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指輪転生  作者: ナーロッパ大使館員
一章 ピアルノー氏の蒐集品
19/40

ピアルノー氏の未亡人Ⅳ


 (テーブル)の上に置かれた未開封の手紙。

 (ほの)かな緑色に()んだ植物紙で()られたそれは、昨晩エリオンがマリオとアリエルに差し出し、彼らに検分(けんぶん)させた封筒だった。


 「これは、手紙ですか」


 「ええ、初めてお会いしたあの日、貴殿(あなた)から頂戴(ちょうだい)しました。

 貴殿の大叔父(おおおじ)殿の馬車の中で」


 「あぁ……あの時の」


 呪いの封筒を目にしたにも関わらず、ウィル・オーデンの表情に動揺(どうよう)(うし)ろめたい様子は見え無かった。


 「それで、これが何なのか教えていただきたいのですが」


 「? どういう意味でしょう」


 エリオンの問いかけに、ウィル・オーデンは不思議そうな表情を浮かべて聞き返す。

 掌中(しょうちゅう)にある(さえずり)(すず)は反応を示さない。


 もう一押(ひとお)ししてみるか。


 「では説明致しましょう。

 私はあの時、証人(しょうにん)直筆(じきひつ)書状(しょじょう)を受け取るためにナヴィラク・オーデン殿の馬車の前で待機(たいき)していました」


大叔父(おおおじ)直筆の書状? それは一体……」


 「簡単な一筆(いっぴつ)です。 私が補佐役(ほさやく)であると証明する(ため)の書状……といっても、受け取っていないのですが」


 「はあ……」


 「何故ならそこに貴殿がやって来て、紙で巻かれ一纏(ひとまと)めにされた書状を私に手渡したからです。

 それを私は、ナヴィラク・オーデン氏からの書状だと勘違(かんちが)いして受け取りました……その中身がこの封筒です」


 そこでエリオンがウィル・オーデンの表情を(うかが)う。 目が合うと彼は即座(そくざ)に口を開いた。


 「あの時、僕がお渡ししたのはピアルノー様から貴方(あなた)への遺言状(ゆいごんじょう)です。

 あれを受け取りに来られたものとばかり」


 「叔父が私に遺言状を?」


  初耳だ。


 「はい。 ピアルノー様は特定の方々にだけ個別(こべつ)の遺言状や遺沢(いたく)(ひん)を準備なさってました。

 それを継承(けいしょう)(しゃ)に手渡すのも、証人の御役目(おやくめ)なんです」


 「ではこれが……ピアルノー叔父上から私への遺言状という事ですか?」


 「そうなりますね」


 「本当に、間違いなく叔父の(したた)めたものだと断言(だんげん)出来ますか?」


 「あの時お渡ししたのは間違いありません。 ……その(はず)です」


 囀りの鈴は沈黙している。

 エリオンはあからさまな溜息(ためいき)()いてから話を続けた


 「……しかし、この手紙を調()()()()()()()()、私を(ふく)めて当家(とうけ)の人間に(あて)た遺言とは考え(にく)い」


 この封筒の中身が遺言状だと仮定(かてい)して、その相続人が私であるという保証(ほしょう)は無い。

 と同時に、これが私宛(わたしあて)の遺言状ではない、という確証(かくしょう)も無い。

 ……中身が見れないからな。


 「じゃあ、エリオン様への遺言状は今どこに?」


 (それは此方(こちら)が知りたい)


 エリオンが肩を(すく)めると、ウィル・オーデンは考えを(まと)めるかの(よう)にブツブツと(ひと)(ごと)を言い始めた。

 そんな、狼狽(ろうばい)する管財人(かんざいにん)助手(じょしゅ)横目(よこめ)にエリオンは平静(へいせい)そのものだった。

 しかし()いだ表情を(つらぬ)いてはいても、その(じつ)、本心はウィル・オーデン同様に穏やかでは無い。


 (なぜ あの場で私に説明しなかったんだ? 一言(ひとこと)()べるだけだったろ? “ピアルノー様からの遺言です” と)


 (のど)まで出かかったウィル・オーデンに対する不満(ふまん)(おさ)えながら、それ以上に、エリオンは(おのれ)()めの甘さに失望(しつぼう)していた。

 そんな彼の苛立(いらだ)ちを他所(よそ)に、封筒を出してからこれまで、囀の鈴はその掌中(しょうちゅう)で何の動きも見せようとしない。

 少しして独り言が止まると、ウィル・オーデンは顔を上げてエリオンに尋ねた。


 「この遺言状……エリオン様(あて)じゃ無いと(おっしゃ)ってましたが、何が書いてあったんですか」


 「さあ? 分かりません」


 「? え?」


 「ご覧の通り、(ふう)(ひら)いていないので」


 「……でしたら、一度お預かりしても(よろ)しいでしょうか」


 「何故ですか?」

 

