便利>危険
「生きてるの、それ」
「生きてる生きてる」
ドサリと放り出されたブライドが「うぅっ」とうめいた。すげぇな。黒焦げになってるのに、生きてるんだ。
「ほら、魔法鞄」
コクシンが魔法鞄と指輪を差し出してきた。こっちは黒焦げにすらなってなくて、無事だ。チャームもきれいな銀色のまま。どういう仕組みなんだろう。自分にはバリアでも張れんのかな。魔道具師さんには「バリバリッてなるよ♪」としか聞いてないんだよな。
鞄自体やベルト部分にも傷はない。ブライドは俺を蹴り上げたか持ち上げたかした(今も自分がどうなってたんだがよく分かってない)一瞬で、ベルトの金具を外したようだ。スリ的な早業だろうか。
まあいい。受け取った魔法鞄を自分の腰に装着する俺を、ジレンが胡乱げな眼差しで見てきた。『え、また君がつけんの?』って感じか。いや、うん、そうだよなぁ。
「回復薬飲ませる?」
ラダが首を傾げた。コクシンはブライドを足蹴にしている。怖いもの知らずのミルコが短い足で真似をしているのが笑えるが、やめようね。
たぶんコクシンは、魔法鞄が盗られたことより、俺がずぶ濡れにされたことの方に引っかかっている。は。てか、乾かしてコクシン!
風魔法で風邪を引かない程度に乾かしてもらう。
「死なれても困るし、回復しとこうか」
生きているなら生かせておこう。肩をすくめると、ラダが笑みを浮かべて「痛いの使うね」と言った。なんだそれ。傷口に塩をぶち撒くような回復薬あんの?
「大丈夫。ちゃんと治るから」
「いや、治さないほうがいい」
え? と、二人して声の方を見ると、ジレンが座り込んだまま、唇をゆがめた。
「そいつは足が速い。縄抜けもやるから、治さないほうがいい……」
「まあ、そういうことなら」
ジレンは気が抜けたように座り込んでいたが、一つ大きな息を吐くと立ち上がった。警戒するようにラダが武器を構えるのに、ジレンが両手をあげた。
「なにもしない。いや、フォレストディアの処理をさせてくれ。もう報酬もくそもねぇが、放置しとくわけにもいかん」
川の中でザブザブしていたフォレストディアを引き上げ、残りの処理を黙々としていく。
ちなみに、ブライドが手にしていたフォレストディアの角も黒焦げになっていた。コクシンが拾ってきたのだが、こうなるとだいぶ価値が下がるらしい。
「二人はパーティー組んでるの?」
見ているだけもなんなので、ブロック肉になったフォレストディアを保存用の葉っぱにくるんでいく。
「いや、もともとは飲み仲間だ。俺もこいつも普段は一人でフラフラしてる」
割の良い依頼があって一人では無理そうなときに、ギルドで適当に声をかけて一緒にやるのだそうだ。その場でソロが四、五人集まってパーティーを組むこともあるんだとか。
ゲームではよくやってたけど、リアルだと生死に関わるからなぁ。ダンジョン都市では珍しくないやり方らしい。
「組んだのは、今回で二回目だな。正直手癖が悪いやつではあるんだ。ガキの頃からスリとかやって生きてきたらしいからな。ただ、剣の腕は間違いない。前回、あいつのおかげで依頼が一日で終わったから、今回俺から声をかけたんだ。……誓って、君らを狙ってここにいたわけじゃあない」
「まあ、魔が差したってやつなんだろうけどね」
俺の言葉にジレンはただ目を伏せた。
性根はどうあれ、俺達と出くわすまでは普通に依頼をこなしているだけだったんだろう。俺が不用意に魔法鞄を使い、隙を見せたから『盗れるかも』と思ったのだろう。
「だからといって本当に手を出してはならない。それぐらいの理性は保ちうるべきだ」
コクシンが冷たく言い放つ。
「そうだな。あっさり誘惑に負けたあいつが悪い」
そりゃね。人のものをぶんどるのは、それの価値がどうあれよくないことだ。
「だが、自衛も大事だろうよ。あんな事があったあとにその相棒の横で、何すました顔で魔法鞄使ってるんだよ」
「ふん?」
葉っぱにくるんだ肉をせっせと収納し始めた俺を、ジレンは呆れ返って見ていた。だって肉、早くしまわないと。
顔を上げると、コクシンとラダがつーっと視線をそらした。
「え、なに?」
「うぅん、レイトだもんね。使うよね」
「ん。今度は出遅れない」
苦笑いするラダと、握りこぶしを作るコクシン。なにさ。ここまでしゃべってる人が再び俺を襲うとかないでしょ。
「そこの大きいのが持てばいいじゃねーか」
骨と内臓だけになったフォレストディアを、俺が土魔法で掘った穴に埋めた。便利だなぁと言われて、ちょっとホクホクする。土魔法って地味だからね。
ジレンに指をさされたコクシンがわずかに眉を寄せる。やけにジレンを嫌ってるな。
「ん〜まあ、最初は彼が持ってたんだよ? 俺ごとさらわれる可能性もあったわけだし。ただ、面倒でさ」
「面倒?」
「一番使うのが俺なんだよ。出し入れの度に『これ出してあれ出して』って面倒だし、かといってそばに立ってもらっといて俺が出すのも変だし、使うときだけ取り外して渡されてもさっきみたいなことになるだろうし、休憩時はともかく、戦闘時だって俺魔法鞄使うのに」
「お、おう」
「だから開き直ったわけだよ。だいたい人の目があるから使うの控えようとか、魔法鞄持ちの旨味がないし。そもそもろくに荷物持ち歩いてない状態でバレバレだし。……あれ、ズレてるな。うん、自衛な、自衛。えーと、気をつける?」
「……そうか」
かくーんと肩を落として、ジレンが頷いた。もう何も言うまい、みたいに首をゆるゆると振る。呆れられた!
