ピアルノー氏の懐刀I
侵入者、来訪者、襲撃者と来て次はオーク族……どうしてこう次から次へと問題が出てくるのだろうか?
旧代官邸を取り巻く不穏な状況と、それとは別にエリオン・アンダマンが目的の為に施した細工と幾つかの嘘。
奇しくもリアンノン・アンダマンが危惧した通り、今やそれらは思わぬ形で 相互い絡み合ってエリオンの手に負えない段階に推移しつつあった。
その事実を彼自身も痛感しながら、かと言ってここで役割を放棄してイズーダンへ引き返す気持ちは毛頭無い。
尽きぬ疑問に蓋をして、エリオンは次なる一手を模索していた。
◇◇◇
会議を終えたエリオンが本館の賓客用寝室を訪った時、アリシア・アンダマンは女給の淹れたお茶を飲みながら、見慣れない壮年の男性と談笑していた。
「失礼します」
「エリオン! 丁度良かった」
「お待たせしました。 そちらの御仁は……」
「私の家人で御者のフラムよ。 彼とは初めてよね?」
「お初にお目にかかります」
アリシアの紹介を受けたその男性は帽子を上げてエリオンに挨拶をした。
アリシア・アンダマン、ウィル・オーデンに続く一行の三人目。
痩身だが、背が高い。 非常に低い、唸る様な声色の持ち主。
「エリオン・アンダマンだ。 宜しく頼む。
ところで叔母上、お時間を頂戴できますか? 相談したい事が有るんです」
エリオンがそれと無く目線を遣ると、それに気付いたアリシアがフラムに頷き掛けた。
「では、私は失礼いたします」
フラムが席を外して部屋を出た後、背後のスヴェンセンがエリオンに聴こえるか聴こえないかという声量で囁いた。
「手練れだ」
◇◇◇
「先ほどは有り難う御座います、叔母上」
「こっちこそ、気を遣わせたわね。 わたしに話って何かしら?」
「これからマリオとアリエルに会いに行きます」
「じゃあ、あの子を治療出来る魔道具を探しに行くのね?」
エリオンは頷いた。
倉庫棟と本館の全室を検め、目当ての魔道具を見つけ出す。 その為にまずマリオから鍵を受け取る必要がある。
そもそもの予定では、補佐役としての権限を行使して、至極当然に旧代官邸の鍵束をその管理権限諸共預かる筈だった。
しかしながら当初の大義名分は、アリシア・アンダマンの予期せぬ登場によって頓挫してしまった。
さすがに相続権を持つ遺族の目の前で叔父の遺産を物色する訳にもいかず、次の手として今度は叔母上一行を旧代官邸から放逐する手配を進めようと動き出したところ、昨晩の騒動によって今度はそれどころでは無くなってしまう。
加えて、先ほどルシャス・アンダマンが重傷を負った。
こうして結果的に、これらの高貴な招かれざる客人達を穏便に送り返すことは極めて難しくなってしまったわけだが、同時に転機となるのがこのルシャス・アンダマンが生命の危機に瀕しているという事実だ。
アンダマン家の一員の命を救う為に、この地に所蔵されている治癒の魔道具を使用したとして、誰が文句を言えよう?
無論故人の遺産を使用することは問題があるが、一刻を争うなかで人命には代えられない。
そもエリオン・アンダマンが狙って起こした事故ではない。
勿論喜ばしい事でも無いのだが、事実として叔父上の魔道具の筆頭相続権者であるアリシア叔母上の了承の下、大手を振って事に臨むことが出来る。
ルシャスには悪いが、彼が死に掛けているお陰だ。
「マリオとアリエル二人には昨晩から起こった事を改めて……隠さずに話そうと考えています。
癒しの魔道具とルシャスの状態と、御御許可頂ければ 叔母上の事も」
「私のこと?」
「はい。 その、叔母上の魔法使いとしての能力と認可の話です」
「ああ、それね」
「御許可頂けますか?」
「? 別にいいわよ」
何故そんな事を?とでも言わんばかりの表情を浮かべてアリシアが言った。
それはエリオン・アンダマンが彼女に抱いた最初の印象……貴族としての型にはまらない不思議な人物……と同時に昨晩ウィル・オーデンが語った女主人への見解ともピッタリ合致しているように思えた。
アリシア・アンダマンは未認可の魔導師。 それも、恐らく魔導師級の力を持つ者の中でも最高位の水準にある。
帝室に正しく申請すれば早晩二つ名を賜わるに違いない。
同時に、それほど優秀な魔法使いが魔法適性を秘匿している現状は相当に問題があると云える。
これが帝国司法省に露見すれば隠匿罪と見做されるだろう。
この罪は人を傷つける類のものでは無いが、 紛れも無い違法行為であり、発覚すれば叔父どころか彼女の生家ピナスター伯爵家の名にまで不名誉が及ぶ事態となるのだが、当の本人にその虞は無いように見える事がエリオンには気掛かりだった。
