飛んで火に入る…
5階層をウロウロし食料が少なくなってきたので、せっせと階段と階層を駆け登ってきた。ダンジョンから出て目にしたのは、泣き崩れる借金2人組だった。ゴーレムからゲットした石を真ん中に、向き合ってさめざめと泣いている。
「えっ…と、どうしたの?」
声を掛けていいものか迷ったが、放置しておくわけにもいかない。
「ははは。ほっとけほっとけ! せっかく運んできた石がアルコンガラだったんで、打ちひしがれてんだよ」
2人だけかと思ったら、御者さんがいた。よく見れば馬車も止まっている。御者さんは焚き火の前に座っているから、すぐに出発ではなさそうだ。
空を見上げて時間を確認しようとしたら、慣れているのか御者さんが「昼過ぎだよ」と教えてくれた。
「出発は明日の朝だ。運がいいな」
「いいんですか?」
首を傾げると、御者さんはカラカラと笑った。
「そいつらなんて、タイミング悪くて3日ここで待ってたんだってさ。雨で俺の馬車が遅れたからなぁ」
それでまだ居たのか。俺らより先に登っていったのに、まだ居てしかも泣いてるから、びっくりした。
馬車は2日に1回のペースで街から出ているが、雨で順延になったり、魔物が多く出て遅く着いたり、何なら負傷者が出て途中で引き返してしまうこともあるそうだ。
「アルコンガラって?」
「ああ、軽いし脆いしであまり値がつかない石だよ。2人が嬉しそうにしてるもんで、ついおっちゃんポロッと言っちゃったんだよね」
アッハッハッ! 楽しそうな御者さんの笑い声に、借金2人組が「むごい…」と打ちひしがれている。夢は街まで保たなかったらしい。
「そういえば、お前らはあまり臭わないな? そんなに潜ってないのか?」
枯れ木を焚べながら首を傾げた御者さんの言葉にギクリとし、それから心の中でよっしゃー!とガッツポーズをした。
実はダンジョンから出るときに、ラダが作ってくれた消臭剤を使ってみたのだ。もらった香水瓶の中身をごめんなさいしながら別の容器に移し、消臭剤を入れて噴射してみた。正直なところ、自分の鼻が馬鹿になっていたので、あまり実感がなかったのだ。
「ふふ。ちょっとね」
消臭剤の方は特別な素材は使っていないので、公表しても構わない。が、どうせなら高く買ってくれそうな冒険者ギルドとかに話を持っていきたい。それまでは内緒だ。生活臭にも使えるそうなので、他の街にも広まるといいなと思う。
「レイト、テント張り終わったぞ」
俺が御者さんと談笑している間に、コクシンたちが野営の準備を終えてしまっていた。
「うお、ごめん。ありがとう。じゃあ…、狩りでも行ってくるか」
まだ日が落ちるには早い。保冷庫の中にはもう生肉はない。乾燥パンとか干し肉はまだあるけど、せっかくだし、美味しい肉が食いたい。あ、クライウルフの肉は残ってた。売れるのかなぁ、これ。
「ん。じゃあ、行くか」
「あ、コクシンは火を見てて。俺とラダで行ってくるから」
留守番を任命すると、コクシンは「なんで?」とばかりに首を傾げた。それからハッとしたように「私はなにかやってしまったのか?」とか慌て始める。なんでだよ。1番動いててお疲れだろうから、休んでていいよって意味だよ!
「疲れてなんかないぞ」
その場でスクワットを始めるコクシン。
「あれ、何してるの? あ、コクシンも用足し行ってくる?」
ラダがとことこ来て首を傾げる。トイレを我慢しているわけじゃないんだよ。コクシンもしゃがみ込んだまま、「違うんだ…」とか呟いている。
「肉! そうだ! 肉を食おう!」
不意に聞こえた声にビクッと振り返ると、借金2人組の剣使いのほうが立ち上がって拳を突き上げていた。
「うん。肉だ! 肉を狩るぞ!」
魔法使いの方も復活した。ぐりんと2人してこっちを見る。
「「行ってくる!」」
剣を取り、杖を取り、荷物もそのままに林の中に突撃して行く2人組。あっという間に姿は見えなくなった。元気になったのはいいけど、変な方に吹っ切れてないかな。
「どうするんだ?」
何事もなかったかのようにコクシンが立ち上がる。
「うーん、なんか、肉は獲ってきてくれるみたいだし、他のご飯の用意をしとこうか」
といっても、何を持ってきてくれるのかによってメニューは変わってくる。とりあえず、焚き火の火を大きくして、枯れ木を集めておこう。魔導コンロも出しておこう。あとは…。
「ラダ、野菜でも作っとく?」
「あ、うん。分かった」
ラダが種を取り出し魔力を込めだす。そういえば何を育てるとか言わなかったな。しゃがんでいる肩越しに覗き込むと、ぴょこんと見たことのある芽が出てきた。む。これは!
