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指輪転生  作者: ナーロッパ大使館員
一章 ピアルノー氏の蒐集品
17/40

ピアルノー氏の未亡人Ⅱ


 その晩、旧代官邸で()()()()()晩餐会(ばんさんかい)(もよお)された。


 庭園(ていえん)(もう)けられた宴会(えんかい)(じょう)にずらりと並べられた、急ごしらえの長机(ダイニングテーブル)(れつ)合間(あいま)で、イズーダン子爵家の関係者たちと現地の人々が入り混じりながら(ひしめ)いている。

 中には明らかに使用人ではない年齢の子供や腰の曲がった老小人もいる。 派遣(はけん)されてきた水柳(みずやなぎ)(いえ)士卒(しそつ)のみならず、その家族も参加しているようだ。

 エリオンは、彼らが一緒に料理を運びながら()馳走(ちそう)()の前に、陽気に開宴(かいえん)を待っている様子を(なが)めていた。


 そこに並べられている料理はどれも、水柳の家の酋長(しゅうちょう)()りすぐった料理人が手がけた逸品(いっぴん)だ。

 子爵領から連れて来られた使用人と衛士たちは()邪気(じゃき)な来客と湯気(ゆげ)を上げる馳走(ちそう)に囲まれ、困惑(こんわく)(よろこ)びが半々(はんはん)いったところだろう。

 美食(びしょく)大家(たいか)として知られる小人族(ハーフリング)……()のホビット族の中でも、南の氏族(水柳の家)食道楽(くいどうらく)別格(べっかく)(もく)されており、たしか、当代(とうだい)宮廷(きゅうてい)料理人の筆頭(ひっとう)司厨(しちゅう)(ちょう)と副司厨長にも水柳の家の出身(しゅっしん)(しゃ)がいる。

 格式(かくしき)という点でいえば、高貴な客人(きゃくじん)への歓待(かんたい)として今夜の晩餐(ばんさん)は充分だと云えよう。


 「とっても(にぎ)やかね。 ()()()()があったその日に、こんなに楽しいパーティーに()相伴(しょうばん)できるなんて思ってもみませんでしたわ。

 でも、本当によろしかったのかしら。 御迷惑ではありませんこと?」


 会場を一望(いちぼう)できる場所にわざわざ準備された貴族用の(といっても貴族は二人しか居ない)(いち)区画(くかく)で、エリオンに並びその様子を眺めていたアリシア・アンダマンが言った。


 「水柳の家と我が家の部下達、皆の交流のための無礼(ぶれい)(こう)(うたげ)です。 

 叔父上に(つら)なる高貴(こうき)御方(おかた)列席(れっせき)頂けるのですから、彼らに不都合(ふつごう)は無いでしょう。

 勿論、私にもありませんよ アリシアさm……叔母(おば)(うえ)


 アリシアが小さく笑う。

 「()()れないのなら無理をしないでよろしくてよ、エリオン」


 「申し訳ありません。 叔父上の結婚の事を知ってはいたのですが、まさかこれ程に(とし)(わか)(かた)だったとは思っていなかったもので」


 「あら、ありがとう。 でも 謝る事なんてないわ。

 (わたくし)たち、少し離れた兄弟くらいの年の差しか有りませんもの。

 私の両親も、父は母よりずっと年上なのよ。 子供も私一人だけ。

 学園に通っていた頃、兄弟のいる友人が羨ましかったわ。

 エリオン、貴方の御家族はどうしていらっしゃるの?」


 「そうですね まず、前領主だった父は随分(ずいぶん)前に亡くなりました。

 長子(ちょうし)である兄が子爵(ししゃく)()()いで領主となっています。 成人前に兄の後見(こうけん)(やく)だった母は今も補佐として辣腕(らつわん)(ふる)っています。

 二人にはお会いになられましたよね?

 それと、私の下に妹と弟が一人ずつ。 二人とも今は帝都の学園に(かよ)っています」


 「まあ、うちの子も学園にいるのよ。 今度あの子に貴方のところの二人を知らないか聞いてみるわ。

 たしか夫の葬儀にご参列(さんれつ)(くだ)さったのが、お母様とお兄様よね? お二人はお元気かしら」


 「ええ、お(かげ)(さま)で」


 彼女の質問に他意(たい)が無い事は分かっていたが、それでも不意(ふい)にイズーダンで待つ家族の顔が脳裏(のうり)に浮かび、胸が()め付けられるような気持ちになった。


