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指輪転生  作者: ナーロッパ大使館員
一章 ピアルノー氏の蒐集品
6/24

ピアルノー氏の奇妙な遺言


 「つまり、遺言に(したが)えば 君達はこの手紙の相続人ではない。 という事になる」


 ここまで言って エリオンは顔を上げて二人に目を向けた。

 アリエルは少し驚いた顔をしている。 一方のマリオは異様(いよう)に静かだ。


 「……勿論、スヴェンセンも相続人ではない」


 アリエルが後ろを振り向き 扉の前に立つ衛士(スヴェンセン)を見た。


 「まっことに 残念ながら」

 衛士はわざとらしく肩をすくめて呟いた。

 アリエルは困った様な 可笑(おか)しみのある表情でエリオンを、次いで夫に顔を向ける。


 「エリオン様、この遺言状の相続条件を私達に()かすべきではありません。

 徹底して秘匿(ひとく)するべきでした」

 マリオは(きび)しい面持(おももち)ちのまま、恐縮(きょうしゅく)する素振(そぶ)りも見せずに淡々(たんたん)()(はな)った。

 彼が言わんとしているのはつまり、ピアルノー・アンダマンの遺言(ゆいごん)(かかわ)る重大な情報を自分達や一介(いっかい)武官(ぶかん)スヴェンセンと共有(きょうゆう)すべきでは無い、と言う事だ。

 口調(くちょう)丁寧(ていねい)だったが、エリオンを(あん)に非難しているのは明白(めいはく)だった。


 (変わらないな)


 主君(しゅくん)実利(じつり)重視(じゅうし)し、その為に諫言(かんげん)躊躇(ためら)わない、理想的な家宰(かさい)

 老執事(ろうしつじ)の変わり無い様子を(あらた)めて()()たりにしたエリオンは、腹を立てる以前に何だか嬉しくなってしまっていた。


 「懸念(けねん)は分かるよ、マリオ。 でも君達なら問題無い。

 少なくとも私は心配していないからね。

 二人すらも信じられないなら、旧代官邸にいる人間……いや小人族(ハーフリング)もだが、誰も信用出来ない」 

 そして、これはスヴェンセンにも()える(こと)だった。


 エリオンはスヴェンセンの立つ後方に顔を軽く傾けながら、マリオを見て言った。

 「それに見ての通りスヴェンセンは当家(とうけ)筆頭(ひっとう)武官(ぶかん)で、領主から衛士長の職も(たま)わっている。 懸念(けねん)不要(ふよう)だ」


 長躯(ちょうく)と筋肉質な肢体(したい)。 真っ赤な毛髪。

 イズーダン子爵アンダマン家の紋章入り外套(がいとう)の隙間から覗く、(くろ)みがかった籠手(こて)。 目を()らせば緻密(ちみつ)彫金(ちょうきん)が施されている事に気がつくだろう。

 この銀灰色(ぎんかいしょく)の全身鎧は領内(りょうない)随一(ずいいち)の優秀な魔術師に依頼し、スヴェンセンに(しつら)えて作成した特注品(とくちゅうひん)だ。

 しかし、伊達(だて)に資金を投じている(わけ)では()い。

 彼女は我が家の私兵部隊(しへいぶたい)である衛士隊の(おさ)であると同時に、数少ない私の腹心(ふくしん)なのだ。


 エリオンの返答に夫婦はそれぞれ (うなず)き返しはしたものの、マリオの方は明らかに納得(なっとく)していない様子だった。


 「若様、これがピアルノー様の遺言なのは間違い無いんでしょうか?」

 アリエルが尋ねた。


 「うん……この手紙は……これが届いた経緯(けいい)は後ほど改めて説明させてもらう(つも)りだが、ピアルノー叔父上から……いや叔父上を(かた)る何者かも知れないが、()(かく)、巧妙なやり方で 私の元に届けられた」


 と(くち)に出した後、マリオの鋭い視線に()されて 要領(ようりょう)()ない返答(へんとう)をしてしまった事に気が付いた。


 「つまり、確信を持って叔父上の遺言だとは言えない。

 しかし事実、これを捨て置く事が出来ない、奇妙な出来事があった。

 そして今、ここに至ってその予感は益々(ますます)強くなった」


 エリオンの言葉を(うなが)すように小さく(うなず)いてから、マリオが口を開いた。

 「この植物紙ですね」


 「如何(いか)にも。 君の指摘通り、この植物紙は大きな手掛かりになるかも知れない。 何せこれを手に入れるには君たちの助けがいる。

 ……叔父にもこの紙を(おろ)していたのか?」


 「いいえ私は……私達は旦那様にずっとお会いしていません。 可能性は低いですが、もしかすれば家の者は何か知っているやも」

 

 「では植物紙を管理している者を呼んできてもらえるか?

