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指輪転生  作者: ナーロッパ大使館員
一章 ピアルノー氏の蒐集品
20/40

ピアルノー氏の未亡人Ⅴ


 今一度(いまいちど)この場所を直属(ちょくぞく)の部下だけで固める。

 部外者(ぶがいしゃ)にはお帰り(ねが)うとしよう。


 「どうしたものか……立場上、私が職務を遂行(すいこう)する上で、御二人の存在は(ひと)しく問題があるとしか言えない。

 そもそも貴殿(あなた)(たち)はここに居るべきではない。 今はまだ」


 「仰る通りです」


 「(いず)れにしても、私は遺産(いさん)分割(ぶんかつ)協議(きょうぎ)補佐役(ほさやく)として、叔母上と貴殿に何らかの処置(しょち)を……適正(てきせい)な判断を(くだ)さなければなりません」


 「()むを()ないことだと思います」


 「では明朝(みょうちょう)、貴殿と叔母上にはここを離れてもらいます。 勿論(もちろん)帰還(きかん)道中(どうちゅう)に私の部下を護衛として随行(ずいこう)させます」


 「承知しました。 お気遣(きづか)い有難うございます」


 「一先(ひとま)ずチタ・パルマまで御送(おおく)りしましょう。

 くれぐれも、貴殿の大叔父殿から協議開催の(しら)せが届くまで、アリシア様をご自宅に(とど)めて下さい。

 それで、今回は目を(つぶ)ります。 貴殿もここには戻って来られますな」


 「(うけたまわ)りました」

 鈴の音。


 涼しい顔で嘘をつく相手を前に、エリオンは内心に怒りを(くすぶ)らせながら(ひと)りごちた。


 (……何故(なぜ)こんなにも(かたく)ななんだ?)


 これまでの会話と囀の鈴の反応を(かんが)みるに、ウィル・オーデンも恐らくはアリシア・アンダマンも、それぞれ(たくら)みがあって旧代官邸へとやって来たのは確実だった。

 ところが肝心(かんじん)動機(どうき)は、二人がこれ(ほど)まで旧代官邸に固執(こしつ)する理由とその目的は、(いま)だに見えてこない。



 ◆◆◆



 エリオン・アンダマンにはアーロン・アンダマンを(のろ)いから解放するという目的がある。

 旧代官邸に来たのはその一環(いっかん)に過ぎず、それ(ゆえ)に彼の行動(こうどう)原理(げんり)明白(めいはく)だった。

 本人も、遺産分けに()いて余所者(よそもの)自認(じにん)し、協議の行末(ゆくすえ)には(おも)きを置いていない。

 その一方で、最後まで(おの)が目的に合致(がっち)した魔道具は見つからないかもと知りつつ、その時はその時として次善(じぜん)(さく)(めぐ)らせ、ネコやレナート達に同時進行でそれぞれの伝手(つて)を探らせていた。


 ”補佐役(ほさやく)”という大義(たいぎ)名分(めいぶん)

 これについても彼は目的の為に過剰(かじょう)(ふる)うつもりは無く、また、期日(きじつ)(まえ)に会合場所にやって来た未亡人アリシア・アンダマンを(とが)める気も、ここから必要以上に厳格(げんかく)(おう)じるつもりも無かった。

 何より彼は、(おのれ)の目的が解呪の魔道具の入手である以上、その点では自分も財産を狙う盗人(ぬすびと)達も()()だと割り切っていた。


 ところがここに来てウィル・オーデンとの会話を()たことで、彼の中には一つの大きな疑念が生まれてしまっていた。

 それはつまりアリシア・アンダマンとウィル・オーデン両者に共通している、ここ旧代官邸への不自然なほどの執着(しゅうちゃく)についてだ。



 ◆◆◆



 そもそも故人(ピアルノー)の遺産の大部分は彼ら一家(いっか)住処(すみか)としている南都外れにある屋敷に所蔵(しょぞう)されており、数からしても質からしても旧代官邸に仕舞い込まれている品物など到底(とうてい)(およ)ばない富と魔道具をアリシア・アンダマンは既に手にしている。 