 「それは勿論(もちろん)、この遺言本来(ほんらい)相続人(そうぞくにん)を見つけるためです。

 作成に立ち会った大叔父が中身を確認すれば、それが(だれ)()てて(したた)められた遺言状なのか分かると思います」


 「成程(なるほど)。 しかしどうだろう……恐らく意味はありませんよ」


 このエリオンの発言に対してウィル・オーデンは怪訝(けげん)な表情で(かえ)した。


 そう、中身を確かめる意味は無い。

 いや厳密(げんみつ)()うならば、中身を確かめる(すべ)が無い。

 なにせ開封を(こころ)みる(たび)()(ずみ)になるまで燃えるのだから。

 便箋(びんせん)(いた)っては、素手で触れた途端(とたん)に燃え始める……。

 だから、中身はさして重要では無い。

 私が知りたいのはウィル・オーデンがこの封筒に掛けられた(ほのお)(のろ)いの存在を認識(にんしき)しているか(いな)か。

 本当に知らないのか、それとも(とぼ)けているだけなのか?


 「……そういえば、ピアルノー叔父上からウィル殿にも遺言状はあったのですか?」


 「いえ、大叔父にならまだしも、僕はただの管財人(かんざいにん)見習いですから」


 鈴の音。 つまりは嘘。

 ウィル・オーデンはピアルノー・アンダマンから遺言状を受け取っている。

 だが何の意図があって、そんな事を誤魔化(ごまか)すんだ?

 ……細々(こまごま)意図(いと)()めない(うそ)()く男だ。


 「では、この遺言状の仕掛(しか)けのことは?」


 「仕掛け?」


 「そうです。 (まじな)いです」


 「魔法が掛けられているんですか?」


 「ご存知無かったかな? その所為(せい)正統(せいとう)継承者(けいしょうしゃ)でなければ開封出来ません」


 今度は私の嘘。 誰が開けようとしたところで、傷一つつけば途端(とたん)に燃え始めるだけだ。


 「初めて聞きました」


 囀りの鈴は沈黙している。 封筒に呪いが掛けられていた事は知らないようだ。


 ここまで来て、エリオンはウィル・オーデンが呪いと関係があるとも思えなくなっていた。


 囀りの鈴の反応から見るに、彼はこの(いまわ)しい封筒の中身が私への遺言状か、さもなければ他の相続人への遺言だと信じている。

 管財人助手であり、証人の補佐をしているウィル・オーデンが言うのなら、その可能性は高い。

 しかし、封筒に掛けられた()()()()()()については如何(どう)だろうか。

 封筒をイズーダンに(もたら)したのがオーデンである事に変わりは無いが、彼らが封筒に掛けられた呪いの存在を知らなかったとしたら?

 これまでのウィル・オーデンの発言と囀りの鈴の反応を(まと)めると、そう考えるに()るだけの()があるのも事実だ。



 ◇◇◇



 ピアルノー・アンダマンの訃報(ふほう)からこれまで、何者かの手によってエリオンの元に届けられたニ通の手紙。


 一通目。 開封済み。

 部下からの定期報告(ていきほうこく)加筆(かひつ)された、奇妙な追伸文(ついしんぶん)。 


 二通目。 開封済み。

 破れた手紙に書かれた、意味深(いみしん)なメッセージ。


 一通目、二通目ともに封筒は特殊な植物紙で作られており、その両方が同じ印章(シール)()じられていた。


 そしてこの、三通目。 未開封……開封出来ない手紙。

 ウィル・オーデンが()()()、焔の呪いの封筒。


 先の二通と同じ、見たことの無い印章(シール)が押された深緑色の封蝋(ふうろう)

 先の二通と同じ、(ほの)かな緑糸に染んだ植物紙で出来た封筒。 外見的な違いはただ一つ、宛名(あてな)が無いこと。

 これだけ〝エリオンへ〟の一文(いちぶん)が、書かれていない。


 三つの手紙の共通点(きょうつうてん)は南領に住む小人族(ハーフリング)由来(ゆらい)の特殊な植物紙。

 水柳(みずやなぎ)(いえ)影響力(コネクション)を持っている者でなければ手に入れることさえ困難な、特別な素材。


 ただ一人、南領の名士ピアルノー・アンダマンであれば、その(かぎ)りでは無い。



 ◇◇◇



 ()()(さい)穿(うが)つ手の込んだやり方も、エリオンの心中(しんちゅう)に亡き叔父の面影(おもかげ)(しの)ばせた。


 ……それでは、本当に()()は叔父から私への遺言状なのか?


