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指輪転生  作者: ナーロッパ大使館員
一章 ピアルノー氏の蒐集品
5/24

ピアルノー氏の手紙

 

「……若様(わかさま)、お目汚(めよご)しを」


 アリエルがハンカチで目元(めもと)(ぬぐ)いながら、申し訳なさそうに(つぶや)く。


彼達(かれら)を思って泣いてくれたのだろう? 家族として嬉しく思うよ」


 これは(まぎ)れも()本音(ほんね)だ。


 彼ら(ハーフリング)再会(さいかい)したことで、この地での思い出が……

家族が揃って過ごしたピアルノー邸での記憶(きおく)と、二度と(もど)らない時間(じかん)がエリオンの脳裏(のうり)徐々(じょじょ)(よみがえ)ってきていた。



 ◇◇◇



 それから間も無く、滞在(たいざい)手配(てはい)が完了したとの報告がエリオンの元に届けられた。


 近隣(きんりん)村落(そんらく)から物資を買い付ける合意(ごうい)が取れた事に加えて、マリオとアリエルを筆頭に水柳(みずやなぎ)(いえ)のハーフリングが明日にも追加で派遣(はけん)されて来るという。

 また、水柳の家からはエリオンの滞在期間中、ピアルノー邸(旧代官邸)内外(ないがい)を問わず全面的ぜんめんてきに仕事に協力してくれる(むね)の書き付けも一緒に届けられていた。


 エリオンは内心(ないしん)、胸を()で下ろした。

 これで 南領で最も力のある小人族(ハーフリング)氏族(しぞく)の協力が確約された。

 叔父の訃報(ふほう)を受けてからここに至るまで、家族総出(かぞくそうで)で準備に(あた)った。

 誰よりも早く到着する為に 時間の許す範囲(はんい)(そな)えては来たものの、万難(ばんなん)(はい)しているとは言い(がた)かったのだ。


 派遣(はけん)されて来る同胞(ハーフリングたち)(むか)える為に退出(たいしゅつ)するアリエルに、族長への謝辞(しゃじ)を託して見送(みおく)った後、彼は持参(じさん)して来た資料と諸々(もろもろ)の書類に目を通しつつ、これから先に待ち受けるであろう様々な可能性に思考(しこう)(かたむ)けて()ごした。


 夕食後、本館の書斎(しょさい)(あらた)めていたエリオンに、近衛士長(このえしちょう)来客(らいきゃく)()げた。


「スヴェンセンか。 どうした?」


夜分(やぶん)に失礼します、エリオン様。 小人族(ハーフリング)のご夫妻がお見えです」


(とお)してくれ」


 スヴェンセンがニヤッと笑うと その足下(あしもと)から二人が姿を現した。


「さすがスヴェンセン! 仕事が早いな」



 ◇◇◇



「あの衛士は……迂闊(うかつ)です」


 マリオが苦々(にがにが)しく言い(はな)った。


「そうかしら、とても感じの良い人よ」


 アリエルが(こた)える。


 (あるじ)の確認を待たずに直接(ちょくせつ)自分達をエリオンの元まで案内した、護衛(ごえい)のスヴェンセンが彼には我慢(がまん)ならないらしい。

 事情を知らない者からは、融通(ゆうずう)()かない若い侍従(じじゅう)が、いかにも生真面目(きまじめ)苛立(いらだ)っている(よう)に見える事だろう。

 マリオはピアルノー叔父の(もと)で数十年の間、執事(しつじ)として仕え、同時に家宰(かさい)として使用人達を統率(とうそつ)しながら、叔父の死によって解任されるまでこの場所を守って来た。

 整った顔立ちをした、世間知(せけんし)らずの騎士見習い(アプレンティス)の様なこの老従者(ろうじゅうしゃ)(あなど)って、痛い目を見た(おろ)(もの)を ()きるほど見ている。

 彼がその(あい)らしい外見(がいけん)見合(みあ)わない 怜悧(れいり)()()まされた男である事は (いや)というほど理解していた。

 幼い頃は、見た目と中身がチグハグな彼のことを今ひとつ理解できなかったが、今やマリオは私の知る(かぎ)り 最も優秀な従者の一人だと確信を持って言うことができる。


 だから、貴族としての立場で()べるなら、マリオの意見(いけん)こそが正しい。

 しかし、個人的には アリエルに賛成しておこう。

 スヴェンセンはああ見えて なかなか頼りになる。


「こんな時間に呼びつけて済まない。

 マリオ、水柳の家への取り()ぎを(すみ)やかに済ませてくれて、助かった。

 お(かげ)当家(とうけ)侍従達じじゅうたちにも美食(びしょく)(もてなし)の何たるかを教える事ができるよ」


「では、(つか)わされて来る料理人は 責任重大(せきにんじゅうだい)ですね」


 マリオが目を(ほそ)めながら答えた。 それを聞いてアリエルが笑い声を()らす。


「そういう側面(そくめん)で見れば、今回の滞在(たいざい)にも楽しみがあるな。

 だが明日も、その後も(いそが)しくなるだろうから、今夜は手早(てばや)く済ませよう。

 今日中に()(いそ)ぎ確認しておきたい事があるんだ」


 二人が身を(ただ)した。


「……知っての通り、今回 私はアンダマン家とピアルノー叔父上の遺族(いぞく)による会合(かいごう)先立(さきだ)って、彼らの補佐役(ほさやく)として派遣(はけん)されて来た。