 それから間も無く、宴の準備が(ととの)った。

 開宴の挨拶でエリオンは見事な料理を手配した水柳の家の面々(めんめん)(たた)え、次に、()(つづ)けに起こった事件に対応した衛士達を(ねぎら)った。


 「今晩は無礼講で楽しんで欲しい。

 では、帝国と南領(なんりょう)発展(はってん)()くした騎士、ピアルノー・アンダマンに」


 エリオンが手に持った(さかずき)頭上(ずじょう)()げると、それに合わせて皆も()()に杯を(かか)げた。


 「そして、アンダマン家と水柳の家の友誼(ゆうぎ)に 乾杯(かんぱい)!」


 「「「乾杯!!」」」



 ◇◇◇



 南領の食材を駆使(くし)した晩餐(ばんさん)は、帝都でも錚々(そうそう)御目(おめ)に掛かれないであろう、それはもう見事なものであった。

 長机に(ところ)(せま)しと置かれた木皿(きざら)の上には、野猪(やちょ)の頭の丸焼き、銀梅花葉(マルテ)と血の腸詰め(ソーセージ)、野鳥のロースト、ツミレと(うり)(あつもの)と言った宴会の定番(ていばん)以外にも(あざ)やかな(しゅん)の果実やサラダ、香草(ハーブ)を散らした山鳥の肉醤(にくしょう)で味付けされたダンプリングやその他見たことも無い数多(あまた)の料理が並んでいた。 

 ()道楽(どうらく)の小人族は言わずもがな、職務の都合で指揮官(スヴェンセン)から飲酒を制限されている衛士隊の者たち(そして当の指揮官)も素晴らしい料理の数々に舌鼓(したつづみ)を打っていた。


 食事が落ち着き、(テーブル)を囲む部下達と小人族が(なご)やかに談笑(だんしょう)するなか、エリオンは隣に座るアリシアや挨拶にやって来る小人族の上役(うわやく)他愛(たあい)のない会話をしつつ、場内に不穏(ふおん)な動きが無いか鋭く目を光らせていた。


 「叔母上、これをどうぞ」


 すっかり酔っぱらったアリシア・アンダマンの杯に水差しから湯冷(ゆざま)しの水を(そそ)ぎ、彼女に差し出す。

 アリシアは一気(いっき)に水を(あお)り、杯を置くとエリオンに御礼を言った。


 「ありがとう エリオン」


 「もう一杯どうぞ」


 そう言って彼女の杯にお(かわ)りを注ぐ。


 「気が利くわね 貴方は……」


 アリシアはフラフラ前後に小さく揺れながら、時折(ときおり)半目(はんめ)になって動きを止める。 


 「そろそろお休みになられますか?」


 「んー……? お酒強いのねぇ」


 (酒に強いのは貴女ですよ)


 無言の笑顔で返しつつ、目の前にずらりと積まれた空の陶器瓶(ボトル)を横目に、エリオンは思った。

 彼は手酌(てじゃく)で酒を注ぎ次々(つぎつぎ)と飲み干すアリシア・アンダマンに合わせる()りをして、そうと気づかせないよう炭酸水で薄めた穀物酒(エール)を飲んでいただけだった。


 再び半目になって(うつむ)き、そのままガクンと首を落として頭をぶつけそうになったアリシアを受け止める。

 眠っている事を確認してから、すぐ近くに(はべ)っていた女性衛士を呼び出し、賓客(ひんきゃく)用の寝所(しんじょ)まで彼女を運ぶように指示を出した。



 ◇◇◇



 アリシア・アンダマンが会場を離れてから半刻(はんこく)ほど()った頃、(うたげ)は終了した。

 エリオン・アンダマンが()めの挨拶を述べたあと、人々が満足気にノロノロとそれぞれの持ち場へ歩いていく中、男性が一人彼に近づいて来る。 目が合うと、エリオンに会釈(えしゃく)をした。


 「これはオーデン殿。 食事は如何(いかが)でしたか?」


 「それはもう、素晴らしいとしか」


 「楽しんで(もら)えたなら良かった」


 「もちろんですよ! 何もかも、有り難うございますエリオン様。

 ところで、先ほどからアリシア様を探しているのですが、今どちらに()られるか()存知(ぞんぢ)でしょうか?」


 「ああ、そうでしたか。 少々(しょうしょう)飲み過ぎてしまわれた様で、先に寝室で御休(おやす)(いただ)いています。

 わたしも用が済んだら様子を(うかが)いに行こうと思っていたんです。 ご一緒しましょう」



 ◇◇◇



 衛士(えいし)夜警(やけい)に、給仕(きゅうじ)は片付け、厨房(ちゅうぼう)(かかり)は皿洗い。

 宴が終わった後、一部の小人族とその妻子だけは使用人(てい)広間(ひろま)に準備された寝床(ねどこ)に潜り込んで、早々(そうそう)に眠りに()いた。

 それ以外の参加者は皆それぞれ、本来(ほんらい)の役割へと(かえ)って行く。


 満腹(まんぷく)から来る眠気(ねむけ)()して粛々(しゅくしゅく)と働く人々の(あいだ)()って、エリオンはウィル・オーデンを先導するように旧代官邸本館の玄関(げんかん)(ぐち)を通り、そのまま応接室へと入っていった。