 つまり彼女はピアルノー・アンダマンの遺産に対して相続権を持つ遺族の中でも最高位の優先順位を最初から持っており、解呪(かいじゅ)の魔道具を切望(せつぼう)して此処(ここ)にやって来た私とは前提からして全く違う。

 無論、身辺調査(しんぺんちょうさ)をした際にも彼らとその親族たちが金銭(きんせん)的に困窮(こんきゅう)しているとか、何らかの問題を抱えているといった事実は一切確認できなかった。

 だからこそ何より不可解なのがアリシア・アンダマンこそが危険を()してまで旧代官邸へとやって来た一行(いっこう)の代表者であるという点。

 そんな事をせずともピアルノー・アンダマンの(のこ)した財産を受け継ぐ正当な権利を有しているにも拘らず、だ。


 遺産分けの筆頭(ひっとう)権利者である彼女(アリシア)が、何故か旧代官邸に対して説明しようが無い(みょう)執着心(しゅうちゃくしん)(のぞ)かせている。

 その理由は……此処(ここ)に所蔵された遺言(ゆいごん)遺沢品(いたくひん)


 彼らは何を知り、何を求めている?

 何故(なぜ)焦っている?

 旧代官邸(ここ)に何があるんだ?


 そこまで考えてから、エリオンは顔を上げてウィル・オーデンを見た。

 飄々(ひょうひょう)として、(ととの)った容姿の持ち主。 エリオンから苦言(くげん)(てい)されたからか、表情には(かげ)りがある。

 しかしその誠実そうな外面(そとづら)裏腹(うらはら)に、たとえ追い返されたとしても協議の開催(かいさい)を待たずにここへ戻って来るつもりらしい。


 囀の鈴が伝える音と痛みが無ければ、気付きもしなかったであろうウィル・オーデンのついた(いく)つかの(うそ)

 彼が時折り覗かせる老獪(ろうかい)一面(いちめん)

 その異質(いしつ)さと凄味(すごみ)が、これ(まで)未熟(みじゅく)()しくは軽薄(けいはく)な行いに対する不快感と合わさって、エリオンの警戒心を一層(いっそう)(あお)った。 


 「エリオン様……宜しいですか?」


 「何でしょうか?」


 「話を戻してしまいますが、この遺言状……やはり証人(大叔父)一旦(いったん)お預かりした方が良いんじゃないでしょうか」


 「そうですね。 オーデン殿がこちらに到着されたら相談してみようと思います」


 エリオンは(うなず)いてから卓上(たくじょう)の封筒を拾い上げると、そこでふと、ある事を思いつく。

 彼は開封用ナイフと封筒を一緒にしてウィル・オーデンへと差し出した。


 「すっかり忘れていました。 どうぞ」


 「え?」


 「あ、いや、貴殿に預ける訳ではありませんよ。 そうではなく、このナイフで封筒を開けてもらいたい。 試してみて下さい」


 「何故(なぜ)ですか?」


 「いやなに、私や家族のほかにも生前(せいぜん)の叔父と面識(めんしき)のある人達には試して貰っているんです。

 たしか叔父から貴殿への遺言状は無かったと(おっしゃ)っていましたよね?」


 「? それは、そうですが」

 鈴の音。


 「うん。 つまり、貴殿は()()遺言状を受け取られていないわけだ。

 そうなると私には、先ほど話した……()()()()()()()()()()()()()()が実際に行われていたと仮定し、本来の相続人を明らかにする責任が有ります。

