2階層へ
下へと続く階段は狭いものの、中程に広い踊り場があった。2パーティーくらいなら野営できるだろうか。今は俺たち以外はいない。先に潜った冒険者たちは先へ進んだんだろう。
「今日はもうここで休もうか」
階段はダンジョン内で唯一魔物が出てこない、安全地帯だ。入っても来れないので、慣れないうちは階段付近で戦闘をして、いざというときは階段に逃げ込めばいいと教わった。なぜか魔物が放った魔法とかも遮断されるのだとか。
「…うぇ」
水を飲もうとマスクを外したら、忘れていた臭気に襲われた。魔物がいないとはいえ、こもった腐敗臭はする。かといって、ずっとマスクをしているわけにもいかない。マスクはあんまり意味がないかな…。付けてるときはいいけど、外すたびに気持ち悪くなるんじゃあなぁ。
とりあえず水を飲み、食事の準備をする。正直食欲はわかないけど、コクシンとラダは普通に腹を鳴らしている。俺も頑張って食べよう。
手や顔をきれいに洗ってから、調理開始。魔導コンロでお湯を沸かし、肉を茹でる。ボアの肉だ。臭み消しとか放り込んで、あとは塩胡椒。芋も適当に切って入れとこう。
「レイト。鞄ちょっと貸して。初級回復薬、瓶入れ替えとく」
「うーい。クリスマスツリーの樹液ってまだあったっけ?」
魔法鞄をラダに渡しながら聞く。
「あるよ。追加で作るの?」
「いや。樹液自体が効くのかどうかの実験もしとこうと思って」
「ふぅん。分かった。じゃあ、樹液も小分けしとくね」
ラダが瓶を何本も取り出して作業を始める。
初級回復薬増量で倒せるのか。中級では? 樹液自体は効くのか。消滅薬2倍であの効果なら、10倍液でもいいんじゃないのか。だめなら、3倍とかは?
ラダに追加で作ってもらう。
「あとはなんだっけ。あ、火炎放射器か」
忘れそうだから、取り出しておこう。ちなみに、洞窟内で火魔法とか使って大丈夫なのかと聞いたら、首を傾げられた。酸欠とかそういう心配はなさそうだ。みんな普通に使っているらしい。まぁ、流石に他のパーティーがいる近くで大技かますのはご法度だけど。
「よーし。ご飯にしようか」
それぞれの椀にスープを注ぎ、あとはパンを出す。まだ葉物野菜が残ってるから、これも出しておこう。デザート兼栄養補給にドライフルーツも。
「しかし、昼夜がないというのは不思議な感じだな」
もぐもぐしながら、コクシンが天井を見上げた。階段は石造りだが、天井は洞窟というか土っぽい。明かりもないのに明るい。
「そうだね。暗くないと眠れないなら、テント出すけど」
「いや、問題ない」
雨も風の心配もない。寒くもないから、そのへんでごろ寝予定だ。まぁ、テントといっても防寒性はないし、安全性もないのだけれど。
「時間の感覚が狂いそうだなと、思っただけだ」
「ああうん、それな。だいたい1階層が3〜4時間で踏破できるんだっけな。2階層以降は広くて分岐も出てくるようになる。1日で…2か3階分か。気をつけないと、丸一日動かなくちゃいけないなんてことになるね」
「そんな深く潜るの?」
ラダが首を傾げる。
「いいや。ゆるーく様子見程度のつもりだけど」
実証実験がてら、というか、ダンジョンを体験してみたかっただけだしなぁ。
「食料は多めに持ってきたけど、何があるかわからないしね」
戦力的には10階層でも行けるとギルド長は言ってたけど、そこまでガッツリ進むつもりはない。帰りの体力を残しておかないといけないし。
ダンジョン内には、入り口まで戻れる転移の魔法陣がある。あるにはあるのだが、それは10階層ごとにある。頑張ってそこまで突き進むか、食料を考慮して引き返すか。実に悩みどころだ。ちなみに馬車に同乗していた人たちは、ぎり10層行けるかどうからしくて、その時のコンディションで行くか戻るか決めるらしい。
「まぁ、無理はしないように。明日も頑張ろー!」
「「おー!」」
食後の回復薬で明日への英気を養う。
「おうぅえー…」
ダンジョン2度目の嘔吐で、朝食がみんな出た…。
原因はゾンビを丸焼きにしたこと。火炎放射器でうらーってしたら、とんでもない臭いを放って丸焦げになった。これにはさすがのラダとコクシンも鼻をつまんでいる。ゾンビはもう鬼門だ。金がかかろうがなんだろうが、消滅薬1択の危険魔物だ。
