お手紙ですよ
門から入ってくる人はまばらだった。門番もさほど忙しそうにはしていない。
ところでこの手紙、どうやって渡そう。
表書きに『ルスチファ』とだけ書いてある。ルスチファさん宛ということだろう。差出人は書いていない。ただ封蝋が押されているから、それで分かるんだろう。
手紙を持ったままキョロキョロしていると、ちょうど詰め所から出てきた人と目があった。
視察に来ている王子様かと思った。キラキラ金髪に碧眼、背が高く、鎧姿がメッチャ似合う男前。門番と同じような鎧を着てるから、兵士なんだろうけど。
「ん、詰め所になにか用か?」
声も落ち着いたいい声だな。パーフェクトか?
「あ。冒険者ギルドから来ました。お手紙の配達です。えーと、ルスチファ様宛です」
手紙の表面を見せながら、そう答える。
「隊長宛?」
男は訝しげな顔をした。ルスチファさんは隊長らしい。隊長なら貴族から手紙が来てもおかしくないんじゃないかな。っていうか、本人も貴族じゃない?
封蝋は主に貴族が使う。そして衛兵の上の方の人って、やっぱり貴族なんじゃないかと思う。長男以降が騎士とかになるんじゃないかな。
「コクシン」
不意に男の後ろから、また別の男の声がした。手紙を取ろうとした手を止め、目の前の彼が振り返る。俺も体を傾けて、後ろの人を確認した。
「おまえ、今日は非番だろう。なんでいるんだ」
「え、いや…」
ん? 社畜の人?
コクシンという名前らしい男前は、気まずそうに頬をポリポリと掻いた。
「することがなかったもので…」
「部隊長が進んで休まねば、下が休めんだろうが」
「はぁ」
暇なのか? 独り身なのか? モテそうなのに。
と、声を掛けてきた男が俺に気づいた。
「君は?」
「あ、冒険者ギルドから来ました。ルスチファ様にお手紙です」
「ああ…。じゃあ、俺が渡しとくよ」
なぜか、すっと男の雰囲気が変わった。ぱっと俺から手紙を抜き取ると、そのまま踵を返してしまう。
「え、あ! ちょっと!」
関係ない人に渡しちゃったら、俺が怒られるんですけど。サインも貰ってないし。
「ああ。大丈夫だろう。多分、今からルスチファ隊長のところに行くんだろうから。サインは俺が書いとくよ」
コクシンさんが代わりに受け取りのサインを書いてくれた。
『ニッツ守備隊第三部隊長コクシン』
「あれ、家名がない」
思わず呟いたのを聞き取ったのか、コクシンさんは苦笑した。
「俺は平民だよ。そんなに貴族様に見えるか? 時々言われるんだが」
「すいません。カッコイイってことなんで、悪い意味ではないです」
素直に言うと、苦笑が深くなった。これは困っているのか、照れているのか。なんにしろいい人そうで良かった。
「配達は終わりかい?」
「あ、いえ、もう一箇所。トーラ商会へ」
「ふぅん…」
うん。なんに引っかかっているのか分かる。だって隊長に来てた手紙と、同じ封筒なんだ。普通、どういう関係? ってなるよね。まぁ冒険者に託すくらいだから、密書とかではないだろうけど。
「ついでに俺が案内しよう」
暇だしねと笑うお言葉をありがたく受け取る。迷子の心配はないけど、疑問の答えをくれそうな同行者は歓迎だ。
トコトコと歩く俺の隣を、長い脚でゆったり歩くコクシンさん。勤務外だからか帯剣はしていないが、鎧姿が目立つ。とはいえ、ファンタジー世界なのでフルプレートアーマーの冒険者ががしょがしょ歩いていたりもするのだが。
「そういえば、この紋章ってどなたなんでしょう」
鹿が後ろ足立ちになり、その周囲を棘が囲っている。狩りなのかな? あまりいいイメージがないけど。
「ああ…。この街の代官だな」
領主は別の街にいるようだ。コクシンさんの表情が曇っている。あまり評判の良くない人なのかな。この半日ほどでは特に感じないが。
「たびたび、隊長と懇談しているようなんだ。いや、仕事だと言われればそれまでなんだが…。それに例の商会がからんでるとなると。はっ、いや今のは忘れてくれ」
いやいや、めっちゃ聞こえちゃってるよ。そんな思わせぶりな言葉投げないでよ。フラグなの?
「えーと…」
「それより小さいな。いくつだ?」
あからさまに話題変えてきた。ていうかそれ、地雷ですからー!
「7才ですよ。ちゃんと成人してますよ。あなたがデカいだけでしょ。どうせチビですよ」
いじけると、慌てて「いや、かわいいと言いたかったんだ」と言い直した。俺男だし。かわいいは褒め言葉じゃないし。ジトっと見上げると、
「あっあ〜。は、はちみつパン食うか?」
食い物で釣ろうとしてきた。
ブハッと耐えきれず吹き出す。この人見た目より真面目というかヘタレというか。嘘がつけないタイプなのかなぁ。いや、俺がかわいいというのは盛りまくったお世辞だろうけど。
「あ。ここだぞ」
そんなこんなで10数分歩いてようやく着いた。
トーラ商会は雑貨と武器を扱っているらしい。店の半分を分けて陳列されていた。武器の方には興味があるけど、まずはお仕事だ。
ちなみにコクシンさんは外でそっとこっちを窺っている。初めてのお使いを見守る親かな。
「こんにちは。冒険者ギルドから来ました。お手紙です」
封筒には店の名前しか書いてないから、店員さんに渡しても大丈夫かな。
「はいはい。確認しますね」
応対してくれたのは、若い女性店員だった。手にしていた紙の束を机の上に置き、俺の手元を覗く。裏を見てすぐに、「あ、若旦那宛ですね」と呟いた。何度か手紙が来てるんだな。
「はい。お渡ししておきます」
さらさらっと受け取りのサインを書いてくれた。よし、任務完了だ。
「あの、ついでに店内見て回ってもいいですか? この街に来たばっかりで」
声を掛けてみると、営業スマイルで「どうぞ〜」と言われた。手にしていた紙の束を取り上げる。ふとその書面に目が行った。やけに大きな取引額が並んでいる。そして取引相手の名前もガッツリ見えてしまった。
何事もなかったかのようにしばらく店内を回り、何も買わずに店を後にする。武器の方も一応見たけど、なんかやたらキラキラしてたので興味が失せた。




