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ガンドラさんが見てる


 緊張が走る。林との境に姿を表したのは、口をモグモグさせているガンドラだった。一昨日の個体かどうかはわからない。


「みな、動くなよ」


 ローレイさんが押し殺した声で言う。いやぁ、やっぱりデカいわ。だいぶ離れているのに、遠近感が狂う。不思議とこの距離だと恐怖は感じない。


 ガンドラがすっと頭を下げた。口を開ける。ガリガリガリとショベルカーのすくうところみたいな口が地面を削っていく。根本の土をボコッと削られ、木が軋みながら倒れていった。


 実に豪快な食事風景だ。


 ガンドラは顔を上げ、咀嚼しながらじっとこっちを見ている。見てるんだよな? 実は視力が弱いとかないよな?


「もしかして、この辺一帯ガンドラが食べちゃったのかな」


 ラダがポツリと呟く。


 だとしたら環境破壊もいいとこだが。


「ガンドラは木と土が混じった土壌を好むが、大食いではない。ここが荒れ地なのは元からだと思うよ」


 ローレイさんが教えてくれる。


 ガンドラが3口目に移った。表層がお好きらしい。ちょっと隣を食べている。そんでまたこっちを見ている。いや、俺等も見てるな。食事風景を見ている俺達がおかしいのか。何見とんじゃワレ的な感じなんだろうか。


 食事はそれで終了らしい。じっとこっちを見ているガンドラ。再び緊張が走る俺たち。ガンドラが動いた。身構えるが、ガンドラはゆっくり方向転換を始めた。あ、いや、背を向けられるのもまずいんだった。


 完全に背中を見せる。と、ザワッと背中の棘が動いた。


「総員! 退……ひ…?」


 ローレイさんが腕を振り上げ指示をしようとした。その言葉が途中で止まる。


 ガンドラが、くっと尻を上げた。その尻から、はっきり言えば尻の穴から、ぼひゅん! と何かが発射される。放物線を描き、ゴン! ガッゴロゴロン…! と、それは俺たちの十数メートル手前の地面に落下した後、転がった。


 赤黒い色の、一抱えもある鉱石。


「糞で死ねるな…」


 あれ直撃したら死ぬ。糞で撃ち殺されるとか、嫌すぎる。というか、わざわざこっちに向けて脱糞とはケンカ売ってんのか。いや、この間の仕返しか?


 ガンドラはスッキリしたとばかりに身を震わせ、ゆっくり木々の向こうへと消えていった。


 あちこちから安堵の息が漏れた。座り込むものもいる。その中のひとりが、ジノイドだった。傍目で分かるほど震えている。なんともなさそうだったが、あれだけの巨体に突進された恐怖はしっかり刻まれていたらしい。


「やれやれ、寿命が縮むかと思ったよ」


 ローレイさんが振り向いた。同時に護衛の人に指示を始める。


「君たちに挨拶のつもりだったのかな?」


「えぇ、勘弁してくださいよ。恨まれるようなことはしてませんよ」


「そうじゃなくてね」


 どこかに行っていた男が戻ってきた。赤黒い塊を抱えている。いやそれ、さっきぶっ放されたやつ。素手で持って大丈夫なの?


「ほら、君のだ」


 ローレイさんの言葉に男が塊を俺に差し出してきた。


「はぁ?」


「くふふ。私は結構目がいいほうなんだよ。あのガンドラは君を見ていた。まぁさしずめ健闘賞というところかな。だから、これは君がもらっておきたまえ」


「いやいやいや」


 なんだ、健闘賞って。え、俺、ガンドラにがんばりましたで賞もらったの? 変なもの吸わせやがってとは思われてても、好印象持たれる意味がわからないんだけど。ていうか、人間見分けてんの? ていうか、自分の糞の価値知ってんの??


 コクシンを見やると、どこか誇らしげだ。ラダは、鉱石に興味があるらしい。ジノイドは、まだガクブルしてる。大丈夫か、こいつ。


「えーいや、お譲りします。正直、もらっても困る。昨日の今日で低ランクがこんなもの持ってたら、何言われるかわからない。それに売り先にもあてはないし」


 フェンイは直接鍛冶屋に持ち込んでいたらしい。しかも出どころ怪しくても買ってくれるお店。ギルドの受付嬢しかりそういうところにばっかり鼻が利く人物のようだ。


 珍しいらしいしお金にはなるだろうけど、それでまた変に目を付けられても困る。魔法鞄の肥やしにするにはもったいない代物だし。


「いいのかい? まぁ君の警戒も分かるが」


 いいですいいです。その前にちょっと触らせてくださいな。あ、普通に石ですね。生温かったらどうしようかとちょっと思った。


「では、これは私がもらい受けよう。ただそれではガンドラにすまないし、私の気もすまない。そうだな…」


 あごにスラッとした指を当て、ふむ、と考え込むローレイさん。いや、何もいらないですよ? 元々持ってないものなんだから、惜しくもなんとも……あの、その胸元から取り出されたものは何なんでしょうか。


「これを君にあげよう。いつか役に立つかもしれないよ」


 見せられたのは、どこかの紋章が刻まれた石の付いた、指輪だった。澄んだ紫の宝石の中に、紋章が浮かんでいる。こういうのの価値はとんと知らないけど、タダモノではないことだけはわかる。


「さぁ、受け取りたまえ」


「いやいやいや! 受け取れませんって! なんです、それっ?」


「私の名を告げこれを見せると、まぁ、偉い人の態度が変わるよ?」


 怖い怖い怖い! なにそれ! 控えおろう的なやつ!?


