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指輪転生  作者: ナーロッパ大使館員
一章 ピアルノー氏の蒐集品
37/40

ピアルノー氏の魔精Ⅲ


 ◇◇◇



 かつて建物の骨格だった太い(はり)と一部の構造壁(こうぞうへき)を除き、倉庫はものの見事に崩壊していた。

 頑丈な穀物貯蔵庫(サイロ)だけが以前と変わらず、その瓦礫の(かたわ)らに堂々と立っている。

 あの時アララックが抱えていた魔道具で満載の箱も倉庫の下敷きになってしまったのだろう、周囲では衛士隊が大勢で撤去作業に勤しんでいる。

 エリオンの見たところ、総員の半分以上がここでの作業に参加している。 

 その甲斐あってか倉庫棟と一緒に潰れたと思われた魔道具もそれなりの数が回収されているようだった。


 隊員と瓦礫の間を縫って進んで行った先、エリオン達は少し開けた空間に出た。

 倉庫棟脇の一画に比較的大きな天幕(テント)が一つだけ建っている。

 その入り口に立っていた衛士はまずモンチコを見て、次にエリオンの姿を認めた。

 すると彼は驚いた表情を(つくろ)いもせずにその中へと姿を消した。

 エリオンもモンチコに礼を言ってから足早(あしばや)に天幕へと入って行った。

 暖簾(のれん)をくぐり、目の前の衛士を押し除けるようにしてエリオンは奥に鎮座(ちんざ)する人物に向かい合った。

 スヴェンセンがゆっくりと顔を上げて彼を見る。


 主従はようやくお互いの無事を確認した。



 ◇◇◇



 十字椅子に座る彼女の前には簡単な長卓が設けられている。

 そこに上等な革の敷物が敷かれ、倉庫棟にあった魔道具の中でも特に小さな物が集められ平置きに並べられていた。


 「よお……無事だったんだな」


 「すまない、遅れた」


 「何があったんだ?」


 「結論から言うとマリオはウィル・オーデンと組んでいた。

 そうとも知らず使用人邸で彼と合流したらそのまま監禁されってしまったんだが、まあこの通りだ」


 「使用人邸? 追手は?」


 「いない。 アリエルと一緒に眠らされて……私は眠らなかったが、偶然封筒の焔が発動してオーデンの拘束が壊れた。

 それで脱出できたんだ。 見ての通り大事無い」


 「そんでここまで歩いて来た、ってか? 誰にも見られずに?」

 スヴェンセンは呆れた風に目を細めて言った。 


 「ああ、それは叔母上の魔精の能力だ。 魔法の洞道に避難してからそのままそれを上手く使ってだな……」


 「あーマジか。 じゃあ小人族は敵か?」


 スヴェンセンの問い掛けに反応するが如くエリオンの脳裏に小さなベチカと、あの純朴(じゅんぼく)な小人族達の姿が浮かんだ。


 「確証は無いがマリオ以外にウィル・オーデンに関わっている者はいない……いるとしても小数だろう」


 使用人邸で会った小人族達の自身に対する扱いを思えば、()()が一族全体の企みとは考え難い。

 それどころかマリオは他の者にウィル・オーデンの存在を話してさえいなかったようにも思える。 


 「……しかし、マリオは本気だ」

 あの愛妻家の老執事がその妻に薬を盛って眠らせたという事実は、事態の異常さを如実(にょじつ)に示していた。

 動機はどうあれマリオには彼独自の譲れない事情がある。


 「そうか。 オレの方は何つーか……倉庫がブッ壊れたと思ったら小人の旦那と一緒に外に投げ出されて、その後はひたすらここでエリオン探しをしてた。 意味なかったみてえだがよ」


