ピアルノー氏の蒐集品
帝国南領の荘園地帯を貫くように延びる街道を、武装した集団が進んでいる。
物資を満載した荷台を牽引する数台の馬車。
一群の歩兵たち。
殿と先頭を固め、集団を統率する騎兵。
地平まで見渡す限りの農地に、点々と小作農家の小屋が立っているばかりの長閑な 田舎にはそぐわない、奇妙な一団だ。
その中心、一際大きな黒塗りの馬車には 帝国の世襲貴族だけが使用することを許された紋章が描かれている。
車中では男性が一人、封蝋の開けられた手紙の束を読むでも無く手に持って、窓から入ってくる穏やかな木漏れ陽越しに、緑豊かな南部の景色に視線を置いていた。
その胸中で、目的地に待つ懐かしの屋敷と、その持ち主であった叔父との思い出を取り留めなく反芻しながら。
◇◇◇
思えば模範的な帝国貴族であるアンダマン家の面々の中で、私の叔父 ピアルノー・アンダマンは取り分けの変わり者だった。
アンダマン家は古代の塔の帝国に仕えた軍人一族を祖とする古い血統であり、旧統一帝国 建国時より続く名家だ。
かつては武門の家柄として、血と剣を以て帝国の領土拡大に貢献したと訊いているが、現在ではむしろ優秀な文官や学者を輩出している事で誉れ高い。
軍人向きの立派な体格の持ち主で、若い頃から騎乗術の達人だったピアルノー叔父は、父親(私から見れば祖父)の期待を一身に受け、至極当然に国立軍学校へ入学した。
ところが若きピアルノーは在学中に獲得した国軍士官の推薦を卒業後に突如として 返上し、南領の行政官に自薦で就任してしまったものだから、祖父は酷く落胆したらしい。
帝国の辺境伯を預かる貴族家の家長であった祖父からすれば、永らく軍閥から遠ざかっていた一族待望の、将来有望な士官候補生である息子が、よりによって法衣貴族が就くような(祖父曰く 下級の)役職に自ら望んで収まったことは、許容出来る範囲を遥かに超えていた。
父子の関係が修復されることは無く、祖父の存命期間中ピアルノー・アンダマンは半ば勘当の身となる。
そういった事情からピアルノー叔父はアンダマン本家と永らく疎遠になっていたが、唯一彼にとって歳の近い弟であった私の父親とは、密かに家族ぐるみの交流を続けていた。
本家の目の無いところで私の家族と過ごす時など、まだ幼かった私の事も子供扱いせずに対等に接してくれた事を覚えている。
良い言い方をすれば男らしく、悪く言えば頑固で偏屈なところもあったが、文官肌のアンダマン家にあって、飛び抜けて精力的で凝り性のピアルノー叔父は、政務の傍ら幾度と無く秘境への探索を指揮し、未踏の遺跡から数多の富を持ち帰った実績によって冒険家としても知られ、正に家中の異端児であった。
叔父が自慢の蒐集品を前に、それらを集める過程で体験した出来事を、身振り手振りを交えて語る姿……
ガタン と馬車が跳ね、瞬間、我に帰る。
すぐに御者席の小窓が開いた。
「エリオン様、お目覚めですか?」
「お陰さまで。 何かあったか?」
「この辺りから目的地まで、ちと路面が荒れとるようです。
ピアルノー様のお屋敷まで馬車宿もありませんで、このまま進みます。
お疲れでしょうが、ご辛抱下せえ」
「忠告ありがとう。 安全運転で頼むよ」
小窓が閉まると、エリオンは手元の紙束に目を落とした。
そう、叔父の蒐集品。
それこそが、今回の旅の真の目的だ。
◇◇◇
一行はまだ陽のあるうちに、目的地の入り口を示す大門に辿り着いた。
祖父がまだ存命であった頃、ピアルノー・アンダマンが住むこの場所を存りし日の父と母、幼い兄妹たちと一緒に訪った記憶が、エリオンの脳裏にぼんやりと呼び起こされる。
馬車を降り、改めて目的の場所に面と向かい合うと、彼の頭の中に断片的な記憶と懐かしさが泡の様に湧き上がった。
ピアルノー叔父の屋敷。
実の所ここに来るのは随分久しぶりだ。
「エリオン様」
呼ばれて振り向いた先に、護衛の一人が立っていた。
近衛士長から紹介された……何某といったか。
その足元には子供が2人。
身に誂えた使用人向けの正装をそれぞれ身にまとっている。
黒衣の男児が深々と頭を垂れる。
「ようこそいらっしゃいました 若様。 お待たせしてしまい 申し訳ございません」
その隣で彼に合わせて頭を下げていた 白衣の女児が顔を上げる。
皺の一つもない、東国の花瓶の様な肌。
目だけがほのかに充血して赤らんでいた。
「坊っちゃま、エリオン様、ご立派になられまして……お父様によく似て……」
「マリオ、アリエル。 無沙汰を許してほしいが、それ以上に会えて嬉しいよ。
二人とも元気そうで何よりだ。」
マリオとアリエル。 彼らはこの屋敷および敷地全体の管理人だ。
今となっては敷地内が荒れ果てないように維持することが彼らの仕事だが、ピアルノー叔父が存命の頃、マリオは執事兼屋敷の家宰として、アリエルは使用人頭兼司厨長として、夫婦揃って彼に仕えていた。
「ガラハドや皆、それにお孫さんたちも元気かい?」
「アンダマン家の庇護のもと、水柳の家は壮健にございます」
「ならば良かった」
思い出からそのまま流れ出てきたようなマリオとアリエルの姿に、エリオンは顔を綻ばさずにいられなかった。
二人は私が物心ついた頃から 今とそう変わらない姿で存在し、ピアルノー叔父亡き後も この邸宅を守ってきた。
一見すると子供の様だが、帝国法に照らしても 間違いなく成人している。
成人男性の半分ほどの背丈。
ドワーフよりは短いものの、人間を凌ぐ長寿。
即ち、彼らは小人族だ。