ピアルノー氏の懐刀II
旧代官邸敷地にある使用人邸。
現在は水柳の家から旧代官邸へと派遣されて来た小人族の宿場となっている。
「お掛けになってお待ち下さい。 間も無く参ります」
応接室にアリシアとエリオンを案内したハーフリングは、そう言って部屋を後にした。
アリエルがいつもと変わらず天性の腕前を厨房で奮う一方、マリオは敷地内の警備や斥候隊を一部再編成する準備に奔走しており不在だった。
その為エリオンとアリシアはひとまず小人族夫婦の居室付き応接間で二人を待つこととした。
「気になりますか?」
もの珍しそうにキョロキョロと室内の調度品を眺めていたアリシアを見てエリオンが声を掛けると、彼女は一瞬ハッとして、それから少し恥ずかしそうに言った。
「素敵なお部屋ね」
今彼らが居る部屋を含む一画はこの建物の中で一番大きく、上等な造りをしている。
小さな椅子、卓、飾り棚、壁掛け刺繍……二人が掛けている長椅子と目の前の喫茶卓は来客用のサイズ、つまり人間用の大きさで作られていたが、それ以外の調度品や家具類は全て小人族用の設えになっている。
置き家具だけではなく至るところが小人族仕様で丁寧に造り上げられたこの部屋の隣、夫婦の居室にはこれまた小さな天蓋付き寝台や衣装箪笥、安楽椅子が置かれているのをエリオンは知っている。
それもそのはず、この部屋はピアルノー・アンダマン存命の頃からずっと、その腹心たる小人族夫妻の居室として使われていた。
両親が叔父と歓談に興じる傍ら、兄弟姉妹と小人族夫婦と共に使用人邸で過ごした時間はエリオン・アンダマンにとって特別なものだった。
◇◇◇
「大変お待たせしました」
先にアリエルが合流し、それから程なくしてマリオが入室して来た時、普段表情を変えない老執事にしては珍しく、その顔には疲労の色が窺えた。
「こちらこそ忙しい中呼びつけてすまない。 どうしても直ぐに君達と話す必要があったんだ」
夫婦が一息ついて長椅子に掛けた二人と向かい合うと早速、エリオンはこれまで起こった事象をなぞるように順番に説明し始めた。
つまり、ウィル・オーデンが齎した相続人不明の遺言状のこと。 マリオに対し伏せていた経緯を皮切りに、その奇妙な出自とそこに掛けられた焔の呪いのことを。
そして、呪いに焼かれ、官邸の一室に今も眠るルシャスの存在を。
ただ一つ、アーロン・アンダマンに降りかかった事故については、これまで通り一切を伏せたままにした。
エリオンが話をする間、小人族夫妻とアリシアの三人は一切口を挟まず、それぞれが思い思いに内容を吟味している様子だった。
◇◇◇
「幾つか質問をしても宜しいでしょうか」
最初にマリオが沈黙を破った。
「今のお話は先の会議の際にエリオン様が仰っていた、アリシア様の秘密とも関係しているのでしょうか?」
「それは無関係では無いんだが……」
エリオンがアリシアを見ると彼女が頷き返した。
「叔母上……アリシア・アンダマン様は魔導師なんだ。 いや違う、厳密に言えば未認可だから魔導士では無いが、魔導師級の力を持っている。
いまルシャスが生き永らえているのも、単に叔母上の魔術の賜物だ」
エリオンがそう答えた途端、マリオの目つきが警戒の色を帯びた。
「ピアルノーが私の師匠よ」
アリシア・アンダマンはそう言って髪を掻き上げると、マリオに見える様に片耳を晒した。
そこに芥子真珠が環状に埋め込まれた黒い耳飾りが揺れている。
「魔精の憑代も彼から貰った物よ」
「ご説明を有難うございます」
マリオの顔はいつもの無表情に戻っていた。
「彼女が魔導師だとは思わなかっただろ?」
「はい。 とは云えピアルノー様のご家族と思えばさほど驚くことはありません」
「そうか」
「官邸にいらっしゃる方は……ルシャス様? ご家族は、親御様はこの事をご存知なのでしょうか」
アリエルが独り言の様に言った。
