それぞれの裏設定
「へぇ~これがあのデカいロックウルフの肉かぁ。店で食べたことあるのより、食べやすくて美味いな!」
「そうだな。こうやって潰しちゃうと、柔らかくなっていいよな。子供でも食えそう」
「もぐもぐ」
お気に召してくれたようで何より。
本日は、昨日お世話になった冒険者パーティーを借り家に招いて、ランチです。手伝ってくれたお礼に、ロックウルフ何匹分かの売ったお金を渡そうとしたんだけど、のらりくらりと受け取ってもらえなかったんで、ご飯にしてみた。解体してもらった肉でなにか作るよと言ったら、快く来てもらえた。
「ボアより固めだけど、旨味があるよね。あんまり美味しくないって聞いてたけど」
ラダがホクホク顔で、フォークに刺した一口大のハンバーグを口に運んだ。幸せそうに咀嚼している。それを見てから、俺もひとくち食べた。
うむ。固めの肉と聞いてたから、ハンバーグにしてみた。ちょっとボソボソしてるけど、中にチーズ入れたんで食べにくくはない。臭み消しのハーブ多めに入れたから、野性味もないし。
「大きいのと普通サイズのとで、味は違ったのか?」
半分ほど食べ終えたコクシンが聞いてきた。こいつ食うの早いな。ミンチにするのを手伝ってくれていたコクシンは、俺が食べ比べしていたのを知っている。
俺は口の中のものを飲み込み、「うーん」と首を傾けた。
「正直、違いはよくわかんなかったなぁ。だから、大きい方だけで作ってみたんだけど。2種類作ったほうがよかったかな?」
「いや、レイトがわからなかったんなら、私もわからないだろう。手間だし、そこまでの興味もない」
えー? じゃあ、なんなのさ。
「……レイトが楽しそうに食べていたから、何かあるのかと思っただけだ」
コクシンは気にするなと笑った。あ~。鑑定で何か見たと思ったのかな。戦闘中はそんな情報読まなかったし、倒した後も食べられるということしか出なかったよ。まあ、強いていうなら希少部位が大きく取れるってことぐらいだね。ちなみに尻尾が美味いらしいよ。輪切りにして、ステーキにするんだってさ。
「そういえば、山の調査をするって、聞いたか? あのデカいのの番がいると困るからな」
牧場主の息子さん、ランディーが思い出したように言った。手は付け合せのポテトにのびている。お酒は出さないけど、フライドポテトは多めに作っといた。
「へぇ、そうなんだ」
「ランク的にはお前たちも参加できるだろ。どうだ?」
「んーいやぁ……」
言い淀む俺に、コクシンが首をひねった。
「何かあるのか?」
「防御力不足を実感してさ。今回は運良く治る怪我だったけど、次もそうとは限らないだろ? せめてコクシンの装備だけでもちゃんとしたものにしないとさ」
案の定コクシンは眉を寄せた。
「私は大丈夫だ。それを言うなら、レイトの装備を整えるべきだ」
「うん、まあ、レイト指示役だし、レイトやられちゃったら困るもんねぇ」
なんでかラダまで同意してくる。
「誰ひとり欠けたってダメなの! っていうか、そう言うと思ったから、全員分バージョンアップするつもりだよ! 順番として、コクシンからってことだよ」
「それこそ、レイトからだろう?」
「前衛からだよ! いや、ラダから?」
「えっ僕? 最後でいいよ! ほら、後ろで投げとくし!」
「後ろだって危ないじゃん」
「だからレイトが危ないんだろう?」
むぎぎ! やっぱり同時にしないとダメか? イヤでも、お金あったかなぁ。最近はそんなに使ってなかったと思うんだけど。
「ハハハ! 仲いいなお前ら。まあ、そうだな。昨日のあれがフル装備なら、ちょっと考えたほうがいいな。もちろん調査は強制じゃねーから、気にすんな」
ランディーにも装備が甘いと言われてしまった。初期装備に毛が生えたようなもんだからな。逆にこれで今までなんともなかったことのほうが、不思議だ。今まで大丈夫だったから、この先も大丈夫なんてことはありえない。ゲームと違って、生息域がくっきり分かれてるわけないしな。昨日みたいなイレギュラーもあるだろう。というか、俺らわりと普通じゃない事に遭遇してるよな……。
「なんなら俺たち行きつけの防具屋行ってみるか?」
ニコニコと今日も胡散臭い笑みのニコラが、そう提案してくれた。家族ぐるみの付き合いがあるそうなので、ボッタクリもなさそうだ。ありがたく提案に乗る。早速行こうと立ち上がったところで、待ったがかかった。
「ちょっ、俺まだ食べてるから!」
