迫りくる白いアレ
ポッコポッコと軽快な足音を響かせながら、我らがお馬さんたちは楽しげに歩いてくれていた。街を囲む石壁沿いに歩いているので、魔物の心配もさほどなく、ポカポカの日差しと揺れ具合にうつらうつらし始めてしまう。
結局、アンデッドダンジョン再アタックは、5日後、いや、あと2日後になった。さすがにギルド長が「ちょっくらダンジョン行ってくるんで、2週間ぐらいよろしく~」とすぐに行けるわけもなく、こなさなきゃいけない仕事を片付けるのにそれぐらい掛かるそうだ。
俺たちはギルド長の護衛扱いで、依頼という形にしてくれるらしい。まぁ、それならお金もポイントも稼げるし、と渋々受けた。丸投げ失敗である。どうしてこうなった。
そんなわけで、時間が空いた俺達はお馬さんのご機嫌取りをしている。2週間ほど他人に預けられっぱなしだったのだ。引き取り…ではなく、会いにきた俺たちに、頭突きをかますくらいにはご機嫌斜めだった。残念ながら、またお父さんたちは行ってしまうのである。「ごめんよ~」と構い倒し、ご飯をあげ、ブラッシングしてやり、こうして散歩をしているのだ。
「あれ? ちょっとちょっと、ツクシ! そっちじゃないよー」
ラダの声に、考え事から意識を戻す。後ろを歩いているはずのラダを振り返ると、ツクシが森の方へと進路変更してしまっていた。
「ツクシさーん。今日は狩り行かないよー?」
ブランカに方向転換してもらって、ツクシを追いかける。先を行っていたコクシンとクロコも戻ってきた。
「どうしたんだ?」
コクシンがラダに問いかける。
「いや、急に言うこと聞いてくれなくなって…」
ラダが首を傾げる。もちろん強く手綱を引くなりすれば止まるのだろうが、普段は足の指示だけでちゃんと動いてくれるいい子なはずだが。
ツクシはといえば、なにかステップを踏むような足取りで楽しげに歩いている。
「…ん?」
不意にコクシンがスンスンと鼻を鳴らした。
「なに?」
「いや、この香りは」
香り?と首を傾げたところで、俺の鼻もそれを感じ取った。嗅いだことのある、甘く芳しい香り。そして、すぐにその香りの元が目に入ってきた。
「プルンコか」
いつぞや採取したことのある果物。ブドウに似た甘くて酒精が含まれているやつだ。そういえば、馬の中でツクシだけがプルンコを食べていたな。これの香りに引き寄せられたようだ。
ツクシが振り返り、ふんふんと首を縦に振る。
「分かった分かった。でも、危ないから今後はラダの言う事ちゃんと聞くこと。いい?」
ぶふー。
ブランカから降り、ツクシの首を撫でつつ注意すると鼻息で返事をした。それはどっちだ。もちろん、人間の言葉を理解しているとは思わないが。
「周囲に危険な魔物はいないようだ」
コクシンが一周りしてきてくれていた。前はコボルトの群れに襲われたからな。
「分かった。じゃあ、ちゃっちゃと採って戻るか」
「あ、僕あそこの薬草採ってていい?」
ラダが手を上げて別行動を告げる。
「見えるところにいてよ?」
「うん。大丈夫」
「じゃあ、コクシンは真ん中で警戒ね」
「分かった」
コクシンは馬たちを集め、俺とラダを視界に収められる位置で立ち止まった。
へっ……
「ん?」
いまなにか聞こえた? 耳を澄ます。さわさわと風で揺れる葉が鳴る音と、ラダが動く音しかしない。聞き間違いか? だが少しして、息を吐くような小さな音が聞こえた。なんだろう。危なそうな感じはしないから、後でいいか。
気にはしつつ、プルンコの木を見上げる。
時期としてはもう終わりなんだろう。下の方はもう実が付いていないし、上の方も鳥に食べられたのか無くなっている。中程の、葉の陰にいくつか見えるくらいだ。地面に落ちて潰れた実のせいで、酔いそうになる。ちょっと腐ってもいるのか、秋のイチョウ並木を思い出した。銀杏かぁ。この世界にもあるのかな。
よじ登り、無事そうな実だけを選んで魔法鞄に放り込んでいく。それでも30個ほどは採れた。ギルド長たちにもおすそ分けしようかな。
するすると木から降りると、また、あの音が聞こえた。
へっ
なんというか、ただの生き物の呼吸音にも聞こえるし、ちょっと馬鹿にされているような感じもする。
「どうした、首を傾げて」
コクシンが近づいてきた。ラダも採取し終わったのか、戻ってくる。
「いや、なんか声というか音というか」
へっ
「あ、ほら、これ!」
2人にも聞こえたようだ。あたりを見回している。が、特に何も見つからない。
