美味しいは幸せ。あと名前は大事。
丸太はトレントだった。いや、びっくり。いつの間にか忍び寄られていたのを、モンタさんが殴り、コクシンが風魔法で切り倒したそうな。
ボアとともに魔法鞄に突っ込んで、野営地に戻る。
今日の晩ご飯は、ボア肉でハンバーグ。せっかく原型とどめたまま仕留めてくれたのに、結局ミンチにしちゃった。なんとなんと、ミンサー作ってもらった。キュリオスさんに。しかも魔導具で、自動でミンチになっちゃう。やったね。みんなよく食べるから、手動だと大変なことになるところだった。お代は、販売権で。
「ふむふむ。こんなふうに使うんだ。ミンチにしたあと、またまとめちゃうんだね」
調理の様子をずっとキュリオスさんが眺めている。
「まぁ、ミンチのまま使う料理もあるけど」
コクシンが俺が捏ねて分けた肉のタネを、ぺんぺん空気抜きしてから鉄板の上に並べてくれている。俺の手だと小さすぎてな。人数多いし、大きめのハンバーグにしよう。
「ふぅん。よく知ってるな。あれか、料理スキル持ちか?」
「ううん。小さい頃から作ってただけで」
「今でも小さいけどな」
「キュリオスさん?」
何か聞き捨てならん言葉が差し込まれたが、置いといて。
「残念ながら、スキル化はしてないんだよね」
「小さい頃って、おまえさん親はどうしてたんだ?」
肉が焼け始める匂いにつられてか、少し離れて警戒してくれていたモンタさんと御者さんが戻ってきた。そばで野菜をちぎっていたラダが、ちらっとこっちを見る。
「いるよ、普通に。まぁ、でも、長兄制が蔓延ってたとこでさ、俺なんか下だから、家族って感覚があんまりないんだけど」
「ああ…。まだそんな制度が残っとるところがあるんじゃな。より良いスキルは一番上の息子に引き継がれる…じゃったか。そんなわけないんじゃがの」
コーネギーさんが吐き捨てるようにそう言った。俺も町を出てから知ったけど、もう廃れてる制度なんだよね。小さい町だけに、都合が良かったんだろう。
「よく飯抜きにされたから、自分で作ってたんだよね、隠れて。お陰で狩りも解体も出来るようになったし、下手な宿のご飯より美味しく作れるようになっちゃったよ」
残飯みたいなご飯食べたら逆に腹壊しそうだったから、そりゃもう必死に前世の知識をフル活用させた。そもそも、前世の味覚があったから、この世界の普通すら不味く感じて大変だった。最初は串に刺して焼くだけだった。塩を付けるタイミング、火加減、味付けに使えそうな草探し。試行錯誤の毎日だったなぁと、ちょっと遠い目になる。
「ちっさいのに苦労してるんだな」
「小さいは関係ないです、キュリオスさん。それより、これ、バラせるんです?」
「うん?」
首を傾げるキュリオスさんに、ミンサーをツンツンしてみせる。
「中、洗わないと」
「それはこの蓋開けて…。なるほど。刃の部分とか、管の部分か。確かにバラバラにできないとまずいな。こりゃ、作り直しだな」
「あらまー」
出来は完璧なのに。細かさも均等だし、速さも及第点。でも洗えないとね。調理道具は清潔が1番だよ。電化製品ではないから丸洗いもできそうだけど、細かい部分はねぇ。キュリオスさんと一緒に、外せる部分を確認していく。
「レイト、もういい?」
そうこうしている間に、ハンバーグにいい色が付いていた。コクシンに串を刺してもらって、透明な肉汁が出たらオッケー。ソースを作り忘れたが、味濃いめにしたからこのままでいいか。
では、いただきますっと。本日のメニューは、ハンバーグ、マッシュポテト、街で買っておいたスープを温め直したもの、パンとサラダ。
「野営でこんなものが食えるとは」
御者さんが顔をほころばせて、温めたスープをすする。
「だよな。ワシの若い頃の野営飯といやあ、干し肉と水だったからな。パンすらないときもあった」
モンタさんが頷きながら、ハンバーグを口に入れる。
「美味い。たまに、寄ってきた魔物を捌いて焼いたりもしたが、料理と呼べるもんじゃなかったんだな、これを食っちまうと」
「血生臭くて、食えたもんじゃないよなー」
御者さんとモンタさんが意気投合している。2人とも元冒険者だから「あるある」ネタが通じるんだろう。そんなに難しいことじゃないんだけどなぁ。血抜きして焼くだけじゃない。
「そもそも、冒険者というのは極力荷物を小さくするのが鉄則だ。じゃないといざというとき動けねーし、戦利品を持って帰れねーからな。そんで、野営地に着いてからあれこれ動くこともしない。体力を温存するためにも。それがお前、元気に狩りに行くわ火を熾すわ鍋やらなんやら取り出すわ…」