 受け取らない意思表示にぱっと手を後ろで組む。と、背後からがしっと抱き込まれた。振り仰ぐと昨日ドアのところにいた黒服さんだ。俺と目が合って、にこっとする。コクシン! 「あ」とか間抜けな声出してる場合じゃないよ。助けろ!


「じゃあ、ここに入れておくからね。流石に指に通すほど無粋じゃないよ、私は」


 楽しそうに笑いながら俺のポケットにブツを入れないでくれませんかね!?


「ちょっと! ローレイさん! 冗談じゃ」


「では、よい旅を!」


 バチコーンとキレイなウィンクを寄越し、ローレイさんが身を翻した。俺も拘束から解かれる。ばっと振り返るも、もう男の姿はない。再びローレイさんを見て……いや、早いなっ! すっかり馬上の人だ。って、見惚れてる場合じゃない。


「ローレイさん!!」


「また会おう!」


「いやぁぁぁぁ!」


 土煙を上げ騎馬群が視界から走り去る。あとには崩れ落ちた俺がうなだれているばかり。どうしてこうなった。扱いに困るから渡したのに、更に扱いに困るもので返すとか、あの人実は鬼か。いや、厄介事に巻き込まれたときのために、善意でくれたんだろうけど…。善意…だよな?


「れ、レイト。大丈夫?」


 ラダが覗き込んでくる。全然大丈夫じゃない。でも確かめないわけにもいかない。体を起こし、ポケットを探る。


「うん?」


 指輪以外にもなにか入ってる。


「あ、“精霊の雫”だ」


 ラダが顔をほころばせる。透明な、大人の親指の爪くらいのサイズのティアドロップ。よく見ると、中がモヤモヤ揺れているように見えた。


「精霊の雫って?」


「御守りだよ。一度だけ持ち主を死から守るんだって。父親が特別なルートで手に入れたって、見せてくれたことがあるよ。たしか、王族への献上品とか言ってた」


 ラダの親父何気にすごい立場の人なのな。じゃなくて、それ俺死ぬような目に遭うってことだよね? たった今死亡フラグ立ったってことだよね? どういうことなのっ!?


 再びうなだれる俺。


「あー、レイト」


 今度はなんだい、コクシン。肩を叩かれ顔を上げる。指差す方を見た。


 ガンドラさんが見てる…。


 いつの間に戻ってきたのか、木の向こうから顔半分だけ出して、こっちを見ているガンドラ。いや、体全然隠れてないけども。俺が気づいたことに気づいたのか、ウンウンと首を縦に振った。それだけで、またゆっくり方向転換して林の奥へと消えていく。なによ。何がしたいのよ、君は。


「頑張れってことかな…」


 呟くコクシン。さっきの励まされてたの、俺。というか、ガンドラずいぶん人馴れしてるな…。嫌われるよりいいけどさ。君の糞は、表に出せない代物に変わってしまったよ。小さくため息を吐き、2つを魔法鞄にそっと仕舞った。あれ、精霊の雫って身に着けてないとだめなのかな? 後で調べとこう。


「で、ジノイド。いつまでそうしてんのさ」


 俺でさえもう立ち上がってるのよ?


「うぅ、ガンドラ怖いぃ」


 だめだこりゃ。


「今日はここで野営するか?」


 コクシンの言葉に首を振る。


「またガンドラが見に来たらどうするんだよ。とりあえず、ここから離れよう。ほら、ジノイドも立って。またガンドラ来るよ!」


 ジノイドを無理やり立たせ、といっても力では無理なので、食料袋を奪い「ここまでおいでー」をする。飯を食えばなんとかなる。…んじゃあないかなぁ。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 麗しのローレイ王子に見初められた可愛い田舎娘のレイトちゃんみたいな感じでおもしろかったです 黒服さんたちは騎士兼忍者みたいな感じなんですかね?この人達もなんか好きです
[良い点] ガンドラさん、長く生きてる中でレイトみたく苦労してる人を何回も見かけたんでしょうなぁ…(しみじみ
[一言] ジノイドは二足歩行で喋るけど動物扱いでいいんじゃないかなもう 田おこしさせる牛みたいな……本人もあまり考えるの苦手みたいだし……
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