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16

「マリエル…なんで?」

全く持ってついていけない展開に目を瞬く。

マリエルは口を緩めた。

「哀れな部下を見守るためだ」

「哀れなって…じゃあ私たちのこと、知っててバイトに誘ったのね」

「そうだ」


私を牢に入れ、最期門へ堕としたマリエル。

あの時罰を受けたのはマリエルのせいではない、わかってはいるけれど、哀れと言った天使に沸々と怒りがこみあげてくる。

「その哀れな私に、最期を下したのはマリエルよ」

「あの時は、すまなかった」


あの時、私の鎖骨を押した時と同じ顔をしたマリエルを見て一瞬ひるむ。

険しさの中に悲愴を滲ませたあの顔。

ああそうか、あの時マリエルは、すまないと口を動かしたんだ。

「裁きの門を通った者は堕天使になるか魂が消滅する。そう教えられるな」

「…そうね」


何を言いたいのかわからないが、訝しむ視線を外さずに頷く。

「あれは少し誤りだ。だが真実は私達始まりの五人しか知らない」

よく考えてみれば、魂が消滅したはずの私がここにいるのはおかしい。

私はあの時、確かにこの世から消滅すると思っていた。

裁きの門はそういうものだと教えられていたから。

魂が消滅したらもうこの世に巡ることはできない。

だからもう二度と、誰にも会うことは無いと、思っていたのに。

確かに今瑛茉としてここにいて、再びサリーとマリエル、そしてシンに出会った。


「真実を、教えてくれるの?」

私の言葉に頷き、マリエルは裁きの門の真実を告げた。

「正確には、最も重い罪を犯した者だけ堕天使になる。それ以外は翼と力を失い人間になる。あの門に魂を消滅させる力なんてない」

「え…」

少しどころではなく、教えとほとんど異なるじゃないか。

堕天使になることしか合っていない。

けれどそれが真実なら、私が今人間の瑛茉として、ここにいる理由がわかった。


「私は、裁きの門の真実を話しているのを聞いちゃって。それでエマと一緒に人間になるために門をくぐったの」

頭の中で情報整理をしている私に、紗梨が新たな情報をぶっこんでくる。

どういうことかとすぐさま聞き返せば、私の刑の施行後、私の刑について話を聞こうとマリエルの元を訪ねた時に、マリエルとアーミラが門から私に下された罰について話しているのを聞いてしまったそうだ。

因みにアーミラとは転生の天使の長、サリーの上官である。


エマはきっと人間になる、と言う言葉を聞いた瞬間二人の前に飛び出し、問い質したらしい。

ならば私も、と二人の始まりの天使に自分も門を通ることを懇願したそうだ。

それが私のためだ、と言うことは聞くまでもない。

サリーは天使の身分を捨ててまで、人間に生まれ変わるであろう私の後を追ってくれた。

必ず巡り合える確証も無かったのに、再び出会い新たな絆を築けると信じて。

一瞬でも目の前の親友を疑ったことを恥じた。


「私、エマがいなくなること、やっぱりとても悲しかったの。でもまた会える可能性を知って、またエマと話したくて。それに人間にも凄く興味があったから、門をくぐることに躊躇いはなかったよ」

テーブルの上で私の両手を握りしめ、瞳を潤ませる紗梨に釣られ視界に涙が滲む。

今世で友人と呼べる存在は紗梨だけ。

サリーが追いかけてくれなかったら、独りぼっちだった可能性が高い。

私に寄り添おうとしてくれたその心が、とてつもなく温かかった。


「ありがとう、本当にありがとう」

気づけば滲んだ涙は溢れ、頬を伝っていた。

感傷に思い切り浸りそうだったその時、あることに気付きはっとマリエルを見た。

「ではマリエルは、私が消えることは無いとそもそも知って刑を?」

「勿論だ」


悪戯っぽく笑う上司を初めて見る。

けれどその表情は、槙村さんがたまに見せる表情でもあった。

同一人物であることは頭では理解してはいるものの、混乱しそうになる。

「そういえばマリエルはなぜ下界に?容姿を変えられることだって、初めて知った」

「哀れな部下を見守る為だと、言っただろう。そしてわざわざ披露しないだけで、始まりの五人は皆使える力だ。そして言葉で相手を従わせることもできる」

始まりの天使が特別な力を持つことは知っていたが、その中身は初めて知った。


けれどなんとなく、その力には覚えがある。

牢に連れていかれる時、多分力を使われた。

だから抵抗したかったのに、そのまま素直に連れていかれた。

紗梨と夢の話をした時にも使われていたのかもしれない。


「神様は、決して人間を愛してはならないと言ったが、自分と同じ道を辿った哀れな天使の為に慈悲を残したんだ。それが人間になること。そもそもお前たちは元々人間だからな、そう難しい道理ではない」

「なら、何故偽りを教えているの?」

消滅しなくても、天使ではなくなることだって十分罰になるはずだ。

永い生を失い、力を失い、大空を羽ばたくことができなくなるのだから。

それならばわざわざ偽りを説く必要も無いように思う。


「受ける罰を重くした方が罪を犯す者は減るだろう。それに稀にお前たちのように人間になることが全く罰にならない者もいる。多くを統率し秩序を保つには、確固たる掟とそれに伴う罰が必要なんだ」

