借金してでも欲しいもの
こんなに素敵なこと、あっていいんだろうか。
「肉、肉、にっくぅ〜! トマト、魚、牛乳、レタス♪ あったかぁいスープ〜♪」
小さな入口から取り出した鍋いっぱいの出来立て熱々のスープを手に、思わず小躍りする俺。精神年齢大人なはずの実年齢八歳。みんなの生暖かい視線をものともせず、鼻歌が止まらない。
「ご機嫌だね、レイト」
呆れたようなラダの声にぐりんと振り向く。
「ラダはこの有用性が分かってない!」
指を突きつける俺に、ラダは「えぇぇ」と腰を引いた。
「見たまえ。二時間前に入れたこのスープ。ほら、この立ち上る湯気をご覧! まだアッツアツだよ。これがどういうことか分かるかい?」
嬉しさのあまりキャラが崩壊しているが気にしない。
「いつでもアツアツヒヤヒヤのご飯が食べられるのはもちろん、肉や野菜は腐らないし、薬草だって採りたてホヤホヤなんだよ?」
「うん。何度も聞いたよ。前のより便利な魔法鞄ってことだよね。でもそれを掲げて踊るのはよく分かんない」
「くっそぅ」
真顔で頷くラダを見て、こっちがうなだれる。なぜだ。なぜこの喜びを分かち合えないのだ。こんなにすごいものって他にないと思うんだけどな。
「まあまあ、ほら冷めるから。しまおうな」
コクシンが俺の手から鍋を奪い、テーブルの上のおニューな魔法鞄にそっと突っ込んだ。ついでに俺の手にはめられていた鍋つかみも回収される。
いつもと逆のやりとり。なぜだ。浮かれている俺にコクシンがフォロー役に回っている。こんなはずじゃあ……。
そう。ついに念願の時間停止機能付きの魔法鞄をゲットしたのだ! なんか信用を得たらしくてな。借金をすることになったけど、ウキウキの時間停止機能付きが俺達のものになった。
それは前のより一回り大きくて、同じく腰につけられるタイプ。レンガ色の革製で、前のよりちょっとおしゃれな見た目をしている。
容量も申し分なく、登録者の魔力次第ということもあって、前のに入っていた分全部突っ込んでも全然余裕があった。
余談だが、入れ替える際、土やら岩やらが入っていたことにギルド職員やマスターに首を傾げられた。そして川の水をぶちまけて盛大に怒られた。いや、いざというとき便利なんだって。攻撃に使えるし、野営時の防御にも使える。説明したけど、分かってくれたかなぁ。
「レイト、レイト。これも入れて!」
ぼんやり思い返していたら、ミルコが魚を咥えて走ってきた。川でバシャバシャやってると思ったら、そんなの捕まえてきたのか。外に出て野性味が出たんじゃないだろうか。
ビチビチとまだ生きている魚を見下ろす。ミルコがキラキラした目で見上げてくるが。
「生きてるのは入らないよ」
「そうなの? じゃあ、待ってね」
がぷり、べきっ。
首折りサバならぬ、首折り川魚が転がった。豪快に噛みついて息の根を止めるという荒業。ミルコはというと、「これでいい?」とばかりにコテリと首を傾げてらっしゃる。かわいいけども、その口の端から血がたれているよ。
「晩ごはんにしようね」
鑑定で食用なのを確認してから、魔法鞄に突っ込んだ。マス系の魚のようだ。バターで焼くか、塩焼きか。
へっ。
今度はシュヴァルツがカニを抱えてきた。サワガニかな。まだワキワキしているので、ミルコが再びガブッとして息の根を止めた。
いいんだけどさ、ふたりとも。せっせと狩ったもの持ってこなくていいんだよ。今休憩中なんだからさ、休もう?
「よっし! 次はキノコ」
「キノコは危ないからダメだよ」
次の獲物に張り切る二人にラダが待ったをかける。そうそう。キノコはね、触っただけでアウトのもあるからね。特にミルコは口でダイレクトにいっちゃうからね。
「落ち着いて座っていろ」
「え〜」と不満顔をするミルコはコクシンに抱えられてテーブルの上に座らされた。シュヴァルツも一人で行く気はないのか、しゅるしゅるとテーブルの脚を這い上って、ミルコの隣にちんまりと香箱座りになった。
すっかり仲良しさんだな。
「まあ、こんなところでお茶してるのって、俺らだけだろうけどね」
ここは街道からちょっと奥へと入った、森の中。別に野営地ではない、たまたまぽっかり空いているスペース。多分大きな木が倒れた跡とか、小さな火事があったとか、魔物が暴れてできたとか、そんな感じの川沿いの空き地だ。
偶然採取がてら入ってきて、ちょうどいいとテーブルセットを出してまったりを楽しんでいる。主に俺が。
なんていうか、このスペースだけ日が差し込んでて幻想的なんだよ。たまには風景を楽しむのもいい。まあ、つい魔法鞄に手を突っ込んじゃってテンション上がっちゃったけども。
ジュースのおかわりを取り出し、みんなの分も入れてやる。
「ゆっくりしてていいの?」
ラダがそう言いつつ、出したお菓子に手を伸ばす。
「まあいいんじゃないの。期限はないようなもんだし」
爽やかな甘さのジュースをぐぴりと口に含み、俺は冒険者ギルドでのやり取りを思い出した。
「え? 口座がない?」
キョトンとした受付嬢に俺達は曖昧な笑みを浮かべた。手元には時間停止機能付きの魔法鞄。それの取扱説明書。受付嬢の隣にはギルドマスターもいる。額が額なので、ギルドマスターも同席するらしい。
「あ~まあ、以前から作ってはなかったんですよ。冒険者始めてすぐにこれを手にすることができたんで」
これ、と、まだ俺達の私物が入っている魔法鞄の方を叩く。
「特に現金を預ける必要性がなかったっていうか、その後面倒なことにもなったし、イマイチ信用が置けなくてですね」
「面倒?」
え〜。聞いちゃいます?
