ギルド長はちゃんと仕事をしている
買い取りコーナーには、数時間前に見たことのある男の姿があった。残念なことに身綺麗にはなっていない。台の上には引きずっていた狼が載っていた。一応はらわたは抜いてあるようだが、血と泥で汚れている。
「また彼ですか…」
受付嬢がため息混じりにつぶやく。男は買い取りコーナーにいる職員さんと盛大にもめていた。
「さっき森の中で会いましたよ。いつもあんな感じなんですか?」
俺が言うと、受付嬢は「ええ、そうなの」と頬に手を当て顔を傾けた。
「傷だらけのものを持ち込むから、値が付けられないのよね。汚れてるから食肉にもならないし。それに、ここに来るときは、ある程度清潔にして欲しいのだけれど」
そうだよね。ここ飲食スペースあるもんね。
「何回言っても理解してもらえないのよね」
「出禁にすべきでは?」
コクシンが言うと、「してるのよ」と受付嬢は苦笑した。それでも来るから、冒険者証を停止した。なのに「買い取れ。ランクを上げろ」と来るのだという。
「すぐにギルド長が降りてくるわ。買い取りはこちらでするわね」
はた迷惑な人である。何を思って自分を貫いてるんだろうか。
受付嬢に羊毛入りの袋を渡す。グンショーの数を数えて明記された紙が、奥から戻ってきた。あ、副ギルド長だ。
「向こうの街から戻ってこられたんですね」
「ああ、ええ。結局総入れ替えになりそうで、本部の方から人員が派遣されたんですよ」
あー、まともな人いなかったかー。
「きれいですね。いい値が付きますよ。良ければまた刈って来てくださいね」
重さを量りながら、受付嬢はホクホクしている。
「依頼にあります?」
「難しいんですよ。胴長ひつじって、人間を選り好みするんです。気に入らない人間は寄せつけません。なので依頼で受けると失敗になってしまうケースが多く出てしまって。ほぼ買い取りのみなんです」
「へぇ、そうなんですね」
「1頭寄ってくれば、他のも大丈夫だと思うので、ぜひ!」
羊毛は利益になるんだろう。受付嬢の熱意がすごい。
「機会があれば」
クリスマスツリーが使えそうなら、度々森には入るだろう。どれだけコクシンに寄ってくるかにもよるが。
不意に怒号が響いた。声のした方を見ると、ギルド長が例の男をつまみ出しているところだった。ギルド長結構なお年に見えるが、軽々と男を掴み上げている。ドアの外に捨てられた男は、なおもなにか喚いていた。
「買い取ってほしいなら、それなりのことをすればいいのに」
呆れたようにコクシンが呟く。
だよねぇ。傷が多ければ買い取れないと、ちゃんと説明されているはずだ。どうしても手数が増えてきれいには倒せないなら、ゴブリンとか魔石取るだけのやつを相手にすればいいのに。そもそも、なんで冒険者に執着してるんだろう。傭兵とか自警団とか、力を振るえる場所はあると思うんだけど。
「お待たせいたしました。依頼分と、胴長ひつじの羊毛買い取り、明細はこちらになります」
おっと、いつまでもお姉さんを独占してる場合じゃなかった。
「これでいいです。全部現金でお願いします」
価格を確認し、全部現金でもらう。トレーの上に出された貨幣を魔法鞄に突っ込んだ。相変わらずギルドに預けることはしない。ここはまともだけど、いつそうでないギルドと出くわすかわからない。
「お。いいところにいた」
声とともに頭をがっと掴まれた。
「ギルド長失礼ですよ!」
受付嬢が立ち上がって怒る。
「ははは。すまんすまん。ついでだ、飯でも一緒にどうだ?」
頭から重みが消え、振り返るとお疲れ気味のギルド長が立っていた。
「何がついでなんですか」
「いいだろ。たまにはジジイを労ってくれよ」
何がジジイだ。さっきアイアンクローかましてたじゃないか。ん? 手は洗ったんでしょうね? あいつ掴んだ手で俺掴んだりしてないだろうな。確認。きれいでした。一安心。
「ギルド長、仕事はいいんですか?」
あれよあれよという間に、夕ご飯をともにする流れに。まぁ奢ってくれるらしいからいいんだけどさ。先を歩くギルド長に聞くと、遠い目で「終わらないんだよ」と呟いた。どうも例のゴタゴタで、隣の街から冒険者が流入しているらしい。それに伴い、対応しなきゃいけないことが増えているそうな。
