ピアルノー氏の懐刀Ⅴ
エリオンが再びテーブルに顔を向けると、アリシアとマリオもそれに釣られて彼の目線の先に置かれた魔道具に注目した。
「防衛の役にも立ちそうですね」
「役に立つどころか、これなんて飲血の魔法使いの署名入りよ? ピアルノーってば、こんな場所に何てものを隠してるのかしら!」
彼女の言う通りだ。 銀々の匙然り、倉庫に保管されていた魔道具は率直に言って危険な物も多かった。
アリシア・アンダマンが口に出した飲血の魔法使いことロット・ドレイコンは大昔に活躍した魔導士で、あの〝囀りの鈴〟の製作者でもある。
当時の帝国に仕えていた魔導師の一人だったドレイコンは功罪併せ持った人物として知られ、その手によって作り出された数々の魔道具は強力な反面、帝国魔法省から禁制指定を受けている品物も多い。
そう言った事情から一部の好事家を除いて、飲血の魔法使い由来の魔道具に関わろうとする真っ当な人間はそう多くない。
「エリオン、これにはどんな効果があるの?」
アリシアは小柄な折りたたみ式の刃物をエリオンに手渡した。 彼はそれを受け取ると、目を細めながらその刀身を眇めて独言た。
「ドレイコンの作品で確か……〝剃刀の塔〟」
そのまま一方の手でテーブルに置いてあった木のスプーンを拾い上げ、一箇所をその剃刀で軽く削いでから手を離した。
テーブルに落ちたスプーンはトスッ、と小さな音を立てる。
奇妙な事に木のスプーンが同じく木製テーブルの天板に刺さって直立していた。
「このように削った断面が一時的に刃になります。」
そう言ってエリオンが剃刀の塔の刃を仕舞い、アリシアに返した。
彼女が自分でもその効果を試そうと折り畳まれていた刀身を再び開くと、エリオンは咄嗟に釘を刺した。
「気を付けて下さい。 誤って指を切ってしまうと断面が刃物になって、更に傷が拡がりますよ」
「……なかなかね」
忠告を受けたアリシアは即座に刃を仕舞い、魔道具をテーブルに戻した。
「極めて攻撃的な能力です。
流体や気体を除けば、刃元の材質を問わず何処にでも刃を作り出す事ができます」
「これはもういいわ。 こっちは?」
そう言って今度は細長い棒の先端に輪っかが付いた石の道具をエリオンに差し出した。
「弧水穿。 先端を地面に差し入れると最寄りの地下水脈まで延びて行って、水が湧きます。 水源を作り出す魔道具ですね」
アリシアから受け取ったその魔道具の輪を自身の指に通すと、エリオンはその棒状の部分を倉庫棟の床に敷かれた材木の隙間から地面に突き刺した。
暫くすると周囲の土が僅かに黒ずみ、エリオンが指でなぞると湿った泥がその指先に付着した。
「……この様に、湧出する水量は使用者の魔力量に依存します」
「なるほどね。 じゃあ、これは?」
内側に棘が突き出した、見るからに痛々しい環状の器具。
「それは確か〝蝶の経輪〟です。 これも飲血のドレイコンの作で、見た目はアレですが首飾りの類だとか。
これを身に付けている間に使用者が受けた傷を……この棘が首から血を吸うんだったか……たしか血を対価に癒しの魔術が発動して、傷を肩代わりするはずです」
「? それって肩代わりできてるのかしら……試す?」
「遠慮しておきます」
「そう。 じゃ、こっちの気持ち悪い人形は?」
