打ち上げやろうぜ!
「おーい、ベンチ持ってきたぞ〜」
「そっちじゃねぇって、おい、座るんじゃねぇ!」
「テーブル足りなくね?」
「木箱持ってこい、木箱」
「誰だよ、クチプル持ってきたの」
「酒はどこ置くー?」
「これ、薄めてんじゃねぇ?」
「はっ、何もう飲んでんだ! オモテ出ろコラァ!」
賑やかだ。賑やかというか、もう混沌としている。その混沌の真ん中で、俺は包丁を握っていた。半分以上知らない人間が周囲をうろちょろしてるんで、すごく落ち着かない。
報告会のあと、お疲れ様飲み会が開催されることになった。そしてなぜか俺がメインシェフとして飯を作ることになっている。どうしてこうなった……。
いや、もとは身内だけのご飯だったのだ。
昨日の襲撃に、ダブルホーンブルという牛系の魔物の団体さんがいて、アヤツリフラワー付きでもなかったことから、大量の肉が確保できた。それを討伐した冒険者からギルドが買い上げ、討伐に参加した冒険者全員に無料でふるまうことになった。太っ腹だな、冒険者ギルド。
とか思っていたとき、ラダが「ハンバーグ食べたい」とか言い出して、「ハンバーグとはなんぞや」「飯作れるのか?」「よし、酒持ってこい!」と話が転んでいき、あっという間にみんなで飲み会が決定していた……。
冒険者ギルドは「じゃあ、場所提供するよ」と訓練場を空けてくれたし、見知らぬ冒険者達は設置準備や買い出しに走ってくれている。
大きい街なのに、ギルドと冒険者の距離が近くてノリが良い。
「レイト、芋の皮が剥けたぞ」
コクシンがカゴいっぱいの芋を抱えてきた。ハンバーグだけだとアレなんで、適当にいろいろ作る。どうせなら楽しもう。
「うん、ありがとう。じゃあ、この鍋に入れて。人参と一緒に火にかけて」
「わかった」
訓練場は下が土なので、火を使っても平気。なんなら焚き火もOKをもらっている。手持ちの魔導コンロだけじゃ追いつかないし、人数多いから、もう焼き肉でいいんじゃねとも思っていたりする。
グツグツ煮えている鍋を覗き込み、アクをすくう。これはコクシンが芋を入れた鍋じゃなくて、一番最初に仕込み始めたやつ。なんちゃってビーフシチューだ。デミグラスソースなくても、赤ワインとトマトでなんとかなる。
牛肉を最初にこんがりと焼くのがコツらしい。知らんけど。たぶん何かで読みかじった知識。どうせ正解は誰も知らないから、自分流で構わない。美味しけりゃいいのさ。
ちなみに、コクシンに任せているのは肉じゃがもどき。俺は豚派なんだけどな。
「レイト〜」
どんっと足に衝撃が来たと思ったら、シュヴァルツを乗っけたミルコが体当りしていた。もちろん本気じゃない。本気でされたら俺が吹っ飛ぶ。
「元気になった?」
聞くと、「元気だもん」と小さな声で返ってきた。後ろからついてきていたラダが苦笑している。
朝、サーカス団は次の興行のために旅立っていった。ミルコは俺たちといることになったので見送ったわけだが、姿が見えなくなるまで手を振り続け、見えなくなった途端、ミルコはへにょりとしぼんでしまった。流石に一日森行ってくる! というのとは、わけが違うようだ。まあ、まだ四歳だしね。この世界、親離れが早いとはいえ、いきなり決まったことだし。
そんなわけで、茫然自失状態のミルコを引き連れてギルドに行くのもなんなので、マリーさんに預けてきたのだった。で、ラダが迎えに行ってくれた。朝よりかは気分が浮上してるといいんだけど。
ちなみに、スケサンも朝、元気に次の街へと出発していった。毎年のことで慣れているのか、スケサンもマリーさんも「じゃあね〜」と、こっちがびっくりするぐらいあっさりだったな。
「今ならまだ追いつけるよ?」
足にぐりぐりしてくるミルコに尋ねてみる。
「平気だし。冒険者になるんだもん」
仰向いて決意もあらわにキリッとするミルコ。涙の跡なのか、顔面の毛がよじれてるけど、気づかなかったことにしよう。
「そっか。じゃあ、ミルコもご飯作るの手伝ってくれる?」
「うん。やるー」
さて、ミルコでもできる料理の手伝いってなんだろうね。あ、とりあえず、ラダと一緒に手を洗っておいでね。
様子を見て、無理そうなら追いかけるということも考えた。団長さんの方も心配はしていたし。ただまあ、年中出会いと別れがあるせいか、サバサバはしていたけど。
何も一生会えなくなるわけじゃない。また一年後ここに来れば会えるのだし。うんうん。とりあえず一年ってことでいいんじゃないかな。
ラダにはフライドポテト作りを任せる。あとフライドオニオンも作ろう。普通の玉ねぎで。
ミルコには、……ミルコには見回りを頼んだ。ごめん。思いつかんかった。というか、俺も結構手一杯でな! だって包丁持つのは危なっかしいし、火の側も怖いし、肉をこねるのもどうかと思ってさ。ビニール袋あったらよかったんだけど。
