おしおきです
「人の物を勝手に取って食べてはいけません。はい!」
「ひ、人の物を勝手に、食べてはいけません」
「気づかれてないと思ってんのか?」
「前は怒らなかったもん」
「よし。今日の晩ご飯は唐揚げにするつもりだったけど、ラダは減量します」
「ふぇぇぇ」
眼の前には正座させられてるラダがいる。この世界に正座なんてないし、木の床だし、痛かろうねぇ。
全くいつからこんなに食い意地が汚くなったのか。
「行儀が悪いよ、ラダ。それにそんなことしたら、レイトが私たちに食べさせてないように思われるじゃないか」
コクシンはコクシンで何言ってんだ。なんで俺が養ってることになってるんだ。普通逆だろうが。というか、言ってて違和感ないのかい。
「まったくもう。欲しければ「ちょうだい」って言えばいいでしょうに」
「うぅ、分かった。反省する、してるから、足もういい?」
久しぶりにメソメソしだした。
「いいよ。でもまだ立つなよ。痺れてるだろうから」
「うん?」
素直に足を崩すだけのラダ。数秒後、体全部を震わせて悶絶していた。痛いよねぇ、あれ。だんだん来るんだ。ツンツンしてやりたいが、勘弁してやろう。
「まぁ遊ぶのはこれぐらいにして」
「ひどい」
「とりあえず、消臭剤を作れそうか考えてほしいんだけど」
「しょーしゅーざい」
「ギルド長が言ってた臭い消しだね。血肉の臭いとか、ゴミの臭い、腐った臭い、そういうのを打ち消すもの。液体状が便利かな」
「ふむふむ」
ラダがアゴに手を当てて頷く。現物があれば鑑定で分かるんだけどな。すぐに思いついてないあたり、現存のレシピではないんだろう。トリモチみたいに、素材の一部でもあれば思いつくかな。ダンジョン産だろうとあるんだから、作れるはずだ。
やってみたいことはけっこうある。
まず、回復薬がアンデッドに効くのか。ほぼタダだし、これが有効ならありがたい。飲むわけじゃないから、俺が作った苦い回復薬でもいいかもしれない。もっと言えば、素材であるトキイ草でも効果はあるのか。
ついで聖水は効くのか。聖水自体は素材もないし無理だけど、例の手を浄化しかけた魔力水で試してみたい。ラダにしか作れないし、有効期限が数分だから、ただの実験だけど。有効なら、なんとかポーション化したいな。
それから消臭剤。ただ臭いを消すだけのものなら、ダンジョンから出たあと使う。消臭どころか消毒ぐらいの性能があれば、アンデッドにも有効かもしれない。「汚物は消毒ですわ!」とかやってみたい。噴霧器がいるな。それらしいものないかな。
流石に取っ掛かりがないと、思いつかないようだ。ラダはしょんもりしているが、気にすることはない。別に急いでないんだし。
ということで、翌日から普通に依頼をこなしつつ、鑑定さん頼りで素材を探すことから始めることにした。
「あ、マントラコラ!」
森の中、コクシンが虚無を見つけてしまった。いつだったか依頼で受けたやつだな。植物系の魔物で、茎の上でクネクネしている白い体。引っこ抜くとなんとも言えない声を上げる。
「おぉ、これがマントラコラかー。なるほど、レイトが嫌がるのも分かる」
初見のラダは興味津々で見ている。
「もう、そいつは関係ないでしょ。行こうよ」
今日の依頼は、『グンショーをあるだけ』というものだ。グンショーはいわゆるキノコだ。枯れ木の根本に生えるらしい。三日月みたいな形が特徴。煮込みが美味しいらしく、依頼主は食堂の主人だ。これは俺たちの分も確保しなければならん。
「売れるだろう」
言いながらコクシンがスポンと引き抜く。
『あー!』
「わぁ。すごい声で鳴くね」
ラダもスポンと引き抜く。『あぁ~!』 絶望的な声を上げるマントラコラにラダはなにかのスイッチが入ったのか、次々と引っこ抜き始めた。
「おもしろい!」
俺は諦めの境地で、コクシンに袋を渡した。いいさ、好きなだけ引っこ抜くといいさ。ついでに改めて鑑定してみたが、文章はそれほど変わっていなかった。
