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指輪転生  作者: ナーロッパ大使館員
一章 ピアルノー氏の蒐集品
35/40

ピアルノー氏の魔精I


 目が塞がれ、次にエリオンの手足を胴体ごと硬い何かが縛り上げた。

 抵抗も出来ずに倒れ伏したその時、何者かが彼を受け止めてそっと床に寝かせる。

 同時にふわりと甘い匂いがした。

 「心配しなくて良い。 間も無く眠りが訪れる」


 耳元でウィル・オーデンが囁いた。 

 「目覚める頃には全てが終わっている」



 ◇◇◇



 どれくらいの時間が経っただろうか。


 二人の話し声が遠ざかってから扉が閉まる音を最後に、周囲は静寂に包まれていた。

 最初は必死に声を振り絞って力の限り絶叫していたものの、何度か繰り返すうちにエリオンは抵抗を止めていた。


 マリオは最初から私をこの部屋に留めて眠らせるつもりだったんだろうか。

 アリエル諸共安全な場所に置き留めるために。

 彼女もこの部屋で眠っているはずだが、起きた様子は無い。


 誰も私がここにいることを知らない……でも、これで良かった。


 もしもあの場にスヴェンセンが居合わせたら、彼女は私を解放するために戦っただろう。

 ウィル・オーデンを相手に勝ち目の無い戦いをするよりは倉庫棟で捜索にあたっている方が安全だ。

 そうだ……叔母上はもう目覚めただろうか?


 エリオン


 低く、それでいて明瞭な声に名前を呼ばれた気がした。

 現実と夢の境が曖昧になっている。 このまま眠ってしまいたくない。


 エリオン殿


 今度は更にはっきりと聴こえる。

 誰かがエリオンの肩を掴んで揺すった。

 「エリオン殿。 ご無事ですか?」

 

 エリオンが驚いて唸ると、その人物は低い声で彼を宥めた。

 「良かった、意識はあるんですね。 憶えておられますか? アリシア様の御者のフラムです」


 (フラム! どうやって?)


 「色々お訊きしたいところですが先にこの拘束を何とかしましょう」


 フラムはエリオンを覆っている物質を調べる様にコツコツと叩いた後、再びエリオンに話しかけた。

 「取り敢えず肩周りからこれを砕きます。 最初にこちらの腕……次に胸、背中と。

 順番に出来るだけ慎重にやりますが……少し痛むかも知れません。 息を止めて堪えてください」


 頷く代わりにエリオンは一回静かに唸り声を上げた。


 「では、いきますよ」

 フラムがそう言った直後カツっと乾いた音がした。 何か硬いものがエリオンを拘束している黒い物質の上から彼の腕に触れたようだ。

 もう一度同じ場所に、今度は何かが打ち付けられるのを感じた。


 「黒い岩の様だが……劈開(へきかい)性がある。 壊せそうです。 もう一度、次はここに」

 左側の胸の辺りを軽く突つつかれ、エリオンは息を吸って来る衝撃に備えた。

 次の瞬間、芯まで揺さぶる衝撃と苦痛が走る。 フラムは間を置かず、その説明の通りに次々と鋭い一撃を打ち込んでいった。

 一打ごとにエリオンを(にぎ)り締めていた力が削がれ、その結束が(ほど)けていく。

 そして遂に、固定されていた全身の関節が解放されるのを感じた。


 「……コホッ……有り難う」

 エリオンが身を起こそうとするとフラムがそれを制止して言った。


 「動かないで下さい。 破片が刺さります」


 そう言って彼はエリオンの目と口元から慎重に黒い礫を取り除いた後、上半身に乗った無数の欠片を次々に取り除いていった。

 エリオンは身体を横たえたまま、首と目だけ動かしてできる限り部屋の様子を検めた。


 あれから陽が落ちて部屋の中は更に暗くなっていた。

 彼が長椅子を見ると座面には布の掛かった膨らみがあり、そこから小さな靴が生えていた。

 アリエルが起きた様子は無い。

 それ以外はエリオンの記憶と同じ、マリオとウィル・オーデンが出て行った時のままだった。

 つまり二つある扉も窓も閉ざされたままだ。

 先刻のエリオン同様黒い物質で幾重にも押さえつけられ固定されている様に見えた。 

 彼はフラムに目線を戻すとその作業を眺めながら尋ねた。


 「どうやってここに?」

 そう言ってからすぐその片方の耳に黒い耳飾りが揺れているのに気がつく。

 「この部屋にもイヴォルトの作った通り路があるのか?」

 

 「おや、ご存知でしたか。 この建物の裏手の壁、茂みの辺りからそこの壁まで一本道を作ってあります」

 返事をしながらも手元の作業は止めず、フラムは顎で暖炉の方向を示した。

 

