石は夢のまま
「お、なんだ。チビたちじゃん。もうここまで降りてきたのか」
ひょこっと姿を現したのは、借金2人組だった。武器に手をかけて警戒していたが、ほっとした。まぁ本当はここで警戒を解くのはまずいんだろうけど、今更ここで襲っては来ないだろう。いや、ここのが危ないのかな。
「こんちわ。2人は6階層を廻ってるの?」
「いや、もう上がるんだよ。見てみ!」
くるっと、火魔法を使っていたやつが背中を見せた。リュックの上に鈍色の鉱石がくくりつけられている。
「え、これ、ゴーレムの?」
「そーなんだよ! 下の階でさ、出くわしたんだ。こりゃもう、いち早く帰って飲まないとな!」
いや、飲む前に借金返せよ!
「これはきっと、高く売れるぜぇ」
もう1人も嬉しそうにニコニコしている。剣を撫でているから、新しい武器のことでも考えているんだろう。
「そうなの? なんていう石?」
「「知らん。」」
2人揃って言い切った。知らないのに皮算用してるのか。
「おまえらは、今ついたところか?」
「うん。でもまぁ、ちょっと階段まで戻るよ」
「じゃあ、一緒に戻るか。俺らはそこで飯食ってから、一気に駆け上がるつもりなんだ」
「ダッシュで抜けるのはやっぱり普通なんだ…」
ということで、2人とともに5階層とつながる階段まで戻ることになった。ラダにこそっと消滅薬は使わないようにと言っておく。いま興味をもたれても困るしね。使用方法と生産の目処が立ってからだな。
2人の戦闘パターンは、火魔法で蹂躙するか、剣持ちが突っ込むかのようだ。あまり共闘しているようには見えない。が、瞬殺なので強いことは強い。
「魔力多いんだね」
火魔法を使っている人にそう言うと、ニヤリと笑った。
「まぁな。だがこれしか出来んのだよ」
「?」
「細かい調整ができない」
「ああ…」
そういえば、以前誰かが似たようなこと言ってたな。大技しかできなくて、使い所が難しいとかって。その人は素材もだめになってしまうから、ゴブリンとか相手にしてるって言ってたっけ。なるほど、ダンジョンなら蹂躙してもドロップアイテムで出るから問題ないな。
しかし、2人でも余裕で潜れてるってことは、俺たちが実力不足ってことなんだろうか。いや、実践不足かな。まぁ、今回である程度わかったし、次回は……あれ、また潜る気でいるのか俺は。
「レイト、どうかしたか?」
怪訝そうな顔でコクシンが聞いてきた。
「うん? いや、なんでもない」
そういえば、と、コクシンが声を潜めた。
「あれ、鑑定したのか?」
視線は背負われている鉱石に向いている。
「いや、見てない。なんか俺顔に出そうだし」
もし価値の低い石とかだったら、俺はどうしたらいいんだ。夢見てるんだから、街に着くまで見させておいてあげたいじゃない。でもあの様子じゃあ、価値があろうとなかろうと借金は減りそうにないけど。
「よーし、着いたー!」
階段に到着し、2人がうーんと背を伸ばす。リュックを下ろすと、ごとりと鈍い音が響いた。なんのこう…っと危ない危ない! 知ろうとしたら鑑定が発動してしまう。慌てて目を逸らし、俺たちも休憩の準備をする。
臭いも慣れてしまったので、普通に料理をすることにした。手抜きだとやっぱりテンションが上がらない。干し肉を手にじーっと見られたので、お裾分けもする。
「美味い! ダンジョン内でこんな美味い飯が食えるとはなぁ!」
今日のメニューはボア肉のソテー果実のソース掛け。あと、サラダとパンとお茶。葉野菜はラダが育てました、できたてホヤホヤです。ダンジョン内でも『栽培』のスキルは使えるもよう。
「面白いスキルだな。冒険者してると乾燥物ばっかりになるからなぁ。羨ましいぜ」
褒められてラダがテレテレしている。もちろん俺も感謝している。ビタミン大事。
「あ、そうだ。お礼にこれやるよ!」
食事休憩だけで、すぐに出発の準備を始めた剣を持っている方の男が、鞄から取り出した何かを俺に差し出してきた。手のひらに載せられたそれを見て、目が点になる。
「俺愛用の香水だぞ! 王都の方じゃ有名なブランドらしい。行ったことないから、知らないけど。そう言ってた! 店のねーちゃんが」
「あーそれ、チノちゃんに買わされたやつだろー。いいのか?」
