リセットされる
「これ、登録が抹消されてますね」
画面から顔を上げ、受付嬢が首を傾げる。マジか。コクシンとラダを見る。察したのか、2人が自分のタグを差し出した。
「ラダさんは登録されております。ですが、こちらは…」
マジか(2回目)。俺とコクシンだけか。ラダは登録したばかりで、依頼も受けてなかったからな。しかし、ローレイさんの手勢もギルドに残ってたはずなのに、上手いことというか、執念深いな。ぶっちゃけ痛くも痒くもないが。お金入れてないし、ワンランクくらい気にしなーい。
「はー、やられた。これ絶対あのギルドの仕返しだろ。まぁいいや。すいません、俺らも登録し直します」
「お、お待ち下さい。どういうことですか? 本人なんですよね?」
受付嬢が慌てる。
「もちろん死体じゃないですよ。奪ったわけでもないです」
「今、ギルドがどうとか…」
「はぁ。でも新規登録でいいです。面倒だし」
「良くないですよ。ちょっと待ってください。ギルド長と話してきます」
受付嬢はそう言いおいて、奥へと駆けていってしまった。あーあーもー。面倒が面倒を呼んだぞ。どうするんだこれ。ため息をついて振り返ると、コクシンもラダもげんなりしていた。げんなりしながら、お前のせいだとばかりにジノイドを見ている。当のジノイドは視線が集まったことに首を傾げた。
「お待たせしました。こちらの部屋でお話を伺います」
戻ってきた受付嬢に別部屋に案内される。さてどうしたもんか。中には日焼けしたガテン系のおじいちゃんみたいな男がいた。筋骨隆々で前のギルドマスターとはえらい違いだ。
「ギルド長のモンタだ。なにかトラブルがあったと聞いたんだが」
俺たちが対面に座る間に、受付嬢がお茶を持ってきてくれる。なんかいい待遇だな。ここはマトモそうだ。まぁ保険は掛けておこう。
魔法鞄から例の指輪を取り出す。ことりとそれをテーブルに置くと、モンタさんの目が見開かれた。
「き、君。それは!」
「えー、バースの街で主にこのジノイドのことでトラブルがありまして、その時ローレイさんとお話する機会がありました。何かあったときのためにと預かったんですが、まさかこうしてすぐ使う羽目になるとは思いもしませんでした。これに誓って、これから話すことは嘘やでまかせではありませんので」
ギルド長が頷いたのを確認して、指輪を仕舞う。
ガンドラから始まったあれこれを話す。だんだんギルド長が俯いていき、青ざめ、終いには頭を抱えてしまった。
「まぁそんなわけで、俺とコクシンが死亡扱いされていることが先程判明しました。幸いお金は預けておりませんので、新規で登録し直そうと思った次第ですが。いかがでしょうか」
はぁ~っと深呼吸くらい長い息を吐いたギルド長が顔を上げる。
「重ね重ね、スマン。立場を悪用したとんでもない行為だ。代わって謝罪する。すまなかった」
テーブルに付くぐらい頭を下げられてしまう。どうしようもないので受け入れ、頭を上げてもらった。
「急遽人員を回してくれと通達はあったんだ。まさかそんなことになっていたとは…。あー、だから教育ができるものということだったのか。ソトフはまだいるよな?」
部屋に残っていた受付嬢が、問いかけに頷く。
「副ギルド長なら、指示通り人選中ですよ」
「送り出すのは少し待ってくれと言っておいてくれ。彼らのことも明らかにせんとならん」
「先に通信飛ばしますか?」
「いや、誰が出るか分からん。今誰がトップにいるんだ?」
受付嬢が首を振り、俺も見られたが知らないので首を振る。
「あそこの副は現場にいたやつだと思ったが…。まぁいい。下手に情報を与えて逃げられてもかなわん。あと、ローレイ様にもお伝えしなければ」
あらやだ、様付けだよ。
「ローレイ様は次の街に行くと仰ったんだな?」
「ええ。半分黒服さんたちを残して行くと言ってましたけどね」
「なるほど。彼らも出張ったのか。すまんが、ソトフへの伝言と早馬の用意を頼めるか?」