周囲を警戒しつつ、アンデッド対策に使えそうなものを探す。といっても、片っ端から鑑定していくだけだ。
『スパラン
アスパラ。食用。皮は厚めに剥こう。』
『ツボ草
食虫植物の魔物。大きな壺状の中に強力な消化液を持つ。虫どころか鳥でも人でも消化するので、不用意に手を突っ込まないこと。』
『アルルス
蛾の魔物。枯れ葉に擬態している。襲われて命の危機を感じると口や鼻から体内に侵入し、自爆する特攻体質。爛れるので注意。』
相変わらずこの世界は危険がいっぱいだな。
「使えそうなものあったか?」
コクシンが袋を担いで寄ってきた。またたくさん採ったな。首を振り、「ラダは?」と聞くと視線が動いた。追うと、木によじ登っているラダが目に入った。
「何やってんの?」
「さぁ。何か見たことあるやつだと喜んでいたけど」
調剤に使うやつかな。コクシンから袋を受け取り、魔法鞄に放り込む。それからラダの元へと向かった。
「ラダー?」
正直、1人でウロウロするなと言いたいところだが、俺がウロウロしちゃってるからなぁ。鑑定しながら、気づいたら2人から離れていた。
がさっと、葉っぱの間からラダが顔を出す。
「レイト! これ! 魔力たっぷり!」
なにか赤い実を手に持っている。ドライフルーツになってるの見たことあるな。なんだっけな。
「「あっ!」」
不意にラダとコクシンの声が重なった。
「何かもこもこのが来た!」
「きゃー! サルがいるー!」
ええい、同時に来るんじゃない!
「コクシンは任せた! ラダ! 飛び降りろ!」
「任された!」
「いや~! 髪の毛掴まないでぇ~!」
もさっと葉っぱが茂ってるから、よく見えない。時々ラダの手とか足は見えるんだけど。ラダの声からは、恐怖というよりかは困惑を感じる。しょうがない登るか、と思ったところで、バキバキッと枝を折りながらラダが落ちてきた。顔になにか引っ付いている。
「だ、大丈夫か!?」
「も、もご〜!?」
ジタバタしているラダから、何かを引っ剥がす。茶色というよりかは金色っぽい毛色の小さいサルだ。
「はぁはぁ、し、死ぬかと思ったぁ!」
「無事で何より。てか、無事なのか?」
結構な高さから落ちてきたけど。
「うん、多分」
寝転んだままのラダが頷く。葉っぱとこのサルの毛らしいもので、髪の毛がすごいことになっていた。まぁ、とりあえず回復薬飲んどきなさい。
俺に掴まれたままぐったりしていたサルが不意に暴れ出した。俺の手から逃れて、びよ~んとジャンプし、ラダの頭に着地。髪の毛をワシャワシャしてキャッキャしている。
「……」
「……?」
ただ懐かれただけのようだ。よし。
で、コクシンの方は?
「ふふふ。私の勝ちだよ!」
もこもこの羊毛を掲げ、何故か勝利宣言。悔しげにうなだれている半端に刈られた羊。羊…? 胴が長いけど羊か? 一瞬の間に一体何が。
サルは森に帰り、羊は丸刈りになって帰っていった。
「もぅ、クシャクシャだよぉ」
ラダがせっせと髪を直している。直すのはいいけど、サルの毛混じりのままだぞ。ちくちくしないのかな。
サルは子供だったらしく、どこからともなく降ってきた親サルに回収されていった。ラダの羽箒のような髪質や髪色が親サルとちょっと似ていたから、小ザルは仲間と思っていたのかもしれない。
羊は『胴長ひつじ』というまんまの名前の羊で、毛が伸びると人里に降りて毛刈りをねだる。が、素直には刈られず捕まえてごらんとばかりに、にゅるんにゅるん逃げる。捕まえられたら、大人しく刈られるらしい。コクシンは捕まえる前に風魔法で毛を刈っちゃったらしい。それで悔しそうにしてたんだな。家畜化できそうなもんだが、毛刈りの時期以外は獰猛で、普通に肉食なんだとか。
「これは高く買い取ってもらえそうだ」
「この魔力の実も売れるよ!」
それはいいが、今日の目的はそれじゃないんだよ。やりきった感のある顔してる場合じゃないよ。
むむ。俺だけ戦利品がないぞ。