「これは……! 帝国外地の辺境でも特に危険な無窮死霊纏泥園にだけ住む希少種、埋樹人の籠形代ですね」
「どんな効果を持っているの?」
「埋樹人の生活様式は謎に包まれていますが、一説によると彼らは若木の年齢のうちに折れた自分の枝を故郷の沼の中に沈めて置いて、成年に達してからそれを取り出すそうです。 樹人族は寿命が長く成人するまでに数百年を要しますから、取り出す頃になるとその枝は黒く硬い光沢のある埋もれ木に変質しています。 そうやって採れた埋もれ木を加工して様々な贈り物や装飾品を作り出し、伴侶や家族に贈る文化を持っているんですよ。 この風変わりな風習は埋樹人特有のものです。
いやあ凄い、こんな逸品を隠していたなんてさすがは叔父上だ」
「それって、つまりどんな効果なの?」
「? ああ、これは魔道具じゃありませんよ。 文化的嗜好品です」
「ゴミじゃないの! 紛らわしい!」
「それをすてるなんてとんでもない!」
「相変わらず見事な記憶力です」
マリオが微笑を浮かべて言った。
「ありがとう」
「ピアルノー様もよくエリオン様のことを褒めてらっしゃっいました。 辺境探索行に参加するのに打って付けの才能ですよ」
「嬉しい事を言ってくれるが、残念ながら私にその資格は無い。 知識ばかり詰め込んで、肝心の魔力は皆無に等しいからな」
「……御謙遜が過ぎます」
「事実だよ。 魔道具を満足に扱えない者はまず選ばれない」
するとマリオは眉間に皺を寄せながら否定する様な手振りで首を振った。
「そんな事はありません。 魔力と素質は別物です」
感情を露わにしたその態度に驚きつつ、エリオンは敢えて明るく返事をした。
「いや、有難うマリオ。 昔はそんな夢もあったがもう良いんだ。 だいたい辺境探索は命懸けの仕事だろ?
それに誰も香具師級を……たとえ叔父上だって探索行にわざわざ私を連れて行こうとは考えないよ」
「そんな事はありません! ……もしも私に選ぶ事が出来たなら、きっと貴方を選抜します」
マリオは哀しげな顔をして、そう弱々しく答えた。
それはエリオンがここに来て以来……否、彼の記憶にある限りで初めて見る老執事の表情だった。
◇◇◇
「そうよ! 謙遜する事ないわ。 魔法の力なんか無くたってあなたは優秀だと思う」
気不味い沈黙のあと、アリシアが声を上げた。
マリオは瞬時にいつもの無表情に戻り、それからゆっくりと頷いた。
「ええ。 〝物読み〟の名に恥じません」
「お褒め頂き光栄の至り……ん?」
物読み?
「どうしました?」
「マリオ、それは……何なんだ? 聞き覚えがある」
「何がですか?」
「いや、その物読みというのはどういう意味なのかと」
「ああ……覚えていませんか? エリオン様がまだずっと小さかった頃にピアルノー様とよく話されていました。
もしも貴方が魔法使いになったら、その二つ名はきっと……」
「「〝物読み〟エリオン」」
奇しくも二人は同時に同じ言葉を口に出した。
「そうです。 思い出しましたか?」
「……うん」
思い出した。 そして、繋がった。
◇◇◇
……アエル・アンダマンとリアンノン・アンダマンの二男にして、
イズーダン領主 アーロン・アンダマンの懐刀
〝物読み〟エリオン・アンダマン殿へ
追伸……近いうちに預かって頂いている鍵を取りに伺います。 久方ぶりのイズーダン料理が待ち遠しい!
