ピアルノー氏の懐刀Ⅲ
エリオン達が倉庫棟に着いた時、マリオは一人扉の前で彼らの到着を待っていた。
「全員揃いましたか?」
「ああ、これで全員だ。 解錠してくれ」
その場にいるのは四人。 エリオン、マリオ、アリシアとスヴェンセンだけだった。
エリオンとて出来ればもう少し人数を増やしたいところではあったが、理由は如何あれ遺産分割協議を前にして故人の遺産を物色……否、検分する以上は信頼出来る人間それも最少人数で臨む他の選択肢は無かった。
なにせ中立に徹する筈の補佐役と一方の相続人代表であるアリシア・アンダマンがアンダマン本家抜きで協議開催前の検分に同席しているのだから。
事は内密に、迅速に進めなければならない。
エリオンがそんな事を考えている横でマリオが錠前を開き、スヴェンセンが閂を抜いて門を引きずり開けた。
薄暗い、ひんやりとした空気が庫内から流れ出してその首元に触れると、彼は途端に身震いした。
同時に庫内に積まれた黒い影を目線でなぞり、思いの外大量に物が残されている事を見て取った。
「スヴェンセン、見張りを頼む」
「あいよ」
腹心に見張りを任せると、エリオンは二人を連れて倉庫の中へと入って行った。
◇◇◇
初見の印象に違わず、事前の予想より倉庫内は物で溢れて雑然としていた。
エリオンとマリオは隣り合って、背中合わせでアリシアが、それぞれ埃まみれの古道具を順番に手に取っては眇めている。
記憶を頼りに一つ一つの物品を検めながら魔道具とそれ以外の物の分類を進めるも、当分終わりは見えそうに無い。
「……多いな」
その独り言にマリオが応える。
「目的の魔道具は見つかりそうですか?」
「分からない……悪い意味で物が多い」
「妻を呼びましょうか?」
作業台に使えそうな長机を見つけたエリオンが天板の上を軽く手で払うと、彼の思っていた以上に勢いよく埃が舞い上がった。
「……ッいや、アリエルには大事な仕事がある。 ……滋養のある……っしょ……食事が、必要になるからな。
我々にも、ケホッ、病み上がりのルシャスにもアリエルの料理が要るだろ?」
「仰る通りですね」
マリオが小さく鼻を鳴らした。
単純作業の良いところは、その最中に余計な事を考えずに済む点だ。
使用人邸から引き摺って来たマリオとの気まずい空気も、徐々に解れてきたように思えた。
「ケふッ!……ンッ……あーもうダメ。 おいで、アララック! イヴォルト!」
アリシアがそう言った直後、庫内を光が包む。 エリオンとマリオが目を細めて彼女を見ると、その傍らには二体の魔精が立っていた。
「この子たちは呼んでも大丈夫よね? 料理はしないし」
「助かります」
平然と答えるエリオンの横で、流石のマリオも驚きを隠せていなかった。
アリシア・アンダマンは物臭で、些細な事にも魔法を使う……だったか? これもウィル・オーデンの言っていた通り。
やはり、囀りの鈴は惜しい。 何とか取り戻せないものか。
◇◇◇
二体の魔精の活躍もあり、その後の作業は順調に進んで行った。
高所に積まれた箱やらを糸の巨人アララックが、その長い手を駆使して地面に降ろす。
そしてもう一体の魔精……イヴォルト。
相棒が次々と持ってくる荷物を武骨な両掌で優しく掴み、三人の前まで運んで来る。
既知のどんな獣にも似つかない、黒鉄の兜の様に艶やかな 鎧甲に包まれた全身。 同じく甲殻に覆われた頭部と両手。 しなやかな蛇腹状の鎧に囲われた胴部。
間違いなく昨夜ウィル・オーデンと闘った二体の片割れだ。
以前エリオンは彼(彼女?)を四足獣に喩えたが、改めて見るとイヴォルトと似た生き物は聞いたことも無かった。
この恐ろしげな外見を持つ魔精達に対して、主人であるアリシア・アンダマンは目の前を行き交う度にそれとなく撫でたり声を掛けたりしている。