 ウィル・オーデンの発言と囀の鈴の反応を比較(ひかく)することで(おの)ずと見えて来る事実。

 (みちび)き出された結論(けつろん)に対して感じた(かす)かな恐怖と、幾つかの矛盾(むじゅん)や不自然な要素を(まる)ごと飲み込んで、エリオンは目の前の疑問(ぎもん)再度(さいど)照準(しょうじゅん)を合わせた。


 「遺言状が……()()()()()()()()()()()()()()()すり()えられていた という可能性はありますか?

 宛名が無い以上、貴殿の発言以外にこの封筒が私への遺言だと証明する手立てが無いように思うのですが」


 結論を急ぐな。

 情報が不足している時は、着眼点(ちゃくがんてん)転換(てんかん)する。

 なにより、今はこの男への尋問を優先しよう。

 呪いの封筒の出自(しゅつじ)について、ウィル・オーデンが嘘をついていないのならば、彼以外の人間はどうだろう。

 三通目つまり呪いの封筒には(さき)の二通と違って宛名(あてな)が書かれていない。

 これ以外の相続人への遺言状も同様に無署名(むしょめい)なら、すり替えは可能なんじゃないか?


 質問を受けたウィル・オーデンは否定するでもなく少しの(あいだ)考えて、それから口籠(くちご)もりつつ返事をした。


 「まさか……いや、……可能性は……すり替えが()()()()()()()()()()()分かりません。 でも立場上それが出来る人が 大叔父と私以外に一人だけいます」


 囀りの鈴は鳴かない。

 (ふく)みのある言い方に、嫌な予感を(おぼ)えたものの、エリオンはこの先を()かない訳にいかなかった。


 「誰ですか?」


 「アリシア様です」


 その答えにも、鈴の音が聞こえて来ることはなかった。

 エリオンは(すぐ)に応じず、これまで囀の鈴から得た情報を(いま)一度(いちど)、頭の中で整理していた。


 ウィル・オーデンは叔父(ピアルノー)の遺産を狙っている。 これは間違いない。

 それとは別に、叔父の遺言状が相続人に届けられる過程において、アリシア・アンダマンがその手続きに介入(かいにゅう)できる立場にあったというのも、ウィル・オーデンの認識している真実だ。

 とは言え、彼女がすり換えを実行したか(いな)かは(わか)らない。


 「それはつまり……何か根拠(こんきょ)があるのですか? アリシア叔母上には、夫君(ピアルノー)の遺言状をすり替えるだけの動機(どうき)があると? 貴殿はそう考えておられるのか?」


 「そこまでは流石(さすが)(ぞん)じません。 立場上(たちばじょう)、奥様なら可能(かのう)だと申し上げただけです」

 そう言ってウィル・オーデンは首を振る。 同時にエリオンは鈴の音を聞いた。


 嘘をついている。 

 やはり彼はアリシア・アンダマンには夫が自分以外に()てた遺言(ゆいごん)干渉(かんしょう)する理由が……動機(どうき)があると考えているようだ。

 しかし、彼女がそんな事をする目的は何なのだろうか?


 いや……それを(たず)ねる意味は無いな。

 ウィル・オーデンとアリシア・アンダマンがお(たが)反目(はんもく)するか、少なくとも利害(りがい)()にする様な事情(じじょう)があるのなら、(あいだ)に入って介入(かいにゅう)するよりは放っておいた方が面倒が少ないだろう。

 ……アリシア・アンダマンが本当に魔導師であるのなら尚更(なおさら)だ。

 逆に彼らが組んでいるのなら、その目的を知るより先に此処(ここ)から出て行って(もら)(ほう)が話が早い。


 そう。 遺産(いさん)分割(ぶんかつ)協議(きょうぎ)に向けて、関係者以外を会場から放逐(ほうちく)する。

 これは補佐役(ほさやく)職務(しょくむ)範疇(はんちゅう)だ。

 となれば、どちらにしてもやる事は一つ。

 一旦(いったん)この場所から部外者を排除(はいじょ)する。

 それから旧代官邸を徹底的(てっていてき)に調べよう。 私と衛士隊だけで。


 話を聞くのはもう充分だ。


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