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 紗梨が指定したのはCAFEエデンだった。

エデンにしようと言われたときは、どちらかの家の自室で話すことになるものだとばかり思っていたため吃驚(びっくり)した。

最初は躊躇(ためら)ったものの、話すだけならテーブル席は他と少し距離があるし問題ない、と紗梨に説得されまあいいかと了承した。

勿論、私も紗梨も今日はお休みだ。

いつもの駅で待ち合わせ、一緒に目的地に向かった。


けれどこれはどういうことだろう。

お店の前まで来てみると、扉の前にはクローズの札が掛けられている。

今日は定休日ではないし、臨時休業するとも聞いていない。

戸惑う私を脇目に、紗梨は迷いなく扉に手をかけた。

するとカラン、と音を立て、普通に扉が開く。

半開きにしたままこちらを振り返り、戸惑ったままの私を手招きする。

疑問を膨らませながら店内に入ると、窓際の四人掛けのテーブル席に槙村さんが座っていた。


「待ってたよ」

私達を見ると、いつもの笑顔で迎えてくれる。

自身が座っていたテーブルに座るよう促し、飲み物を用意するからとすぐにカウンター裏に消えた。

促されるままに紗梨と向かい合わせで座り、なんとなく店内を見まわす。

当たり前だけれど、表に出ていたクローズの札の通り、私たち以外いなかった。

営業中は小さめながらも流れているBGMも流しておらず、本当に店内は静かだ。

紗梨が最初にエデンを指定した時も不思議に思ったけれど、今日営業だったはずのお店がいきなりお休みしているのは本当に謎だ。

もしかしてただ私たちが話すためだけに貸し切り?いやそれは申し訳なさすぎるし、さっぱり意味が分からない。


考えているうちに槙村さんはカウンター裏から現れ、人数分の飲み物をテーブルに置いた。

爽やかな香りのたつ、カモミールティーだ。

そしてそのまま私の向かい側、紗梨の隣へと座る。

どうして?このお店は槙村さんのものだからいるのはわかるけど、まさか一緒に?

先程から湧き上がる疑問は、頭の中を止まらずぐるぐるとし続けている。

疑問を口にしようとするも、思考がまとまらず口を開きかけ何も言えないままでいる私を見兼ねてか、紗梨が口火を切った。


「色々と聞きたいことがあるかもしれないけど、昨日言っていた話をもう一度全部話してもらってもいい?」

紗梨の隣にいる槙村さんをちらりと見る。

紗梨にだけ話すつもりでいたのに、槙村さんにも夢の話を?

正気を疑われてもおかしくないような話だ、もしかして紗梨に騙されたのだろうか。

親友だからと信じて打ち明けたことだったのに。

馬鹿馬鹿しいと笑うために槙村さんがいるここを選んだのか。

悪い方にばかり思考が巡り、徐々に視線は膝を向く。


「瑛茉が不安に思うことは何もないよ。槙村さんも真剣に話を聞きに来たの。だから、聞かせて?」

「ごめんね。私もいて驚いただろうけど、お願いするわ」

紗梨は少々身を乗り出しながら申し訳なさそうな顔でこちらを窺う。

隣にいる槙村さんも今まで見たことのない、困ったようなそれでいて期待を込めたような顔をしていた。

二人の顔を交互に見、真剣であると判断してから迷いつつも少しずつ夢の話をし始めた。

メッセージで伝えたものより細かく語っていく。


夏前から夢に見るようになったこと、目覚めた後は鮮明に覚えてはなかったけれど夢見る頻度は多くなっていったこと、そして昨日夢に添ったすべての情報が濁流のように押し寄せたこと。情報がもたらした映像は生々しく、全く同じ痣が夏休み中いきなり浮かび上がってきたこと。