その様子は魔精と使役者というよりも、乗騎を愛でる騎手を思わせた。
◇◇◇
倉庫棟の中身は大半がガラクタで、総体的な物量の割に使えそうな魔道具は少なかった。
アリシアが直感(魔法適性の質が高い人間にのみ許された芸当)で魔道具とそれ以外を仕分け、それらをエリオンとマリオが記憶を頼りに用途別に再度選別していくうちに、一つ二つと生きた魔道具が積み重なって行く。
作業が進んで手慣れてくると、最初は互いに半信半疑だったエリオン以外の二人も、その成果を前に徐々に打ち解けている様に見えた。
「では御子様はリオネル様とリエル様の事をご存知かも知れませんね」
「そうね。 私もエリオンから話を聞くまで知らなかったんだけど、帰ったらあの子に聞いてみるつもりよ」
「……良いですね。 これを機に両家の縁が深まらん事を」
「楽しみね! エリオンも水柳の家の方達もみんな一緒にうちに遊びに来て欲しいわ」
「過分なお言葉、光栄の到。 しかし残念ながら水柳の家の者達が栄誉に与るのは難しいでしょう」
「どうして?」
「大きな仕事が控えています。 首級目当てに大勢集まるでしょうから」
「遊戯の話? カードかしら?」
「遊戯というか遊技です。 オーク狩りですよ。 聞いたことがありませんか?」
「知らないわ」
「帝国の伝統とでも言いますか、領内に蛮族が出没すると貴族家は領地の垣根を越えて巻狩りを行うのです。
生きたまま捕らえて帝室に献上すれば、それなりの賞金も出ます。
それどころか新鮮な首にも幾らかの賞金が出るので、戦う気のない農村の老人女性に浮浪児までもがオークの残骸目当てに近隣から集まって来るんです」
「……野蛮ね」
「アリシア様はオーク族を御覧になった事があるのですか?」
「まさか。 彼らが南領に居るなんて聞いたことも無いわ」
「実際、稀なことです。 先日、我が水柳の家の斥候がオークの痕跡を見つけました。
近く当家の勇士達も総出で頸狩りに参加する予定です」
「心強いこと……集まった人達が悪さをしないか心配だけど」
「それについては場を仕切る貴族家の力量次第ですが、あまり期待はできません。 仮に多少揉め事があったとしても目を瞑るでしょう。
蛮族狩りの開催で治安に影響があったとして、オークを狩る事は奴等を野放しにするよりずっと領地の安全に寄与しますから」
「どういう意味?」
「こんな慣用句があります。 曰く、〝良いオークは、死んだオーク〟」
「私が以前に聞いた話では……ピアルノーはオークや辺境の種族にも見るべき文明があると言っていたわ」
「オーク族とその文明は全体に暴力的で野蛮で、洗練されています。 だからこそ危険なのです。
絶える事のない攻撃性に支配された彼らと帝国法で庇護された人々とは決して相容れません」
「追い出すだけじゃ駄目なの?」
「残念ながら駆除する以外の対応は有り得ません。 彼らの目的など、略奪以外にありませんから。
幸いにして賢明なる帝室議会は斯様に危険な蛮族の生存を認めていません」
「話し合いもせずに攻撃するのが賢明な帝国のする事かしら」
「時と場合によりますが、国境付近の準開拓地ならまだしも彼らが帝国領内に深く食い込んで侵入してきた時点で話し合いは難しいでしょう」
「その……駆除にあなた達も参加するのね」
「ええ。 私も水柳の家に籍を置く身ですから、帝国臣民として御役目を果たさなければなりません」
「お役目? 遊技なんでしょ?」
「個人的にはこの手の催しを楽しいと思ったことは有りません。
しかし多くの者にとって蛮族狩りが娯楽と実益を兼ねているのは事実ですね。 行商人も集まりますし、市も立ちます」
「まるでお祭りね」
「庶民にとってはいかにも……開催地の貴族家からすると必ずしも実入があるとはいえないようですが、帝室の臣下として領民の手前で悋気を見せる訳にも行きませんからね。
