迷惑行為じゃないんです
「ヤバい…」
思わず呟いた声を聞き取り、コクシンが振り返った。
「どうしたっ?」
緊張感のある顔で、さっと左右に目を走らせている。ごめん、別にバックアタック受けたとかじゃないんだ。
「…飽きてきた…」
ぱかんと口を開けるコクシンの後ろで、ラダがスケルトンの頭蓋骨をパカン!とホームランしていた。
だってさ。コクシン一人で余裕なんだよな。そんで、1階層がやたらと広い。フィールド型なら気にならないかも知れないけど、右も左も上も下もずーーーーっと土なんだよ。俺はモグラじゃないんだよ。せめて怪しい像とか、意味のない小部屋とか作ってくれないかな。
頭をなくしたスケルトンがウロウロしている。それをラダが上から下に叩き潰していった。スケルトンには強気なラダ。近いうちに棒術のスキルが生えそうだ。
「んん。じゃあ、地上に戻るか?」
コクシンが聞いてきた。うん。そこが問題だ。ただいままだ3階層。いわゆるザコ敵しか出てきていないので、ぶっちゃけ今戻ると大変な赤字である。
ちなみに通常敵で稼げるのは、5階層以降で出る、属性魔石とゾンビが落とす宝石だ。あとは、たまにスケルトンが武器を落とすらしい。つまり5階層以降は魔法アリになって、スケルトンが武装するということになる。
「なになに? あ、はい、レイト。見たことないの出たよ!」
ラダが戻ってきた。手渡されたのは、指輪だった。細身の錆びた鉄の輪っかのようにも見えるけど。どれどれ。
『腐ちた指輪
お守りとして父が子供に作って持たせた指輪。持ち主はもういない…』
遺品やないかい。え、ちょっと待って。出てくるゾンビとかって、過去ここで朽ちた冒険者なのっ?
「いや、そんなことはないだろう。だとしたら、ここで死にすぎてる」
コクシンが否定してくれた。だよね。そんな怖いことないよね。
「ダンジョン外で出てくるアンデッドは、元人の可能性もあるが」
やだなぁ。いや、向かってくるなら倒すけども。コクシンいわく、わりと面影を残しているらしい。そういう情報はいらないよ。
指輪はそっと魔法鞄に仕舞っといた。誰かの持ち物だったのかもしれないし、ダンジョンのお茶目かもしれない。覚えてたら、外で土にでも埋めておいてあげようと思う。ここでそれすると、また魔物に取り込まれそうだし。
「で、どうするんだ?」
「なにが?」
コクシンの問いにラダが首を傾げる。
「レイトがもう飽きたって」
えぇ?、みたいな顔でラダがこっちを見る。そりゃ思うよね。準備に何日掛けたんだよって話だし。火炎放射器とか買ったし、魔石わざわざ取りに行ったし、消滅薬作るの時間かかったし、保冷庫も買ったし…。それが2日で「飽きた」だもんね。
「だってさぁ、俺ついて行ってるだけなんだもん」
ほぼアイテム拾い係だよ。地図はもう描くの止めた。広くて分岐はあるけど、迷うほどでもない。すぐに行き止まるので、ほぼ一本道なんだな、これが。コクシンが無双するので、俺はとても暇なのだ。
「え、ごめんね? 楽しみ取っちゃった?」
ラダがあわあわ手を振った。別に魔物を倒すことに愉悦は感じていない。
「いや、それはいいんだよ。コクシンとラダのが役に立つんだし」
俺の土魔法が使えないだけで。指鉄砲でバーン!と石礫飛ばすのが、あまり効かないんだよね。石を大きくして、上からごしゃっとしてみたけど、コクシンの一閃より時間も手間もかかる。ダンジョン故か、地面をいじるのもあまり上手く行かない。
弓は弓で、指鉄砲と変わらないし。火炎放射器は魔石がもったいない。臭いも出るし。倒せるけど、過剰すぎる…。
そんなわけで、俺は手持ち無沙汰なのだ。
「じゃあ、えと、戻る?」
「ん、いや、進もう。次の階層から変わるかもしれないし」
戻るにしたって、手持ち無沙汰は変わりない。
「あれ? なにか音しない?」
再び歩き始めてすぐ、複数の音を耳が拾った。こんな音はここに来て初めて聞いた。立ち止まり、コクシンが剣を構える。