そもそもしっかりと幼体期に天使教育を受ける天使たちは、罪を犯すことなんて滅多にない。

私の天使時代もそれなりに長い時を生きたとは思うが、裁きの門に堕とされた天使がいたという話は一度しか聞いていない。


そして罪を犯すのは決まって、人間と交流することが多い天啓の天使ばかりだと、マリエルは言った。

理由は生身の人間と関わった天使でなければ、人間に思いを寄せることもなく、人間に対し直接的な影響を及ぼそうなどと考えないから。

確かに生身の人間と関わらなければ、人間に対しどんな形の感情も抱くことは無い。

天啓の天使以外の天使が全く下界へ行く機会がないわけではないので必ずそうだとは言っていないものの、元々数の少ない天啓の天使ばかりが罪を犯すのなら、裁きの門に堕とされる天使がほとんどいないことも頷ける。


重い罪を犯すとなると言われている堕天使だって見たことがない。

自ら進んで門をくぐったサリーは本当に特例だ。

私達は今人間だから、隠されていた真実を事細かに教えてくれたのだろう。

小さく頷きながら話してくれた内容をかみ砕いている私たちに、そういえば、とマリエルが続けた。


「夏に、事件に巻き込まれたらしいな」

「そう、だけど」

事件、がどのことを指すのかはすぐにわかった。

何を言及されるのかわからず、思わず身構えながら続きを待つ。

「これまで度々被害に遭ってきたのは、僅かに残った魅了の力のせいだ」

魅了は、全ての天使が持つその名の通り人間を魅了する力だ。

裁きの門で全て失うはずだった天使の力である魅了が、ごく僅かに残ってしまったみたい。

だけど槙村さんに事件に度々遭ってきたことを言った覚えがないのに、何故知っているのだろう。

紗梨がデリケートな内容を口外するとも考えられないし。


「ただのナンパ含め、その残った魅了の力に男共が引き寄せられていたのだろうな」

「あの、魅了のことはわかったけど、なんでそもそもこの前遭った事件以外のこと知ってるの?」

不思議に思いすぐに聞くと、ふっと笑いながらマリエルは答えた。

「お前に加護を授けたのは私だからな、勿論知っているさ」

「加護?」

そんなもの、与えられた覚えなどなく、首を傾げる。

「見守る為と言っただろう。事件に遭い始めた頃、私が寝ているお前に勝手に授けた」


言葉通り、何故かはわからないけど、これまで私を見守ってきてくれたようだ。

天使の頃とても役に立っていた容姿と魅了が、まさか当人に害を及ぼす要因になりえるとは思わなかった、とマリエルは言う。

今後事件に見舞われることがあっても、大事に至ることが無いように。

どうやら私が今まで(すんで)の所で助かって来たのは、マリエルからの加護のおかげみたいだ。

そんな力があるのなら、そもそも事件に遭わないようにしてくれれば良かったのに、と思うものの、掟もあり人間にそれ以上は干渉することができなかったのだろう。

とにかく加護に今まで助けられてきたのは間違いないので感謝だ。

紗梨には同時期にアーミラから加護が授けられていたみたいだし。


「マリエル、今までありがとう」

天界では罪を犯し、迷惑をかけたはずなのに陰から助け続けてくれていた上官。

厳しい面しか知らなかったけれど、温かいところもあると知れてよかった。

「礼は必要ない。元々下界には懸念があって降りていたんだ。お前を見守ることは懸念の解決にも繋がる」


ついでかよ、と思ったが穏やかな笑みを浮かべているのを見ると、ただのついでではなかったようで、じんわりと胸の中を温かいものが広がる。

けれど、懸念?と聞き返すと穏やかさを消し、険しい表情を浮かべた。


「ああ、ちょっとな」

これまで全て答えてくれていたのに言葉を濁され、これ以上は聞いてはいけないことだと判断し、追及することはやめ話を変えた。


「そういえば、紗梨と同じように私にも記憶が戻る条件があったの?」

「ああ。お前の条件は、最も心が近しかった者と再び心を重ね合わせることだ」

洪水のようにたくさんの記憶が流れ込んできたときのことを思い出す。

あの時の慎は、あの時のシンと同じく、私と出会えてよかったと言ってくれた。

その言葉を言われる前に、私もエマも出会えてよかったと心から思い、告げている。


再び心を重ね合わせる ̄なんて言うととてもむず痒いけれど、あれが鍵だったのだと改めて理解する。

同時にその前にあった出来事を思い出し、思いっきり頬を染めてしまった。

とてつもなく甘いファーストキス、それに過去の私 ̄エマは毎度のことながらなんて大胆だったんだ。


「あれー、瑛茉ってば何思い出してるのかなー?」

紗梨がテーブルの上に乗り出しながらにやにやとしている。

流石に親友と言えど、こんなこと恥ずかしくて言えない。

「なんでもない」

「えー、絶対嘘!」


目を逸らしながら言うも、これは逃げられそうにない。

