折り紙教室
「はーい! こーんにーちはー! 本日の講師、キュートなレイト君だよ。がんばって折り紙しようねっ! 騒ぎたいだけの人は、席を譲るよーに! ねっ!」ニコニコ
ざわっざわざわ…
横から手が伸びてきて、コクシンが無言で俺の額に触れた。
「熱はないな。どうした、テンションがおかしいぞ…?」
「そぉお?」
まぁ、ちょっとヤケっぱちだけどね。
本当にどうしてこうなったんだろう。社交辞令のつもりだったのに、冒険者ギルド前には机と椅子が並んだ、即席青空折り紙教室が開催されていた。
どこから話が行ったのか、服飾関係の人や、素材屋、雑貨屋などから人が来ている。あとは、鶴を作ったときに居た冒険者たち。話を聞いた子どもたち。そして、ギルド長。
「…ギルド長、こんなところにいていいんですか? 仕事終わりそうです?」
何故か最前列にいるギルド長に、コソッと尋ねる。
「終わらせる! まぁちょっとした息抜きだ。副の許可も取ってある!」
グッとサムズアップされる。まぁ、大丈夫ならいいんですけど。あ、副ギルド長が後ろの方で見ている。目が合ったら、小さく頷かれた。
「えー、失礼しました。改めまして、本日は、紙でこういったものを作ってみようという企画です。紙はギルドの方で用意していただきましたので、数枚ずつ持って行ってください」
受付嬢に借りた、ゴーストの布で作った足のある折り鶴。それを手のひらの上に乗せてみんなに見せる。商業関係の方は目を見開いて見ている。そんなに目新しいものだろうか。
ところで、この世界には普通に紙がある。真っ白な上等なものではないが、一般市民がメモ書きに使える程度には普及している。でも色紙はない。色の付いた紙はあるけど。なんていうか、カラー画用紙的なやつ。
そんなわけで、ギルドが用意した紙を、せっせと正方形にしていった。朝、コクシンとラダが。一応裁断機はあったんで、がっしょんがっしょんしただけだけどね。
「ではまず、こうやって折りまーす。揃えないと、出来上がりがきれいじゃないですからね」
もちろん山折り谷折りすら知らないし、手元を映すものもない。俺が折っていくのを、みんなで覗き込んでは、自分のを折りに戻るを繰り返した。コクシンとラダに仕込んどくんだった。
そして、出来上がったのがノーマルな鶴。皆さんの仕上がりはいろいろだ。折り目がズレてるから歪んでたり、首がもげてたり、丸められてゴミになってたり…。さすがに服飾関係の人は手先が器用なのか、一発できれいな鶴になっている。
「…ワシは向いてないな…」
ギルド長の手のひらには、惨殺死体のような鶴だったものが乗っていた。途中で千切れたようだ。
「ウ~ン…」
コクシンの目の前には、しわくちゃの紙。
「できたー!」
ラダの目の前には、足の生えた鶴。いや、なんでだよ! 今それ教えてないよね? 偶然なの? それとも、もう理解したの?
それはともかく。他にはどんなものが!? と、鼻息荒く詰め寄られたので、知っているものを次々折っていく。とはいえ、子供の頃にちょっとやっただけだ。チラシで作っていた、組んでいく箱まで作ってしまった。
「ふむふむ。なるほど興味深い。紙一枚で、これほど多様に形が作れるとは」
感心してくれるのはありがたいが、俺のは本当に簡単なものだけだ。本当にすごい人は、ドラゴンやらものすごい花やら折っちゃうんだけどね。
へっ…
鳴き声に下を見ると、俺の足に巻き付いている半透明のコが、1本の足で折り紙を差し出してきた。きれいに鶴になっている。すごいなと思ったら、足元にいくつか丸められた紙があった。うん。努力賞だね。
へっ
声をかける訳にはいかないが、褒めてもらっていることは分かるんだろう。ピピピピとせわしなく尻尾が動いている。
はい。謎の幻獣、コ。追い付かれ巻き付かれ、ブラックアウトして目覚めたら、すっかり居座っていた。コクシンが引き剥がしてもすぐに戻ってきて俺に巻き付く。数回それを繰り返し、コクシンは諦めた。もうちょっと頑張ってくれとは思ったが、俺もすぐ諦めた。まぁ慣れれば可愛いく見えなくもないような気がしないでもない。
普段やつは俺の足に巻き付いて過ごす。歩くとめっちゃ揺れると思うんだけど、気にならないようだ。透明化しているので、俺にすら見えない。が、がっつり感触はあるので、もっちりひんやり感はあるのだが。
