反省は片付けのあとで
「シュヴァルツ。もう大丈夫そう?」
肩に乗っているシュヴァルツに聞くと、キョロキョロしてから、ぴっと右手を上げてみせた。もう追加はなさそうだ。「ふぇぇ」と気が抜けたように、ラダが尻餅をついた。ラダが抱えていたコクシンは、自力で身を起こしている。
「無事で良かった。てか、無事なんだよね?」
「ん、ああ……」
コクシンが右下を見たままうなずくが、なんだそのあいまいな語尾。それ絶対なにか隠してるだろ。こっち見なさい! なぜ目をそらすの! ……それはともかく、血の匂いがひどいな。
ジョボジョボと手から水を出して浴びせる。勢いはないので、後で改めて風呂に入れてやらんと。今からでも……いや、先に後片付けしないとだよな。ロックウルフはそのまま転がってるし、俺もだいぶ地面を穴だらけにしちゃったからな。
「えっ!」
「え?」
ラダの声に驚いて水を止める。パッとラダがコクシンの左手を取った。見れば左腕の服がズタボロになっている。ついでに「うっ」とコクシンがうめいた。
「「怪我してるじゃん!!」」
ラダと俺の声がハモった。
なんかガッツリ歯形がある! かじられてんじゃねーか! なんですぐわかる嘘つくかな。すり傷だからで済むもんじゃねーよ、これ。
俺が水でそっと洗い流し、ラダが傷口に回復薬をぶちまけた。回復薬って本当に不思議だ。掛けただけでダラダラ流れていた血が止まって、傷口がみるみる塞がる。
「はい、これも飲んで!」
ラダが新しい回復薬の瓶を鞄から取り出し、コクシンに押し付けた。
「え、これ、中級の」
「飲んで」
ラダに真顔で言われ、コクシンは戸惑いながらもうなずいた。いや、こっち見ないでいいから。代金請求したりしないから。必要経費だから。っていうか、うちはラダがせっせと作ってくれるから、潤沢だよ。毎日初級回復薬飲んでるくらいだからね。まあ、中級になると一気に値が上がるんだけども。こんなところでケチらないよ。
うなずいてみせると、コクシンは一気に飲み干した。うむ。これで他の傷も大丈夫だろう。血を洗い落としつつ、他に傷がないか確かめるが、服が破れているのは腕だけだった。ひとまず安心。
コクシンによると、俺の声を聞いて退こうとしたのだが、その前にロックウルフが土煙の中から飛びかかってきたのだそうだ。ロックウルフの脚はトリモチに捕らわれていた。無理やり引っこ抜いたのだろう、毛や爪が剥がれている部分があった。捨て身の攻撃だっただろう噛みつきを、コクシンはその口に剣を突き立てることで防ごうとした。が、勢いが止まらず押しつぶされそうになりながら、とっさに剣に魔力を全込めしてぶち抜き、さらに左腕で閉じようとする上あごを抑えていたとかなんとか。
なんとも無茶をする。いや、俺が抑えきれなかったせいか。それこそ、魔力をケチらなければもっと安全に対処できていたんじゃないだろうか。
「レイト? レイト、どこか痛いのか? 回復薬は飲んだのか?」
コクシンが覗き込んでくる。人の心配してる場合かって思うんだけど、これがコクシンなんだよなぁ。
「大丈夫だよ」
反省は後だ。今できることをしないとな。無理やり笑って、いつの間にか俺もしゃがみ込んでいたので立ち上がる。ラダも立ち上がった。
「そういえば、ラダは怪我ないのか?」
聞くと、うんとうなずいた。
「ていうか、今になって震えが止まんない」
ホントだ。プルプルしてる。
「すっごい、すっごい怖かったっ!」
がばぁっと俺に抱きついてくるラダ。ガタプルが伝染する。うん。俺もめっちゃ怖かった。あんなの出てくるとか反則だよな。そんなに街から離れてないんだけどな、ここ。
「おーい! 大丈夫かー!」
声に振り向くと、小走りでやってきた牧場主さんだった。後ろに知らない男の人が3人いる。牧場主さんは、頭にバイキングみたいな角のついた兜を被り、手には農作業で使うフォークが握られていた。あとの3人は冒険者かな、ちゃんとした装備をしている。
「うおっ! でかっ!」
みんな最後に倒した大きなロックウルフを見て、仰天している。
「凄まじい風の吹き上げが、街からも見えたんだ。何かあったのかと来てみたんだが、よく倒せたな」
3人のうちの1人、茶髪で襟足長めの青年が感心したように言った。
「まあ、なんとか。えーと」
「ああ、俺たちはお前たちと同業だよ。この街出身なんで、ここのこともよく知ってる。それで駆けつけてみたら、厩舎の結界が発動してるし、おっさんビビってるしさ」
ちょっとガラ悪そうとか思ったら、地元愛あふれるタイプのようだった。おっさん呼ばわりの牧場主さんが「おっさん言うな!」と青年の足を蹴っている。仲良しさんだ。
