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指輪転生  作者: ナーロッパ大使館員
一章 ピアルノー氏の蒐集品
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ピアルノー氏のかそけき縁者Ⅱ


 遠くで誰かが叫んでいる。 


 毛布に包まったまま耳を澄ます。 大声で口論しているみたいだ。

 それから薄目を開いて、眼の動きだけで周囲を見廻した。

 部屋の中は常夜灯の灯りで照らされボンヤリと暗く、人の気配は無い。


 良かった。


 安心したのも束の間、拭いがたい不安と恐怖から来る(うめ)き声を抑えて彼女は目を強く(つむ)った。


 あの男たち酷い臭いだったな。

 なんだか気持ち悪い……胸がぐるぐる……すごく、気持ち悪い。

 ……(のど)(かわ)いた。


 顔を横に(かたむ)ける。 ガラスの容れ物にカップが(かぶ)せてあるのが目に入った。

 寝台の傍に置かれた小さなキャビネットの上に置かれた冠水瓶(カラフェ)の中にまだ水が残っている。


 水差し(カラフェ)(かぶ)さったコップに手を伸ばすと、突然視界が揺らいだ。

 その執拗(しつよう)にやってくる眩暈(めまい)を鎮めるよう、ゆっくりと手を伸ばす。

 どうにかしてカップを掴んだもののそれを上手く持ち上げることが出来ず、水差しは絨毯の上にて落ち中身が床に飛び散った。


 「あぁ……っもう!」

 そう言って寝台から身を起こした瞬間、視界の(すみ)で何かが動いた。

 


 ◆◆◆



 洞道(トンネル)の行き止まりに到着すると、エリオンは松明代わりに掲げていた埋樹人(フォールエント)憑依代(ひながた)(ふところ)仕舞(しま)い込んだ。


 官邸に造られた魔法の通路を上り切ったようだ。

 フラムの言う通りならこの先は二階の寝室に続いている。


 旧代官邸に着いて以来、アリシア・アンダマンと御者フラムは秘密裏に無数の魔法の通路を造成(ぞうせい)していた。

 ここ官邸も例外では無く、先程私が接触した古井戸もまた彼らが設置した魔法の通路の入り口の一つだ。

 この魔法はアリシア・アンダマンが所有する魔精(ジン)一柱(ひとはしら)狸穴(まみあな)魔精(ジン)〟イヴォルトの能力に他ならない。

 その二つ名が示す通り、イヴォルトは主人(アリシア)だけが使用可能な専有(せんゆう)空間を創り出すことが出来るらしい。

 それだけでも充分に有用なのだが、魔精イヴォルトの魔法には一つの派生(はせい)的要素がある。

 それは本来なら使役者以外には不可侵(ふかしん)の魔法の通路の使用権を他者に貸し与える事が出来る、というものだ。

 

 要するにアリシア・アンダマンが両耳に提げている耳飾りつまり魔精イヴォルトの憑代の片方を持ってさえいれば、誰でも自由にこの魔法の通路に出入りすることが可能となる。

 そう、誰でもだ。

 たとえ私のように本来イヴォルトの能力を使用するに足らない程度の()しか持っていない者であっても……。

 

 エリオンはポケットから耳飾りを取り出すと、それを目の前の壁に触れさせた。

 するとそこに無数の切れ込みが生じ、そこから洞道(トンネル)の暗闇へと光が差し込む。

 最初は眩しさに目を細めたエリオンだったが、慎重に壁を押し開いて隙間から見える室内の様子に神経を集中した。


 目が慣れると中は存外(ぞんがい)仄暗(ほのぐら)い。

 そこは確かに、官邸の二階に幾つか存在する居住用に設けられた寝室の一つだった。


 何かが動く気配は無い。


 中の様子を(うかが)った後、エリオンは硬貨(コイン)を一枚取り出し親指で(はじ)き飛ばす。

 硬貨は部屋の中へ真っ直ぐ飛んで壁にぶつかると、固い音を立ててその場に転がり落ちた。


 反応無し。


 洞道(トンネル)から静かに身を乗り出し、立ち上がろうとして膝に乗せた手に力を込めた刹那(せつな)何処(どこ)か遠くで怒声のような(どよ)めきが上がった。

 エリオンは咄嗟(とっさ)に屈んで、寝台(ベッド)の陰に身を隠した。


 (イグサの陽動か)