 「そんな事は無いさ。 魔道具の山を掘り出してくれただけで千金の価値がある」


 「そらどーも。 あとは……そうだ!あのクソ共が逃げ出しやがって……ぶっ殺しときゃ良かったな……官邸で何人か人質に取られてる」


 「官邸の件は聞いている。 取り敢えず渡せる物は全て渡してしまって問題無い」


 「いいのかよ」


 「衛士が生きている限り刺激するつもりは無い。 酒も肴も奮発してやろう……今は、な」


 エリオンの返答を聞いたスヴェンセンは邪悪な笑いを浮かべて言った。

 「うちでツケると利息が()()()()高いぜ」


 「はは……そうだ、マリオから応援の要請はあったか?」


 「? 小人の旦那はここには一回も戻って来てねえし、魔導師も現れててねえ」


 「じゃあフラムについて何か無いか?」


 「フラムってのは?」


 「あの御者だよ、ほら今朝アリシア叔母上の寝室で見ただろう」


 「あの(いか)ちい野郎か!……何でだ?」


 エリオンは衛士隊長(スヴェンセン)にウィル・オーデンによる倉庫棟襲撃以後からのアリシア・アンダマンを取り巻く状況、次に使用人邸での出来事とフラムとの邂逅(かいこう)を簡潔に説明し、そして最後に魔法の焔の力についての新たな発見を彼女に()べた。


 「それでまたあの手紙が役に立ったってことか?……訳わかんねえな」


 「間一髪だったよ。 お互い無事で良かった」


 にっと笑うと、その目尻に笑い皺が出来る。

 「で、どうする?」


 「ああ、もっとこの焔の効果を知りたい。 時間があれば細かく検証したいところなんだが」


 「そんな時間はねえな」


 「残念だ……となれば兎に角今はアリシア叔母上に会わなければ」


 スヴェンセンは突然エリオンの口を塞ぐとそのまま彼を叩きつけるような勢いで地面に引きずり倒す。

 彼女はエリオンと反対側に向き直すと武器台に立てかけてあった短槍(たんそう)を片手で掴んで投げた後、即座に抜刀(ばっとう)してその方向に襲いかかった。

 立ち直ったエリオンがスヴェンセンの剣戟(けんげき)で切り裂かれた天幕(てんまく)越しに目にしたのは背の高い人物が衛士隊長とまさに今、鍔迫(つばぜ)り合いを演じている場面だった。


 「そこまでだ、二人とも止まれ!」


 彼の怒声(どせい)を受けてピタリと停止すると、達人(たつじん)二人は相手から目を離さぬまま数歩後ずさってからゆっくりと武器を下ろす。

 相対(あいたい)していた大男はスヴェンセンより先にその両手に持った短仗を腰の後ろにしまいこんで言った。

 「やはり貴方でしたか」

 そうして武器を構えたままのスヴェンセンに軽く会釈をしてから、改めてエリオンに向かって深々(ふかぶか)と一礼した。


 「フラム、君も大事(だいじ)無い(よう)で何よりだ」

 そう言ってエリオンは手振りでスヴェンセンに武器を下ろさせた。

 「ここで何をしていたんだ?」


 「偵察です」


 「盗み聞きの間違いだろ」

 スヴェンセンが(うな)る。


 「気分を害されたのなら申し訳ない。 そこの裏手に魔法の通路が一本(とお)してあるんです。

 エリオン殿の御依頼に従い、衛士隊長殿に会いに来ました」


 スヴェンセンが目配せをするとエリオンは頷いて応えた。


 「様子を見ていたら天幕の中から聴き覚えのある声が聞こえてきましたので、つい」


 エリオンは剣を握ったままのスヴェンセンを(たしな)めるように彼女の腕に軽く触れると、二人の間に進み出た。

 「叔母上は?」


 「はい、お目覚めになられました。 傷も完全に治っていますが、その……」

 フラムは帽子を下ろし、エリオンの質問に歯切れ悪く答えた。


 「何があったんだ?」


 「分かりません。 受け応えは出来ますがご自分の置かれた状況を今一つ理解されていないようでして」


 「それは恐らく水薬の副作用だな」

 残念なことに悪い想定は的中してしまったようだ。

 しかしそれでも彼女(アリシア)に意識があるのなら最悪の状況では無い。


 「会話は可能なのか? 今すぐ話をしたい」


 「是非(ぜひ)。 願っても無い事です」


 「よし、では彼女を連れて来てくれ」


 とそこで、天幕の外から衛士が声を上げた。

 「隊長、来客です」


 エリオンは口を(つぐ)むと、スヴェンセンの目を見て頷いた。

 

