好都合な再会
振り返ったラダが、目を真ん丸にした。
「ふぇぇぇ!? し、師匠!?」
久しぶりにラダの「ふぇぇ」が出た。ってか、今なんて言った!?
「おまえ、何だその頭は…」
声のした方を見上げると、呆れたような顔をするおじいさんが居た。少しふくよかで、頭髪は真っ白だ。ヤギみたいな白いヒゲを生やしていて、丸メガネを掛けている。かごを背負っているのだが、そこからなにかの足が突き出ているのが気になる以外は普通のおじいさんだ…。
「うぇぇ? こ、これは、そのっ」
ラダの目が泳ぐ。おじいさんはそれを見て「ははぁん」と顎をさすりながらニヤリとした。
「アレを使ったんだな? 作るなと言うたのに」
いや、そもそもそんなもん教えないでくれないかな。
ちなみに、後々聞いた話だと、元々のラダは銀髪前髪ぱっつんの美少年だったらしいよ。ふぇぇ。ってか、よくラダだと分かったなぁ。
おじいさんの視線が、俺とコクシンをとらえる。
「あ、あの、師匠! 僕、今冒険者をやってるんだ。こっちがレイトで、こっちがコクシン。パーティーメンバーだよ。僕のことを誘ってくれたんだ。レイト、コクシン、この人は僕の師匠でコーネギーさん」
ラダが立ち上がって紹介してくれたので、俺たちも立って「初めまして」とペコリとする。
「ははは。おまえが冒険者とは。使いにやるだけで、ぴーぴー泣いてたってのにの」
「い、言わないでくださいよぉ」
ラダはモジモジしたあと、ハッとしたように顔を下げた。
「あの、師匠。あのお店、売っちゃったんだ。守れなくてごめんなさい…」
「いい、いい。おまえにやったものだ。好きにしたらいいさ」
手を振り笑うコーネギーさん。飄々としているが、言葉は優しい。
「あの、聞いていいですか?」
「うん?」
「あの街の惨状に、気づいていたんですよね?」
シワの奥にある目が、ひたりと俺を見つめた。それから、背を伸ばすように空を仰いだ。
「まぁの。だが、それも時代の流れかと口は出さんかった。いいものさえ作っていれば売れる。そう思っていたんだが、客は確実に安い方に流れた。ちょうどラダも手が離れたし、ジジイは引退しようかと思うての。まぁ、ラダの性格じゃあ、遅かれ早かれ潰すじゃろうと思っておったがの」
肩を揺らして笑うおじいさんに、ラダが口を尖らせる。
「ひどいよ。それならそう言ってくれればいいのに!」
「おまえはうちに来たときから、商売に興味を持っとったからな。ワシが向いてないと言うたところで、納得せんと思うての。やってみて、よう分かったじゃろ?」
「むぅ。言い返せない…」
まぁ、そんなアレコレがあったからこそ、ラダは俺たちと一緒にいることになったんだけどね。
「もう1ついいですか?」
再び俺の方を向いて、コーネギーさんが首を傾げる。
「その、かごから出てるのって、なんですか?」
俺の質問が予想外だったんだろう。きょとんとした顔をしたあと、「ワッハッハ!」と笑い出した。笑いながらかごを下ろし、何かの足を掴み上げた。
「これな、トリトレクランカっつー、木の枝だ。乾燥させたあと粉にすると、妊婦にいい薬になるんじゃよ。まぁ、見た目獣の足みたいに見えるがの。触ってみるか?」
差し出されたので持ってみる。見た目より重くて硬い。ただ産毛みたいなのが生えてて、くの字に曲がってたりするので、どう見ても足だ。枝ってことは、これが無数に幹から出てるんだろうか。ちょっと悪夢を見そうだ。
「師匠、この街で薬作ってるの?」
ラダがコーネギーさんにそう聞いた。俺はそれを聞きながら、コクシンへとトリトレクランカの枝を渡す。が、コクシンは眉を寄せて首を横に振った。首を傾げると、かごに戻せとジェスチャーされる。こういうの、お嫌いですか?