 三衛士それぞれに別個の命令を下してきた。

 衛士シャケにはスヴェンセンへの(つか)いを。

 衛士イグサにはエリオンが官邸に侵入する間、賊徒(ぞくと)の注意を邸内(ていない)から()らす役目を。

 そして衛士モンチコには人質交渉を。 

 相手方の賊どもを刺激せず、物資を渡す代わりに人質を解放させる。

 そして何があろうとも事を穏便に収める。

 彼女の仕事は、まさに今イグサが刺激してしまった連中への対応の事だ。

 難しい役割だがモンチコが上手く治めると信じる他ない……というより他の二人にこの仕事は任せられそうも無かった。


 エリオンがそんな事を考えていると、突然鈍い音が響いた。

 絨毯の上に物が落ちた音だと彼が気付いた直後、寝台の上で何かが動いた。


 「あぁ……っもう!」


 屈んでいた身を起こした声の主は、エリオンと目が合うと大きく息を吸った。


 不味い。 叫ばれる。


 エリオンは意を決して相手に飛び掛かった。

 寝台の上で馬乗りになりながら力の限り両腕でその人物の手と口を押さえ付けた後、顔を耳元に寄せて声を抑えつつ繰り返し何度も言い聞かせた。


 「傷つける気は無い! 落ち着け!」


 少しして抵抗が弱まると、慎重に顔を上げて漸く相手の顔を見た。 


 「……荒っぽい真似をして申し訳ない。 落ち着いたか? キーリバ殿」


 彼がそう尋ねると、コルゾ・キーリバはゆっくり頷き返す。

 見開かれたその両眼には涙が滲んでいた。



 ◇◇◇



 「ここで……」


 何をしている? 


 そう尋ねようとしてから、エリオンは言葉を止めた。

 彼をここに軟禁したのは自分だという事実を思い出したからだ。


 「……何があった?」


 「わ、分かりません。 突然、あの、男達が入ってきて、ここを動くなと言ってから……何もせずに出て行きました」


 〝あの男達〟だと?


 「奴らは貴殿の同行者だ。 部下じゃないのか?」


 「それは……そうです。 私が集めました」


 「ここを占拠して衛士隊を人質にしたのも貴殿か」


 「へ……い!?、違います、知らない! 私じゃ」

 「大声を出すな!……だがお前の部下なんだろう?」


 「ごめんなさい、嘘です」


 「はあ?……では、奴らは何者なんだ? ルシャス・アンダマンの私兵か?」


 「ち違います、知らないんです。 おt、別の人が集めました」


 「……では貴殿とルシャスは正体も知らない奴らと一緒にこんな所まで来たのか?」


 コルゾ・キーリバは如何(いか)にもといった所在(しょざい)()さ気な表情のままエリオンを見て、モジモジしながら無言で(うなず)いた。


 身元も知れない傭兵崩れをこの地に連れて来たというのか。 ルシャスとこの男は自分達が何をしているか分かっていたのだろうか?


 「それで……ここに来た目的は? また話せないか?」


 「ルシャス様にお訊きになられなかったんですか?」


 「ああ、無理だった」


 「へ?……無理?」


 「貴殿が私に話すつもりが無いならそれで構わない。 私が用を済ませる間ここに隠れていろ。

 何も言わずに余計な事はするな」


 何にせよ今この男相手に割ける時間は無い。


 エリオンは話を切って寝台から立ち上がり、部屋の扉の方へと歩いて行った。

 音を立てないよう慎重に扉を開けてから身を乗り出して廊下を見回す。 目に見える範囲に見張りは居ない。


 どうやらイグサの陽動が上手く行ったようだ。


 エリオンは意を決して部屋を出ると脇目も振らず廊下を進んで、官邸内で一番大きな寝所がある部屋の前で足を止めた。

 その居室の扉は黒い光沢のある物質で網目状にビッシリと固められている。


 「えエリオン様」


 驚愕のあまり胸元から取り出した封筒を落としそうになったものの、エリオンは空中で咄嗟にそれを拾い上げた。

 