「コクシン! 走るから、捕まえろ!」
「え? 走る?」
「ラダ、ストーップ!」
みるみる成長したそれは、ルルイヤ。走るネギだ。ニョキッと伸びた葉っぱと茎、その上に丸く花が付くと土から脱走する魔物植物。
普通の葉野菜もまだあるのに、よりによってこいつを生やすとは!
わさっと揺れたルルイヤが根っこの足を引き抜き、ダッシュをかます。むんずと頭を掴むも、ネギ坊主を手の中に残し逃げていく。コクシンも言われた意味を理解したのか、追いかけ…。
「ちょっ、コクシン! 剣で切り刻むな!」
それ、ゾンビ切り刻んだ剣でしょうが! いや、それ以前に、それ食材だからぁ!
「うぉぉ!? なんだコイツ!?」
あ、しまった! 御者さんの方に行った!
「あ。いい匂い…」
飛んで火に入る走るネギ。焚き火に突入してしまったルルイヤが香ばしい匂いを放つ。丸ごと焼くのも美味しいよね。とか言っとる場合かっ!
捕まえては絞めを繰り返し、ようやく落ち着いた。ちなみにラダは4本捕まえた。成長している。コクシンが切り刻んでしまったものは、土に返ってもらった。うん。さすがにね、食えないでしょ。消滅薬でキレイにしてあるんだけどね、剣。しょんもりしているコクシンは放置。
「ただいまー。って、なんかいい匂いしてる」
2人組が帰ってきた。ズルズルと鹿を引きずっている。片手にはウサギも耳を掴まれてぶらんとしていた。
それにしても、名前を聞くタイミングを逃しているので、ずっと「借金2人組」で「剣の人」と「魔法使いの人」だ。お互いのことは、コイツとかアイツ呼びだし…。まぁ、今のところ不便はないけど。
「はいこれ。なにか美味いもんにしておくれ」
「へーい」
うーん、鹿か。ステーキと、ネギがあるから鍋かな。捌くのはコクシンに任せる。2人組は料理をしないので、魔石を取るときにナイフを入れるぐらいで、捌くのは無理らしい。ラダには小麦粉を練ってもらう。すいとんでかさ増ししよう。腹持ちもいいし。切り出してもらった肉を、更に薄切りにして鍋に投入。ネギも入れてーオニオンフライも入れてー。ネギだらけか。まぁいいや。あ、練り終わったら、ちぎって入れてね。俺はステーキを焼くよ。鉄板でじゅーじゅー。は~腹が鳴るわー。
「ってことで、食べましょう!」
御者さんもお招きして、ちょっと豪華な晩餐ですよ。なんと御者さんがワインを奮発して出してくれました! こっそり飲むように常備しているらしい。
「はぁ~肉って感じで美味いな!」
ステーキをハグハグしながら剣使いの人が顔をほころばせる。今日のステーキは、ニンニクマシマシだからね。もちもちした赤身の肉が美味いよね。
「鍋も美味いぞ。このもちっとした白いのも美味いな。肉でオニオンフライを巻いて食うと堪らん!」
魔法使いの人も嬉しそうだ。うんうん。今日のは味付けもいいんじゃないかな。相変わらず醤油がないのは寂しいけれど、それもまたよし。ルルイヤがいい味を出している。走らなければ優秀なのになぁ。
煮詰まった汁にパンを入れて、吸わせて食べてしまう。雑炊ができないのが残念だ。
ウサギは明日の朝食用だよ。




