に、毒消しに使える薬草が生える。ならば、幽霊に対抗できる、なんらかの効果を打ち消せる薬草がこの辺にあるかも知れない。
レイトの鑑定はないが、何度か試せばレシピが思いつく可能性がある。
ぴゅ~ぷひゅ、ぴぴゅー♪
不意にシュヴァルツが口笛のような音を出した。手を止めて見るラダの目の前で、地団駄を踏むようにタップを踏み始めた。カツカツと音が鳴る。硬化の歌で、足先を硬くしているようだ。
びゅるっ!
地面に穴が空いたかと思うと、何かが飛び出してきた。シュヴァルツが素早くそれを足で捕らえる。ビチビチしているそれを、ラダに誇らしげに掲げてみせた。
「え、えーと、それはなにかな」
ミミズに毛が生えたような見た目で、伸び縮みしている。正直見たくも触りたくもない。ドン引きのラダにシュヴァルツは『へっ!』と鳴いて、それを突き出してきた。
「えっとねー、魔力がいっぱいの魔物だって。お腹が痛い時に食べるといいって言われたから、きっとお薬になるよって言ってる」
ミルコがシュヴァルツの言葉を訳してくれた。
「へ、へぇ。これがねぇ。まあそういうことならありがたくもらっておくよ。ちょっとまってね、瓶に入れよう」
見た目はあれだが、薬になるとわかれば俄然興味が出てくる。ラダは慌てて空き瓶を用意して、そこに詰めてもらった。相変わらずビチビチしている魔物を眺め、どう処理するべきか考え始める。
ずずんっ!!
今度は地面が震えた。
ピタリと動きを止め、亡霊の草原を見やる。
「大丈夫だよね……」
ラダは祈るように瓶を握りしめた。
◆◇◆◇◆◇
時はちょっと遡る。
レイトとコクシンは双翼の光の二人と別れ、ゆっくりと亡霊の草原を歩いていた。すでに骨喰リスの尻尾は二つ目をゲットしている。茶色の普通バージョンだったが、レイトは機嫌がいい。
「これならみんなの分揃えられそうだね」
「そうだな」
隣を歩くコクシンが頷く。その手には抜き身の剣が握られ、最大限『気配察知』を駆使して警戒を怠らない。ただ、目の前をふらふらとよぎっていく幽霊達は察知できずにいて、大いに勘を鈍らせる。だからいつも以上に周囲に気を配った。
「えっ、てか、あの幽霊ほぼ全裸なんだけど! なにがあってあんなことに?」
そんな頑張っているコクシンに気づいているのかいないのか、レイトは通常通りに目に映る光景を楽しんでいた。怖いとかグロいと引いていたのは最初だけで、幽霊の服装や存在する人種に興味津々だ。『お化け屋敷も作りを楽しむ派だったから』とか言っている。
「あ、いたいた。コクシン、ほらあそこ!」
立ち止まったレイトが岩の上で立つ骨喰リスを指さした。が、コクシンは首を傾げる。
「『気配察知』に引っかかってないんだが」
「えっ、じゃあ、あれも幽霊ってこと? 魔物も幽霊になるの?」
「さあ。とりあえず、攻撃してみるか?」
「あ、待って。俺がやる!」
剣を構えたコクシンを制して、レイトは指を鉄砲の形にした。的は小さいが、じっとしているので狙えないこともないはず。
「ていっ」
妙な掛け声とともに、指先に集まった魔力が小さな石弾を作って発射された。
すかっ。
石弾はものの見事に骨喰リスの姿を捉えたが、すり抜けていってしまった。ゆらっと揺れた骨喰リスがそのまま掻き消えてしまう。
「……えぇ。実体がないとか、ありなの?」
「幽霊、というか、なにかのスキルなのかもな」
コクシンが周囲をうかがいながら言うのに、レイトは「え〜」と口をとがらせた。
「そんなの聞いてないんだけど」
「まあ、実害はないし」
「そうだけどさぁ。あ。てことは、周囲に本体がいるってこと?」
「ああ。ちょうど私達の真後ろくらいに気配がある。というか、レイト。『鑑定』してないのか?」
コクシンの言葉にレイトは肩を揺らした。
「あっ、あ~。忘れちゃうんだよねー」
ぐりんと振り向きながら、レイトはぺろっと舌を出した。
「ホントだ、いる。蜃気楼的ななにかなのかな」
視線の先の岩の上にさっき見たのと同じような骨喰リスがいるのを見つけ、レイトは小首を傾げた。それから、忘れないうちにやっておこう、と、『鑑定』を使う。
「んー。うん。『虚影』っていうスキルがあるな。まあ自分の姿を別の場所に投影するっていうだけのものだから、問題なし。あ、お肉が美味しいって書いてある。カルシウムが豊富って、それどうなの……」
最後の一文を小声で呟く。コクシンはそれを聞きながら、ゆっくりと剣を振った。しゅぱっと繰り出された風の刃が、一瞬遅れて逃げようとした骨喰リスの頭をスパンとはねる。
「あっ。もう、たまには俺が倒したいんだけど」
「じゃあ、次に見つけたらな」
「次のは〜」
「レイト! 後ろ!」
「んえっ!?」
歩き出そうとしたレイトに呼びかけながら、コクシンは大きく踏み込んだ。レイトの後ろには剣を振りかぶっていている男の姿がある。軽鎧の兵士のようだった。
ぎぃん!!
コクシンの剣が兵士の剣を受け止める。と、甲高い音を立てながら兵士の剣が派手に折れてしまった。しかしそれに気づいていないのか、兵士は体勢を崩しながら剣を振り上げた。
ずしゃ! どごん!!
コクシンの袈裟斬りとレイトの大きめ岩攻撃が続けさまに撃ち込まれる。兵士は苦悶の声を上げるでもなく、倒れたその場で掻き消えていった。
「びびったぁ。あ、アンデッド消滅薬試すの忘れてた」
ふい〜っと額の汗を拭う仕草をするレイトの横で、コクシンははねた心臓を落ち着けるように大きく息をついた。お互い無事でよかったと、こつんと拳を合わせる。ハイタッチとともに、レイトがよくやる仕草だ。
「それにしても、襲ってくるやつとそうでないやつの違いがよくわかんないな」
「そうだな。見た目だけでは判断がつかんな」
「とりあえず、全方位警戒しないといけないのは分かった。まあ、戦闘力はそれほどでもなさそうだから、まだいけそう?」
「ああ」
歩き出したレイトについてコクシンが一歩踏み出した。
どごぉん!!
「今度はなにぃ!?」
なぜだか自由落下しながら、レイトはたまらず叫んだ。