そんなわけで、ミルコはチョロチョロしながら大人達に「うぉっ」ってされている。シュヴァルツ乗っけてるからな、注目の的さ。
「全部潰し終えたよ。次はどうしたらいいの?」
クロイツさんが、ボウルを抱えて寄ってきた。ボウルの中にはミンチにされた肉が入っている。
「あ、ありがとうございます」
「いやいや、なかなかおもしろかった。ちょっとグリちゃん思い出しちゃったよ」
Sランク様にミンサーを任せてしまった。楽しんでくれたのなら良かったが、グリムリーパーはミンチもお手の物なんです? 食欲失せるんでやめてくれませんかね。
「これトレイに載っていたやつ全部ですか?」
「そうそう。一トレイ分だよ」
「あ、じゃあ、もう一回同じようにお願いできますか」
魔法鞄からトレイに載った肉の塊を取り出す。サイズ違いが二つ載っている。
量があるので牛百%でも良かったのだが、ちょっと硬そうなのでボアとの合い挽きにすることにした。
「オーケー。じゃあ、これはここに置いていっていい?」
「はい。あとやっときます」
ニコニコとクロイツさんはトレイと新しいボウルを手に、向こうのテーブルへと戻っていった。そこにはミンサーをマジマジと眺めているギルド職員の姿があった。なんだろ。料理に興味がある人なのかな。
「レイト。こっちはどうするんだ?」
置いていかれたボウルをコクシンが見つめている。
「ん〜待って。味付けして、こねてもらうから」
「私がやろう」
手も洗ってきたぞ、と、コクシンが指をワクワクさせた。やる気ならお任せしますけど、なんなの。今日は積極的だね。
えーと、塩コショウ、炒めたみじん切りの玉ねぎ、パン粉、卵、ぎゅうにゅ……あ、なかった。よし、なしでいいや。なんとかなる。
目分量で投入して、あとはコクシンにお任せ。初めてじゃないから、見てなくても安心。
その間に俺はビーフシチューの味を見つつ、肉じゃがを仕上げ、ポテサラを作る。あと何かいるかな。みんな飲む気満々だし、そのへんの屋台で買ってきたもの並べてるみたいだから、もういいかな。米と醤油があったら、牛丼食べたいんだけどなぁ。あ、ローストビーフとか? あれでも、時間かかるな。ステーキでいいか。つけダレだけ用意するか。なんか知らん間に熱々の鉄板用意されてるし。
「ちょっといいかい。あの魔道具のことを聞きたいんだけど」
腕を組んで、むむむ、ってしてたら、ミンサーを見てた人がトコトコと近づいてきた。天パで大きめメガネで萌え袖の、男。
「え、ミンサー? 魔道具じゃないですよ」
ゴリゴリの手動ですよ。クロイツさんが楽しげにハンドル回してるでしょ。
「うむ。いや、あれを魔道具にできないかと思ってね」
「あ〜。って、魔道具師さんですか?」
「まあ、そんなものだよ。どうだろう、内部とか見せてもらえないだろうか」
「作業終わったらいいですよ、それぐらい」
別に特許とかないしな。需要があるのかどうか知らないが、作りたいんなら作ればいいんじゃないかな。あ、なら、ついでにハンドミキサー作ってもらえないかな。ミンサーは手動でもいいけど、シャカシャカはな、疲れる。ブレンダーもあると嬉しい。
「魔道具って高いんですよね?」
「まあ、お安くはないね。魔石がどうしても値が張るからね。あ、見せてくれるお礼にお安くしとくよ?」
「じゃあ、後でちょっといいですか」
ということで、商談入ります。魔法鞄の買い替えで余裕ないっていうのにな。でも、貴重な魔道具師。できるかどうかだけでも、聞いとくべきでしょ。
「レイト〜。見回りしてきたよ。悪い人はいなかったよ」
ミルコが訓練場を一周して帰ってきた。なぜかシュヴァルツが両手にふ菓子みたいなものを持っている。
「ご苦労さま。それどうしたの?」
「えっとねぇ、もらった」
ミルコが答えて、シュヴァルツがふ菓子をフリフリと振る。茶色い太めのペンライトっぽいやつ。
「あ、木菓子ですよ」
魔道具師さんが表情を緩めて教えてくれたが、キガシってなんだ。
「食べられる木です。固くなくて、噛んでると甘みがあるので、一部の子どものおやつになってます」
「木とか。え〜、サトウキビ的なやつかな」
しゃがむと一本シュヴァルツが渡してくれたので受け取る。あ、意外と軽い。中が詰まってない、というか、スポンジ状になってるのかな。
力を入れるとカシッと折れた。一口分を口に入れてみる。
「うーん……」
ほのかに甘い発泡スチロール。はじめ柔らかくて、徐々に固まっていって、消えていく感じ。繊維はないみたいだ。まあ、砂糖が手に入らない地域の子ならおやつになるんじゃないかなレベルだ。
残りはシュヴァルツにあげよう。
さてと。あ、コクシンからボウルが戻ってきたね。じゃあ、焼いていこうかな。蒸さなきゃだし、フライパンでちまちま焼くか。
「ぐぇぇぇ」
今度はなにっ!?