以前あった冒険者ギルドの不正騒ぎとともに、俺達が偽名で登録していることもペロッと喋ると、ギルドマスターは頭を抱えてしまった。
「んっんん……それは本当にもう、申し訳なかった」
「いやいや、あんなの本当にごく一部の人達だって分かっちゃいるんですけどね。こっちに来てからはもちろんそんなのないし、職員さんはみんな親切で優しいですよ」
「監査の話は聞いていた。はぁ~そうか、君達が当事者だったのか」
「ははは。まあ、もう済んだことですし。なので口座は作ってなくてですね、えーと、返済用の口座を新たに作る感じでもいいですか?」
「ああ、構わないよ」
ギルドマスターの目配せで、受付嬢が席を立った。
時間停止機能付きの魔法鞄を購入するにあたり、以前のものを買い取りに出しても、有り金はたいても足らなかった。なので、融資というわけだ。
もともと、冒険者ギルドに融資制度というものはあるらしい。ただ、ギルドの信用を得たごく一部の冒険者にのみ、コソッと教えられることなんだとか。
まあ、その日暮らし上等! みたいな人も多いからね、冒険者。武器用にと融資したお金がお酒で消えるとか洒落にならない。
手続きが完了し、これで晴れて俺達は借金持ちだ。うーむ。防具も揃えたいし、しばらくはせっせと稼ぐしかない。
幸いなのは、返済期限を切られていないことだ。涙が出るくらいの好条件。なのに、このギルドに貢献できずに去るという申し訳無さ。
「本当に街を出ちゃっていいんですか? 何でもやりますけど」
「問題ないよ。ランク制限しているのはこっちだからね。君達も早く稼ぎたいだろう?」
「そりゃそうですけど……」
アヤツリフラワーの多分大元は倒せたけど、まだばら撒かれた種は残っているだろうってことで、しばらくの間、街周辺の森に立ち入り制限がされている。Sランクのクロイツさんをはじめ、高ランクの人たちが殲滅に走っているが、俺達はランクが低くて森には入れず、かといって他の街中の依頼は奪い合いが起きている状況だった。
祭りで浪費した分を稼いでから旅立とうとする冒険者が多くて、そんな事態になっているらしい。もちろん街付きの冒険者もいる。ただでさえ飽和状態なのに、受けられる依頼が少ないってわけだ。
「先日の立ち回りで十分役に立ってもらったよ。それに、ダンジョンに魔法鞄持ちが入るというのは、冒険者ギルドとして大いに頑張ってもらいたいところだ」
「ありがとうございます。貢献できるようにがんばりますね」
大げさに肩をすくめてみせるギルドマスターに、俺は改めてお礼を言った。
「ああ。死なない程度にな」
それな。気が大きくなってヘマしないようにしないとな。最初は低層で肩慣らしするつもりだし、頑張るけど無茶はしない方向で。
そんなこんなで、俺達はクアンラールの街を出て、ダンジョン都市プレニアヌに向かっている。一時間、二時間まったりしたところで行程は大きく狂わないのでゆっくりと。馬持ちの利点だね。
久しぶりの遠出にお馬さん達はテンションが高い。ずいぶん留守番させちゃったから好きにさせたら、たったか走る走る。今だって休憩中なのに、まだ行かないのかと鼻息が荒い。
ちなみにミルコはコクシンに抱っこ紐で抱っこされて乗っている。最初はたてがみにしがみつく感じで乗ってたんだけど、魔物が出て馬が急発進したら振り落とされた。いや、あれはビビった。本人キャッキャしてたけど。なので固定することになった。街に着いたら、チャイルドシート的なものが作れないか、聞いてみるつもりだ。
「うーん。そろそろ行こうか?」
まったりおやつタイムを満喫し、イスに座ったまま背筋を伸ばす。
「そうだな。その前に客だ」
コクシンがゆっくりと立ち上がった。
「客?」
「大きくはない。シカかな……」
「ああ、客って魔物ね」
そりゃそうか。魔物来るわな。
「降ろして、降ろして!」
俄然やる気を見せるミルコ。ラダにテーブルから降ろしてもらって、シュヴァルツを乗っけてフンスと意気込む。
「安全第一でね」
「「「はーい」」」
テーブルセットを魔法鞄にしまい、代わりにラダの武器を出して渡し、俺は弓を取り出した。弓も使わんとな。