所詮は他人事
コクシンさんがもの言いたげな目で見てくる。
「なんですか?」
「なにか見たか?」
「…どうして?」
あれ。俺もしかして監視されてたのかな。見たことを口外すんなってことなのかな。
首を傾げる俺に、コクシンさんは戸惑ったように、
「店内を見てたから、なにかあるのかと思って」
と言った。
「ああ。別に今日この街に来たばかりだから、どういうのが売ってるのかなって見てただけだよ」
「そうか」
「あそこの若旦那さんと守備隊の間で取引があるみたいだけど」
隣を歩いていたコクシンさんが立ち止まった。俺も立ち止まる。見上げると苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
なんとも言えないけど、多分癒着してんじゃないかな。裏金とか、架空請求とか、そんな感じのやつ。代官も入って、3カ所でお金が動いてるんじゃないのかと思う。っていうか、隠す気がねーな。
「…やっぱりか」
コクシンさんは前から気付いていたみたいだ。経理関係とか配置換えに偏りがあって、訝しんでいたのだそうだ。そして自分が、蚊帳の外になりつつあることも。
まぁ彼の性格じゃあ黙ってられないよね。
「言わぬが花って言葉もあるよ」
守備隊に入り、しかも部隊長なんて生半可な努力でなれるもんではないだろう。平民からならなおさらだ。
結局コクシンさんは深刻な顔をしたまま去っていった。
俺はその後ろ姿を見つめて、ちょっとだけ後悔していた。危ないことはしないと思うけど、軽率だった。早いか遅いかだとしても、俺がトリガーを引いたような気がする。
依頼は無事に済み、お金も手にできた。夕食代ほどにしかならなかったけど。
ランクアップはポイント制だ。数を熟すか、難しい依頼で効率を上げるか。例えば配達は1ポイントだけど、討伐は3ポイントとか稼げる。もちろん、成功率や人格も精査対象だろうけど。急ぐ必要はないので、地道にやっていこう。
宿には泊まらないことにした。
コクシンさんが教えてくれたのだが、日中屋台が出ている広場に、夜間だけテントを張ったりして寝泊まりしていいのだそうだ。屋台は夕方のラッシュ後撤収するので、広場はガランとする。朝屋台が並び始める前にテントを片付ければオーケー。
広場にはすでにテントが点在していた。俺も端っこの方に陣取る。
夕食は、日が経って固くなったパンを格安で手に入れてきた。カップの中に魔法でお湯を入れる。干し肉を細かく千切って入れ、しばらくふやかす。そこにパンも千切って入れ、スプーンでグリグリ混ぜる。パンが溶けてどろどろになった。本当はミルクでやりたい。ひとくち食べてみる。イマイチなので、塩とピリ辛のロッカをパラッとかけてみた。
「…うーん」
よくラノベでパン粥とか出てくるんだけど、これじゃない感がする。食感は残すのかな。それともパンの問題か、調味料?
まぁ何事もやってみないと分からんな。
ふと周りを見ると、いくつかのグループがコンロのようなものを使っていた。キャンプのときに、コーヒーを沸かしたりするときに使ったことがある、あんなやつ。魔導具だろうか。あれも買いたいなぁ。
欲しいものリストに書いておく。あとランタン。いや、明かりの魔法で事足りるか。お酒。うん、外でまで飲まなくてもいいかな。お皿。土魔法で頑張ろう。本?いや、欲しいけど荷物になるしなぁ。
周囲の人達が持っているものを見ながら、取捨選択していく。インベントリないから、出来るだけ荷は軽くしないといけない。
向こうの方でケンカが始まった。ここも夜中までうるさそうだなぁ。
さっさとテントの中に引きこもり、いつもの寝る前の魔法の訓練。最近は『鑑定』をどうにか覚えられないかといろいろ試している。適当な物を見て、「これは何だ」と自問していくだけだ。じっとひたすら見て、ゲームのように鑑定結果が出てくるのをイメージする。名前と解説、値段も出るといいな。食べ物には調理方法が出てほしい。夢は広がるが、モノに出来るかどうかは分からない。
「おーい、起きてるか?」
不意にテントが揺すられた。知らない声にびびくぅと背筋が伸びた。戸惑って、しかし無視もないだろうと、入り口をちょこっと開ける。
「お、起きてたか」
赤い髪の、20代くらいの男だった。
「な、なんですか?」
「いや、靴が出しっぱなしだったから、忘れてんのかと思って」
「ふへぇ」
思わず気が抜けた声が出る。男が指さした先には俺の靴がちょこんと揃えて置いてあった。そういやテント入るときに脱いだんだった。
「荷物もそうだが、外に出しとくと盗られるぞ? というか、野営のときは靴は履いたままの方がいい。何があるか分からないからな」
「そ、そうですよね。つい脱いじゃってました。教えてくれてありがとうございます」
忘れないうちに履いておこう。革靴をゴソゴソ履き始める俺を見て、
「まぁそんな小さいの誰も盗らんだろうけどな!」
と、親切な男は笑って去っていった。隣のテントの人のようだ。最後の一言は余計だよ、ちくしょうめ。
いかんいかん。こんなところで前世の名残が出た。
少なくともこの辺りは部屋の中でも靴文化だ。寝るとき以外は履いている。俺も生まれたときからそうなので、慣れているはずなのだが。時折前世の習慣が出るんだよな。顔を洗うとか、歯磨きとか。ないのよ、この世界。いただきます的なのもないし。
どこか警戒心が足りないんだな。平和な世界に居たせいだろう。気をつけないとな。
改めて身の回りを確認する。外に荷物は無し。財布は懐に入ってる。ナイフは取り出しやすいように腰に。元々テント内は狭いので、手が届く近さに全部ある。
どこかで響き始めたいびきにため息を吐きつつ、おやすみなさい。




