ピアルノー氏の魔精Ⅳ
◇◇◇
洞道出口の蓋を少し押し上げ、その隙間から周囲の様子を伺う。
倉庫棟の周りに人気は無く、時折り篝火が風に煽られ小さな唸りを上げる音が聞こえるばかりだった。
フラムが洞道から身を乗り出すと、それに続いてエリオン・アンダマンが顔を覗かせた。
手を貸してエリオンを立たせると、御者は自身が片耳に着けていた耳飾りを外し、それに懐中水筒の中身を吹きかけてから軽く拭き取ってエリオンへと手渡した。
エリオンはその感触を確かめると、すぐそれを外套のポケットへと仕舞い込む。
酒精の匂いが彼の鼻腔を刺激した。
「御武運を」
「君達も。 手筈通りに」
◇◇◇
エリオンは松明の明かりを頼りに、まずスヴェンセンの天幕へと向かった。
しかし倉庫棟の周囲に彼女の姿は見当たらず、それどころか見張りの衛士の一人さえ残っていない。
代わりに天幕の中には衛士隊が瓦礫の下から見つけ出したのだろう魔道具が満載されていた。
此処に居た衛士隊はどこへ行ったんだ?
「動くな!」
聴き覚えのある声にエリオンが振り向くと5、6人の衛士の一団が彼の方へと歩いてくるところだった。
松明の明かりに照らし出された衛士達の中に顔馴染みの存在を認めると、その到着を待たずにエリオンが尋ねる。
「モンチコ衛士、それにイグサ衛士とシャケ衛士。
ここで作業していた衛士隊とスヴェンセンは今何処にいる?」
「エリオン様? はい、えと隊長以下全員外廓に向かいました。
それで我々が代わりにここの魔道具の見張りを」
「城壁で何があった?」
「分かりません。 隊長はお急ぎで、配置換えの理由を小官に説明されませんでした」
「まさか敵襲か?」
「判り兼ねますが、今の所は警報もその様な連絡もありません」
「それでは……小人族を見なかったか?」
「小人族ですか? 彼らも我々と協働していますが……何か問題が?」
「すまん、私が言っているのは水柳の家の代表のマリオだ。 黒い服を着た金髪の……美少年みたいな見た目の」
「マリオ殿ですか。 小官は見ていませんが……」
モンチコが後ろに控える衛士達に訊ねたが、皆一様に首を振る。
「大勢いたし皆んな急いでたからなあ」
「小せえから見えなかったのかも」
イグサとシャケが口々にそう答えた。
スヴェンセンは無事で、衛士隊の大半が彼女の指揮で外壁に向かった。
ではマリオは……ウィル・オーデンは何処にいる?
エリオンが黙り込んで暫くの間モンチコは大人しく待っていたが、とうとう動き出さない彼の様子を見兼ねて口を開いた。
「それと隊長からエリオン様を見つけて物見塔にお連れする様に、との命令も出ています。
どうなさいますか、エリオン様?」
物見塔に何があるんだろうか?
「いや、先に官邸に向かう」
今すべき事は変わらない。
◇◇◇
倉庫棟に見張りの衛士を残し、エリオンは三人の衛士達と共に官邸へと向かった。
官邸の周囲では衛士隊の一団が物影に身を潜めながら遠巻きに邸内の挙動を監視している。
状況は相変わらず、逃げ込んだ囚人達によって官邸は占拠されたままの様だった。
「隊長から奴等の要求を受け入れる許可が出ました。
もう間も無く邸内へ食事と飲み物を届ける算段になっています」
四人が官邸の外れに設営された簡素な詰所に到着すると、モンチコはエリオンが訊ねる前に口を開いた。
「相手は人質の解放に応じたのか? 具体的な段取りを説明してくれ」
「あの物資を……」
彼女が指差した先に幾つか木箱が置かれている。
「入り口の大広間に運び入れます。 引き換えに奴らが衛士一人を解放します」
「官邸の見張りの配置は?」
「正面入口と使用人用の裏口、厨房の出入口と庭園側の通用扉の計四箇所を常時監視する隊員を配しています」
官邸の周囲は等間隔に篝火が焚かれ、昼間の様に明るく感じられる。
建物に接近しようすればあの灯りに照らし出され、侵入者の長く伸びた影がその来訪を邸内の囚人共に知らせる事だろう。
「奴等の見張りの配置が知りたい」
「それは……」
モンチコが言い淀むと、代わりにシャケがエリオンの質問に答えた。
「二階の張り出し廊下……バルコニーに見張りを置いてるみてえっす。 見えてるだけで1人。 中にもっといます。
あとこっからは見えねえけど一階全部の扉の裏にも」
「窓の周りはどうだ?」
「そっちに張ってる奴ぁ居ねえっす。 たまにこっち見てますが。
窓はどこも鍛鉄の嵌め殺しだから、ぶっ壊せねえ。 あんま見張る意味無んですよ」
シャケの言う通り官邸の窓は全て鉄格子で固められている。
採光と換気は出来るが出入りは出来ない。
だからルシャスとコルゾ・キーリバの軟禁場所として官邸を選んだ。
当然奴らもその事を把握しているのだろう、侵入口となり得る箇所にのみ効率的に見張りを集中させている様だ。
「こちらから手を出すのは難しそうだな」
「几帳面で隙の無い布陣です。 人質が居るので迂闊に動くことも出来ません」
モンチコがそう答えるとエリオンは衛士達の方を横目で覗き見た。
イトコ・モンチコ衛士は三人組の上長だけあって慎重で弁が立つ。 それに見るからに小柄で相手に警戒感を与えない。
同時に、どう見ても彼女は他二人に比べると荒事向きでは無い。
官邸を占拠している者達と交渉する役が適任だ。
「イトコ・モンチコ二等衛士、シャケ、ジュウジ・イグサ両三等衛士」
咳払いをしてからエリオンが彼らの名前を呼ぶと、衛士たちも畏まって姿勢を糺した。
「エリオン・アンダマン・イズーダンが在アンダマン辺境伯領イズーダン子爵領軍南領派遣分隊の最高指揮官として貴官らに命ずる……」
◇◇◇
官邸正面玄関の扉が内から開かれ、間も無く衛士達が木箱を手に建物の中へと入って行った。
そこに衛士イトコ・モンチコの姿があったが、先程まで彼女と共に居た三人の姿は無い。
エリオン・アンダマンと衛士イグサは官邸にほど近い物陰に身を潜めていた。
旧城壁の遺構の裏側に隠れる様に身を屈めながら、エリオンはイグサに手振りで合図をする。
すると衛士は最寄りの篝火から松明に火を移し、潜んでいた物陰から躍り出て官邸に向かった。
彼は急ぐでもなくノシノシと歩いて官邸のバルコニーから見える位置に到着すると、斜め下から見張りの一人に向かって手を振り大声で何やら語りかける。
俄かにゴロツキ達の注意が不審な衛士へと注がれ、その間にエリオンは官邸の裏手へ移動していた。
官邸に面したその薄暗い一画には入り口も窓も無く、見張る者はおろか明かりの一つも設けられていなかった。
そんな場所でエリオンは一人、外套のポケットから耳飾りを取り出すとそれを手に持ったまま官邸の壁の傍にある埋め立てられた古井戸へ歩み寄る。
次の瞬間、その姿は忽然と消えていた。
◇◇◇