ヤンキー顔のキナスが口にポテトを詰め込んでいる。ニコラが呆れたように「まだ食べてんの?」と肩をすくめた。多めに作ったから、残してくれていいんだが。お土産として器ごと包んで持ち帰らせることにした。
「おーやったぁ! 妹らと食べよっと」
キナスは顔怖いのに、下の子思いのいいお兄ちゃんらしい。ランディーもそうだが、外見ではわからないもんだなぁ。ニコラもなにか裏設定あるんだろうか。
じっと見てたらニコラが首を傾げた。このニコニコ顔、表情読めんな。
戸締まりをして、窓のところで昼寝をしていたシュヴァルツをピックアップして、防具屋に向かう。街中なので、シュヴァルツは姿を消している。
「ここだ」
ニコラが案内してくれたのは、なんかファンシーな外観の一軒家だった。あちこちにきれいな花が植わった植木鉢が置いてある。壁の色がピンクだし。
「……お花屋さん?」
ラダが首を傾げている。だよな。店の名前『ローズフェアリー』だし。
「まあ、腕は確かだから」
そう言ってニコラが扉を開けた。明るい店内には、植物と並んで厳しいフルプレートや、鬼瓦的な兜が陳列されていた。防具屋で間違いはなさそうだ。
奥から髪を結い上げた女性が出てきた。
「あら、あなた。お帰りなさい。お客様?」
ところどころ黒く汚れたエプロン姿の女性は、ニコラに向かってそう言った。ぐりんとニコラを見上げる。彼は変わらずの笑顔で、「俺の奥さんだよ」と言った。
家族ぐるみっていうか、家族じゃんかよ! いや、ランディーとキナスにしてみれば、家族ぐるみの付き合いといえるのか。っていうか、この人結婚してたのかよ!
「依頼で知り合ってさ、色々見せてやってくれるか」
してやったりみたいな素振りもなく、ニコラが奥さんとあれこれ話を始める。
「悪気はないんだ。最初から女性って言うと、舐めてかかるやつが多くてさ。俺らのも全部リンドちゃんに作ってもらったやつなんだ」
ランディーがこそっと教えてくれた。
ニコラは奥さんとラブラブ設定かー。これまた予想外なのが来たな。
「さてさて、どういうのがお好み?」
リンドさんが聞いてきたので、まずはコクシンを見やる。コクシンも俺を見た。
「いや、自分のなんだから、自分で答えなさいよ」
「……私は後でいい」
うーむ。相変わらず女性は鬼門か。それとも、特にこれといった希望はないのかな。衛兵時代はお仕着せの装備だったし、服装にもこだわりないみたいだしな。
「じゃあラダは?」
反対隣のラダに聞いてみる。ラダは首を傾げたあと、「よくわかんない」と答えた。こいつも興味なしか。そうか。俺だけじゃなく2人も興味なかったから、今までこの装備だったんだな。
「うーん。とりあえず俺は軽くて丈夫なのがあれば。あと、あまり高額でないもの。あ、そういえば、ロックウルフって防具に使われるって冒険者ギルドで聞いたけど」
仕方ないので俺から答える。
「そうね。例えばこれなんかがそうよ。でも、それなりの重量があるのよね、ロックウルフの革って」
リンドさんが黒いレザーアーマーを見せてくれた。ゴツゴツしていて、生きていたときよりも硬くなっている。持ってみると、胸部だけでもずしっとくるものがあった。うーむ。こりゃ俺には無理だな。動けなくなりそう。
コクシンとラダも触ってみているが、「えっ」という顔をしてるから、俺と同じように重いと感じたんだろう。
他にも色々と見せてもらった。金で装飾されたフルプレートから、カラフルなスケイルアーマー、ドラゴンが彫られたガントレット。首を傾げ続ける俺たちに、リンドさんは特に気分を害した風もなく、にこやかに対応してくれていた。
「うーん。どれもかっこいいんだけどなぁ」
まあ、俺はサイズ的にも問題がある。一般的な成人直後の人用でも、大きい時があるし……。
「重量はそのうち慣れるぞ。俺もはじめの頃は動きが阻害される気がしたが、今じゃ軽いくらいだ」
ランディーがそう言って、ぐるぐると腕を回した。休みの日でも、昨日みたいなことがあると困るからって、金属鎧を着込んでいる。たしかに普段着のように違和感ない立ち振舞いだ。
「そうねぇ、あとは、例えば軽量化の付与をしてもらうという手もあるわね。すごくお金がかかるし、媒介する素材も必要らしいけど。それか、ダンジョン産を狙ってみる?」
リンドさんの言葉に、ものすごく心が躍る。
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