 「……まさか、君も魔導師なのか?」


 手元から目を逸らさず、フラムは僅かに首を振って答えた。

 「アリシア様からお借りした魔道具を使う程度の力は辛うじて持っていますが」


 「外の状況はどうなっている? 叔母上は?」


 「それこそ正にお尋ねしようと思っていたことです。 貴殿にお会いして以来、朝から一度もアリシア様にお目通りしておりません。

 それと何故か……館のあちこちで小人族が私を探し回っています。 それも、あまり穏やかな様子ではありませんでした」


 「叔母上はイヴォルトの能力で隠れている。 君に関しては……済まない。

 私が話してしまったんだ。 マリオに君が叔母上の下に行く方法を知っている事を明かしてしまった」


 「彼はウィル・オーデンと手を組んでいて……そんな事になっていたとは考えもしなかった。

 倉庫棟で奴に奇襲を受けて、アリシア叔母上は負傷した。 彼女は私を巻き込んで魔精の洞穴に避難し、そこで傷を治療している。 魔法の水薬を使ったんだ。

 だが、彼女は眠ってしまった。 それだけ深い怪我だったんだ。 水薬自体もかなり古い物で……」


 一方的に語るエリオンの横で一心に破片を取り除きながらその話を聞いていたフラムだったが、突然ピタリと手を止めた。


 「水薬に副作用が……副次的な魔法効果が込められている恐れがある。 だから貴殿と一緒に叔母上の下に戻らなければならない……んだが……」 

 エリオンがふと彼を見るとフラムの手袋に黒い破片が刺さっていた。

 その破片は、怯えるように小刻みに揺れ、そのまま地面に落ちた。

 フラムは周りを見回しながら立ち上がり、腰に片手を当てながらエリオンから数歩後ずさる。

 エリオンも異変に気が付いて立ち上がる。

 先ほどの破片がコロコロとエリオンの方に転がり、彼の靴に触れた次の瞬間、重力に逆らってそのまま靴伝いに脚を登り始めた。

 ほぼ同時にフラムが取り除いた無数の黒い欠片が一斉に、坂道を転がるように乾いた音を立てながら動き出していた。


 「目算が甘かった様です」

 

 二人の目線の先、床に散らばる大小交えた礫の全てが、一点エリオンを目指し彼の方向へと引き寄せられていく。

 

 「フラム、離れていてくれ。 使い手と同じくらいしつこい魔法だ」

 エリオンは窓越しに空の色を見た。 僅かな夕陽の残光が空の一部を照らしているものの、既に夜の帳が降りている。

 これなら厩舎の床に置いた憑依代(ひながた)は煌々と光っていることだろう。

 「私の事はいいから君は厩舎に向かえ。 イヴォルトの洞道の入り口に目印を置いてきた。

 道なりに行けば叔母上のいる玄室に続いている」


 「エリオン殿はどうなさるのですか?」


 「逃がすつもりは無いようだが私を殺す気も無い。 何とかなるさ」


 その間にも無数の黒い塊は重力を無視しながらエリオンの身体を上りながら集合し、彼の身体は足元から徐々に黒い塊に覆われていった。

 再び全身が拘束されるまでそう時間が掛からないだろう事は両者の目にも明らかだった。


 「一つお願いがある。

 当家の衛士隊はウィル・オーデンとマリオが協力していることを知らない。

 可能なら彼らに……衛士隊長はスヴェンセンという長身で赤毛の女性なんだが、私のことを伝えてくれ」


 「承りました」

 そう言うとフラムはエリオンに背を向けて部屋の反対側に向かい、暖炉の前でしゃがみ込んだ。


 「それと、難しいかも知れないが衛士隊や小人族と敵対したとしても出来るだけ皆を傷つけないで欲しい」


 「……善処しましょう」 

 背中越しにフラムがそう応えると、彼が片耳に着けていた耳飾りが光り輝いた。 同時に煉瓦壁にアーチ状の切れ込みが生じる。

 「御武運を」 

 最後にそう言ってエリオンを見たあと、フラムはイヴォルトの洞道へ消えた。



 ◇◇◇



  フラムを見送っている間にも黒い塊はエリオンの足から腰へ、次いで上半身へと拘束範囲を伸ばしていた。


 御者(フラム)が去ったあとエリオンはもう自分を受け止める者はいない事に気がつく。

 その時丁度、彼に向かって再集合していた無数の黒い塊の破片の上になす術なく倒れ込んだ。

 勢いでエリオンの胸元に破片が突き刺さると鋭い痛みが走る。

 それでも外套(コート)の厚い裏地のお陰かあまり深い傷は負わずに済んだ。

 そう安心したのも束の間、エリオンはこれから自身に降りかかる未来の光景を想像して(おのの)くこととなる。


 彼は思い出した。

 胸元にしまった手紙のことを。


 その事を理解した時点で既に、声を上げて助けを求めることさえままならなくなっていた。

 足元から徐々に押し寄せる黒い破片の波はエリオンが倒れ伏すとすぐにその口元を覆い隠し、間も無く両目も塞がれてしまっていたからだ。

 戦慄と恐怖に支配されながら逃げ出すことの叶わない状況下でエリオンは必死に身を捩って助けを求めた。

 そうして声にならない声を上げていたが、間も無く彼の絶望は最高潮に達する。

 手紙に開いた穴から焦げ目が広がり、先ず彼の胸元を熱が覆った。

 みるみる全身が炎に包まれ、逃げ得ない恐怖心がまるで生き物のように頭蓋の中を這いずり回る。 

 エリオンの頭の中で無言の悲鳴が反響していた。


 暫く後、彼が熱さすら感じなくなる頃にはパチパチと燃えさしが爆ぜる音だけが部屋の中に聞こえていた。



 ◇◇◇



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