ダンジョンに再出発!
おはようございます。今日はアンデッドダンジョン再アタックに向けて、出発の日ですよ。空は晴れ、風もなく、御者さんの天気予報スキルによれば、ここ数日は晴れが続くらしい。そんな旅日和の始まり。
「どうしたんだい、おまえさん」
やって来たギルド長に、心配そうな声をかけられてしまう。
現在、俺はコクシンに担がれていた。米俵のように肩の上でだらんと弛緩中である。
「あーおはようございます。ご心配なくぅ。ただの寝不足でありまぁす」
へろっと敬礼もどきをしたら、ますます心配される。いや、ほんと、何でもないんですよ。ちょっと気を抜くと意識飛びそうですけど。
ラダがコクシンの横で俺が落ちないように手を添えてくれている。申し訳ない。
「もうちょっと持ち方あんだろうが。どれ貸してみろ」
ギルド長が俺に手を伸ばす。「あっ」とコクシンが止めようとしたが間に合わず、俺はギルド長に赤ちゃん抱っこされてしまった。
あ、これ、ダメなやつ。適度な揺れと暖かさで、意識が朦朧とし始める。寝ちゃうから雑に運んでもらってたのに。もうダメです。おやしゅみやさい……。
「おーい。いい加減、こっちを向かんか。子供が寝ることの何を恥じることがある」
ガタゴト揺れる馬車の隅で、失態に丸まっている俺の肩をコーネギーさんが笑いながらポンポンする。そうやって笑うからだよぅ。自業自得だからいいんだけどさ。
ダンジョン行きの馬車は俺たち一行のみで、発車していた。俺が起きたのは、昼を過ぎてもうすぐ今日の野営地に着くよーという時間である。寝すぎた。というか、誰かお昼ごはんに起こしてくれても良かったのよ? 起こしたけど逆ギレされた? もうちょっと丸まっときましょうかね。
「そもそも、なんで寝不足なんだ? こいつらちっとも説明せんのだが」
ギルド長の言葉に、俺たち3人がすっとぼけるように視線をそらす。
いや、変なことをしていたわけではなく。
コのね、生態調査をしてたんだよ。何食べるかとか、出来ることは何かとか。体の構造的な。
栄養になるかどうかはともかく、わりと何でも口に入れる。魔力を食うと鑑定では出ていたので、くっつかれている俺の魔力が食われているのかもしれないが、今のところ吸われてる実感はない。
透明化は、好きに透け具合をいじれるようだ。気配察知はまだ未知数。
コの腹側は、ヒトデの裏側みたいになっていた。足の根本に口がある。ちょーグロい。出す穴は、見当たらない。体は軟らかくて、つまみ上げると滴状になってしまう。ひんやりもちもちしている。足に関節はない。
などなど。
途中でコクシンとラダは寝ちゃったんだけどさ、俺は気づいたら朝だったというね。あ、器用なんでジェンガやらせて遊んでいたというのは2人にも言ってない。
そんなわけで、翌日朝早くから予定が入っていたにも関わらず徹夜しちゃったのである。テヘペロ。
で、そもそもコの存在をまだ内緒にしているから、説明のしようがないのだ。コ? 今現在も大人しく俺の足にくっついているよ?
いつまでも丸まったままの俺を、コクシンが抱え上げ、自分とラダの間に座らせる。動いたせいか腹が鳴った。ラダが焼き菓子をそっと手渡してくれた。
「まぁまぁ。俺なんか二徹三徹当たり前だぞ?」
さらっとブラック企業かと言わんばかりの発言をしつつ、間に入ってくれたのは、今回のもう1人の同行者。
キュリオスさん。黒豹の獣人で、スラッとした体躯に黒くて丸い耳がキュートな、お兄さんである。銜えタバコと目の下のクマがデフォ。例のゴーグルを作ってくれた魔導具職人で、噴霧器を作ってもらおうと顔を出したら、「なにそれ、俺も自分の目で確かめたい!」と参加することになった行動力の人。
ついでに今回の参加者の確認をしておこう。
まず、俺、コクシン、ラダ、コ(名前がまだない)。食料は新たに買い足したけど、火の魔石を手に入れる時間はなかったので、今回は火炎放射器は使えない。まぁ、低層だけのつもりなんで、問題はない。ラダとコーネギーさんで、消滅薬量産してたし。
ギルド長。今回の言い出しっぺ。見た目ガテン系のおじいちゃん。両腕にゴッツいガントレットを装着している。銀に赤い線が入ったかっこいいやつ。元冒険者で、拳闘士だったらしい。今回のために引っ張り出してきたそうな。
コーネギーさん。ラダの師匠であり、悪ノリの片割れ。ちょっとふくよかな身をピッチピチの革鎧で覆っている。こっちに来て太ったんだって。杖を持っているが、魔法媒体でなく殴る用らしい。
あと、キュリオスさん。全く戦えない。その代わり試してみたい道具を持ち込んでいる。リュックに道具を詰め込むために、食料を置いてきた人。ギルド長いわく道具バカ。
そして、御者さん。まぁこの人はダンジョンまでだけど、前回の帰り送ってくれたノリの良いおっちゃんだ。あとお馬さん。
「今日はここまでだ」
御者さんの声とともに馬車がゆっくりと止まった。飛び降りてとりあえず背を伸ばす。やっぱり、ずっと座りっぱなしはつらいな。
「んーじゃあ、肉でも取ってくるかー」
俺の言葉に、ギルド長もといモンタさんが「取ってくるって、また気軽に…」と呆れたような顔をした。今は冒険者だから、名前で呼べと言われてしまったので仕方ない。
「ワシも行こう。こいつの感覚を取り戻しておきたい」
ガツンガツンとモンタさんが拳を突き合わせる。えー?