 詳細な情報が得られれば、()()()()()相続人を見つける助けになる」


 「それは 私達の氏族(水柳の家)への要請(ようせい)ですか?」


 「……いや、この件は今回の遺産分けの会合とは別にして考えて欲しい。

 あくまで私から、君たち二人に対する依頼で、ただの……お願いみたいなものだ」


 そう言って、今度は夫婦の顔を交互(こうご)に見た。



 ◇◇◇



 マリオとアリエル。 ピアルノー・アンダマン股肱(ここう)の部下。


 偉大な冒険家ピアルノー・アンダマンに付き従う小さな侍従(じじゅう)たちは、傍目(はため)文字通(もじどお)り〝お(かざ)り〟の様な存在に見えた事だろう。

 南領の富裕層(ふゆうそう)にとって水柳の家出身の小人族(ハーフリング)従者(じゅうしゃ)として(やと)うのは、芸事(げいごと)を愛する風雅人(ふうがじん)である事の証明だ。

 それらの人々にとって二人の様な小人族(ハーフリング)一種(いっしゅ)装飾品(そうしょくひん)であり、自身(じしん)(とみ)教養(きょうよう)標榜(ひょうぼう)する為の存在に()ぎない。

 エリオン・アンダマンがそれを実際に目にしたのは、彼が故郷を離れて帝都の学園に入学した後のことだった。


 しかし叔父とこの夫婦との繋がりがそのようなものとは一線(いっせん)(かく)している事を彼は知っていた。

 あの三人の(あいだ)には、余所者(よそもの)には(およ)想像(そうぞう)(およ)ばない程の(たし)かな(きずな)があった事を。



 ◇◇◇



 エリオンは目の前の夫婦がピアルノー・アンダマンに関する事柄(ことがら)無碍(むげ)にできるとは考えていない。

 (むし)(こと)此処(ここ)(いた)って、この封筒が叔父に関係しているという予感(よかん)は彼の中で確信(かくしん)()りつつあった。


 成果を得る為にもこの二人の助けが必要だ。


 マリオは目を半睡(はんすい)にし、アリエルは片手で彼の手を握りながらその足元をじっと見つめていた。

 二人とも考え込んでいる様子で、微動(びどう)だにしない。

 彼らからの返答を待ちながらその様子を観察しつつ、エリオンもまた口を(つぐ)んでいた。

 そうしているうちに、旅の疲労から来る気の(ゆる)みからかその意識は徐々(じょじょ)物思(ものおも)いへと(しず)んでいった。


 この二人は……三人の出会いは、ピアルノー叔父の学生時代にまで(さかのぼ)ると以前本人から聞いた事がある。

 とても個人的な出来事の後……その詳細は話してもらえなかったが……マリオとアリエルは従者として叔父に仕えることを決めたそうだ。

 それから間も無くピアルノー・アンダマンが(おのれ)の道を(つらぬ)いて父親と対立すると、日和見(ひよりみ)の親戚たち……つまりアンダマン本家筋のお偉方(えらがた)も祖父を(おもんばか)って本家の()ねっ(かえ)りを遠ざける方向に動き出した。

 その代償(だいしょう)として本家からピアルノー叔父への手切金(てきれきん)として与えられたのが、ここ旧代官邸だったらしい。


 ()わば御曹司(おんぞうし)一転(いってん)して問題児となった訳なのだが、変わらずこの二人は公私(こうし)()えて叔父を支えた。

 それから後、南領の一官吏(いちかんり)として始まり次に辺境の探索者として頭角(とうかく)を表し、()ては皇帝の友人と呼ばれるまでになったピアルノー・アンダマンの(かたわ)らには(つね)一対(いっつい)の影があった。

