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指輪転生  作者: ナーロッパ大使館員
一章 ピアルノー氏の蒐集品
26/40

ピアルノー氏の懐刀II


 旧代官邸敷地にある使用人邸。

 現在は水柳(みずやなぎ)(いえ)から旧代官邸へと派遣されて来た小人族の宿場(しゅくば)となっている。


 「お掛けになってお待ち下さい。 間も無く参ります」


 応接室にアリシアとエリオンを案内したハーフリングは、そう言って部屋を後にした。

 アリエルがいつもと変わらず天性(てんせい)の腕前を厨房で(ふる)う一方、マリオは敷地内の警備や斥候隊(せっこうたい)を一部再編成する準備に奔走(ほんそう)しており不在だった。

 その為エリオンとアリシアはひとまず小人族夫婦の居室(きょしつ)付き応接間(おうせつま)で二人を待つこととした。

 

 「気になりますか?」

 もの珍しそうにキョロキョロと室内の調度品を(なが)めていたアリシアを見てエリオンが声を掛けると、彼女は一瞬ハッとして、それから少し恥ずかしそうに言った。

 「素敵なお部屋ね」


 今彼らが居る部屋を含む一画(いっかく)この建物(使用人邸)の中で一番大きく、上等な造りをしている。

 小さな椅子、(テーブル)、飾り棚、壁掛け刺繍(タピストリー)……二人が掛けている長椅子と目の前の喫茶卓は来客用のサイズ、つまり人間用の大きさで作られていたが、それ以外の調度品や家具類は全て小人族用の(しつら)えになっている。

 置き家具だけではなく至るところが小人族仕様で丁寧に造り上げられたこの部屋の隣、夫婦の居室にはこれまた小さな天蓋(てんがい)付き寝台や衣装箪笥、安楽椅子が置かれているのをエリオンは知っている。 

 それもそのはず、この部屋はピアルノー・アンダマン存命の頃からずっと、その腹心たる小人族夫妻の居室として使われていた。

 両親が叔父と歓談(かんだん)(きょう)じる(かたわ)ら、兄弟姉妹と小人族夫婦と共に使用人邸で過ごした時間はエリオン・アンダマンにとって特別なものだった。



 ◇◇◇



 「大変お待たせしました」


 先にアリエルが合流し、それから程なくしてマリオが入室して来た時、普段表情を変えない老執事にしては珍しく、その顔には疲労の色が(うかが)えた。

 

