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13

 翌朝。

朝食を摂りながら両親が放った言葉に、私は丁度持っていたパンを落としそうになった。


「昨日の青年を今度家に連れてきなさい」

コーヒーを啜ってカップをテーブルに置いた父は、間違いなくそう言った。

「知り合いの方なんでしょう?」

理解が追い着かず、返す言葉の見つからない私に母が確認を取るように続ける。


はい、と(かす)れるように短い返事しかすることができず、そこから新たな会話が続くわけでもなく、疑問符がぐるぐると頭の中を駆け回っているうちに朝食の時間は終わってしまった。

「あの、どうしてあんなことを?」

とやっと疑問を訪ねることができたのは、朝食の後片付けが終わり、母が掃除機をかけ終えた頃だった。

因みに洗濯物は今洗っているところで、洗濯が終わり次第瑛茉が干す予定だ。

父はとっくに仕事に出てしまっている。

母は、私の言葉を聞いてゆっくりと微笑んだ。


「瑛茉さん、自分じゃ気づいてないかもしれないけれど、最近とても楽しそうにしてるのよ。表情も柔らかくって。きっと何か良いことがあったんだろうとは思ってたの。それが、昨日の彼なんでしょう?」

母の言葉に朝食時と同様に目を見張る。

どうして、と言う前に母は続けた。

「だってあなたが安心して隣に座れる人なんだもの。あなたが男の人に対して柔らかい顔をできるようになったんだって、私もお父さんもとっても安心したのよ」


母の目の端には涙が滲んでいた。

昨夜の別れ際に慎と言葉を交わすところをしっかり見ていたらしい。

自分じゃどんな顔をしていたかわからないけれど、どうやら両親が慎に好感を抱くのに十分な表情をしていたみたいだ。


「瑛茉さんは過去に色々な思いをしてきたし、それを見ていた私たちも辛かった。けれど、心を開ける人ができたんだってわかってとても嬉しかったの。だから、あなたを助けてくれた人のことを、私もお父さんもよく知りたいのよ」

「お母さん…」

気づいたら自分の目にも涙が滲んでいた。


七年前この家に引き取ってもらってから、ずっとずっと迷惑や心配ばかりかけていた。

お世話になっているのに、それが本当に申し訳なくて、私を引き取って後悔しているのではと考えることもあった。

元々人と話すことを苦手に感じていたし、そこに色々な感情が混ざり、程よい距離感を両親との間に作ることができず、歯がゆい気持ちを心に抱えてもいた。

それなのに、私のことで安心したと、嬉しいのだと、涙を滲ませて言ってくれる母にどうしようもなく涙が溢れた。

いつまでもよそよそしい娘に対し、以前言っていたように本当の娘として扱ってくれているのだと改めて実感し、心が震えた。


同時に今までの態度を本当に申し訳なく思う。

今からでもちゃんと親子としての関係を築いていけるだろうか、そう考える自分の体にはいつの間にかそっと母の腕が回されていた。おずおずと同じようにして母の体にも腕を回す。

じんわりと沁みていくその体温に、子供のように泣いてしまった。

ここ二日泣いてばかりで、暫く分の涙を使い果たしてしまったのではないだろうかなどと思う。

落ち着いた頃にふと声がかかる。


「一つ踏み込んで聞いていいかしら?」

「なんでしょう?」

身体を離して顔を覗き込むと悪戯っぽく微笑まれた。

「やっぱりその、彼のことが好きなのかしら」

「え…⁈」


途端に頬を染めてしまう。

紗梨とカフェに行った時も同じようなことがあったな、と頭をよぎる。

くすくすと笑う母の表情はこの七年で初めて見たものだった。



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