追加入りまーす
シュヴァルツ! 君が俺をかばおうというのか! そんな、そんな! ひとたまりもないってぇ!
視界に飛び込んできたシュヴァルツを片手でむんずと掴み回収、逆の手を思いっきり突き上げた。幸いロックウルフは飛び上がりすぎている。俺が頭からがぶりとされることはない。
ガツッ!! ぷぴぃー!!
鈍い音とともに、俺の拳はロックウルフの顎下を打ち抜き、ウサギの弓懸が可愛らしい音を立てて鳴いた。じぃんと肘を強打したときみたいな衝撃が、拳から腕全体に走る。なにこれ、超痛い。
「レイト!」
ギャイン!!
コクシンの声が聞こえたと思ったら、ロックウルフが派手に吹き飛んだ。駆けてきたラダが俺を覗きこむ。
「大丈夫っ!?」
「ああ、うん、なんとか」
でもまだ腕が痺れている。魔法鞄から回復薬を取り出してグビッとする。手をプラプラしたあと、ぎゅっと手のひらを握り込んでみた。うん、まだちょっと違和感あるけど、力は入るから良し。
防御力が上がるとはいえ、弓懸で殴るのは流石に無理があったらしい。慣れないことはするもんじゃないね。
「頭! 頭は大丈夫?」
ラダに両頬を押さえられて顔を上げさせられる。失礼な!
「にゃにひゅるの!」
「だって掠ってないかと思ってさ」
むっとする俺に、ラダが吹き飛んだロックウルフを指さして言った。
横たわっているロックウルフの前脚の爪に、見覚えのあるものがぶっ刺さっていた。そっと自分の頭に手を載せてみる。ない。俺のブタさん帽子がない。ピンクのブタさん帽子は、ロックウルフの爪により、御臨終を迎えていた……。
「ひ、ひぇ~」
どうやら前脚の爪が俺を掠っていたらしい。ブタさんが犠牲になってくれたおかげで、俺の頭は無傷である。ヤバかった。コクシンみたいになるところだった。いや、最悪頭パックリするところだった。
へっへ〜〜
シュヴァルツの声が手元から聞こえる。あ、やべぇ。こっちも握りっぱなしだった。むにゅっと胴体を掴まれているシュヴァルツが手足をモゾモゾさせている。
「無茶しないでよ、シュヴァルツ」
へっ!
指を緩めると、腕を伝って登ってきた。スリスリされてほっと息をつく。ん? シュヴァルツに爪は当たってないだろうな? 傷はないし腕も揃っている。大丈夫かな。
「あ、終わったかな」
ラダの声に顔を上げると、コクシンがロックウルフを真っ二つにしたところだった。そういや和んでる場合じゃなかった。慌てて周りを確認する。点々とロックウルフの死体が転がっている。立っているのは……いないな。
「コクシン」
ラダとともにコクシンに走り寄る。剣を振ってから振り返ったコクシンは、まず最初に俺の周囲をぐるりと回った。
「ん。怪我はないな」
「いや、自分の心配しようよ」
ほっぺたから血が出てるよ。汗もかいてるし、1番動いてたのコクシンなんだから。ラダがコクシンに回復薬を差し出す。コクシンは「すまない」とか言いながら、一気に飲み干した。すっと引っかき傷が消える。
「は〜とりあえず無事で「待て」」
肩にいるシュヴァルツがビクッと身を震わせるのと同時に、コクシンが硬い声で制止をかけた。再び山の方を睨んでいる。嘘だろ。まだ追加が来るのか? コクシンが俺達をかばうように前に立ち、剣を構える。ラダも棒を握りしめ、俺はしゃがんで地面に手を付いた。なにが出てこようとも、とりあえず足止めが出来るように。
バキッバキッバキッ!
大きく木が揺れて、何かが近づいてきていることを伝えてくる。ロックウルフじゃない? 血の匂いに惹かれて他の肉食魔物が来たんだろうか。
手前の木を押し倒すようにして、それが姿を現した。
「おいおい、嘘だろ」
姿形はロックウルフだ。ただし、どこの世紀末黒馬だといわんばかりにでかい。頭はヘルメットみたいにゴツゴツしてて、一部角みたいになっている。背中も足もほぼ硬い岩みたいに変化していた。弱点だった腹側も、覆われているように見える。
そいつは周囲を見渡したあと、頭を低くして唸り声を上げた。仲間がやられて怒っているのか、ただ血の匂いに興奮しているのかわからないが、ピンチはピンチに変わりはない。
もう~! なんで俺達が来た日に限って、こんな大物が出るのさ! 聞いてないんだけど!