 彼らが共に過ごしたこの土地とこの建物は三人の家だったと()って過言(かごん)では無いだろう。

 しかしピアルノー・アンダマンの妻子やその親族とは比較(ひかく)にならないくらい、ずっと長い(あいだ)を叔父と共に過ごしてきたにも関わらず、彼の結婚を機にこの主従契約は呆気(あっけ)なく、一方的に解除されたと聞いている。

 それも噂によれば、ピアルノー叔父の方から。

 以後のことは詳しく分からないが、二人が叔父の探索行(たんさくこう)随行(ずいこう)することなくなったようだ。

 自分達不在の遠征に出た旧友はいつしか行方知(ゆくえし)れずとなり、最後に彼の訃報(ふほう)が続いた……とすれば、二人の気持ちは如何程(いかほど)だろうか。


 実際のところ、もしも私達からの依頼が無ければマリオとアリエルがこうしてピアルノー・アンダマンの遺産分けに関わることも無かっただろう。 

 (たが)いを除けば、この件でマリオとアリエルの心中(しんちゅう)(さっ)する事が出来る者はどこにもいない。



 ◇◇◇



「もうこんな時間か。 随分(ずいぶん)と長く付き合わせてしまったな。

 スヴェンセン。 二人を宿房(しゅくぼう)に送り(とど)けてくれ」


 急ぎ過ぎる事もない。 今日はここまでにしよう。

 相続人達の到着(とうちゃく)まで、猶予(ゆうよ)はある(はず)だ。


 二人が部屋を出た後、スヴェンセンは思い出した様にエリオンの方を振り返り、(トレー)に乗った封筒を 軽く(かか)げた。


「こいつは どうしましょう?」


「そこに置いてくれ。 ()()()()()()()()な」



 ◇◇◇



 再び書斎(しょさい)で一人になったエリオンは、先程(さきほど)の封筒を目の前に置いて 黙考(もっこう)していた。


封筒(ふうとう)が スヴェンセンによって彼らの眼前(がんぜん)に差し出された時、一瞬ではあったが二人(そろ)って封筒の中央(ちゅうおう)封蝋(ふうろう)のあたりを凝視(ぎょうし)していた様に見えた。

 しかし、封蝋に押されている印章(シール)には見覚(みおぼ)えがないと言う……


 深く、静かな溜息(ためいき)()らす。


 権謀術数(けんぼうじゅっすう)貴族(きぞく)(つね)だ。

 表面を(ほが)らかに取り(つくろ)い、政敵(せいてき)食卓(しょくたく)を共にする。

 二度と会うことのない相手と、再会(さいかい)(ちか)って 親愛(しんあい)抱擁(ほうよう)()わす。

 目的の為に、()めそやし、監視(かんし)し、(おとし)める……

 スヴェンセンには 彼らの行動 その一挙一動(いっきょいちどう)を監視するように伝えた。

 ……()()()()()()()()


 エリオンは顔を上げ、書斎(しょさい)(すみ)(まと)めてある一山(ひとやま)の荷物に向かう。

 その中から白く(かがや)く金属製の水筒(すいとう)を取り出すと、(ふた)(はず)し、水筒の中身を蓋に(そそ)ぎ入れ、一息に飲み干し、フーーッ と大きな息を吐く。

 酒気(しゅき)がエリオンの頭に()みわたった。


 長い一日だった。


 それから少しの(あいだ)天井を見つめた後、彼は上衣(うわぎ)の胸元から手紙を取り出し、書物机(かきものづくえ)の上に置いた。

 (ほの)かな緑色の紙で()られた封筒。

 封筒の色も、封蝋(ふうろう)の深緑色も、印章(シール)の紋様も、

 先ほど二人(ハーフリング)に見せた封筒と まるきり同じ物だ。

 違いが有るとすれば、エリオンがたった今取り出したそれ(封筒)は 開封済みである、という一点だろう。


 二通の手紙。


 これこそが私をこの地に呼び寄せ、遺言(ゆいごん)見届(みとど)(にん)遺産(いさん)整理役(せいりやく)仕立(した)てあげ……

 そして、あの善良(ぜんりょう)な夫婦に対してさえ吐露(とろ)する事の許されない、際限(さいげん)の無い疑心(ぎしん)をこの胸中(きょうちゅう)蔓延(まんえん)させている元凶(げんきょう)なのだ。


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