ただの夢であったのか、本当に記憶と呼べる代物なのか自分一人では判断ができないこと。

だいぶ長い間話し続けたのにもかかわらず、二人は静かに耳を傾け続けていてくれた。


一方私は、あまりにも長い話の中自分が何を言っているのか、途中分からなくなりそうだった。

あまりにも現実味のない話に、やっぱり自分以外の誰かに打ち明けたのは間違いだったのではと話しながら後悔を滲ませていた。


案の定、話し終えた私に待っていたのは沈黙だった。

話しながら徐々に下へと傾いた頭では目の前にいる二人の表情を確認できない。

実際はたった数秒程の事だったのかもしれないけれど、嫌なことばかり思い浮かぶ今はとても長い沈黙に感じた。


「本当に…?」

小さく掠れどちらのものかわからない声が聞こえ、恐る恐る顔を上げる。

珍獣でも見るような目で見られていると思っていたのに、二人の目はお互いを見つめあっている。

目を見開き、歓喜を滲ませたような顔でやっとだ、とどちらかが呟いた。

予想外の反応に、どうしていいかわからないままに二人の顔を凝視する。


「私の名前を、呼んで」

くるっとこちらに向き直った紗梨は、垂れたヘーゼルの瞳を輝かせ言う。

名前を呼んでほしいなんて、いきなり何を。

「紗梨…?」

「違うわ、私の、名前よ」

怪訝に思いながらも呼ぶと、紗梨だけど紗梨じゃない、そう思わせる言葉で訂正を促す。

彼女の言葉にひらめくまま、もう一つの名前を呼んだ。


「サリー?」

「そう!」

名前を呼ぶと同時にぱちっと音が聞こえたような気がした。

名前を呼ばれた紗梨―サリーは何度か瞬きを繰り返し、一度長く目蓋を綴じた後、静かに再び目を開けた。


「やっと、全て戻った」

開いた自身の両の掌を見つめ、そのままその手で両頬を包む。

心なしか彼女の顔は輝いて見える。

長たらしい話を馬鹿にされず、おそらく信じて聞いてくれたのだろうということはわかった。

それはいいんだけど、そろそろ状況をわかるよう説明してくれないだろうか。

今日は店前に着いてから疑問符ばかりが浮かんでいる。

考えを読んでくれたのだろう槙村さんが、ようやく助け舟を出してくれた。


「今話してくれた話は夢なんかじゃない。全て過去の真実だよ」

「…ってことは本当の記憶?」

「そう」

槙村さんは穏やかに笑う。

情報は全て正しく自分の記憶だったと認められ、その事実がすとんと胸に落ちる。

そのことに安堵し、同時に不安に似た感情が湧き上がる。

私は今瑛茉で、過去はエマであった。

目の前で歓喜している紗梨もサリーだった。

ということは慎も、過去私と共にいたシンであることは間違いない。

でも槙村さんは?すべてを聞き理解している槙村さんはいったい何故ここにいるのか。


他にも思うことはたくさんある。

紗梨はいつから知っていたのか。

まずはそこから聞いてみなければ。

はっきりさせなければ余計な不安を抱えてしまいそうだ。

そんなことないとはわかってはいるけれど、例えばそう、ずっと知っていながら私を面白がって見ていたのか、とか。

思い立って紗梨をじっと見つめると、私が口を開くより先に話し出した。


「瑛茉、色々と説明不足なままここに連れてきちゃってごめんね。でも、早く確かめたかったの。早くあなたと記憶を分かち合いたかった」

垂れた目に喜びを映しているのはわかったが、テーブルの上でぎゅっと両手を握りしめたことにも気づいた。

「私の記憶が戻る条件は、記憶の戻った瑛茉に名前を呼ばれること」


ああだから、名前を呼んでと言っていたのか。

でも名前を呼ぶ前から過去を知っているふうだったのはなぜか。

疑問を投げかけると、私が夢を見始めたのと同時期に同じように夢を見始めたからと教えてくれた。

ただ私程鮮明なものではなく、ざっくりと自分が過去天使でありエマと親しくしていたことだけぼんやりと見ていたようだ。

そのことを何気なく、こんな夢を見たんだと槙村さんに話したら、きっと瑛茉も同じ夢を見ているだろうと言われたらしい。

不思議に思いながらも、そうなら瑛茉にも話してみようかと嬉々としていたところ止められたという。


「瑛茉から話してくれるまでは言わない方がいいって言われて。もし瑛茉からそれらしい話を聞いたら教えてほしいって言われたの」

聞いた時は意味が分からなかったが、言うとおりにするのが一番正しい気がして従ったらしい。

そして昨日、漸く夢の話をされ、槙村さんに伝えたところお店を貸し切りにするから明日一緒に来るようにと言われ現在に至るみたいだ。

貸し切りのことを事前に伝えなかったのは、私に余計な疑惑を持たせないためだったと謝られた。


ここまで聞いて、尚更槙村さんの意図がわからない。

一体なんでそこまでして話し合いの場を作ってくれたのか。

どうして紗梨の記憶の戻る条件を知っていたのか。

「瑛茉が確実に過去を思い出す保証はなかったから、瑛茉が思い出さないなら私も思い出さなくていいと思ってこの条件にしたの。そして思い出したのなら過去の私達を共有できるように記憶の解き方は簡単にしてもらったの、マリエルに」

言いながら最後に槙村さんを見た紗梨の視線を追う。

マリエルは、天使だった過去私の上官だった者の名前だ。


槙村さんと何か関係が?

確かに思い出した今、なんとなく槙村さんにマリエルの面影を感じる気がするけど、マリエルは性が無い為もっと中性的で、失礼を言うようだけれど若目に見えるがアラフォーの槙村さんよりももう少し若い見た目だったはずだ。

謎が解けずに首を傾げている私を見て、槙村さんがクスリと笑う。


「まだ、私がわからないか?」

普段の槙村さんとは違う、けれど覚えのある話し方に既視感を覚える。

けれど、私の知っている上官はこんなふうに穏やかには笑わないはずだ。

「もう隠している必要もない」

そう言うと、槙村さんは立ち上がり、その場で目を綴じた。

すると槙村さんの身体が淡く発光する。


目を見開き、目の前の光景を凝視していると、だんだんとその姿が変化していくのがわかった。

背中には大きな翼が現れ、顔つきと身体つきからは女性らしさが失われていく。

全ての変化が終わり、光が身体から失われてから一人の天使がゆっくりと目を開いた。

その姿は、最期見た姿と寸分違うことない、以前の自分の上司だった。


突然の変化に目がちかちかとする。

最高位の天使がどうしてここにいるのだろう。


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