「まぁいいや。戻ろ……ひにゃぁぁぁ!!?」
歩き出そうとした俺の足に、ヒンヤリもっちりした何かが巻き付いてきた! 締め上げられるような感触に、たまらず何故かバンザイする。と、コクシンが俺の脇を掴んでガッと抱き上げた。
「ななな、何なに!?」
ラダが棒を構えてキョロキョロしている。
俺はといえば、コクシンに持ち上げられたまま、自分の足にしがみついているそれを凝視していた。ナンダコレ。
「ラダ! 足だ! レイトの足!」
「ふおっ!? な、なにこれ、ちょっ、離れろ!」
コクシンの言葉に、ラダが俺の足にくっついている何かに気づいた。棒でグイグイ突く。意外と簡単に、それは俺から剥がれて、ぺそっと地面に落ちた。
動いてはいるから、生き物だ。真っ白な大福みたいなボディーに毛らしきものはなく、赤いつぶらな瞳が2つ。何より奇抜なのが、足が6本あることだ。それも昆虫みたく、腹の下からまとまって生えている。その足も、触手というかなんというか、白くて長い。そんでもって、指が3本ずつある。端的に言って、気持ち悪い…。
謎の生き物は体ごとキョロキョロすると、俺とコクシンの方にサカサカっと歩いてきた。
「「ひいっ」」
足をバラバラに動かし歩く様は、コクシンの苦手な蜘蛛みたいだ。俺と一緒に引きつった声を上げて、2歩3歩と後ろに下がる。
「え、えいっ!」
ラダが棒の先でそれを押さえつける。棒がめり込み、それはその場でジタバタし始めた。いや、びたんびたん? 指が地面をタップしている。
「れれれれレイトぉ、こいつブニョブニョしてるよぉ」
眉を八の字にして、ラダが感触を伝えてくる。知りたくない、知りたくないぞそんなもの!
「レイト! 鑑定!」
相変わらずオレを抱っこしたままのコクシンに言われ、ハッと気づく。そういやそうでした。こういうときこそ鑑定ですね。君はなんぞや。
『コ(変異種)
幻獣の一種。通常種は、白黒縞々。群れで生活し、滅多に他種族の前には姿を現さない。魔力を食べて生きている。
スキル:気配察知、透明化
変異種故に群れから追い出された個体。魔力不足により死にかけている。』
「お、おわぁ…」
ツッコミどころが満載だな。種族名が一文字ってなんだ。いや、それより死にかけってのがまずいな。幻獣って確か、動物でも魔物でもない、神がかったなんかだったはず。いつぞやの鹿みたいな感じか?
とりあえず、コクシンに下ろしてもらう。魔力か。ポーションでいいのかな。自然物のがいいか。よくわからないが、魔法鞄からいろいろ取り出してコの前に並べてみる。
「こいつはコっていう、幻獣らしいよ。魔力不足で死にかけてるって出たから、とりあえず出してみたんだけど」
首を傾げる2人に説明。ラダは「えっ」と自分の手元を見た。未だ押さえつけているままだ。放す?と目線で問われ、ちょっと躊躇してから頷いた。いざとなったら、コクシンを盾にしよう。
ラダが棒を引く。と、ガバリとコが体を起こした。びくりとコクシンが身じろぐ。俺はコクシンの後ろに回り、そっと覗き込む。コは、前足2本を伸ばして、コランの実を掴み上げた。そのまま口に…え、口は腹の下なの? 指で器用に掴んだ実をどんどん腹の下へと持っていく、コ。なんか、咀嚼音がする。どうなってんだ腹側…。
へっ
俺が出したものをあらかた腹に収め、コは前足を止めた。「へっ」というのは、どうも鳴き声らしい。腹側から音がする。
へっ…
足を折りたたみ、座り込むコ。うん。足がないと雪うさぎみたいで可愛げがある。大きさは、だいたい俺の両手のひらに乗るくらいかな。足がなければ。尻尾らしき短い何かが尻側で高速で動いてる。
「どうするんだ?」
コクシンが聞いてくる。どうするも何も、お帰り願いますよ?
「今のうちに行こう」
ラダを手招き、馬たちの方に急ぐ。かっかっとブランカが地面を掻いた。耳が伏せられている。振り返る。
「き、来たぁーー!!?」
わさわさわさっと足を高速で動かすコ。表情がないからなおさら怖い。足の動きが何よりキモい。ブランカによじ登る。心得たとばかりに、指示せずともダッシュしてくれるブランカ。続いてクロコにまたがったコクシンと、ツクシにまたがったラダが並ぶ。
「走れ! 走るんだ!」
振り返る。よし! 白い姿は見えないな! 振り切っ…
ひたりと、足にまとわりつく感触。
俺の足には、白い大福が長い足を絡ませてくっついていたのだった…。