「コクシンは?」
聞くと「もちろん行く」と答えた。ラダの方を見ると、俺とコーネギーさんを見て迷う素振りを見せる。
「少しの間なら構わないぞ。俺も多少は動ける」
笑って行ってこいと手を振ったのは、自分の野営の準備をしている御者さんだった。
「その代わり、うまい飯を期待しているぞ」
「分かった」
ということで、俺とコクシンとラダとギ…モンタさんで狩り。野営地を離れ、ちょっと森の中に分け入る。
「何を狙うんだ?」
「肉なら何でも」
聞いたモンタさんが俺の答えにふっと笑った。焚き木になる枯れ枝を拾いつつ気配を探る。
へっ
コが鳴いた。下を見ると、コの足が一本だけ実体化していて、ある方向を指さしていた。気配察知で感じ取ったらしい。器用なことをする。どれくらいの範囲で感知してるんだろう。
「どうした?」
立ち止まった俺に、コクシンが首を傾げる。いつもコが巻き付いている方の足を動かして見せると、「ああ」と頷いた。コは今完全に透明だからな。
「お、来たぞ!」
次に感知したのはモンタさんだった。流石というべきか。それから少しして俺たちにも、四足の歩く音が捉えられた。コクシンが柄に手をかけ、ラダは棒を構える。俺は、無手だ。
がさっと茂みを揺らして顔を出したのは、小さめのボアだった。こっちに気づいて一瞬動きを止めたあと、姿勢を低くして突っ込んできた。コイツラは逃げるということをしないのか。
「ワシが行こう!」
モンタさんが一歩踏み出す。こちらも腰を落とし、腕を引いている。真正面から受けるつもりか?
「せいやぁ!」
モンタさんが拳を突き出す。ぼごん!と骨に響くような鈍い音が響いた。
「っかぁ~! こりゃキツイや」
モンタさんが体勢を戻すのとほぼ同時に、ボアの体がぐらっと揺れて倒れた。泡を吹いて白目をむいている。額のあたりが陥没していた。
「す、すごーい!」
ラダがパチパチと拍手をする。だがモンタさんは気に入らないように、首を横に振った。
「全盛期はこれぐらい粉砕できたんだがなぁ」
「粉砕って…」
「肉がいるのに粉砕したらだめだと思う」
コクシンがボソッとツッコむのに、モンタさんが「そういやそうだ」と笑う。そういうコクシンもよく食材になるものを細切れにしてるからね?
その場で血抜きと解体をしてしまう。モンタさんとコクシンが警戒してくれていた。ラダが手際よく皮を剥いでいく。俺はその横で、コを眺めていた。実体化して、地面に滴った血を吸収している。
「…内臓も食べるのかな?」
「あげてみようか?」
ラダがそっと切り取ったばかりの肝臓らしきものをコの前に置く。コはツンツンしてから、前足2本で掴み上げ腹の下へと持っていた。ぶしゅりじゅぶじゅぶと生々しい音がする。
「食べられるみたいだね」
本当になんでもいいんだな。まぁ、内臓の処理が楽になるから便利でいいかも。とか考えていたら、コはもういらないとばかりに、次と差し出された心臓を無視して透明化してしまった。足に巻き付かれる感触がする。
「少食なのかな?」
ラダが首を傾げる。どうだろう。ただ単に味が気に入らなかったのかもしれないが。いつかスライムで考えていた、ごみ処理担当にはなれないようだ。
「おーい。まだかぁ?」
モンタさんの声に振り返る。丸太を抱えていた。コクシンも負けじと丸太を抱えているが、腕がプルプルしている。何やってるんだろう。