「ふふふ。会いに行く口実ができるじゃねーの! あ、遠慮なくもらっておけよ? 使いかけのがまだここにあるからな!」
ポーション瓶よりひとまわり大きいくらいの、きれいなガラス瓶。こう丸っこいのが付いていて、それを押すやつ。名前、出てこんけど。
香水、香水かぁ…。前世も現世もそういうの使う人に縁がなかったから、思い付かなかった。普通に消臭剤のスプレーしか頭になかったわ…。そんでもって、俺はその構造を知らない。使えれば知らなくともよかったもの。化学だか物理だか雑学だか、もっと勉強してれば…。いやいや、タラレバは意味ないな。
なにかの革なのかな。丸い部分を押してみると、プシッと結構細かい霧状になって出てきた。とたんに甘ったるい香りが漂った。
「えーと。もらっていいのか? てか、なんで常備してんの?」
首を傾げると、「知らないのか?」みたいな顔をされた。
「ここに入ると臭いがつくだろ? 出たときにこういうのしときゃ、ちょっとはマシだからな。ギルドで勧められなかったか?」
「あ、あー…」
聞いたような聞いてないような。消滅薬とかで頭いっぱいだったわ。
「まぁ、持ってないならちょうど良かった。じゃあな! 俺らは一足先に戻ってるよ!」
「あ、うん。ありがとう」
魔法使いはポンポンと俺の頭を撫でてから、ヨイショとリュックを背負った。もう1人が鉱石を固定し直す。じゃあな!と手を上げた2人は、階段を駆け上がっていった。平地を走るようなスピードで。すごい元気。どこかの神社並みの階段数なんだけどな。ここに通うとあれだけの体力が付くんだろうか。
「ねぇねぇ、これってあれ? レイトが言ってた霧状にするやつって、こういうののこと?」
ラダが俺をツンツンしてくる。
「あーうん、そう。普通に売ってたな…」
「でもこれだと、近づかないと無理だね」
ラダがポンプを押す。甘ったるい飛沫は、せいぜい30センチほどしか出ない。
「そうだな。消滅薬で使うとしたら、改良はしないとだな。ラダ、消臭剤は持ってる素材で作れるの? あれも、こう、噴射して使うイメージなんだけど」
「あ、そっか。うーんと素材はね、うん、作れるね」
ラダが俺の腰についている魔法鞄に手を突っ込んで、あれとこれとーと指を折っている。
「ダンジョン入る前に、入れてもらった花使うんだよ。すごくない? あと、キノコと、コランの実」
「マジか。神がかってんな」
トイレに行ったついでに摘んできた花が、まさかの消臭剤の素材とは。コランの実はアンデッド消滅薬を作るとき使ったやつだな。まだ入っている。
そんなに難しくはないということなので、ラダには作ってもらっておこう。俺は階段の天井に生えている、キノコの回収だ。コクシンは1人、階段付近で魔物を狩っている。俺らを気遣わなくていい分、動きが派手になっていた。いつかのように薄く笑いながら切り刻んでいる…。
ラダとコクシンに香水瓶のことを聞いてみた。ラダは実家で見たことあるけど、興味がなかったかららしい。ちなみに、中身の香水は何度か作ったことがあるようだ。コクシンは同僚に香水臭いのはいたが、香水瓶自体は見たことがないと言っていた。まぁ、人前で使うもんじゃあないか。
「レイト、すまん。水をくれないか」
声とともに悪臭が漂ってきた。見るとドロドロなものを被ったコクシンが情けない顔で立っている。
「うぉぉ!? え、怪我はっ!?」
「大丈夫だ」
座ってもらったコクシンの頭の上から、ダバダバと水を掛ける。あくまで生活魔法の水だから、勢いがない。すぐに無理だと諦め、風呂の準備をすることにした。階段は安全と分かったので、自重せず1度風呂は出している。
「はぁ、スッキリした。数が増えたんで風で巻き上げたら、ボトボト落ちてきたんだ。ダンジョン内であれは使わないほうがいいな」
ちなみに、魔物は倒すと消えるのだが、飛び散ったものは消えたり消えなかったりする。ゾンビが散らばると、エライことになる。
「もう、気を付けてよねー」
ドロップアイテムを階段のところに置きっぱなしだと言うので回収に行く。どれだけ倒したんだ、コクシンってば。山となっていたそれを回収する。
さて、お湯入れ替えて俺たちも入ろうかな。風呂に入ると気持ちいいけど、慣れた臭いがリセットされるんだよな…。