 であれば、この遺言状を本来受け取るべき人はウィル・オーデン殿かも知れないでしょう?」


 「それは、まあ……確かにそうかも知れません」


 「勿論、そうでは無いかもしれませんが、私としては()(ひと)()(ひと)()()()()()確かめていく(ほか)ありません。

 御協力(ごきょうりょく)頂けますよね?」


 「僕じゃないと思いますが……それに、開封は出来ません。 問題があります。

 証人の立ち会いなく開封された遺言状は、法的な効力(こうりょく)を疑問視されてしまいます」


 「仰る通り。 しかし、心配は要りません。

 言ったでしょう? この遺言状は正統(せいとう)相続人(そうぞくにん)でなければ開封(かいふう)出来ない」


 〝正統な相続人でなければ開封出来ない〟


 無論(むろん)、嘘だ。



 ◇◇◇



 ウィル・オーデンは封筒の呪いを知らなかった。

 エリオン・アンダマンが囀りの鈴を駆使(くし)して取捨選択(しゅしゃせんたく)した幾つかの情報のうち、この推測(すいそく)()()()()と云って問題無いだろう。


 と同時に忘れてならないのは、(さえず)りの(すず)の能力で集めた情報は判断材料(はんだんざいりょう)にはなるものの、それ自体(じたい)はパズルの(いち)ピースに()ぎない、という(てん)だ。


 つまるところウィル・オーデンは本当に、封筒の呪いについて()()()()()()()()()のだろうか?

 または、呪いそのものは知っており、それがこの封筒に()()()()()()()()()()()()()()()()のか?

 それとも、呪いについて知っているにも(かか)わらず、エリオンの説明不足によって()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だけなのか?


 (さえず)りの(すず)は恐ろしいほど正確に嘘に対して反応する。

 その一方で些末(さまつ)勘違(かんちが)いや無意識下(むいしきか)誤認(ごにん)認識(にんしき) して、それらを使用者の意図(いと)沿()いながら(ただ)しく区別(くべつ)する事は出来ない。


 (よう)するに、嘘を見抜(みぬ)くだけでは真実に到達(とうたつ)出来ない、なんて事が現実に多々(たた)ある。

 そうなった時、往々(おうおう)にして人は限られた情報から自分に都合(つごう)の良い真実を見出(みいだ)してしまう。

 そうならない為にも、文字通(もじどお)りの〝駄目押(だめお)し〟が必要となる。

 それまで(かさ)ねて来た()()()()()包括(ほうかつ)した、確証(かくしょう)()(ため)の、(とど)めの一押(ひとお)しが。



 ◇◇◇



 (さて……それでは現物(げんぶつ)を前にした彼の反応を見せて貰おうじゃないか)


 エリオンは(せき)(ばら)いし、語気(ごき)(つよ)めて言った。


 「ナヴィラク・オーデン殿がこの遺言状を(あらた)めたとしても、本来の持ち主を見つけることは出来ません。

 お見せしましょう……ピアルノー・アンダマンが(さだ)めた、正統な継承者だけが彼の遺言を見ることが許される!」


 そう言ってエリオンは封筒を(テーブル)に戻すと左腕で軽く押さえ、(ふう)隙間(すきま)にナイフを走らせ切り開いた。

 彼が素早く身を引くと、途端(とたん)に薄緑色の封筒が茫々(ぼうぼう)(ほのお)を立てて燃え上がった。



 ◇◇◇



 「不死鳥(ふしちょう)(ほのお)……」


 火が収まった後ウィル・オーデンを見ると、彼は呆気(あっけ)に取られた面持(おもも)ちで応接室に舞う灰を(なが)めていた。

 その様子はエリオンの眼に、彼が純粋(じゅんすい)に驚いているように(うつ)った。

 エリオンの視線に気付き口を開こうとするウィル・オーデンを(せい)し、(テーブル)の上を指差す。

 同時に、そこかしこに()った灰が無風(むふう)の室内を(ちゅう)を舞いながら集合し、二人の目の前で再構築(さいこうちく)されていく。


 その最中(さなか)にウィル・オーデンが()らした一言をエリオンは聞き逃さなかった。


 やはり この男には何かある。



 ◇◇◇



 何事(なにごと)も無かったかの様に、卓上に置かれた封筒を持ち上げると、再びウィル・オーデンの眼前に差し出す。

 すると驚いたことに、彼は()わす(ごと)く素早く身を引き、その両手でエリオンの右手を(つか)んで(おさ)えつけた。


 「……これは 何のつもりですか?」


 その問い掛けに答えず、無言でその眼を(げい)するウィル・オーデンの相貌(そうぼう)は、それ(まで)(かぶ)っていた仮面をかなぐり捨てたと()っていい、緊張と敵意を感じさせるものだった。