 「どうぞ、お掛けください」


 先に着席(ちゃくせき)するよう(すす)め、それから女給に言付(ことづ)けをして、エリオン自身も対面(たいめん)長椅子(ソファ)に腰をかけた。


 「今、アリシア様の寝所(しんじょ)(つか)いをやりました。 目覚めておられると良いのですが……

 ひとまず、()()ましの茶をいただきましょう」


 (ひか)えていた小人族(ハーフリング)の女給が二人用喫茶一式(ティー・フォー・ツー)を手配し、御盆(トレー)ごと向かい合う二人の間の喫茶卓(ローテーブル)に置くと、そのまま静々(しずしず)と退室して行った。


 そうして 応接室にはエリオンとウィル・オーデンだけが残された。


 少し待って、エリオンがポットからカップに茶を注ぎ、ウィル・オーデンに渡す。

 二人は茶請(ちゃうけ)乾果(ドライフルーツ)(かじ)りながらそれぞれ深緑の茶を味わった。

 

 「お口に合いましたか?」


 「はい、美味しいです」

 その言葉通りにゆっくりと、味わう様に飲み干してからウィル・オーデンが応える。


 「もう一杯どうぞ。 私も久々に飲んだのですが、良い物ですね。

 懐かしい味ですし、心を落ち着かせてくれる」


 「はい。 僕も好きです」


 和やかな雰囲気の中で(しょう)じた一寸(いっすん)の沈黙の後、ウィル・オーデンの目を真っ直ぐ見ながら エリオンは口火(くちび)をきった。


 「ウィル殿、少し答えにくいかも知れませんが一つ お聞きしたい事があります。

 アリシア叔母上と貴殿(あなた)は ()()()()()()()なのでしょうか?」


 「へ?……

 ! いえ まさか、 そんな訳ないでしょう!」

  ()()問いかけに一瞬固まった後、ウィル・オーデンが叫ぶように言う。

 意外に大きなその反応に、エリオンは宥める調子で静かに返した。


 「ウィル殿。 人払いはしていますが、大声は上げずにお願いします。 本当に男女の仲ではないのですか?」


 「すみません。 でも、絶対にあり得無い。 なぜそんなことをお訊きになるんです?」

 ウィル・オーデンの表情には、困惑と否定が浮かんでいる。


 エリオンは彼に、ピアルノー・アンダマンの葬儀でアリシア・アンダマンに付き添っていた男性、つまりウィル・オーデンがアリシアの愛人と(もく)されている事と、列席したアンダマン本家側の参列者はその事実に対してそれなりの警戒心を(いだ)いているであろうという持論(じろん)を、()(つま)んで説明した。


 「私は話を聞いただけですが、誰もがそう感じると思いますよ。 彼女と貴方の間にそういった関係が無いというのなら、なぜ葬儀に参加されたのですか?」


 それも態々(わざわざ) アリシア・アンダマンの横に立って。


 「それは、アリシア様がそう望まれたからです」


 (またた)くような鈴の音がした。


 「アリシア様が望まれた?