モンタさんの言葉に「あ〜」と思わず唸る。
そういえば、初めて乗合馬車に乗ったとき、火を熾すことにすら不思議がられたっけ。前世知識と、こっちの常識にはだいぶズレがある。というか、こっちの人って、美味しいものは食べたいけど、自分で作ってまでは…という感じだ。
「だって、美味しいもの食べたいじゃない」
毎日食べるものが美味しいって、大事だと思う。それだけでテンションが違う。少なくとも俺は。干し肉の日々が続いたら、心が荒みそうだ。
「ん。レイトのご飯は美味しい。ただ腹を膨らますための時間じゃないと実感できる。そのための労力なら私は惜しまない」
コクシンが握りこぶしを作り、うんと頷く。どうでもいいけど、さっきから黙々とマッシュポテトをハンバーグに盛っている。あ、それをパンに挟むのね。
「僕も。美味しいご飯の為なら、解体も頑張れる」
はーいとラダが手を挙げる。ラダは普通に食べて…いや、ハンバーグがスープの中にいる。まぁいいさ。テーブルマナーなんてないし。
「魔法鞄様々だね。コクシンにも感謝だよ」
コクシンがいなかったら、魔法鞄は手に入れられなかったからね。肉汁たっぷりのハンバーグをパンと一緒に食べる。またオニオンフライ出ないかなぁ。もう在庫がない。肉だけのハンバーグも美味いけどね。
「感謝しているのは私だよ。レイトがいなかったら、私はどうなっていたか分からない」
コクシンのむずがゆい言葉に「大げさだなぁ」と苦笑する。するとラダも、
「僕も感謝してる。師匠に置いていかれて、あのままじゃあどうなってたか分からないもの!」
と、またむずがゆいことを言う。
コクシンの言葉に首を傾げたモンタさんたちが、ラダの言葉に一斉にコーネギーさんを見た。ふいっと視線をそらすコーネギーさん。「若いなぁ」とニマニマしている御者さんに、「仲がいいのはいいことだ」とウンウンしているキュリオスさん。
美味しいご飯があれば、こういう時間が取れる。もちろん気を緩めすぎるのは駄目だけど、騒ぐでもなく、「美味しいねぇ」と言い合える時間って、幸せだと思う。
まぁ、そんな大層なことは考えてないんだけども。
ただ美味しいものを食べたいだけなので。
「さて、第一回コのお名前選手権! 開催、です!」
闇夜にこっそり俺の声。
「第一回って、二回目あるの?」
ラダのツッコミに、「ないよ」と答える。ただのノリです。気にしないでください。
いつまでも種族名呼びもあれだし、呼びにくいので、名前を付けようということになった。年上たちは就寝中。ひっそり小声で開催だ。
コはちんまり香箱座りで俺たちの前にいる。そうしてると可愛いんだけどな。歩く姿がどうもな…。だからといって動くなというのも可哀想だし。
「エントリーナンバー1番。こーちゃん」
ストレート。わかりやすくていいじゃない。はい次、とコクシンを促す。
「え、エントリーナンバー2番? シュヴァルツ」
え、かっこよすぎない? てか、俺の記憶だとそれ、「黒」って意味なんだけど。コクシンによると、とある英雄物語に出てくる名前らしい。
「えーエントリーナンバー3番! カラアゲ」
ラダは唐揚げ好きだな! というか、謎の生き物に食べ物の名前付けようとするの、やめてよ。連想しちゃうじゃん。人前で呼ぶことも考えなさい。
「はい、じゃあ、誰のがいいかな?」
ある程度言葉を理解しているだろうということで、コ自身に選んでもらうことにする。
すっくとコが立ち上がった。表情がないからよくわからないが、唯一感情を示している短い尻尾は揺れている。楽しんでくれているようだ。ワサワサと動きだす。
「お、おぉ~」
コがぴとっと前足を触れさせたのは、コクシンだった。いつも俺にくっついてるから、絶対俺を選ぶと思ったのに。こーちゃんはイヤか。実はオスかメスかも分かってないけど、かっこよさげなのを選ぶあたりオスなのかな…。
「残念。可愛いと思ったのに」
ラダは唐揚げのどこに可愛さがあるのか、100字以内で述べよ。
「というわけで、お前の名前はシュヴァルツだ! 良かったな!」
もちっとしたボディーを掴み上げる。腹の下から、「へっ」という声がする。声に感情は乗らないらしい。いつもどおりの音だった。
あ、ちょっと、巻き付くのは足だけにしてください。顔はやめろ! 口! 口怖いからぁっ!
べりっとコクシンに剥がされて、ぺいっと捨てられるコ改めシュヴァルツ。仲間を与えようとしたり塩対応だったり、コクシンはシュヴァルツをどう思ってるんだろうな。




