2
扉を開けると、上部に取り付けられたベルがカラン、と音を立てた。
店内はアンティーク調にまとめられ、独特の雰囲気を醸している。
私と紗梨は、迷いなくカウンター席に座った。
全五席あるカウンターには現在、私たち以外座っていない。
「あら、あなたたち。今日は休みじゃなかった?」
席に座ってすぐ、奥から四十前後くらいの女性が出てくる。
このお店、『CAFEエデン』の店長の槙村さんだ。
「そうなんですけど、お店のケーキが恋しくなっちゃって」
「嬉しいこと言ってくれるわね」
ふふっと笑いながら、槇村さんがお冷を置いてくれる。
お店のケーキが恋しくなったのも嘘ではないので、余計な口は挟まない。
因みにテストの出来は私はまあまあ、紗梨は微妙なところ、らしい。
朝に紗梨が言っていたいつもの場所、というのは私たちのバイト先でもあるこの『CAFEエデン』のことだ。
元々このお店は私たちのお気に入りのお店だった。
放課後によく通っていて、ある日ケーキを食べ終わり会話を楽しんでいたところで、槙村さんにスカウトされた。
ちょうど紗梨はバイトを探していたこともあってすぐに承諾し、私も悩みはしたものの紗梨がやるならと一緒に始めた。
「もう注文いいですか?」
実はもうここに来るまでに、二人とも食べるものは決めてある。
一応お目当てのスイーツが、今日出しているかを確認してから注文する。
「どうぞ」
「私はレモンのチーズタルトとカフェモカ!」
「私はベリーパイとアールグレイをお願いします」
「かしこまりました、すぐに用意するから待っててね」
槙村さんは確認を取ると注文票を持ってカウンターの奥に消えていった。
「今日は少し空いてるね」
「確かにそうだね」
紗梨の言葉に確認するように店内をちらっと見てみると、店内には自分たち以外にお客さんは二組しかいなかった。
私たちのような学校帰りの学生が沢山いてもいい時間ではあるけれど、基本的にこのお店は学生客が少ない。
まるで隠れ家のような場所にあることもあり、新規客よりも常連客が圧倒的に多い知る人ぞ知る、という形容がぴったりのお店だ。
私と紗梨は、このあたりの裏通りを散策している時に、妙に惹かれるものを感じて吸い寄せられるように扉を開けて入ったのが始まり。
初めて入った時の高揚感は忘れられない。
美しいアンティークの装飾に彩られた店内は、まるで見たこともない天上のようだと思った。
そして運ばれてきたスイーツにまんまと心を奪われたわけだ。
きっと他にも私たちのように吸い寄せられた人たちはいるのだろう。
ともかく、偶然の出会いに感謝。
「はい、お待たせしました」
宣言通り、槙村さんはあっと言う間にケーキセットを持ってきてくれた。
紗梨の前にはレモンのチーズタルトとカフェモカが置かれ、私の前にはベリーパイとアールグレイが置かれる。
「若い女の子がいるだけで店内が華やぐからいいわね~、じゃあゆっくりしていってね」
槙村さんの言葉に少しクスッとしてからお礼を述べる。
カウンター奥に消えていく背中を見送ってから爽やかな香りの立つアールグレイを一口啜、った。
目の前には芸術品のように飾られたベリーパイ。
きらきらと輝いて見えるそれを小さく切り分けて口に運んだ。
程よいベリーの酸味と甘味が口の中に広がる。
「「美味しい…!」」
思わず声が重なり、顔を見合わせてクスクスと笑ってしまう。
奥からいつの間にか出てきていた槙村さんが、カウンター越しに満足気にこちらを見ていた。
一口ずつ交換してみたりと、二人で楽しみながらケーキを味わっていたら、あっと言う間に平らげてしまった。
その後はいつも通り、飲み物がなくなるまで女子トークに花を咲かせる。
女子トーク、と言っても年頃の女の子たちがする所謂恋バナなんかは話題に上ったことは無い。
私達がするのは、美味しいスイーツがある喫茶店や化粧品・ファッション、SNSで見た癒される動物動画の話等々(などなど)。
甘くて美味しいスイーツを食べるのも好きだけれど、こうして紗梨と二人で他愛のない話をしているのも好き。
他に友人と呼べる存在のいない私にとって、彼女と時間は至福のものだった。
楽しい時間はあっと言う間に過ぎる。
店に着いた頃はまだ明るかった空に、いつの間にか藍色が迫ってきていた。