「有り難うございます」
「いいのよ。 じゃあ準備して来るわね」
「叔母上も一緒に来て頂けるのですか?」
「え? もちろんそのつもりだったけど……どうかしら、彼に歓迎されないと思う?」
「いや、そんな事は」
先ほどのマリオの態度を言っているのだろう。
マリオは必要と思えば誰が相手であっても諫言するのを躊躇わないし、権威に阿ることも無い。
その外見と態度の所為で煙たがられる事も多いが、彼に他意はない。
「信用して貰えないかしら?」
マリオに対するアリシアの初心な様子に、エリオンは可笑しく感じながらも宥めるように言った。
「叔母上の人となりと実力を知れば、マリオは分かってくれます。 彼は見た目よりずっと……大人ですから」
「そうよね! 着替えてくるわ。 待っててちょうだい」
◇◇◇
アリシアが隣室で準備をするあいだ、エリオンは手持ち無沙汰に部屋の中を眺めていた。 そこでふと、彼の目が寝台横の卓の上に止まる。
近寄って目を凝らすと、そこには真珠が埋め込まれた黒い腕輪が置いてあった。
アリシア・アンダマンが身に付けていた首飾りと同じ、輝く黒い結晶で作られている。
「駄目よ」
首飾りの放つ奇妙な魅力に抗えずゆっくりと手を伸ばしていたその時、背後から飛んできたアリシア・アンダマンの声にエリオンはびくりと身を強張らせた。
「叔母上……これは、その」
教師に見咎められた子供のように、エリオンは動揺を隠す事もできず叔母と腕輪を交互に振り返った。
「なあに?」
アリシア・アンダマンは非難するでも無く、薄っすらと微笑みながらエリオンの返事を促した。
思考を回転させ、言葉を搾り出す。
「これも魔精の憑代ですか?」
「どうして?」
「いえ、何となく。 ……ただ、叔母上の首飾りと同じ輝石が使われています。
細工もよく似てますから同じ工房の作かと」
「合ってるわ。 観察眼の持ち主は魔法使い向きよ」
「光栄です」
「じゃあ、ついでにもう一つ問題。 あなたがそれを触ろうとしたのを止めた理由はなんでしょう?」
「……中身の魔精が嫌がる?」
「ふふ、良いわねそれ。 でもハズレよ。
正解は罠が仕掛けられてるから……死の罠が」
「冗談ですよね」
彼の緊張をほぐす様に口元でニヤと笑ってからアリシアが答える。
「ええ。 でも嘘じゃないわ。
魔導師の持ち物は全部そうだけど……魔精の憑代ともなれば、確実に盗難防止の仕掛けが施されていると考えた方がいいわよ」
「知りませんでした」
「冗談はよして。 あなたの持っている封筒も……あの子を燃やしたあれは焔の魔術でしょ?
開封した人間を攻撃する典型的な魔法罠じゃない」
「実のところよく分からないんです。 仰るように、その可能性は高いと思いますが」
「あらそう……勘違いだったら良いんだけど……」
「? 何でしょうか」
「あの封筒はピアルノーの遺言状じゃなくって?」
「どうでしょう。 そうかも知れませんが分かりません。 宛名書きすら無いので」
ピアルノー・アンダマンの遺言状に付された呪いと焔の魔精の関係。
魔法の焔は、遺言を守る番人として魔導師本人が施した仕掛けなのだろうか。
アーロンとルシャスは不運にもそこに手を突っ込み犠牲になったのだと、そう考えるに不自然な要素は何も無いにも関わらず未だに確信が持てない。
触れる者を無差別に害するこの危険な呪いと、私の知る叔父とが結び付かないのだ。
どう頭を捻っても、魔法に長じ、誰よりもその扱いに慎重だったピアルノー・アンダマンの仕業とは信じられなかった。
そこでふと、エリオンは昨晩ウィル・オーデンがアリシアについて言っていた事を思い出した。
◆◆◆
「まさか……いや、……可能性は……すり替えが実際にあったかどうかは分かりません。 でも立場上それが出来る人が 大叔父と私以外に一人だけいます」
◆◆◆
アリシア・アンダマンは例の蠱惑的な黒いドレスを身に着け、アーロンやスヴェンセンが言うところの〝すごい体つき〟を惜しげも無く強調していた。
見栄と美貌を武器に社交場を戦場とする、貴族女性の戦闘服。
そこに、不釣り合いなくらいに整った顔が乗っている。
「……少なくとも私宛の遺言状では無いと思います」
「まさかあなた、自分であれを開けてみたの?」
「はい。 やはり読む以前に燃えてしまいましたが」
「身体は大丈夫なの?」
「ご覧の通りどうにか焼かれずに済みました」
……私は。
「なるほどね……さ 準備できたわ。
行きましょうか?」
あらためて、囀りの鈴を失った事が悔やまれた。