「いってぇな! なにすんだくそオヤジ!」
「誰がくそオヤジだ、くそ息子! お父様と呼べ!」
「はぁ~? んな面かよ!」
あれま。親子だった。よくよく見れば、目元が似てるわ。ぎゃいぎゃい言い合ってる2人に肩をすくめ、冒険者の残りの2人が話しかけてきた。緑の短髪のヤンキー顔の男と、茶色と金色の斑髪の腹黒顔の男。3人ともガラ悪い。
「悪いな。牧場手伝わないで冒険者やってるんで、毎回モメるんだよ。そのクセこうやって飯放りだして駆けつけるんだから」
「心配なら心配って言えばいいのにね」
でも中身はいい人っぽい。からかう2人に牧場主さんの向こうから、茶髪の男が「余計なこと言ってんじゃねーぞ!」と怒鳴って、牧場主さんにポカっとされてる。
「とりあえず、せっかく来たんだし、片付け手伝うよ」
ニコニコ腹黒顔の男がそう言ってくれたので、ありがたく手を借りよう。
えーと、ロックウルフは魔石と皮と、肉も一応食べられるんだったな。数があるしデカいのもいるし、全部魔法鞄に突っ込んで、解体は冒険者ギルドに丸投げしようっと。
「ありがとうございます。じゃあ、これに入れていってくれますか? 俺地面直していきます。あ、ラダに持たせるんで」
魔法鞄をラダに渡そうとしたら、側にラダがいない。あれ? と振り返ったら、コクシンとともに大型ロックウルフの顔のとこで、なにかワチャワチャしていた。
「ラダー?」
「コクシンの剣が抜けなーい!」
呼びかけたら、逆に手招きされてしまった。
骨に挟まってんのかな? 死後硬直とか? よく分からんが、コクシンが剣の柄を持って踏ん張っているのが見えた。
「ああ、じゃあ俺があっち行ってくるよ」
ヤンキー顔の男が向こうに行って、ラダが戻ってきた。ラダに魔法鞄を渡す。ニコニコ顔の男がせっせとロックウルフを集めてくれて、ラダが仕舞っていく。俺はちょこちょこ移動して、自分で空けた穴を埋めていった。
「おぉ!」
歓声が上がった。何事!?と見ると、コクシンが抜けた剣を掲げ持っていた。心なしかドヤ顔をしている。なにやってんだ、コクシン。ヤンキー顔と牧場主の息子さんが、それを目をキラキラさせて見ている。あれ、いつの間に合流したんだ、息子さん。
「ああ、気にしないでいいよ。あいつら武器全般好きなんだよ。なんか珍しい剣なんでしょ、あれ」
ニコニコ男が肩を竦める。
「ふぅん。珍しいかどうかは知らないけど、アレのおかげで命拾いしたのは確かだね」
俺が答えると、ニコニコ男はひょいと器用に片眉を上げた。
「この依頼受けてるってことは、Dランク以上なんだろう? そのわりには軽装だな。お前もあのひょろいのも武器持ってねーわ、子供みたいなポシェット下げてるわ……。あいつが全部担ってんのか?」
「うぅ、返す言葉もない」
ついでに言えば、防御力1のブタさん帽子被ってたんだぜ、俺。まあすごい役に立ってくれたけど。
ラダの棒は魔法鞄に仕舞っただけだけど、俺は無手だからなぁ、なにも言えない。土魔法は使うけど、だからといって杖を持ってるわけじゃない。弓も最近仕舞いっぱなしだし。
今回のことで、防御力低いな俺たち、と改めて気づいたよ。せめて前衛のコクシンだけでもバージョンアップしないとなぁ。まあ自分だけとかコクシン嫌がるだろうし、俺とラダも揃えないとなんだけどさ。
「採取メインで、雑用依頼とか受けるのが多かったからなぁ。流石にこの装備じゃ、この先は厳しいよねぇ」
つぶやくと、ニコニコ男は「ははっ」と笑った。
「面白いやつだな。冒険者なんて、いかによりよい装備を手に入れるかってもんだろうに。あの2人は極端だが、俺だって最新の装備には目を光らせてるぜ。興味ねぇのか、お前さんは」
「まったくないとは言わないけど、先に食料品を買い揃えちゃうんだよね」
今まで遠距離でどうにかなってたし。それより、真新しい調味料とか探しちゃうんだよね。
「装備より飯か。まあ大事だが、そのわりにはちっさいな」
ほっといて。頭をぽんぽんするじゃないよ。あ、ラダとコクシンがこっちを見ている。なんだい、怒らないのかって? 怒りませんよ。お手伝いしてくれたもの。
最後にデカいロックウルフを詰め込んで、終了〜。穴も埋めたし、いつの間にか色羊たちは再び放牧されている。何事もなかったかのように、べぇ~べぇ~反芻している。平和だ。
「よかった」
ポツリとつぶやいたのは、牧場主のガラ悪い息子さんだった。やだ、泣けるっ。
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