「ん?」
人だ。3人が猛烈な勢いで駆けてくるのが見えた。ちょうど長い直線で、3人の後ろにゾンビやらスケルトンやらが続いているのがわかった。これってトレインってやつか! 向こうの先頭も、こっちに気づいた。手で後ろの2人に合図を送る。
「どらっしゃあっ!!」
1人が振り向きざまに杖を横に薙いだ。ぶわぁっとまるで火炎放射器みたいに火の波が後ろを追いかける魔物に襲いかかる。
「もう一丁!」
そしてもう1人が剣を薙ぐ。大きな剣戟が飛び、生き残っていた魔物を一掃した。
「おう。びっくりさせたな!」
にかっと笑ったのは、先頭を走っていた男だった。手に槍を持っている。
「あ、うん。びっくりはしたけど。余裕で倒せるのに、追いかけられてたんだ?」
俺が首を傾げると、男はちらっとコクシンを見てから、「まぁな」と答えた。コクシンが警戒バリバリで男を見ているから、気になるんだろう。
「低層はいちいち相手にするの、ダルいだろ。ああやってまとめて倒すと手っ取り早いんだ。そのまま階段に突っ込んでもいい。あいつら追ってこれないしな。もっとも、こうやって人と出くわしたときは、迷惑かける前に倒さんといかんけどな!」
ドロップアイテムを拾っていた2人が合流する。だいぶ潜っていたのか、みんな薄汚れていた。
「それって普通なの?」
「他は知らんが、ここじゃあわりとやってるぞ? ちまちま倒してたら時間かかるだろう?」
「うん。3、4時間とか聞いた」
「長いからなぁ」
槍で肩をぽんぽんしながら、男は肩をすくめた。
「ここは人が少ないから出来るのかもね。私だって分かれ道に人がいたら、あんな大きな火は出さないもの。人に押し付けるようなことすると、総スカン食らうから出来ないならやらないほうがいいわよ」
火魔法を放っていた人が、そう言って笑った。驚いたことに女性だった。女性には敬遠される場所かと思ったけど。そう言ったら、「最初はね」と苦笑された。
「もう慣れたわ。今は周りに気を使わなくていいぶん、こっちのが楽よ」
「お前はぶっ放しすぎるんだよ。何度丸焦げにされそうになったことか」
「髪焦げただけでしょ。私だってちゃんと計算してやってるわよ」
やいのやいのし始めた2人をもう1人が呆れたように見ていた。いつものことのようだ。
「ほら、早く行こうよ。今日中に上戻るんだろ?」
「お、そうだった。じゃあな! 気をつけて潜れよ!」
そう言って、3人はまた爆走で瞬く間に俺たちの前から姿を消してしまった。今から3階層分駆け登る気なんだろうか。すごいな。それぞれ荷物背負ってる状態だったのに。
「えーと、僕らも走ってみる?」
ラダの第一声がそれだった。びっくりしてラダを見ると、ちょっとテレテレしながら「いや、その、気分転換になるかと思って」と付け加えた。
「うーん。ずっと走り続けるのは無理かなぁ。俺そんなに体力ある方じゃないし」
「それは、僕もだけど」
「まぁ、やってみればいいんじゃないか」
コクシンがそう言うので、走ることになった。
「はぁ、はぁ…ちょ、待ってぇ!」
早々に音を上げたのは、言い出しっぺのラダだった。魔物には遭遇していないので、トレインにはなっていない。立ち止まり膝に手を付いてぜぇぜぇしている。
「うん。これは俺たちには無理な戦法だな」
俺もしんどい。この状態で戦闘になるとか、無理っす。
「そうだな。でも、彼らはそんなに息が乱れてなかったのに…」
コクシンはどこか悔しそうだな。
「身体能力強化とか、そのへんのスキルがあるのかもね。というか、ここを往復してたら、そりゃ体力もつくわって感じだけど」
「なるほど」
そういえば、彼らは強そうだったけど10階層まで行ってないのかな。何階まで行ってるのか、聞いとけばよかった。彼らが戻るってことは、俺らだと到達できないんじゃないんだろうか。8階層くらいで無理ってなったら、どうしよう。まさに行くも地獄帰るも地獄。




