腰痛必至
朝。あれだけ肉を食べても、胃もたれしない健康な体って素敵。
洗って立て掛けておいた瓦が、行方不明になっていた。処分方法を考えずに済んだ、ということにしておこう。
さて、今日はなんの依頼を受けようか。疲れてはいないけど、今日は中の仕事にしよう。昨日の混み具合を考慮し、朝食をゆっくり取ることで時間を潰した。
「はい。ではこちらが地図です。お気を付けて行ってらっしゃいませ」
今日の仕事は、溝掃除です。
雑用依頼は、やっぱり受ける人が少ないらしい。期限間際の依頼があったので、受けてみた。価格は安め。多分重労働だろうし、割に合わない。それでも受けたのは、何事も経験と思ったからだ。
前世の俺も経験者のようだし。
渡された地図を片手に、着いたのは普通の民家だった。見たところ、家の左右に水路が走っている。泥と枯れ葉が積もっていた。
チャイムはないので、玄関に向かって「すいませーん」と声を掛けてみる。ややして、40代くらいの男の人が出てきた。杖を突いていて、片足を引き摺っていた。
「こんにちは。冒険者ギルドから来ました。溝掃除の依頼は、こちらで良かったですか?」
「ああ! ようやく来てくれたんだね」
依頼主さんでいいようだ。
「いや、この足だろう? なかなか自分じゃできなくてね。大雨になる前に何とかしたかったんだ」
なるほど。溢れたり詰まったりすると、近隣住民も困るよね。
依頼内容は、左右の溝をきれいにすること。泥やゴミは街外れのゴミ捨て場に持っていくこと。終わったら声を掛けて、サインを貰う。
いや、思ったより大変そうだ。しかも道具がない。手でするの? 魔法で? ついでにゴミ捨て場までの往復が地味にしんどそう。
「…君一人で大丈夫かい?」
そりゃちっこいのが一人で来たら戸惑うよね。
とりあえず、ゴミ捨て場までの道のりを教えてもらった。棒かなんか拾ってこよう。っていうか、スコップとか貸し出してくれないのかよ。
いつもどうしているのか聞いたら、ザルで掬って掻き出すと言われた。ザルなら貸すよと言われたが、保留しておいた。腰が死ぬ未来しか見えない。
ゴミ捨て場までは400メートルほどだった。
ゴミの山に、スライムが纏わりついている。10数匹がうごうごとゴミを食べるお仕事をしていた。環境に優しいスライム君は、食べたものを肥料に変換する。餌がいつもあるので、テイムしていなくてもスライム君は逃げない。まぁたまに子供がちょっかいかけて、取り込まれそうになる事案が発生するけど。
スライムを横目に、なにか使えるものがないかと物色する。途中で柄がポッキリ折れた鍬を見つけた。うん。これは使えそうだ。刃の方も錆びてボロボロだけど、問題なし。
あと、泥の運搬をどうするか。工事現場とかで見る猫車が欲しいけど、もちろんない。適当に箱を作って引きずるか。ソリみたいな? うん、無理。ザル…ザルか。穴の空いたザルがあったので、それを2つ拝借する。それと長い棒。ロープは自分のを使うか。
依頼人の家に戻り、サクッと工作。
錆びた刃に纏わせるように、土魔法でぐにー。はい。幅広の刃が出来上がりました。ジョレンというやつですな。柄も土で継ぎ足しておく。
では実践。
溝を跨いで…俺がやると股裂き寸前だ。こりゃいかん。溝の傍から、ジョレンで掻き出すことにした。水分を含んだ泥は重い。幸い水深はそんなに深くはない。じゃりじゃりーどさーを繰り返すと、泥の山が道路の上に出来ていった。移動しては掻き出すを繰り返す。
「ふひー」
もう腰が痛いんですが。明日絶対筋肉痛だわ、これ。
「ご苦労さま。見慣れない道具を使ってるね」
心配してか、依頼主さんが出てきた。オヤツ食べない?と、剥いたミカンみたいなのを差し出してくる。汚れている手を見ると、笑って「あーん」してくれた。甘酸っぱい果汁に思わず喉がきゅーっと鳴った。2個3個と口に放り込んでくれる。
「ご馳走さまでした」
喉の乾きも癒せて、いい休憩になった。
再びホリホリしていくのを、興味深そうに眺めている。面白いですかね?
「…ん?」
ごりっと、なにか固いものが引っかかった。掬い上げると、白い頭蓋骨が泥の中から出てきた。
「ひっ…」
覗き込んだ依頼主さんが、引きつった声を上げて仰け反った。俺も一瞬心臓が跳ねた。が。
「大丈夫ですよ。多分これ、イタチか何かの骨ですよ」
人骨にしては小さいし、牙がある。動物だからいいというわけでもないけど、とりあえず事件ではないはずだ。ほっとしたように彼は肩を落とした。
「イタチ…なるほど。よく分かるね」
「そこはほら、俺も冒険者ですし、解体は何度かしたことあるので」
イタチはしたことないけど、大きさ的にそんなんじゃないかな。子猫か子犬か…。周囲から他に骨は出なかったので、たまたまどっかから流れてきたんだろう。
安心して依頼主さんは家に戻っていった。
俺はまだホリホリを続ける。片側が終わり、もう片方も一気にやってしまう。休憩すると動けなくなるやつ。腰と腕が死ぬ。あ。ポーションって疲労にも効くのかな? ぐびっ。うーん、微妙。筋肉痛には効くようだ。ダルさは取れない。
ようやく両側の溝がキレイになった。
次の工作、いってみよう。
まず穴の空いたザルを、肉包み用に持っていた大きな葉っぱで塞ぐ。丈夫だし大丈夫だろう。ザルの縁3箇所にロープを括り付け、それをもう1つにもして、ロープを長い棒の端と端に括り付ける。
まぁつまりは江戸時代とかの映像で見た天秤というやつだね。アジア圏だと今でも使っているだろうか。
湿っている泥は重い。でも乾燥の魔法は使えない。火で炙っても無理そう。土魔法で水抜けるか? むむむ。…うん、無理そう。でも完全に出来ないという感覚ではないから、修練すれば使えるかも。
しょうがないのでジョレンで掬って…うん? 泥の移動だけなら……できました! こう空中でまとめる感じで持ち上げたら、もりっと手に触れずに泥の塊が動いた。
せっせとザルに盛り、棒を肩にかけて、んぎぎぎ。重すぎるので減らす。担ぐ。うん。これなら行けそう。泥をこぼさないように、最初はゆっくり、慣れると結構なスピードで往復できた。
全部ゴミ捨て場に移動できた。頭蓋骨はなんとなく土に埋めておいた。掻き出した泥のあとは、水で流してキレイにしておく。乾くと泥が汚らしいからね。
どんなもんでしょう?
依頼人さんにドヤッて見せる。すごく喜んでくれた。ありがとうとお土産とチップまで貰った。いやお金は…と辞退したんだけど、いい笑顔で押し切られた。
なにはともあれ、依頼完了です。
今日は宿屋に泊まろうかな…。
 