 「誰が来た?」

 エリオンに代わりスヴェンセンが応える。


 「小人族です。 代表がお一人でいらっしゃって、隊長と話をしたいと」


 (マリオ……)


 「待たせとけ、すぐに出る」


 スヴェンセンは天幕の外にいる衛士にそう返事をすると、振り返って奥の長卓に向かった。

 そこに広げられていた革の敷物の端を持って魔道具ごと全て包むとそのまま、彼女は一纏(ひとまと)めにしたそれをエリオンへと手渡す。


 行け。


 声を出さずにそう言った。


 私とフラムはここで姿を見られる訳にはいかない。 次に奴らの前に姿を晒すのは叔母上と合流した後、反撃のその時だ。

 だが、だからといってスヴェンセンを一人で置いていく事など……。


 エリオンは咄嗟(とっさ)(かぶ)りを振った。

 

 「すこしは信じろよ」


 「そういう話じゃない。 マリオは魔道具を、囀りの鈴を持っているんだぞ?

 会話をする事そのものにリスクがある」

 彼に嘘は通用しない。


 しかしスヴェンセンは何も返事をせず静かに身を引いた。

 エリオンがもう一度口を開こうとするとフラムがその肩に手をかけて首を振る。

 彼は観念し、御者と共に彼の衛士隊長を一人残して天幕を後にした。


 二人が去った後もスヴェンセンはその余韻が完全に消え去るのを待つかの様に、天幕の裂け目に視線を置いていた。

 そうして大きく一度深呼吸をすると、暖簾(のれん)を押し除けて天幕を出て行った。



 ◇◇◇



 フラムとエリオンは無言で洞道に潜り込んだ。

 その閉ざされた闇の中で御者の掲げる憑依代(ひながた)が発する緑色の燐光が彼らの行き先を照らしていた。

 エリオンは終始何も話さなかった。 

 フラムもまたその気持ちを察してか、無言のまま慎重に出来る限り素早く狭い道を進んでいるように思えた。



 ◇◇◇



  「誰?」


 唐突に道幅が拡がり、彼らが再びアリシアの待つ部屋に到着すると、彼女はイヴォルトに寄り掛かっていた身体を起こしてフラムの背中越しに目を細めながら呟いた。


 燐光に照らし出されたその表情はエリオンが最後に見た時とは一変していた。

 どうやら魔法の水薬の劇的な効能はアリシア・アンダマンの負った傷を完璧に癒し、その身に疲労の欠片さえ残していないように見えた。


 「ご無事な御様子で」


 彼がそう言うとアリシアはゆっくりとエリオンに歩み寄り、目の前で止まってその顔を凝視した。


 「アリシア叔母上?」 


 問いかけに答えず、次に何を思ったかアリシア・アンダマンが手を伸ばしてエリオンの顔に触れる。

 そして直ぐに彼の困惑した表情に気づき触れていた手を素早く離すと、一歩下がって目線を落とした。

 すると大粒の涙が数滴、彼女の頬を伝って床に落ちた。


 エリオンが驚いてフラムを見る。 御者も彼に劣らず驚いている様子だった。

 「叔母上、どうしたのですか? 傷が痛みますか?」


 エリオンはそっとアリシアの手を取ってそのまま両手で包んで尋ねた。

 アリシアが顔を上げ、その表情は驚いていると同時に嬉しそうにも見えた。

 「あの……変なことをしてごめんなさい。 痛みは全然大丈夫よ。

 でも、色々と思い出せなくなってるみたいなの」


 水薬の副作用は記憶に影響を及ぼす類いのものだったのだろうか。

 致命的な影響では無い、とエリオンは自分に言い聞かせた。

 「確認させて下さい。 この場所で私と別れる前に話した事は憶えておられますか?」


 アリシアは首を振って答えた。


 「では、この館について何でもいいので思い出せますか? 昨晩の食事の内容でも何でも……」


 「ごめんなさい。 思い出せないの」

 エリオンの落胆した表情を見て、アリシア・アンダマンが続ける。

 「でも貴方がエリオン・アンダマンだという事は憶えてる。 貴方のお母様とお兄様のことも」


 「それは……僥倖(ぎょうこう)です」


 そうは言ったもののエリオンの表情は暗かった。


 まず間違いなく彼女は直近(ちょっきん)の記憶を失っている。 もしかしたらずっと多くの記憶が失われているのかも知れない。

 こんな状態でウィル・オーデンに対抗する事が出来るのだろうか?