マスクはもういいやと外していたのでまともに食らってしまった。本体よりダメージを食らうとは…。
「はー、えらい目にあった…」
コクシンが風魔法で空気を散らしてくれて、ようやく人心地ついた。ゾンビには火魔法って常識らしいけど、みんな本当にあれに耐えてんのかな。
「それは止めたほうがいいんじゃないか」
コクシンが火炎放射器を見下ろして眉を寄せている。
「ゾンビにはもう使わないよ。スケルトンとかに効くかどうかは一応試す」
せっかく高いお金出して買って、魔石まで取りに行ったんだから。活躍してもらわないと、ギルド長を締め上げないといけなくなるじゃないか。いや、本当にはできないけど。乗せられて買ったのは俺なんだし。
2階層はいきなり分岐から始まった。内装は変わってなくて、相変わらず洞窟。目印になるようなものがないから、すぐに方向感覚が無くなりそうだ。
「えーと、ここは右っと」
紙にマッピングしながら進む。なんとこのダンジョン。地図がない。というか、どこもだいたいないらしい。利権でも絡んでるのかと思ったら、地図どおり進んで何が楽しいんだと言われた。冒険者は自ら道を切り拓いていくものらしい。よくわからない。まぁ、大きなパーティーとかクランだと地図っぽいものを共有しているらしいけど。
「行き止まりだね」
道の先を覗いて、ラダが首を横に振った。行き止まりありか。隠し部屋とかないのかな。
「行き止まりだぞ?」
行き止まりなのにそこへ進む俺を、コクシンが不思議そうに止める。分かってるけどさ。確かめたいじゃない? スタスタ歩いていって、壁を触ってみる。なんの変哲もなく、何も起こらない。俺が夢を見過ぎなんだろうか。さすがに2階層は調べ尽くされているか。
「あ、スケルトン。2体か」
諦めて戻ると、向こうからスケルトンがやってきた。もう大体実験は終わったので、好きに倒してもらう。
初級回復薬増量は効果はさほど変わらなかった。溶ける範囲が増えただけだ。中級は効果あり。樹液だけでは効果なし。消滅薬10倍液は効果なし。3倍液は消えるというより溶ける。まぁ、使えそうなのは結局消滅薬を2倍に薄めたものだけってことになる。あとのは出費のがデカくなる。次は投げる手段を考えよう。
コクシンが一歩踏み出て、ぶんと剣を振った。斬撃が飛んで、カシャーンと軽い音を立てて2体とも胸のあたりを切断された。そのまま崩れ落ちる。
2階層も問題なさそうだな。
ラダが進んで拾いに行ってくれた。
「骨とー、なんだろう、これ」
小瓶を摘んで戻ってくる。中に白い粉が入っていた。
「どれどれ。んー、スケルトンの粉末。食事に混ぜて骨を強く…あー、カルシウムか、これ」
「カルシウム?」
「骨を作ってる成分の1つというか、まぁ、骨が丈夫になるよ的なやつかな」
ただこの世界の人は、スケルトンの骨と同じものとして錬金に使っちゃってるみたいだけど。これは売らずに持っとこう。成長に必要だよね、カルシウム。
「つぎ、来たぞ」
その場にとどまって話していたら、おかわりが来た。魔物は徘徊型で、特に決まったルートを歩いているわけでもないようだ。コクシンの声に構える。やってきたのは、ゴースト2体。
「俺がやっていい?」
すちゃっと火炎放射器を向けると、コクシンが避けてくれた。ゆらゆらしてるから、狙いが定めにくい。が、構わずファイヤー!! ボウっと音を立てて火が噴出された。射程距離は15メートルほど。1体目が火に触れ燃え上がる。続いてちょっとずらして2体目。あ、避けやがった! 上でも届くのだ!
「ふぅ。終わりっと。若干熱いのがやだな、これ」
ぶっちゃけ過剰戦力だ。今のところ酸欠は問題なし。どうも空気の流れがあるようだ。でも熱い。ダンジョンで使うようなもんじゃないな。ボス部屋とか、広いところならいいかな。魔導具故か、火炎放射器自体は熱を持たないようだ。連続使用は問題ないかな。
「先へ進もう」
コクシンに促され、歩き始める。さっきのドロップアイテムは2つとも魔石だった。コクシンが警戒しつつ前を行き、俺が真ん中で地図係。ラダはバックアタックを警戒する。