さながらオークの取り合い……血と煙の雨が降ります。
猟期中は冒険者紛いのゴロつきも増えますから、アリシア様と御家族の皆様は南都におられた方が安全ですよ」
「ええ、そうするわ」
「首尾よく運んだ暁にはアリシア様の為に奴等の頭を幾つかとっておきましょう」
「それは…… お気遣いどうも」
「金張の台座に打ち据えて差し上げます。 賞金に変えるもよし、広間に飾るも良し。
もしくは帝室に献上して御家の恭順と南領安寧を願う姿勢を帝室に示すのも宜しいかと」
「……そうね、考えておくわ」
「?……すみません、何か気に触りましたか?」
「いいえ、なにも」
「マリオ、来てくれ! 見てもらいたい物がある」
◇◇◇
「何故叔母上にあんな話を? 明らかに嫌がっていたじゃないか」
口実を付けてマリオを呼び寄せたあと、エリオンはアリシアに聞こえないよう注意深く声を顰めて言った。
途中まで和やかだった二人の会話に耳を敧てていたエリオンだったが、話の不穏な雲行きを看過出来ずにとうとう口を挟んでしまった。
蒐集品を手に取りながら、悪びれる事もなくマリオが答える。
「当然、御婦人にするには野蛮な話題と分かっています。 しかしアリシア様は知らねばなりません。
ピアルノー様亡き今、曲がりなりにもアンダマンの名を冠する家の長となられるのですから」
「そうだとしても言い方があるだろう?」
「理解はしています。 それでも、蛮族との諍いは辺境に生きる者にとっては現実で不可避の問題です。
そこを慮る余裕も、そうする意味も、私には有りません。」
「今する必要がある話だったのか?」
「勿論。 エリオン様、アリシア様の御力をこの地の防衛に使っていただくのでしょう?」
「そのつもりだ」
「であればオーク族の存在について彼女に話しておかない理由がありません」
そうだった。 何故か分からないがマリオはオーク族がこの付近に隠れている事を確信している。
それも踏まえて彼に敷地防衛の再編成を任せたのは他ならぬ自分だ。
備えあれば憂い無し程度の積もりだったんだが、どうやら本気でオーク族との戦いを視野に入れているようだ。
ウィル・オーデンとオーク族に対処するとして……こちらの駒は衛士隊と小人族……そしてアリシア・アンダマン。
「……それにしたって、彼女の表情を見ただろう?
「はい。 ですが今までアリシア様を囲っていた家人……オーデンでしたか。
話しを聞いた限り彼らは……この際ピアルノー様の放任にはあえて目を瞑るとして……仕える貴族家の方々にとって最も重要な役割を果たさなかったようですから」
「そうだとしても、君が気を回さ無ければいけない事では……」
「爺の御節介ですよ。 ピアルノー様の御家族の為と信じれば、喜んで嫌われましょう。
今までは問題無かったとしても、これから先アリシア様は帝国貴族の御役目から逃れられません……決して」
「マリオ……」
「二人とも、なにをヒソヒソ話してるの?」
そこでアリシアが顔を覗かせる。 彼女は二人の間の割って入る形で、それぞれの顔を交互に見た。
「アリシア様に野蛮な話をするなと叱られていました」
「!? m、マリオ!」
エリオンの反応を見た彼女がクスクスと笑いながら言う。
「エリオンは苦労性ね。 そんなこと気にしなくて良いのよ」
「昔から心優しい聡明な子でした」
そう言ったマリオの顔は無表情で、本気とも冗談とも取れない。
エリオンが言葉を継げず目を白黒させていると、アリシアがケラケラと笑った
「ふふ……魔精たちの方の荷下ろしは全部終わったんだけど、そっちは順調?
そろそろ私達の成果を確認出来るかしら?」
「そうですね、ここらで一度見てみましょうか」
気を取り直す様にわざとらしく咳払いをすると、エリオンは選別済みの魔道具の乗ったテーブルへ体を向けた。