 「お二人にお伝えしなければならない事があります」

 そこでフラムが口を開く。 その神妙な様子に、エリオンとアリシアは揃って頷き返した。

 「目下の最重要人物であるそのウィル・オーデンなのですが……彼はいま官邸にいます」


 「どういうことだ?」


 「囚人達に指示を出しているのを見ました」


 「貴殿も官邸に入ったのか?」


 フラムが頷く。

 「あそこにもイヴォルトの通路を通してあります」


 「衛士隊が人質に取られている。 彼らは無事だったか?」

 

 首を振って応えた。

 「申し訳ありません。 そこまでは分かりかねます」 


 「本当にウィル・オーデンだったのか? 何故奴が官邸に?」


 「本人に間違いありません。 目的は知る由もありませんが。

 しかし囚人達を使いながら自分は表立って動いていない以上、何かしらの事情があるかと」


 主人(ルシャス)の身柄を盾に輩賊(ゴロツキ)共をその支配下に置いているのならば、脱牢を手引きしたのもウィル・オーデンなのか?

 筋は通っているが……何かが引っ掛かる。


 「その人はどんな人なの? 魔法使い?」

 アリシア・アンダマンが二人の間に割って入った。


 「それは……」

 一体どういう質問だ?


 「だからそのウィル・オーデンって人のこと」


 「ええと、彼は叔母上の家人(かじん)だそうです。 ピアルノー叔父上の弟子でもあり強力な魔導士だと」


 「私の家人……魔導士」


 「思い出せませんか? 叔母上もそう仰っておられましたが」


 アリシアは小さく冠を振った。

 「彼はどんな魔導師なの?」

 

 思い掛け無いアリシアの発言を受け、エリオンは驚きと失望をグッと噛み殺して言い含める様に穏やかに話を続けた。

 「彼は鋭利で巨大な黒い塊……触腕を操る魔法を使います。 恐ろしく強力な魔法でした。

 叔母上と同じく未登録なので二つ名はありませんが、それに匹敵する能力の持ち主だそうです」


 「黒い塊?」


 「重くヒヤリと冷たい塊です。 表面は滑らかですが金属とは違い破壊が可能で、劈開性があります」

 エリオンに代わってフラムが答えた。


 「硝子(ガラス)みたいな?」


 ガラス? 言われてみれば砕け散る様はよく似ていたし色味や質感は黒曜石のようだった。

 ……いやいや。 ガラスはあんな風に(うごめ)いたりしない。 

 「どうでしょうか。 動き回るところ以外はよく似ているかも」


 「ふーん……ところでエリオン、あなたの持ってるそれは何なの?」

 アリシアはスヴェンセンがエリオンに渡した革の敷物を指差して尋ねた。


 「ああ、これは……」

 エリオンは中身が溢れないようにゆっくりと床に敷物を広げた。


 三人は各々(おのおの)部屋の壁に背中を寄せ、敷物を取り囲むようにしてから身を屈めた。

 フラムが真上に憑依代をかざすと魔道具が照らし出され、その幾つかは反射でキラキラと輝いている。

 

 やはり、と言うべきか。 残念ながら現状に影響を与え得るような物は無い。

 改めてその中身を確認し、エリオンは内心(ないしん)肩を落とした。

 するとアリシアが考え込む彼の横にしゃがみ込んで、魔道具を一つ指で(つま)み上げる。

 (しばら)くそれを指先で(いじ)りながら(のぞ)き込んでいたかと思うと、一言こう(つぶや)いた。


 「これ魔精(ジン)憑代(よりしろ)よね?」

 


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