反省はしている。初対面の人がいるときは気をつけようと思う。だが、使うのはやめない。俺が持つのもやめない。有効な盗難防止システムも備わったことだし。便利なものには危険がつきものってことだよ。
「あと数年で解決するはずだし」
数年、長いのか短いのか。いや、食糧事情を鑑みればもっと早く達成できるはずだ。
「何が解決するんだ?」
立ち上がったジレンが俺を見下ろす。
「つまり、俺が大きくなれば舐められない!」
「「……」」
「……そうだな」
ちょっと。コクシンとラダはなんで無言。そして俺のちびっこ道なんか知らないはずのジレンまで、なんで間が空いたのさ。
「いや、冗談じゃなくてさ。俺が一番小さいから盗れるかもって思われちゃうんでしょ。だったら、肩を並べるくらい大きくなれば、俺が持っててもいい!」
「ミルコ大きくなれるよ」
俺のガッツポーズを真似するミルコ。
「ねー。ミルコが大きくなれるなら、俺も大きくなれるよね〜」
「ね〜」
しゃがんで、たぶん分かってないだろうミルコとハイタッチ。
「……そうだな。いつかは、そうだな」
目をそらさないで、こっちを見て言いたまえ、コクシン。いつかはきっと来るんだよ?
「はぁ……。まあ、盗むほうが悪いには違いないさ。せいぜい気をつけてくれ」
肩をすくめるジレンに、俺は「気をつけます」と改めて言葉にした。
俺のお馬さん、ブランカが機嫌よく歩いていく。先にはコクシンが乗ったクロコがポクポクと歩いていた。ときおりコクシンが振り返るのは、いつものことだ。
「ねー、お腹空かなーい?」
後ろからラダが叫んだ。振り返ると、ラダの馬ツクシが立ち止まっていた。頭を下げて道端の草をもしゃもしゃしている。と思ったら、何事もなかったかのように歩き出し、俺達の後ろに並んだ。
「じゃあ、どこか開けたところで止まろうか」
「うん。コクシン、聞こえたー? 開けたところで休憩だってー」
ラダの大声にコクシンは右手を振って応えた。
結局、ブライドはその場で釈放ということにした。ジレンが残り、十分に反省を促してから初級回復薬を飲ませ、縄を解く。その頃には俺達とはだいぶ距離が取れてるだろうし、俺達が向かう街と、彼らが帰る街が違うことから、問題ないだろうということになった。
犯罪者は衛兵に突き出すものだが、当事者達で解決しても問題はない。どうせ一日二日拘留されるだけだろうしね。
あ、ちゃんと肉のお金は払った。これはこれ、それはそれ。ジレンには面倒を押し付けるので、初級回復薬をおまけして渡しておいた。
しばらく歩いて、野営用に開かれた場所に出た。ずいぶんと広いスペースが取られている。まだ夕刻には早いが、二台の馬車が止まっていて、何人かが外で食事の準備をしているのが見えた。
「もう少し行ってみるか?」
コクシンが聞いてくる。うーん。お、向こうもこっちに気づいた。手を振ってくれている。無視するのもあれなので、手を振り返す。そのまま馬を進めようとしたら、止められた。
「この先は亡霊の草原だ。今からじゃあ抜けられんから、朝まで待ったほうがいいぞ」
わざわざ走って追いついてきたおじさんがそんな事を言う。
「亡霊の草原?」
「知らないのか。昔大きな戦争があった場所でな、今でも夜になると幽霊やアンデッドが出るんだよ」
「ひぇ」
ラダから変な声が出た。
「ついでに夜行性の魔物も湧いて出る。悪いことは言わないから、ここで時間を潰すほうがいいぞ」
「馬で駆けても無理なのか?」
コクシンの問いに、おじさんは腕を組んだ。
「うーん、どうだろうなぁ。俺達の間じゃ、太陽が傾き始めてから入るのはやめとけっていうのが常識だからな」
そこまで言うなら、本当に危ないんだろう。
「分かったよ。教えてくれてありがとう。今日は俺達もここで休むとするよ」
「ああ、そうしな。あ、水源はねぇからな、自分でなんとかするんだぞ」
「ありがとう」
親切なおじさんは、手を振って仲間達のところへと走っていった。商人、いや、駅馬車かな? 女性の姿もある。
「ゆ、ゆゆゆ幽霊、ここには出ないよね?」
「なぁに、ラダダメなの? アンデッドとは戦えてたじゃん。ゴーストもいたし」
「ダンジョンで出る魔物とは違うんじゃないかなぁ」
「どうだろうな。とりあえず、準備しよう」