「…おぉ。まぁの。その、なんだ、嫁ができてな」
「えぇ! 師匠結婚したのー!?」
ラダの驚きの声に、コクシンに足…じゃなくて枝を握らせようとしていた俺は、びっくりして振り返った。その隙にコクシンはラダの後方へと回り込んでしまう。
「旅をしとったんだが、腰を痛めての。見てくれたのが嫁さんじゃよ。できた嫁でな。飯はうまいし、調剤もうまい。おまえさんと違って愛想もいいぞ!」
「ひどい」
最初は照れていたが、徐々に惚気になっていった。微かに頬を染め、嬉しそうに話すおじいさん。まだまだ現役のようで何よりです。
「そうだ。これからうちに来るかい? ついでにラダ、腕が落ちていないか、見てやろう」
「落ちてないよ! 師匠に習ったの以外も作れるようになってるんだからね!」
「ほうほう。それは楽しみだ」
俺から枝を受け取りかごに戻し、それを背負うコーネギーさん。ラダ、俺、コクシンと順繰りに見て、「飯を奢ってやろう」と笑った。
「まぁまぁ、こんなに可愛い子たちが来てくれるなんて、おばさん嬉しいわ!」
街外れの一軒家、出迎えてくれたのはどう見ても20代くらいのお姉さんだった。耳がちょっと尖っている。エルフとかかな。それならこの若さも頷け…え? 35才? なるほどー。愛があればいいよね。
「おばさん、腕によりをかけて作るわ!」
嬉しそうに両手を合わせて笑顔を見せてくれるので、もうご飯食べたので遠慮しますとは言えなかった。コクシンとラダも同じらしく、モゴモゴしたあと「ご馳走になります」とか言っちゃってる。
まぁ、入ります。若いですもの。
奥さんの名は、メルさん。ハーフエルフで、ラダやコーネギーさんと同じ調剤のスキル持ち。この一軒家は薬屋の店舗にもなっている。ほわほわした見た目で、自分のことをおばさん呼びするのが違和感がある。
「そうそう。この根はね、細く切って茹でると食べられるのよ」
この世界にもゴボウはあるらしい。ただし、ラディッシュみたいな赤い色をしているが。
ただご馳走になるのも悪いので、俺は調理補助を買って出ている。ナイフでささがきにする俺の手元を「器用ねぇ」とメルさんが見ている。あの、おじいさん、メルさん取ったりしないんでこっち見ないでくれませんかね。
コクシンは薬草を板の上に並べている。陰干しのお手伝いだ。意外と神経質に並べていく。そんなに整列させんでもとは思う。
ラダは師匠の前で、調剤の腕を披露している。基本的なポーションを作って見せ、なんとか合格をもらったようだ。俺からすれば他より品質がいいし、ラダの腕も相当凄いと思うんだけどな。これが普通とか、後でコーネギーさんの作ったもの見せてもらおう。
「いただきまーす!」✕3
食事を前に手を合わせる俺たちを、2人が不思議そうに見た。俺の故郷の習慣だと説明すると、2人も見様見真似でやってくれた。小首を傾げながらちょこんと指先だけ合わすメルさんがカワ…イ……は!殺気が!
いただいたのは、ジャガイモと肉の煮物。ゴボウとニンジンの炒めもの。カボチャのスープなどなど。全体的に薄味だったが、下手な宿よりよっぽど美味しい。なにより、どうやら全部コーネギーさんの好物らしい。ごちそうさまです。甘々な空気に当てられ、腹いっぱい食べた。
「でね、これが消臭剤! アンデッドダンジョンで採れたキノコで作るんだよ。香水を使うよりも臭いが取れるし、普段の臭いにも使えるんだって」
食後はラダの自開発のプレゼンである。隠さず報告していいと言ってあるので、ラダは喜々としてアレコレと鞄から出していっている。あ、クリスマスツリーのことだけは、内緒にしてもらった。
「ほう。あのキノコに食用以外の利用価値があるとは…。確か買取価格は低かったと思うが」
「うん、そうなんだ。レイトが言うにはね、これを量産することができれば、この街の特産になるかもって」
「ふむふむ、興味深い話じゃのぉ。ワシもこの街に骨を埋める覚悟じゃ。メルのためにも、主力商品ができるのはありがたい。しかし、いいのかね。ワシらに教えて」
じっと、コーネギーさんが俺を見た。傍目からすれば睨んでいるような強い眼差しに、メルさんが咎めるように「あなた」と言いながらコーネギーさんの手を握った。
俺はわざとおどけたように、肩をすくめてみせた。
「もちろん。こちらにも利があるから話してるんですよ」
丸投げ要員確保じゃー!