 「おま……何をしているんだ? 部屋に戻れ」

 エリオンは声を抑えながらそう言ってコルゾ・キーリバを睨みつけた。


 それに対して商人は真っ直ぐエリオンの眼を見返して、毅然と言った

 「すぐに戻ります。 教えて下さい、ルシャスに何があったんですか?」


 「知ってどうする?」


 「ルシャスを傷つけたら後悔しますよ」

 震える声でキーリバが言った。


 「今は私の部下が陽動しているが、奴らはすぐに戻ってくるぞ」

 苛立ちを滲ませながら振り向きもせず、エリオンは封筒を手に持ったまま例の扉に近寄っていった。


 この部屋だ。 ウィル・オーデンはここに居る。


 「、叫びますよ?」


 「脅しているつもりか? ()()傷付けていない。

 それどころかルシャスを助けようとしている。 彼を助けたいなら尚更(なおさら)黙って部屋に戻れ」

 エリオンが痺れを切らして捲し立てると一瞬コルゾ・キーリバは怯んだもののすぐに切り返した。

 「脅してるわけじゃありません。 彼はどうなったか教えてください。 無事なんですよね?」


 「ルシャスはこの寝室の中だ。 昏睡状態になっている。

 そしてどういう訳かこの中に魔導師がいて、この部屋を封鎖している。

 私はこれからそいつを倒す」


 「……そんな、、なんでそんな事が?」


 「私が聞きたいくらいだ。 では、理解したな? さっさと部屋に戻れ。

 この場で貴殿にできる事は何も無い」


 「まだ話は……」

 食い下がるキーリバを尻目にエリオンは無言で手のひらを返して、追い払うような素振りでそれに答えた。


 気付けば先ほどまで聞こえていた喧騒は収まっている。 間も無く見張りが戻ってくるだろう。

 既に逡巡している余裕は無い。

 エリオンが手に持った封筒を力任せに破り、扉を縛り付ける黒い物質に近付けた次の瞬間、彼は背中に衝撃を感じそのまま膝を突いて倒れた。


 「おい! いい加減に……」


 彼が振り向いた時、コルゾ・キーリバは屈めた身体を起こして立ち上がるところだった。

 「これはアルトのものだ」

 エリオンが膝を起こして立ち上がると、そこから離れるようにして数歩後ずさった後、キーリバが一言こう呟いた。


 「なに?」

 反射的にそう尋ねた後、コルゾ・キーリバの手に魔法の封筒が握られていることに気付く。


 「何故あなたが持ってるの?」


 「……ルシャスも同じ事を言った」

 エリオンが無意識に洩らしたその一言を聞いた途端、コルゾ・キーリバの眼つきにそれまでに無い自分への敵意が宿るのを認める。

 「待て落ち着け。 それはルシャスのものではない。

 私宛ての……当家に届けられた、叔父上からの遺言状だ」


 コルゾ・キーリバは緊張した面持ちのまま、無意識からか封筒を彼の目から隠すかのようにゆっくりと背中側へ回した。

 それはまるでやましい物を隠す幼児の様な仕草だった。


 「それを返せ。 その手紙の所為でルシャスは大怪我を負って昏睡状態に……じゃなくてだな。

 いやこれは事実なんだが」


 駄目だ。 これじゃ私がルシャスを殺そうとしたみたいじゃないか!


 「返してくれ。 それには危険な(まじな)いが込められていて……」

 そう訴えながらその頭の片隅でエリオンは全く別のことを考えていた。


 「……いや、もう手遅れかもしれないな」

 コルゾ・キーリバは一瞬不安そうに眉を寄せたものの、すぐにエリオンの発言の意味を理解した。

 彼は小さな悲鳴を上げると封筒を放り出して、半狂乱になって何度も火を消そうと両手を(はた)き合わせる。

 封筒の焔は無情に彼の身体を包みながら燃え広がった。




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