「ケンカは日常茶飯事とはいえ、ああいうのを相手にしてると疲れるよ」
コキコキと首を鳴らすギルド長。連れてきてくれたのは、通りを一本入ったところにある食堂だった。酒場とは違い、食事がメインらしくにぎやかではあるが騒がしくはない。
「さっきのやつみたいなのか。出禁になっていると聞いたが」
席につきながら口にしたコクシンに、ギルド長は顔をしかめた。
「あれは自分が強いと勘違いしているバカだ。派手な技をぶちかまし、派手に切り刻むのがカッコいいと思ってる。うちはゴミ処理場じゃねぇんだ。買い取れるかっつの」
うわぁ、辛辣ぅ。よっぽど鬱憤溜まってるんだな。
「あの血まみれなのは何なんですか?」
珍しくラダが口を開いた。何度か会って喋ってるから、ギルド長には免疫がついたらしい。
「あれはなぁ、誰かのマネらしいぞ。小さい頃に出会った冒険者が、あんなんだったらしい。で、それをかっこいいと思ったんだな」
「人の話聞かないのは?」
俺の問いに肩をすくめる。
「知らんよ。自分が正しいと思ってるんだろう。「なんで分からないんだ」が口癖だからな」
「うわぁ…」
「さぁさ、飯が不味くなる話は終いだ。ここはこのスープが美味いんだ。たらふく食え!」
目の前にゴロゴロ具材が入ったスープが出される。赤いのはトマトかな。ちょっとスパイス的な香りもする。
「「「いただきまーす!」」」
むむむ。これはどことなくカレーっぽい。カレーに入ってたスパイスが入ってるのかな。俺も作ってみたいけど、知らんのよな。いつもルーだったし。
「美味しい!」
ラダの口にもあったようだ。コクシンも、うん、勢いよく食べてるな。惜しむらくは米がないことだ。
「いい食いっぷりだな」
ギルド長も食が進んでいる。なにか孫を見るような目で見られているのはあれだが、嫌われるよりはいい。
「ダンジョンに行く準備は進んでるか?」
「まだまだですね」
聖属性の木はまだ内緒だ。
「あ、そういえば、今度ちょっと購買を覗こうかと」
「なにか買うのか?」
首を傾げたのはコクシンだ。
「うん。ラダの装備と、コクシンの剣。それでアンデッド切るの嫌でしょ」
「…それは、まぁ」
ラダは解体用のナイフしか持ってない。戦闘に参加する予定はなかったから。でも登録してパーティーメンバーになったのなら、一揃えしないとね。
あとコクシンは、何気に新調した剣を気に入っている。普通に魔物を切っているとはいえ、ゾンビとか切るのはちょっと嫌かなと。臭い移ったら俺もやだし。
「最悪使い捨てにしてもいいようなものを揃えようかなと。防具も含めて」
「なるほど」
「ふーん。ならこのあと見ていくか? 今ならギルド長直々の解説付きだぞ」
ギルド長が提案してくる。
「仕事いいんですか?」
「君らが買ってくれれば仕事になる」
買う気だからいいですけども。
「ていうか、こういう個人的な付き合いって大丈夫なんです?」
「別になにか優遇してるわけじゃないしな。飯や酒は、よくギルドの酒場で冒険者と一緒してるぞ。奢られたり賄賂受けるとまずいだろうが」
元々フレンドリーな人なんだね。まぁそういうことならお願いしよう。目的も知ってるから、的確なものを勧めてくれるだろう。
「そういえば、胴長ひつじの毛を持ち込んでたな。また居たら頼むよ」
エールを飲みつつ、思い出したようにギルド長が言ってきた。まだ仕事あるのに、飲んでいいんだろうか。
「受付嬢にも言われましたけど、そんなに需要があるんですか?」
「ああ、貴族連中によく売れる。毛質がいいんだとさ。何なら毛刈りばさみ貸し出すぞ?」
「あるんですか」
「あるんですよ。一時期ここのギルドの特産にしようって盛り上がったことがあってな。まぁ、羊に嫌われて負傷者が続出したんでたち消えたんだが」
「負傷者ねぇ」
コクシンとの対決シーンは見ていない。どうやって人間と戦うんだろう。確かに、コクシンが毛を刈っている間、俺やラダが近づくと牙を剥いていたけど。
「見た目に騙されると、酷い目に遭うぞ。巻き付かれると簡単に落ちるくらいには力がある」
もこもこで締め上げられるらしい。何そのパラダイス。刈った毛は素晴らしくもこもこだった。あれに埋もれるとは。っていうか、胴どうなってるんだ…。背骨あるのか胴長ひつじ。