「かしこまりました」
軽く頭を下げ、受付嬢が部屋を出ていった。ギルド長は背もたれに沈み込み、ゆるゆると首を振る。
「全くあのお方の手をわずらわせるどころか、更に泥を塗るなんて…。ああいや、すまないな。君たちに嘆いたところで、腹立たしいだけだろう」
気持ちを切り替えるように、パンと膝を叩いて背を伸ばす。
「それで、新規登録だったか。戻すこともできるが?」
「ああ、いえ。今後改善されるんでしょうが、名前覚えられてたら嫌なので。できれば新規でお願いしたいです」
ギルド長はゆっくりと頷いた。
「分かった。では、以前のランクから始められるように手配しよう。せめてもの詫びだ」
席を立ち、奥の机の引き出しから紙を取り出す。ペンと一緒に、こちらのテーブルの上に置かれた。それと、カウンターにあったタグをピッとする黒い板。俺とコクシンのタグをそれに読み込ませる。
「うんうん。問題ないね」
どういう情報出てるんだろうな。
「じゃあ、この紙に書いてくれるかい。えーと、君と君だったね。それで」
ジノイドを見て、首を傾げる。
「途中ですいません。あの、ここって魔法鞄売ってますか?」
一旦ペンを置き、ジノイドの話をすることにした。
「あるにはあるが…」
「実はですね、えー、その前に、飲食の許可いただけますか?」
流石に空気を読んだのか、ジノイドはこの部屋に入ってからは食べていない。串肉数本では焼け石に水なのか、すでに腹から悲鳴が聞こえ始めていた。
「あ、ああ」
許可が出たので、早速肉をがっつき始めるジノイド。
「まぁこの通り非常に燃費が悪くてですね、大量の食料を持ち運べる魔法鞄が欲しいんです」
「なるほど」
頷きながら視線は俺の腰に来た。荷物これしか持ってないからね、俺たち。持ってるじゃんという意味なんだろう。
「あー、パーティーメンバーではないので。成り行きで同行してますけど、ここまでの予定なので」
「ふーん」
俺の言葉に対し、ギルド長が頷き、ジノイドも頷いた。
「あるにはあるんだが。そうだな、そいつなら問題ないか」
再びギルド長が立ち上がり、奥の金庫っぽいところの鍵を開けた。手にしているのは俺たちが持っているポーチタイプではなく、リュックのように背負えるものだった。
「金貨65枚だ。時間停止付きだぞ」
「え、めっちゃ安いじゃん! むしろ俺が欲しいくらいなんですけど!」
ジノイドの持ち金ならギリ買える。むしろちょうど買える。今の手持ちが、さっきちょっと使ったけど金貨65枚はある。
おもわず立ち上がった俺に、ギルド長がまぁまぁと手を振る。
「残念ながら、こいつは欠陥品なんだ。何故か入れたものの重量がそのまま加算されていく。いくらでも入るんだが、持てなければ意味がないだろう? その点彼なら多少の重さは問題なさそうだ」
マジかぁ。掘り出し物かと思ったのになぁ。軽いパンとかだけならいいけど、メインは肉を入れたいからなぁ。
「ジノイド、どれくらいの重量までならいけるんだ?」
聞くと、もぐもぐしながら首を傾げた。
「前に、ぬかるみにハマった馬車を持ち上げたことはあるぞ。盾がなければ、もうちょっといけるかも」
ギルド長がすーっと後ろに回り、ジノイドの盾に手を掛けた。ちなみに今は床に転がっている。立て掛けるとソファーなり棚なりのほうが傷つくので、床放置が基本らしい。ふっと呼吸音がしてギルド長の腕がムキッとなった。が、盾はごとっと揺れただけだった。
「なるほど。これならかなりの量入れても大丈夫だろう。というか、この盾はこれでいいのか?」
手をプラプラさせながら席に戻ってくるギルド長。
「巨人族用の小盾だ。硬いのは確かだが、もっと軽くて丈夫なやつはいくらでもあるだろうに」
えー? とジノイドを見ると、「これが一番頑丈だと言われたんだ」と答えた。なまじ持てちゃうのが問題だよね。もうちょっと君はさ、いろんなことに疑問を持ったほうがいいんじゃないかな。




