損得じゃないんだよ
ロットクロウの肉はむっちりしていた。噛むとじわじわ旨味が出てくる。皮はパリッとしていて、ピリ辛の味付けが我ながら絶妙だと思う。ハイターが美味いと言ったのも頷けた。なんというか出汁が効いた肉というか…とにかく美味い。
「むぐむぐ。今日のこれはまた、酒が欲しくなる味だな!」
ハイターも気に入ってくれたようだ。他のみんなも、顔をほころばせて齧り付いてくれている。良かった良かった。
串肉と貰い物のパンを交互に食べながら、俺も嬉しくなる。味覚が合うというのは重要だよね。宿の飯が標準なら、絶望しかないよ。
「ロットクロウはたまに食べるけど、この味付けは新鮮だね。どこでも手に入るものなのかい?」
もぎゅもぎゅしながらスクローさんが尋ねてきた。
「ロッカという植物の葉ですよ。それを乾燥させて、砕いただけです。わりとその辺に生えてるし、薬屋にも多分あるんじゃないかな。胃腸薬の材料だし」
「薬なのかい? こんなに美味しいのに」
「別に回復薬の原料のトキイ草だって、食べられますよ」
「そうなのかい!?」
トキイ草は初級回復薬の原料だ。どこにでも生えている生命力の強い植物で、煮出せば素人でも作れる。お茶代わりに飲んでいる地方もあると聞いた。
「回復薬作った残り滓を、野菜炒めに混ぜちゃうとか。まぁ苦いのが駄目な人は食べないほうがいいですけど」
「トキイ草なぁ。それなら俺でも見つけられるわ」
ハイターがふむふむと頷いている。みんな結構知らないんだなぁ。俺なんか、野草は生きる糧だったからな。ばぁちゃんに聞いて、一通り食べられるものは食べている。
「ふん。馬鹿だなぁ」
和やかな雰囲気に水を差す声。あったか飯を食べる俺達から離れて、侘びしく干し肉を齧っているクソガキ君だ。
「対価もなくそんなことをべらべら喋るなんて。俺なら教えず売りつけるね! どこでも取れるなら旨い商売じゃないか」
やれやれ分かってないな~と、首を振っている。
「器の小さいやつだな」
ゴクゴクと冷えた水で喉を潤す。何気に生活魔法の水の温度が変えられる。ちょー便利。
「どこでも商売のことを考えるのも、利益を考えるのも商人としては当たり前だと思うよ。でもそれを口にするのはどうなの? おまえ友達いないだろ」
「なっ」
「周りの人間、金を毟り取る相手としか見てないんだろ。そのくせ見下してるから、交渉もできない。金を取っていい相手とそうでない相手、ちゃんと分けろよ」
「な、なんだよ、偉そうに! 俺はスキルを持ってるんだぞ!」
立ち上がってブルブル震えているクソガキ。つーか俺、コイツの名前知らないまんまだな。商人を名乗るなら、まずは自分の名前を売り込めよ。
「だからなんだよ。スキルが物を売り買いしてくれるのか? お前のは小さい利益で大きな信用を失うやり方だ」
「むぐぐっ。信用ってなんだよ。高く売れればいいんだ。商売ってのはそういうもんだろ!」
「信用がなきゃ売れないって言ってんの。小汚い格好の高慢ちきの勧めるクソ高いものを誰が買うんだよ」
「汚っ…お、俺は王都のっ」
「ここは王都じゃないんだよ」
ぐぎっとクソガキが歯を食いしばる。その後ろで、オジサンがオロオロしていた。放っとこうと思ったけど、いい加減腹立ってきた。折角のうまい飯が台無しだよ。
「人を馬鹿にすることしか言えないならせめて黙ってろ」
場がしーんと沈黙に包まれる。
あ~あ、やっちゃったヨ。
「はー…。すいません、頭冷やしてきます」
ポイッと串を火の中に放り込み、その場を離れる。ハイターが声を掛けてきたが、振り返らずに焚き火の明かりが届かない場所まで歩く。あまり離れると魔物を呼び込んでしまう。ギリギリ人の圏内でしゃがみ込んだ。
「あ~〜」
何やってんだろうな。放っとけばいいのに。そうですねーって流しとけばよかったのに。偉そうなことを言ってしまった。俺こそ黙ってろよだよなー。
暗がりをじっと見ていると、目が慣れて物の輪郭がハッキリしてくる。この世界で目覚めてから、闇を怖いと思ったことはない。もとより街燈とかないから、日が暮れれば真っ暗だ。明かりのない馬小屋で、ただ家から漏れる賑やかな声を聞いていた。やけに明るく話すみんなの声が、そんなことを思い出させた。
じゃりっと足音が聞こえて振り向く。クソガキの後ろでオロオロしていたオジサンだった。
「何ですか…?」
謝れとか言いに来たのかな。
しかしオジサンは、逆に俺に頭を下げてきた。
「私がもっと強く言うべきだったのに…」
疲れたように、ポツポツと身の上話をはじめた。いや、別に、聞きたくないんだけど。
しゃがんだまま見上げる俺の前で、まるで懺悔のように語る。
聞けば、王都でもあの調子だったらしい。大商会の会頭の孫で、つまりは甘やかされて育てられてきた。成人して『商売』のスキルを手に入れ、将来は約束されたも同然と、さらに増長した。しかし、流石に物言いが問題になってきて、修行だと地方回りを命じられたのだとか。オジサンは叔父さんらしい。面倒を見るようにと押し付け…頼まれて、一緒に居るらしい。が、舐められていて言うことを聞いてくれないとか。
「…それで?」
だからなんだ。知らんがな。それを聞いて俺はどうしたらいいんだ。これでいて7才なのよ、俺。というか7才の発言じゃないな、さっきの…。
「私は一体どうしたら…」
いやいやいや、知らんがな! そんな縋り付くような目で見ないでください。さっき、強く言えばとか言ってたじゃん。それでいいじゃん。
ため息を吐き立ち上がる。
悪い人ではないんだろうなぁ。中間管理職か。うんうん。大変だよね。
ところで俺は中間管理職の哀愁を知っているようだ。前世でいつまで生きていたのか記憶はないが、それなりの年齢だったのだろうか。酒の味も知ってたしな。
まぁそれはともかく。
「もうさ、王都に連れ帰ったら? 失敗してみんなに迷惑かければいいんだよ。甘やかしたみんなで責任負えばいいんだよ。もしかしたら大成するかもだしさ。面倒見きれませんって、引き取ってもらったら?」
「そ、そんな…」
「商売成り立ってんの?」
オジサンは無言だ。ただ地方を旅行してるだけなんだろうか。だってこの人たち、商品持ってないんだもの。それとも口だけの営業をしてるんだろうか。
「…そうだな。このままでは無為に時間が過ぎるばかりだ。実はこれが終わったら、1つの店を任せてもらえる約束をしていてね、思わず飛びついてしまったんだが…。連れも居ないし、これを足掛かりにとか思ってたんだ。先が読めなかった私の責任だね。商人失格だな。ハハハハハ」
おぉう。オジサン喋るね。吹っ切れたの? やけになってんの? 俺責任取れないよ?