 「しかし、オーデン殿 見たでしょう? 資格の無い者には何が書かれているか分からない……燃えてしまうために読むことが出来ない、という訳です。

 でも、それだけです。 ()()()()()()


 勿論(もちろん)、嘘だった。

 それを知っているからなのかウィル・オーデンはエリオンの右手を掴んだまま、(まばた)き一つせずに彼を凝視(ぎょうし)していた。


 「協力する気は無い ということかな?」


 動かない。


 「不死鳥の焔 とは何ですか?」


 無言。


 「……旧代官邸に何の用があるんですか?」


 口先で(なだ)めようにもウィル・オーデンは微動だにしない。

 遂にエリオンは(らち)が開かないとばかりに深く溜息をついて表情を(くず)し、肩をすくめて言った。

 「あぁ……もう、わかった。 分かりました。

 無理強いはしません。 話したく無いこともあるでしょう」


 彼が眼を細めて口角(こうかく)を上げると、その右手を掴む両手が(わず)かに(ゆる)んだ。

 封筒を持つ右手を引きながら、同時に、エリオンはゆっくりと左手を持ち上げた。

 そこから、握っていた白い絹布(ハンカチ)が落ちる。

 付着した血は乾き、茶色く凝固(ぎょうこ)していた。

 ウィル・オーデンが床に落ちた絹布に目線を取られた刹那(せつな)、エリオンの左手中指(ひだりてなかゆび)先端(せんたん)がキラリと光り、首筋に触れる。


 「ここに何をしに来た? 目的は何だ? ピアルノー・アンダマンの遺産か?」


 エリオンの問いかけに合わせて爛々(らんらん)と赤い光を発しながら、(さえず)りの(すず)がウィル・オーデンの首の肉に食い込み、彼の血を(すす)った。

 苦痛に(ゆが)む表情。

 その(ひとみ)の中に走馬灯(そうまとう)が浮かんでは消え、途切(とぎ)途切(とぎ)れの絵と音が、エリオンの頭の中に流れ込んだ。

 それは、一瞬の出来事だった。



 ◆◆◆



 見慣れない部屋。 そこに男が立っている。 光を背にして。

 眩しい……窓だ。 彼は 何か話している。

 いや話しかけてきていた。 私に。 とても大切な事を。


 私と男の間にある書物机。 その上には細工品や宝飾品 小物が置いてある。

 そこに一つ 口の開いた小箱がある。 私は それをじっと見ている。


 男が話している。

 話し終わると、左手をさすって……小箱を手に取る。

 箱の中に何かを入れる。 蓋を落として鍵を閉めた。



 ◆◆◆



 衝撃(しょうげき)と共に、意識を取り戻す。 後頭部が打ち付けられ、鈍い痛みが鼻の奥に抜けていった。

 何かが上に(おお)(かぶ)さり、首を締め上げている。

 息苦しさと幻視(げんし)から引き戻された意識の混乱の中で、必死に両手を伸ばして(あらが)うが、相手に届かない。


 エリオンの視界がジワジワと(かす)んでいく。

 彼が意識を失いかけたその時、応接室の扉が音を立てて開け放たれた。

 と同時に、上にのしかかっていた(かたまり)が吹き飛ばされ、窓側の壁に叩きつけられる。

 エリオンは大きく息を吸ってから咳込み、涙と目眩(めまい)でぼやけた視界を(ふる)い立たせて、目の前に立つ人物に声をかけた。


 「ッ……ッェン 、 ッベンセン……」


 「ご無事で何より」

 エリオンに背を向けて立つスヴェンセンが、抑揚(よくよう)の無い低い声で言う。

 その直後(ちょくご)(すべ)るような擦音(さつおん)が聞こえた。

 エリオンは直ぐに、スヴェンセンが長剣を(さや)から引き抜いた事に気づく。

 次の瞬間、金属のぶつかる衝撃音が振動と共に、息つく間もなく連続で鳴り響いた。


 「ぇだっ……ろすnッ ……殺すな」


 エリオンの(かす)れた声は、轟音(ごうおん)()き消されてしまう。

 徐々(じょじょ)に視界が戻り、彼はスヴェンセンの背中(せなか)()しに立つ相手の姿を、ようやく目の当たりにした。


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