 貴殿の大叔父(ナヴィラク・オーデン)か貴方自身がアリシア叔母上から依頼されたという事ですか?」

 エリオンが語気(ごき)(つよ)めて返す。


 「違います、僕からの提案です。 それに対して同意を頂きました」


 引っ掛かりのある答え方だ。 

 「では、いかなる理由が有って、貴族の葬式に首を突っ込むような真似(まね)を?」


 ウィル・オーデンはピアルノー・アンダマンの管財人(かんざいにん)であるナヴィラク・オーデン(おう)又甥(またおい)ではあるが、彼自身は準貴族ですらない。

 その行いは、たかが管財人の親族としての領分(りょうぶん)を明らかに超えている。


 「ええと、そうですね まずアリシア様……というよりはピアルノー様の御家族にとって、自分で言うのも何ですが、僕は家人(かじん)みたいなものなんです」


 何も聞こえない。

 家人(かじん)とは住み込みの丁稚(でっち)から家宰(かさい)まで、主人(しゅじん)とその家族に(ちか)しい立場にある使用人全般(ぜんぱん)を指す言葉だ。


 「それは、知りませんでした」


 ()えて()感情(かんじょう)口調(くちょう)で話の続きを(うなが)す。


 「エリオン様がこの事をご存知無いのは当然です。 (おもて)()きには大叔父も僕もピアルノー様お抱えの文官で、()家族(かぞく)とは接点(せってん)もありません。

 付け加えるなら、貴方がアリシア様をどう思っているか、つまりどんな人物だと考えているのかは分かりませんが、あの方はあまり貴族らしくない個性的な方ですよ」


 「そうだとして、それがなにか?」


 「……不敬(ふけい)(おそ)れず、端的(たんてき)に申し上げます。 アリシア様御一人でピアルノー様の御葬儀の()(まと)めは出来ませんでした。

 今までそうだったように、ピアルノー様の葬儀でも、当家(とうけ)が補佐をする必要があったんです」


 「では、()()が貴殿が葬儀に参加した理由ですか? 彼女にその程度(ていど)才覚(さいかく)がないと、そう()っているのか?」


 エリオンの(とげ)のある言い方を()(かい)さず、ウィル・オーデンは平然(へいぜん)と答えた。


 「才覚や能力の有無(うむ)について、僕には何とも。 というのも、御自分の興味が向かない事柄に対してアリシア様は自発(じはつ)(てき)に動きませんので。 

 例えば、他家(たけ)への訪問(ひと)つとっても、僕や貴方が当然(とうぜん)必要だと考える根回(ねまわ)しを面倒だからといって自分で()()()んです。

 たとえそれが必要で、そのことを理解しているにも(かかわ)らず、しないで済む可能性があれば、その遂行(すいこう)に集中できない。 そういう方なんです」

 ウィル・オーデンは(よど)み無く()べた。

 鈴は鳴らない。


 エリオンには、彼の物言いが、どう好意的に解釈してもアリシア・アンダマンの事を怠惰(たいだ)放蕩(ほうとう)(もの)である、と云っているようにしか思えなかった。

 また、仮にそれが事実だとして、その様な家長(かちょう)が今後も能能(のうのう)居座(いすわ)れるほど帝国貴族家の生業(なりわい)(やさ)しく無い事を()()みて知っていた。


 「つまり貴殿(きでん)()の助け無くして、これから先も叔父上の遺族が貴族として生きて行く未来は()()かない、と」


 「へ? いえ、それは違います。 全然そんな事はないです。

 ピアルノー様の御家の方々は全員、基本的に自分がやりたい事しかしません。

 その上で、どうしても必要な折衝(せっしょう)や人付き合いを、大叔父に丸投げしてきました。

 大叔父が多忙(たぼう)になって、僕に御鉢(おはち)(まわ)ってきたんです」


 「君は、それでいいのか?」


 「? 良いも何も僕は役割を()たすだけです。 ピアルノー様が望まれる、家族と御家(おいえ)と……使命の為に」


 これも、何も聞こえない。

 ここに来て、あまりに正直なウィル・オーデンの反応がエリオンの考えを一転(いってん)させた。


 単刀直入(たんとうちょくにゅう)に訊こう。


 「しかし、貴殿は彼女の信頼を得ていて、その上でアリシア叔母上には処理できない問題を片付けるに十分な実務(じつむ)能力がある。

 その気になれば叔母上と家人たちをどうにでも出来るのではないのか?

 少なくとも私はそう思った。 だから貴殿の、”使命(しめい)(ため)()くす”という()(ぶん)手放(てばな)しに信じることができない」

 

 このエリオンの問いかけに対してウィル・オーデンは咄嗟(とっさ)に無表情になった。

 かと思うと次の瞬間、眉間(みけん)(しわ)を寄せてエリオンをマジマジと見詰(みつ)め返し、それから口を開いた。


 「本当にご存知ではなかったのですね」


 「それは どういう意味かな?」

 (あざけ)るでも(あわ)れむでもない、無味(むみ)乾燥(かんそう)なその言い振りに、訊き返す事しか出来なかった。


 「そのままの意味です。 エリオン様はピアルノー様の御家族の事は何も知らされていないんですよね? ピアルノー様からも」


 否定しても仕様(しょう)が無い。 無言(むごん)(うなず)く。


 「そうでしたか。 では、御本人(ごほんにん)不在(ふざい)の中で恐縮(きょうしゅく)ですが、アリシア様について説明します。

 彼女は()(どう)()なんです。 ピアルノー様と同様に」


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