何か訴えたいことがあるときだけ、一言鳴いてから姿を現す。人に見られちゃいけないというのは、理解しているようで、コソッと人目に付かない位置にいるときだけだけ実体化する。へっしか言わないけど、頭はいいんだよな。
「少々よろしいでしょうか」
顔を上げると、職人さんたちがいた。満足そうな顔で頭を下げられる。
「本日はありがとうございました」
「あ、いえいえ。大したものは作れなくて、逆に申し訳ないです」
「いえいえいえ。自分の知らないものを知るというのは、いくつになっても楽しいものです。形、作り方ともに勉強させていただきました。折り紙とは、装飾品から遊び道具まで、幅広いですね」
鶴は装飾品ではないんだけどね。いや、飾っとくという意味では装飾品か。
向こうの方で歓声が上がった。
飽きっぽい子どもたちのために、紙飛行機を教えた。これが大人たちにも大ウケで、キリのように細くしたり、カーブを付けたり、それぞれアレンジをして飛距離を競い始めていた。直滑降して大笑いし、宙返りをしてどよめきが起きる。楽しそうで何よりだ。
「それでですね、これ、わたしたちの商品なんですが、ぜひとも受け取ってください。今日のお礼です」
「えっ」
竹ひごで編んだカゴに、いろんな商品が詰め込まれている。髪飾りやアクセサリーは、正直もらっても困るのだが。あとは木の玩具とか、レース編みの小物とか、何かの牙に彫られた彫刻とか…。
「いやでも、一応お駄賃はギルドから頂いてますし」
本日の受講料は、どなた様も無料である。まぁ、彼らはいくらか払ってるのかもしれないけど。
「まぁまぁ、気持ちということで」
と、しっかり受け取らされてしまった。うんまぁ、もらえるもんはもらいますけど。宣伝がてらだろうし。とか思って、家に着いてから中身を確認したら、底の方にお金が入っていた。怖ぇ。
さてさて、そんなわけで。折り紙教室もお開きである。雑貨屋は「紙を取り揃えねば」と走っていき、装飾組は俺が新たにゴーストの布で作ったぬいぐるみを囲んで唸っている。素材屋はギルドと交渉中。冒険者たちは、酒盛りに突入していた。子どもたちはいつの間にか解散している。そういえば、ギルド長もいつの間にかいなくなってたな。
「お疲れ」
ポンとコクシンが肩を叩く。ラダも片付けを終え、こっちにやってきた。
「終わったねー」
「おーう。お疲れさん。朝から大変だったね、今日は」
うーんと伸びをする。久しぶりに沢山の人と喋ったなぁ。ケンカも発生せず、終始和やかな折り紙教室であった。楽しかったし、面白かったけど、しばらくはこういうのはいいや。うん。ギルドに言っとかないと、第二弾とか企画されそうだ。
「レイト。見てみてー!」
ラダがひょいっと何かを俺の目の前に差し出す。うん? 茶色い。こ、これは、紙で出来た……なんだろう?
首を傾げると、ラダはちょっと口を尖らせた。
「唐揚げだよ?」
「から…?」
え、なんで折り紙で唐揚げを作れるのかな? っていうか、わざわざ色塗ってまでなんで唐揚げを作るのかな。それ折ってるの? 丸めてるだけじゃなくて? どこに才能使ってるの?
「…どうせなら、食べられる本物がいいな」
ポツンと漏らしたコクシンの言葉に、ラダがさらにむっとする。
「今は折り紙の時間でしょ! コクシン、一個も作れてないじゃない」
「む。作ったぞ!」
これだ!とコクシンが取り出したのは、吹き流しみたいな不思議な物体。俺とラダが首を傾げると、コクシンは何を思ったのか、ギルドに向かって走っていった。すぐに戻ってくる。
「これでわかるだろう?」
赤い点が2つ。え、えーと、もしかして。
「コかな…」
正解だとコクシンが満足げに頷く。
「え。僕のがすごいよね?」
「食えない唐揚げに意味はない」
「コだって意味ないじゃん!」
「1人じゃ寂しいだろう?」
「仲間だなんて思わないよ!」
「そんなことない。見ろ」
コクシンの誇らしげな声。俺の足元で、吹き流しにじゃれつくコ。
「いやそれ、おもちゃとして見てるよね!?」
「違う。友達だ」
「「なぁ(ねぇ)レイト!?」」
いや、俺に振らないでよ。どっちでもいいとか、どうでもいいとか言うと怒るんだろうな。
「うん。お腹空いたねぇ。今日は何にしようか?」
「「唐揚げ!」」
いいね。じゃあ鶏肉を買って帰らないとね。コ、それ(コクシンの力作)はオヤツじゃないよ。もう半分ほど無いけど。コクシンが気づく前に帰ろうね。