「ど、どうする?」
ラダが聞いてくる。
「逃がしてはくれなそうだし、やるしかないでしょ」
とりあえず鑑定してみた。
「ただ成長した個体であって、特殊能力はなさそう。弱点は火。まぁ皮は高く売れそうだから、それは最終手段かな」
読み取った情報を共有する。亜種とかの特殊個体ではなさそうだ。攻撃方法も噛みつきと爪だから、普通のロックウルフと変わりない。ただし、だからといって同じ攻撃が通るかはわからない。
「とりあえず、いつも通りでいこう」
「「わかった」」
コクシンの剣が、ミント色に強く光り始めた。
大型ロックウルフがぐっと踏み込んだ。その瞬間を狙って、足元の地面に穴を空ける。がくんと姿勢を崩したロックウルフに、コクシンが飛ぶ斬撃を2つ、放った。いつもより発光した刃が、クロス状に飛んでいく。ロックウルフが頭を下げた。
ガンッ!
鈍い音がしただけで、傷がいったようには見えない。ただダメージ自体は入っているようで、ロックウルフはブルブルと頭を振っている。
「硬いな。隙間に突き立てるほうがいいか」
不満そうにコクシンが小さく舌を打つ。ここまであの飛ぶ斬撃が通用しなかった相手って、いなかったからな。
「気を付けて」
「ああ」
接近戦になると、こっちが受けるダメージもでかくなる。
「僕の攻撃も通らなそうだね。こっちに切り替えよ」
ラダはラダで棒では無理そうだと、自分の鞄から目潰しの玉を取り出した。
「来るぞ!」
1つ吠えたロックウルフが足に力を入れた瞬間に、今度はもっと広範囲に足元を陥没させる。かすかに頭痛を覚えた。大きく体勢を崩したロックウルフに、コクシンが斬りかかる。口を開けて応戦するロックウルフを避け、首筋に斬り込む。関節部分は動かせるように隙間がある。コクシンは正確にそこに刃を当てた。ぱっと血が舞う。
「てぇい!」
今度はラダが攻撃、というか、援護の玉を投げた。俺はその間に、魔力回復薬を飲む。
ロックウルフの顔に当たり、ぱあっと赤い粉が舞った。コクシンはすでに離れている。がふっとロックウルフがむせた。ぎゃんぎゃん言いながら顔を振っている。んむ。たとえ図体がデカかろうとも、唐辛子は効くなぁ。
フッフー!!
真っ赤な目でラダを睨みつけるロックウルフ。あ、ラダにヘイトがいった。頭いいな。
「お前の相手は私だ!」
横合いからコクシンが斬りかかる。前脚の付け根辺りからまた血しぶきが舞う。直接魔力を乗せた剣なら、十分攻撃は通りそうだ。コクシンの方を向いたロックウルフに、次は俺が下から土の杭を出して攻撃する。が、腹もガードされているのか鈍い音しかしない。えーと、やわそうな部分……こか……ん、いや、流石にそこを串刺しにするのは……。
幸い硬質化したせいか、動きは重い。このままちょっとずつ削っていけば、大丈夫だろう。コクシンの攻撃の合間に、ちまちまと岩をぶつけたり、落とし穴掘ったりする。ラダは足元にトリモチを投げつけ、隙があれば棒での攻撃に移っていた。
ガッ! ガアァ!!
ひときわ大きくロックウルフが吠えた。ランランと目が輝いている。あれ? なんかヤバそう?
「コクシン、離れてっ」
1番近くにいるコクシンに注意を促す。ロックウルフを中心に風が巻き上がった。え、あれ? 風魔法? 使えるって聞いてないぞ? コクシンじゃないよな? コクシンは顔をかばうように腕を上げている。細かい土が巻き上がり視界が悪くなった。
戦闘中に進化するとかあるっ!?
へっ!
シュヴァルツがコクシンがいた方を足で指した。
「コクシン、避けて!!」
俺の声と、ガツッという音が同時に響いた。
「ああぁぁあ!」
え、なに、これコクシンの声っ? どういう声?
次の瞬間、ぐしゃあっ!という音がした。
ふっと風が止まり、土煙が晴れていく。立ち尽くしているロックウルフの巨体と、その口あたりにある、体勢を崩したコクシンの姿。先に動いたのは血まみれのコクシンで、ワンテンポ遅れてロックウルフが地響きを上げて倒れた。
「コクシン!」
呆けている俺をよそに、ラダがまっさきに我に返って走り出した。コクシンは倒れ込んでいる。おいおい、嘘だよな? 慌てて俺も震える足で駆け寄る。
コクシンの剣が、ロックウルフの口から後頭部を貫いていた。抜けなかったのか、そのまま血に濡れた剣が残っている。
「こ、コクシン……?」
ラダが抱き起こしたコクシンに恐る恐る声を掛ける。上半身血まみれだ。この血って、どっちの血だ? まさか……。
「こく」
「レイト、怪我は?」
ぱかっと目を開けたコクシンの第一声に、「ゆーてる場合かぁ!」と突っ込んだ俺は、悪くないと思う。ラダも呆れているし、シュヴァルツも「へぇ~……」と人間のため息っぽく声を漏らしていた。
お読みいただきありがとうございますー。