 「こちらこそ忙しい中呼びつけてすまない。 どうしても直ぐに君達と話す必要があったんだ」


 夫婦が一息ついて長椅子に掛けた二人と向かい合うと早速、エリオンはこれまで起こった事象(じしょう)をなぞるように順番に説明し始めた。 

 つまり、ウィル・オーデンが齎した相続人不明の遺言状のこと。 マリオに対し伏せていた経緯を皮切りに、その奇妙な出自とそこに掛けられた焔の呪いのことを。

 そして、呪いに焼かれ、官邸の一室に今も眠るルシャスの存在を。

 ただ一つ、アーロン・アンダマンに降りかかった事故については、これまで通り一切を伏せたままにした。

 エリオンが話をする間、小人族夫妻とアリシアの三人は一切(いっさい)口を挟まず、それぞれが思い思いに内容を吟味(ぎんみ)している様子だった。



 ◇◇◇



 「幾つか質問をしても宜しいでしょうか」

 最初にマリオが沈黙を破った。

 「今のお話は先の会議の際にエリオン様が(おっしゃっ)っていた、アリシア様の秘密とも関係しているのでしょうか?」


 「それは無関係では無いんだが……」

 エリオンがアリシアを見ると彼女が(うなず)き返した。

 「叔母上……アリシア・アンダマン様は魔導師なんだ。 いや違う、厳密に言えば未認可だから魔導士では無いが、魔導師級の力を持っている。

 いまルシャスが生き永らえているのも、(ひとえ)に叔母上の魔術の賜物(たまもの)だ」


 エリオンがそう答えた途端(とたん)、マリオの目つきが警戒(けいかい)(いろ)()びた。


 「ピアルノーが私の師匠よ」

 アリシア・アンダマンはそう言って髪を掻き上げると、マリオに見える様に片耳を(さら)した。

 そこに芥子真珠(シードパール)が環状に埋め込まれた黒い耳飾りが揺れている。

 「魔精(ジン)憑代(よりしろ)も彼から貰った物よ」


 「ご説明を有難うございます」

 マリオの顔はいつもの無表情に戻っていた。


 「彼女が魔導師だとは思わなかっただろ?」


 「はい。 とは云えピアルノー様のご家族と思えばさほど驚くことはありません」


 「そうか」


 「官邸にいらっしゃる方は……ルシャス様? ご家族は、親御様(おやごさま)はこの事をご存知なのでしょうか」

 アリエルが(ひと)(ごと)の様に言った。


 「どうかな……彼については私もあまり知らなくてね。 会ったのもこれが初めてだ。

 叔父や父にとっての(すえ)の妹であるシゼル様の御子息(ごしそく)らしいんだが」


 「エリオン様、シゼル様とは面識(めんしき)が無いのですか?」

 マリオが尋ねる。


 「全く無いとは言わないが、挨拶程度で……ほぼ無いな。

 シゼル叔母上とまともに会話した記憶すら無い」


 「しかしルシャス様は()()()()を御自分のものだと主張して、エリオン様から奪おうとしたんですよね?」


 「その通り。 泥酔(でいすい)しながら私に食ってかかってきた」

 遺言状に対する反応といい、たしかに謎の多い男には違いない。

 シゼル・アンダマンの一門が今回の相続協議(そうぞくきょうぎ)とは実質(じっしつ)無関係(むかんけい)にも関わらず旧代官邸にやって来た事情も含めて、その目的が読めない。


 「しかも、ルシャス様はエリオン様をご存知でいらっしゃった。

 経緯(けいい)を見る限りその手紙が……相続人不明の遺言状が彼の目的なのかも知れません。

 アリシア様は如何(いかが)ですか? シゼル・アンダマン様の事はご存知で? 面識はありますか?」


  マリオが尋ねると、アリシアは首を振って応えた。

 「一度も無いわ。 もう一人の商人はどうなの? エリオン」

 

 「相変わらず官邸で軟禁(なんきん)してあります。 ルシャスの状態は伝えていません」


 「確かに、伝えるべきじゃ無いかもしれないわね……。

 でももう一度話をしてみた方が良いんじゃない? 彼らの目的を聞き出さないと」


 寝台に横たわるルシャスを前に、コルゾ・キーリバに経緯を説明する……エリオンはそんな光景を思い浮かべた。

 いやあ目を離したすきに君の雇い主は死にかけてしまったよ。 では、君たちがここに来た目的を話してくれるね?

 とでも言えばいいのか。

 変わり果てたルシャスを前に、キーリバは冷静でいられるだろうか?

 意図せずして、結果的に残酷(ざんこく)な行いに加担(かたん)している様なものだ。

 無論そうじゃないが、それでも()滅入(めい)る。


 「……出来ればその前にルシャスを癒すための魔道具が欲しいところです。

 話はこれくらいにして、叔母上の応急処置が効いている間に敷地内を徹底的に(あらた)めよう。 問題無いな? マリオ」


 「御意(ぎょい)に。 倉庫棟(そうことう)各館(かくかん)玄室(げんしつ)の鍵を準備します」


 「宜しく頼む。 四半刻(しはんこく)後に倉庫棟で落ち合おう」

 そう言ってエリオンが席を立とうとすると、マリオがそれを制した。


 「エリオン様、お待ちください」


 「どうした」


 「此度(こたび)遺産(いさん)分割(ぶんかつ)協議(きょうぎ)()いて来られたのは、()()()、あの遺言状の為なのですか?」


 エリオンはその唐突な質問の意味を掴みかね、一瞬沈黙してから答えた。

 「そうだ」


 「呪いのかかった遺言状の相続人を明らかにする為に、それだけの事であれほどの強行軍(きょうこうぐん)をおして来たのですか?」


 「……そうだが?」


 「亡きピアルノー様のために、ですか?」


 「マリオ……何が言いたい?」


 「深い意味は有りません……ただ、ピアルノー様と私共と……皆様とは、長く疎遠(そえん)になっておりました。

 ……そうなるだけの理由があります」


 「……」


 「お嬢様(じょうさま)の…」

 「()()()は関係無い!」


 思わず声を荒げたエリオンが直ぐに恥いって口を噤むと、マリオが再び口を開いた。


 「では本当にピアルノー様の為なのですか? 今になって 何故そこまでなさるのですか?」


 「勿論(もちろん)、叔父の遺言(ゆいごん)のためだ! 妻子を気にかけて欲しいと、叔父が私達に(のこ)したからだ!!」



 ◇◇◇



 マリオは立ち上がり、不遜(ふそん)な差し出し口をお許し下さい、と言って(こうべ)を深く()れた。

 すぐにアリエルも立ち上がって、夫をお許し下さい、と同じ様にお辞儀をした。

 エリオンは無言で席を立つとアリシア・アンダマンの手を取り、彼女を先導しつつ部屋の出口に向かって歩いて行った。 

 それから部屋を出る直前、扉の前で立ち止まって顔を伏せたままの二人に向かってこう言った。


 「……確かに、私たちは疎遠ではあった。 だがその原因は……叔父の所為(せい)でも、()してや君達の所為(せい)でもない。

 その事は皆分かっている」


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