「どうかな……彼については私もあまり知らなくてね。 会ったのもこれが初めてだ。
叔父や父にとっての末の妹であるシゼル様の御子息らしいんだが」
「エリオン様、シゼル様とは面識が無いのですか?」
マリオが尋ねる。
「全く無いとは言わないが、挨拶程度で……ほぼ無いな。
シゼル叔母上とまともに会話した記憶すら無い」
「しかしルシャス様はあの封筒を御自分のものだと主張して、エリオン様から奪おうとしたんですよね?」
「その通り。 泥酔しながら私に食ってかかってきた」
遺言状に対する反応といい、たしかに謎の多い男には違いない。
シゼル・アンダマンの一門が今回の相続協議とは実質無関係にも関わらず旧代官邸にやって来た事情も含めて、その目的が読めない。
「しかも、ルシャス様はエリオン様をご存知でいらっしゃった。
経緯を見る限りその手紙が……相続人不明の遺言状が彼の目的なのかも知れません。
アリシア様は如何ですか? シゼル・アンダマン様の事はご存知で? 面識はありますか?」
マリオが尋ねると、アリシアは首を振って応えた。
「一度も無いわ。 もう一人の商人はどうなの? エリオン」
「相変わらず官邸で軟禁してあります。 ルシャスの状態は伝えていません」
「確かに、伝えるべきじゃ無いかもしれないわね……。
でももう一度話をしてみた方が良いんじゃない? 彼らの目的を聞き出さないと」
寝台に横たわるルシャスを前に、コルゾ・キーリバに経緯を説明する……エリオンはそんな光景を思い浮かべた。
いやあ目を離したすきに君の雇い主は死にかけてしまったよ。 では、君たちがここに来た目的を話してくれるね?
とでも言えばいいのか。
変わり果てたルシャスを前に、キーリバは冷静でいられるだろうか?
意図せずして、結果的に残酷な行いに加担している様なものだ。
無論そうじゃないが、それでも気は滅入る。
「……出来ればその前にルシャスを癒すための魔道具が欲しいところです。
話はこれくらいにして、叔母上の応急処置が効いている間に敷地内を徹底的に検めよう。 問題無いな? マリオ」
「御意に。 倉庫棟と各館玄室の鍵を準備します」
「宜しく頼む。 四半刻後に倉庫棟で落ち合おう」
そう言ってエリオンが席を立とうとすると、マリオがそれを制した。
「エリオン様、お待ちください」
「どうした」
「此度の遺産分割協議に急いて来られたのは、第一に、あの遺言状の為なのですか?」
エリオンはその唐突な質問の意味を掴みかね、一瞬沈黙してから答えた。
「そうだ」
「呪いのかかった遺言状の相続人を明らかにする為に、それだけの事であれほどの強行軍をおして来たのですか?」
「……そうだが?」
「亡きピアルノー様のために、ですか?」
「マリオ……何が言いたい?」
「深い意味は有りません……ただ、ピアルノー様と私共と……皆様とは、長く疎遠になっておりました。
……そうなるだけの理由があります」
「……」
「お嬢様の…」
「その話は関係無い!」
思わず声を荒げたエリオンが直ぐに恥いって口を噤むと、マリオが再び口を開いた。
「では本当にピアルノー様の為なのですか? 今になって 何故そこまでなさるのですか?」
「勿論、叔父の遺言のためだ! 妻子を気にかけて欲しいと、叔父が私達に遺したからだ!!」
◇◇◇
マリオは立ち上がり、不遜な差し出し口をお許し下さい、と言って首を深く垂れた。
すぐにアリエルも立ち上がって、夫をお許し下さい、と同じ様にお辞儀をした。
エリオンは無言で席を立つとアリシア・アンダマンの手を取り、彼女を先導しつつ部屋の出口に向かって歩いて行った。
それから部屋を出る直前、扉の前で立ち止まって顔を伏せたままの二人に向かってこう言った。
「……確かに、私たちは疎遠ではあった。 だがその原因は……叔父の所為でも、況してや君達の所為でもない。
その事は皆分かっている」