 一月後、ここ旧代官邸(きゅうだいかんてい)会場(かいじょう)に、相続人達(そうぞくにんたち)によってピアルノー叔父上が(のこ)した遺産(いさん)分割(ぶんかつ)する(ため)協議(きょうぎ)()(おこな)われる」


 協議の参加者(さんかしゃ)は、相続(そうぞく)当事者(とうじしゃ)である(ふた)つの(いえ)からそれぞれ、

 ・ピアルノー叔父の遺産(いさん)相続権(そうぞくけん)を持つ遺族(いぞく)(が指名しめいした相続人(そうぞくにん)

 ・旧代官邸の権利を所有するアンダマン本家(が指名(しめい)した相続人(そうぞくにん)

 ここに、

 ・遺言状(ゆいごんじょう)財産目録(ざいさんもくろく)作成(さくせい)に立ち合った証人(しょうにん)

 を(くわ)えた、計三名。


 「相続人達(そうぞくにんたち)証人(しょうにん)立会(たちあ)いの(もと)各々(おのおの)立場(たちば)(もと)づいて、双方(そうほう)納得(なっとく)の行くまで遺産(いさん)分配(ぶんぱい)について折衝(せっしょう)(かさ)ねる事となるだろう。

 会合(かいごう)はこの三者(相続人と証人)が欠けること無く(そろ)ってから(ようや)く始まる。 ここまでは良いかな?」


存知(ぞんじ)ております」


「まあ言うまでもなく、下準備(したじゅんび)秘密裏(ひみつり)に進めなければならない。

 協議期間中は私も、アンダマン家に(つら)なる者としてでは無く 中立(ちゅうりつ)の立場でいるつもりだ。

 証人と相続人が到着(とうちゃく)するまで、私の事は さながら魔精(ジン)……実体(じったい)なき(もの)として扱ってくれ」


承知(しょうち)いたしました」


「結構。 では 次が最後の確認事項だ」


 エリオンが呼鈴(よびりん)()らすと、間もなく書斎(しょさい)(とびら)が開いてスヴェンセンが入室(にゅうしつ)して来た。

 彼女は両手で金属製の(トレー)を持ち、そのままエリオンの対面(たいめん)にいる二人の面前(めんぜん)へとそれを差し出す。



 ◆◆◆



 (トレー)の上に置かれていたのは 一通の書簡

 (ほの)かに緑色に()んだ 上質な紙で()られた封筒は

 深緑色(ふかみどりいろ)封蝋(ふうろう)()じられ

 その上に丸い印章(シール)が押されている



 ◆◆◆



「それについて、意見(いけん)が聞きたい。 手に取って見てくれ」


 小人の夫婦はそれを順番(じゅんばん)に手に取って、隅々(すみずみ)まで封筒を(あらた)めた。


 「……これは」

 マリオが 少し困った様子で(つぶや)く。


 「珍しい印章だろ?」


「ええ。 いや、この印章(シール)は見た事がありません。

 そちらではなくこの封筒……これに使われている〝(かみ)〟には、見覚えがあります。

 恐らく私の縁者(えんじゃ)生産(せいさん)している植物紙(しょくぶつし)です」


「水柳の家の特産品(とくさんひん)なのか?」


「いえ、違います。

 この植物紙は少数の職人(しょくにん)だけが試作(しさく)している品物(しなもの)で、まだ水柳の家全体で生産する段階(だんかい)には無いのです」


「そうか……アリエルはどうだ。 何か気づいた事は?」


「紙も(ロウ)も、この印章(もよう)も初めて見ます」


「……二人とも 有り難う。

 実はこの手紙はピアルノー叔父上が私に遺したものだ。 いや、厳密に言えば()にではないな」


 マリオとアリエルの視線を他所(よそ)に、エリオンは(トレー)の上に戻された封筒に視線(しせん)()めたまま話しを続ける。


「この手紙を受け取り、それを開封する資格を持つ相続人は、この印章(シール)の意味を知る者……その人物にこの手紙を(たく)す。

 これがピアルノー・アンダマンから私、エリオン・アンダマンへの遺言だ」


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