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指輪転生  作者: ナーロッパ大使館員
一章 ピアルノー氏の蒐集品
14/40

ピアルノー氏の義妹Ⅱ


 「……ネコ 立っていないでこっちに来て、アーロンを()てくれ」


 扉の横に立って母子(ぼし)の様子をまじまじと観察していたネコに対し、エリオンが気恥(きは)ずかしそうに言った。

 エルフは(おと)()くベッドに近付くと、横たわるアーロンを綿密(めんみつ)に調べ始める。

 意識不詳(いしきふしょう)のアーロンを触ったり、包帯(ほうたい)を一部切り取って眺めたりと 一通(ひととお)()ぎ回った後、エリオンに声を掛けた。


 「のろ」


 ネコの発言に不可解(ふかかい)な表情をしているリアンノンに対し、エリオンがすかさず補足をする。

 「彼女の見立(みた)てによると、アーロンの火傷(やけど)にはやはり魔術の痕跡(こんせき)があるらしい。

 何らかの効果……呪いも掛けられているんだな?」


 ネコが(うなず)く。


 「治すことはできるの?」


 リアンノンが尋ねると、ネコは困り顔になった。


 「()()()出来るか?」

 エリオンが()(なお)す。


 「むり」


 「アーロンを治療する事ができるか、その方法を知っている者。

 その人をここに連れて来る事は出来るか?」


 (ふたた)び 困り顔。

 

 「……原因を特定できないから、今は治せるとも治せないとも断言(だんげん)出来ない?」


 (うなず)く。


 「解呪(かいじゅ)できる()()知れない者を知っているか?」


 (うなず)く。


 「その人物を連れてくる事は出来るか?」


 三度(みたび) 困り顔。


 「じゃあ、見つからなくても(かま)わないから探して(もら)えるか?

 時間がかかっても構わない」


 少し困った顔で、ゆっくりと(うなず)いた。


 「分かった。

 ネコ、その人を探し出し、ここに連れて来てくれ」


 (うなず)くと、流れる様な足取(あしど)りで扉を抜けて行った。


 「エリオン、あなた 随分(ずいぶん)彼女と仲が良いのね」


 「ネコとは長い付き合いだから。 レナートとスヴェンセンも似た様なものだよ」

 実際はネコとの付き合いの方が長い。


 「あら、そうなの?」

 (ふく)みのある笑みを浮かべている。


 やれやれ……

 「そうだった 二人を待たせているんだ。

 一旦 領主室に戻るよ。 兄さんの意識が戻ったら知らせて」


 母を部屋の中に残し、エリオンは寝室の扉を閉めた。


 「エリ」 


 心臓が飛び出るかと思った。 扉の(かげ)に ネコが立っていた。


 「どうした? 今の話か?」


 ネコが首を(かし)げた。


 「いや なんでもない。 何かあった?」


 「ロン」


 アーロンの事だ。


 「アーロンがどうした?」


 「しぬ」


 「アーロンが? 何故(なぜ)だ」


 「がし」

 

 がし? がし…… 餓死か。


 「アーロンには飢餓(きが)餓死(がし)(のろ)いが()けられているのか?」


 ネコが首を横に振った。 


 ()えの呪いではないが、餓死する……

 まるで(なぞ)()き遊びをしている様だが、ネコも私も(いた)って真剣だ。

 ネコは二音(におん)しか喋らない。

 以前、その理由について彼女に聞いた事がある。

 これはネコ本人にも(わか)らない、何らかの呪いの影響らしい。

 この呪いの所為(せい)でネコは幾度(いくど)と無く(あなど)られ、誤解(ごかい)されてきた。

 それ(ゆえ)か彼女は寡黙(かもく)で、言葉(ことば)(あそ)びをしない。

 ネコが言葉を(はっ)する時、そこには明確な根拠(こんきょ)と確信がある。


 「じゃあ、衰弱(すいじゃく)の呪い?」


 人は衰弱しすぎると、食べ物を口にしてもそれを血肉(ちにく)()える事が出来ずに餓死する。


 首を振った。


 衰弱では無いが、何らかの原因で栄養を補給(ほきゅう)できずに餓死する。 理由があって、食べられない。

 まさか……


 「アーロンは、このまま目醒(めざ)めないのか?」


 頷いた。


 「眠りの呪いか」


 首を(かし)げる。


 「昏睡(こんすい)の呪い?」


 (むずか)しい顔をして、さっきと反対側に首を(かし)げた。


 ネコが勿体(もったい)ぶって揶揄(からか)っている訳では無い。

 彼女は私の推測(すいそく)正答(せいとう)のとき、(ある)いは誤答(ごとう)であれば、そうだと教えてくれる。

 その逆に、此方(こちら)から投げた質問に対して明瞭(めいりょう)肯定(こうてい)否定(ひてい)返答(へんとう)出来ない時は、縦にも横にも首を振らない。

 つまりこの場合は〝眠りも昏睡も正解では無いが間違ってもいない〟という意味になる。

 

 「へた」


 下手(へた)。 これも、私の質問が下手だと言っている訳では無い。 多分。

 「……下手の呪い?」


 一拍(いっぱく)置いてから、小さく ゆっくり頷いた。


 出任(でまか)せを言ったつもりだったが、一応正解らしい。

 しかし、どういう事だろう? 下手…… 

 「……呪いの掛け方が下手?」


 頷く。


 成程(なるほど)。 要約(ようやく)すると……

 「……アーロンに掛けられているのは、下手で(いびつ)な呪い。

 だが、眠りや昏睡に近い効果を(もたら)しており、解呪(かいじゅ)するまでは目醒(めざ)めない。

 その間は食事も取れない為、一定期間内に起こす事が出来なけば (いず)れは死んでしまう。

 ……()えで」


 笑顔で何度も頷いた。


 正解だ!