そういえば!と苦し紛れに言いながら、また私は話を変えることにした。

「慎は?慎の記憶も戻ったりするの?」

マリエルのほうを見ると、すまなそうな顔をする。

人間として下界に溶け込んでどれくらい経つのかわからないけれど、昔に比べて随分表情豊かになったと思う。


「彼の中のエマの記憶は、私が消した」

「え?どうして、」

「エマの記憶があるまま生きるなど、不都合になると勝手ながら判断した」

すまない、と首を垂れる。

勝手に自分の記憶を消されていたことがショックで、自然と俯いてしまう。

だけど、これもきっと罪の代償なのだ。

あの朝私が見た予見が正しければ、記憶を消されほどなくして亡くなっていた可能性が高い。

だから低い可能性ではあるが、私がいない中私の記憶を持ったまま生きるよりは、かえって良かったのかもしれない。


それに、あの日私は約束を破ってしまった。

あの頃の二人の思い出が消されたことはやっぱり悲しいけれど、仕方がない。

「望むのなら、彼にかけた記憶消去の暗示を解こう」

顔を上げマリエルを見ると、マリエルはコクリと頷く。

記憶消去は、私や紗梨に使った言葉による暗示を応用した力で解くことは簡単だという。

とてもいい申し出ではあるけれど、同時に嫌な考えが過ぎり、答えを躊躇った。


記憶の洪水が、私を襲った時から感じていた不安。

再びこうして紗梨やマリエルと同様に、慎と出会えたことは嬉しいけれど、互いに抱いているこの感情が、同じ魂の元に仕組まれたものではないかという不安。

魂が同じならばそれを宿す器の姿も同じ。

ならば感情は?

過去の私は間違いなくシンに恋をしていた。


前世がそうであったから今世でもそうであるなんて、考え方によってはロマンチックかもしれないけれど、なんとなく、操られているようで私は嫌だった。

シンにかけられた暗示を解除し、もし慎がシンであったことを思い出したら。

彼も同じことを思うんじゃないだろうか、そしてあの時約束を破った私に失望するのではないか。

そう吐露すると、マリエルは何を躊躇っているんだと言いたげな顔で私を見、紗梨はうーんと考えながら口を開いた。


「瑛茉は、慎さんのことが今ちゃんと好きなんでしょ?」

「うん」

少なくとも、瑛茉として慎を好きになっていったと思っているし、そう思いたい。

なんて考えてるうちに紗梨はあっさりと言い放った。

「なら、難しく考えることないじゃない。前世でのことが全く関係ないとは言い切れないけれど、魂と魂の運命の巡り合わせだもの。こうして再び巡り合って惹かれあうなんて素敵じゃない」

垂れ目がちのヘーゼルを細めて花のように笑う。

一緒に摘んだ藤色の花を、髪に差していた遠い日のサリーの姿が重なった。


「そうかな」

「そうだよ!今の瑛茉が今の慎さんを好きってだけで充分じゃない。例え仕組まれていたとしても。それに、記憶が蘇ったってきっと慎さんは受け止めてくれるよ。だって、上手くいっているようだし」

紗梨は私の為の答えを、流れるようにくれた。

朗らかに流れる言葉に、私の不安が解けていくような感覚がする。

彼女も言葉を操る力を使えたんだっけ?と思うほど。

揶揄うようににやにやと見てくる顔も、全く不快ではなく、むしろ安心する。

私と慎の関係はまだ始まったばかりで、お互いに知らないことだってまだ多い。

もし記憶が蘇ったら、これを含めきっとこれからぶつかることも幾度も出てくるだろうけれど、その度に和解していけばいいのだ。


「そうだよね、今の私は瑛茉なんだから。今を前向きに生きて行けばいいんだよね」

「それに、慎さんとも過去を共有できればきっと楽しいよ」

エマがシンと過ごしたあの日々は、間違いなく大切なものだ。

エマが大胆過ぎて恥ずかしい、と思わなくもないけれど、確かに共有できるならそれはそれで幸せかもしれない。


「答えは出たか」

ずっと私達の様子を窺っていたマリエルが、私の心が定まったのを察して問うてくる。

「うん。マリエル、暗示を解いて」

「わかった。今日二人を見送ったら早速解きに行こう」

「ありがとう、よろしくね」

私の言葉に頷いた後、マリエルの身体はまた淡く発光し、槙村さんの姿に戻った。


発光は収まっているものの、中性的な姿からいきなり女性の姿に変わったせいで目がちかちかとする。

目の前に置かれたカモミールティーは、ほとんど飲むことがないままにすっかり冷めてしまっていた。

冷たくなったお茶でカラカラだった喉を潤すと、爽やかな香りが広がった。


「新しく淹れなおすよ」

槙村さんがカウンター裏に消え、すぐに新しく淹れなおしたお茶を持って来る。

新しく淹れてもらったお茶がなくなるまで、三人で懐かしい話を語り合った。


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