◇◇◇
最初の手紙。
その密偵からの定期報告に書き込まれていた追伸文。
気付かなくて当然だ。 〝物読み〟は暗号や符牒などでは無い。
この言葉に聞き覚えがあったのは、それがずっと私の思い出の中に在ったからだ。
差出人不明の手紙の主は……やはりピアルノー・アンダマンだったんだ。
それだけじゃ無い。 破られていた手紙も、ウィル・オーデンがもたらした燃える封筒も、便箋も、全ての手紙がピアルノー叔父さんからの……。
「どうしたの?」
アリシアの声でエリオンの思考が打ち切られ、彼は咄嗟に言葉を返した。
「いや……もしかしたら旧代官邸は叔父上にとっては呪物や規制品を置いておける丁度いい保管場所だったのかもしれないな、と」
何も考えずにこう言ってから、次に、存外これは正しいんじゃ無いか、と思い直してエリオンは顔を上げた。
それから三人ともお互いの顔を見合わせて、声を出して笑った。
◇◇◇
こうして倉庫内の調査を終え、全員で一度官邸へと戻る事にした。
籠いっぱいの魔道具をアララックに預けて先を行く二人に大きく遅れながら一人、エリオンは倉庫の出口に向かってゆっくりと鷹揚に歩いていた。
頭の隅で先程の答えを追いかけながら。
一見して無意味で、読み解いたとしても意味不明な内容の手紙。
全部で三通。
そのうち内容が確認出来るものは二通。
一通目には〝物読み〟エリオン。
鍵についての追伸文。
家族と叔父とマリオとアリエルしか知らない〝物読み〟の意味。
つまりピアルノー・アンダマンがエリオン・アンダマン宛に近く私が預かっている鍵をとりに来る旨を伝える手紙だ。
二通目は破られ、半分になった手紙。
……特別な植物紙の封筒に入っていた、割かれた手紙。
◆◆◆
私の教え子 最愛の弟の忘形見
君に託した例の物を受け取りに伺うのは、どうやら難
我が兄弟との約定により、委託物を私から君への遺産とし
この遺言を忘れず、君の才知を以て、正しく
その片割れは、南領にいる私の大切な
然るべく、箱の中身が受け継がれるよ
今こそ、役目を担って欲しい。
◆◆◆
葬儀の日、叔父が私に一度だけ見せた あの小箱。
……あんな手紙で、本気で、私に約束を果たさせるつもりだったのか?
肉親の、それも妻子への遺産相続を?
十年以上前に一度話をしたきりの約束だぞ?
周到を通り越して……異常だ。 尋常では無い。
そもそも叔父の遺族は……アリシア叔母上と彼らの嫡男は、鍵と小箱の事を知っているのだろうか?
何らかの事情でイズーダンを訪れる事が叶わなくなった後、ピアルノー・アンダマンは彼の鍵を預かるエリオン・アンダマンにこの手紙を送った。
何を報せる為に?
この不可解な暗号もどきの手紙は、法的な正当性をもって準備し作成され、ナヴィラク・オーデンの手によって私たちアンダマン家に連なる者達へと布告されている、各種の遺言書とは毛色が違う。
恐らく秘密裏に、叔父個人によって作成されたこれらの内容には、遺言書作成に立ち会ったオーデン一族でさえ関知していない。
そして、この手紙の片割れは一体どこに……いや、誰が持っている?
「エリオン?」
甥の様子に気付いたアリシアが振り返って心配そうに声を掛けた。
その気遣いに応える様に、エリオンはぎこちなく頷き返す。
(……これ以上は考えるだけ無駄か)
疲労で身体が重い。 頭もうまく働かない。
ルシャスの治療という最低限の目的は水薬の発見によって達せられただろう。
だが、アーロンに掛けられたあの複雑に混がらがった昏睡の呪いを解くには倉庫内の魔道具だけでは少々心許無い。
一度休憩して、それから他の場所に保管してある魔道具を検分する必要がある。
せめてウィル・オーデンの問題さえ片付いていれば……。
「いてっ!?」
とそこで目の前を歩くアララックの抱えた木箱の中身、その天辺からエリオンの頭上に何かが落ちて来た。
頭を撫でながらそれを拾い上げると、それは黒い塊で出来た人形…… 埋樹人の籠形代だった。
木の軋む甲高い音がして倉庫の扉が閉じた。
それとほぼ同時に、アリシアの叫声が聞こえた。
次にエリオンが目にしたのは、真っ黒い筒状の巨魁がアララックを正面から殴り飛ばした瞬間だった。




