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数日後。
私は最寄りの駅で慎を待っていた。
家の近くまで迎えに行くよ、と言われたけれど、いい場所が思いつかず駅で待ち合わせることにした。
お店以外で初めて会ったドラッグストアが、少し離れた場所に見える。
今日はバスターミナルから離れた、一般車乗降場に立っている。
高校卒業間際、車の免許を取っていたことは聞いて知っていたけれど、車を持っていることは今日の予定について二人で話し合うまで知らなかった。
スカイブルーの色の車だと言っていた。
車種は言われてもよくわからないので記憶していないけれど、そうそう見ない色なのですぐにわかるだろう。
時間を見て、いつも持ち歩いている手鏡でもう一度、髪型をチェックする。
ローポニーにし、捩じったり編んだり、簡単なアレンジを施した。
前髪はいつも通り流している。
先日、紗梨との買い物で私は白のワンピースを選んだ。
店頭のマネキンが着たコットンの夏らしいワンピースに一目惚れしたのだ。
袖は花びらを模していてひらりと広がり、Aラインのスカートは膝が見える程度で短すぎず、裾には袖と同じ花びらのような意匠が施されている。
試着したら紗梨も絶賛してくれて、すぐに購入を決めた。
今日の髪型はそのあとワンピースに合わせた髪型を、と二人で一緒にネット上を探した。
以前買ったはいいものの、普段あまり使うことがなく持て余していた香水を、今日は軽く吹きかける。
甘さはあるものの、さっぱりとして使い勝手のいいユニセックスのものだ。
いつもより気合の入っている自分を改めて自覚し、恥ずかしくなる。
化粧もいつも通りしたつもりで入るものの、やっぱりいつもよりは濃くなっているかもしれない。
化粧室で少しだけ顔を薄くしてこようか、と考えを巡らせていると、スーッと乗降場にスカイブルーの車が入ってきた。
ゆっくりと自分の前に停まった車に戸惑っていると、内側から助手席の扉が開いた。
「おはよう」
とはにかみながら声をかけてきたのはもちろん約束の相手。
どぎまぎしながら同じく返す。
もう時刻は十一時だし、絶対おはようの時間ではないのに、突然開かれたドアに驚いてそれどころではなかった。
どうぞ、と言われお邪魔します、と言いながら静かに乗車する。
あまり車に乗ることがないので、シートベルトを締めた後はどうしたらいいかわからない。
メッセージのやり取りでは自然と会話できていたのに、今はなんと会話を始めていいかわからなかった。
何せ、お店以外で会ったのはこれで二度目。
お店でだって話すとしても業務的なことしか口にしないし、そもそも私は圧倒的に喋り慣れていない。
ちらりと隣の彼を窺うと、ぱちっと目が合った。
もしかたら同じことを考えていたのかもしれない。
彼の顔と首筋がほんのり赤く染まっている。
思わず目をそらしてしまい、取ってつけたような話題を口に出す。
「最初はお昼ご飯、だよね?」
「うん。海鮮は好きって言ってたよね?」
「うん、…好き」
何か意味のある会話と言うわけではないのに、好き、という単語に妙にドキドキしてしまう。
プリンを貰った時には何も感じなかったのに。
「じゃあ、海の幸食べに行こう。連れて行きたい場所があるんだ」
「それは楽しみ。運転よろしくお願いします」
安全運転心がけます、の言葉を合図に車が目的地まで走り出す。
BGMはかけ流されたジャズ。
普段聞かないジャンルだけれど、とても心地よく耳に入ってくる。
予定の話し合い、とは言ったけれど実際話し合って決めたのは日時と待ち合わせ場所くらいで、あとは慎にお任せする形になっている。
リクエストがないなら、と提案された私は特に思いつく場所もなく、お言葉に甘えることにした。
ちらりとまた隣を見る。
今度は当たり前だけれど運転中なので、前方を真面目に見ていた。
両親が運転する車以外に乗るのが初めてなので、とても新鮮で、不思議な気分になる。
それになんだか。
とてつもなく横顔が格好良く見えた。
何かで見聞きした、ドライブマジックなるものは本物だった。
また恥ずかしくなった私はそっと視線を外した。
恥ずかしいながらもやっぱり隣が見たくてうずうずする。
それと同時に再び自分の身だしなみが気になりだして、髪型は大丈夫だろうか、服装はおかしくはないだろうか、化粧は濃すぎないだろうか、とあからさまに確認できないことも相まってぐるぐると目的地に着くまで考えてしまった。
着いたのは海の近くにある海鮮丼店だった。
丁度食事時なこともあり、店内は混雑している。
丁度来店客が帰ったところだったのか、運よくすぐに席に通されて座ることができた。
店員に一つずつメニュー票を渡されたけれど、時間をあまりかけたくなくて、本日のおすすめと書かれたメニュー票のうちの一つを選ぶ。
慎もおすすめメニューの内の一つを選んですぐに注文した。
少しして運ばれてきた海鮮丼たちは、スイーツとはまた違う輝きを放っていた。
新鮮な海産物たちがきらきらとして、本当に宝石のよう。
味のほうも絶品で、丼の中身はみるみると減っていく。
慎も方を見ると、もう残り三分の一程度になっていた。
お店ではいつもサンドウィッチばかり食べているし、そもそも仕事中に特定のお客様をまじまじ観察することは無いので、食べるスピードが早いことを初めて知る。
それとも大抵の男の人はみんなそうなの?
父もそれなりに食べるのが早い気がする。
「本当に僕の行きたいところでいいのかな?」
一足先に食べ終わって箸を置いた彼は、確かめるように私の顔を覗き見る。
私はまだ食べ途中なので正面からそうみられると、少し恥ずかしい。
「うん。あまり遠出とかってしないからいい場所とかよく知らないし。むしろありがたいです」
「そっか、ならよかった。じゃあこの後早速向かうから楽しみにしてて」
そう言った彼は少し安堵したように笑った。
柔らかい表情に、年上なのにちょっぴり可愛いなんて思ってしまう。
食べるのはゆっくりでいいから、と最後に付け足してくれたけれど、やっぱり待たせるのは少し気になっていつもよりは若干早めに食べ終えた。
店内が入って来た時と変わらずに混雑していたのもあり、食休みもなく完食後すぐに店を出た。