 ……いや、喜んでいる場合ではない。



 ◇◇◇



 アーロン・アンダマンの寝室に戻り、エリオンはネコが解き明かした(のろ)いの概要(がいよう)を母に説明した。

 領主室(りょうしゅしつ)に置いてきた封筒と便箋(びんせん)、あの植物紙(しょくぶつし)の事も。


 「……このまま待っていてもアーロンが目を(さま)さないというのは、間違い無いの?」


 話を聞いて押し黙った後、静かに深い溜息(ためいき)を吐いてから リアンノンが尋ねた。


 そう問われたネコが、困った顔でエリオンを見る。


 「確実では無いが、その可能性は高い。 (いびつ)不完全(ふかんぜん)な呪いなんだ。

 その効果が今後どう作用(さよう)するか、エルフのネコにも読めない」


 「そう……」


 「(いず)れにせよ、この呪いを()く為に(あら)ゆる手段を(こう)じる必要がある。

 直ぐにでも治療師の捜索(そうさく)を開始しよう」


 「ええ。 これ以上ピアルノーの遺産分けに関わるべきでは無いかも知れないわね」


 「逆だよ、母さん。 関わるべきだ」


 「……何故(なぜ)?」 


 「治療師が見つかるとは(かぎ)らない(うえ)、見つかったとしても時間がかかり過ぎていればアーロンは助からない。

 だから、もう一つ手立(てだ)てを()つ。 叔父上の遺産だ」


 「それは……(あま)りにも危険よ」

 

 「勝算(しょうさん)はある。

 その為に予定通り南領へ向かい、遺産(いさん)分割(ぶんかつ)協議(きょうぎ)の補佐役として旧代官邸(きゅうだいかんてい)に入って下準備を進めようと思う」


 叔父の蒐集品(コレクション)

 子供の頃、旧代官邸で叔父から聞いた無数の物語の内容は全て、頭の中に(きざ)まれている。

 証人が所有するピアルノー叔父の財産目録(ざいさんもくろく)に書かれているのは表題(ひょうだい)だけだ。

 名札(なふだ)額面(がくめん)に過ぎない。

 しかし私ならば、その一つ一つに叔父が語った物語が秘められている事を知っている。

 それらのどれが秘宝(アーティファクト)呪物(じゅぶつ)で、どの様な効果を持っているのかも。


 「協議が終わる(まで)(あいだ)に叔父上の遺産からアーロンを救う品物を見つけ出し、イズーダンに届ける」


 「ピアルノーの事は……証人の補佐ほさ(やく)は、別の人間に(たく)しても問題ないでしょう?」


 首を振って答える。

 「私が唯一(ゆいいつ)補佐ほさ(やく)であるという、今の状況こそが重要なんだ」


 何事も無ければ、会合(かいごう)期日(きじつ)(どう)りに旧代官邸で()(おこな)われる。

 こちらが騒ぎ立てない限り、補佐役就任(しゅうにん)解消(かいしょう)される事は無い。

 相続人達より一足(ひとあし)早く旧代官邸内に入る事が許される、補佐役という大義名分(たいぎめいぶん)が有ればこそ、現地での下準備の過程(かてい)大手(おおで)()って館内の財物(ざいぶつ)を確認する機会(きかい)が作れるのだから。


 リアンノンはアーロンの(ひたい)に手を置きながら、エリオンを見て言った。

 「オーデンは最初からこちらを裏切るつもりで、あの手紙を渡してきたのよね?

 じゃあ、今でもあなたが補佐役であるという保証(ほしょう)はどこにあるの?

 仮に、彼らが(すで)にあなた以外の補佐役を立てていても、()丁寧(ていねい)に知らせてくれたりしないでしょう?」


 (まと)()ている。だが……


 「母さんの言う通り、私が補佐役である事を保証(ほしょう)する物は無い。

 と言うよりは、必要が無いんだ。

 オーデンが新たに補佐(ほさ)(やく)を準備していたとしても、そいつが旧代官邸にやって来たら捕縛(ほばく)するか、追い払う。

 奴らが私達に対し()()を知らせていないのだから、当たり前だろう?

 小細工は問題にならない」


 ナヴィラク・オーデンに補佐(ほさ)(やく)就任(しゅうにん)依頼(いらい)され、それを受諾(じゅだく)した張本人(ちょうほんにん)である(わたし) エリオン・アンダマンが誰より先に旧代官邸に(はい)りさえすれば。

 秘匿(ひとく)されている会合(かいごう)場所を知っていると云う事実そのものが、私が補佐役である事の証明になる。


 「……でも、例えば そう、そのキーリバという商会に声をかけても良いし、本家に助けを求めても良いじゃない!」


 エリオンはこの、母からの懇願(こんがん)にも似た提案(ていあん)を決して受け入れられない事を知りながら (おだ)やかに続けた。


 「キーリバ商会とは組まない。

 コルゾ・キーリバの態度を見る限り、彼等の目的は叔父上の遺産だ。

 私と目的が同じである以上、途中で敵対するかも知れない。

 それに、アーロンも言っていただろ? あの商会は信用出来ない。

 ……何より、母さん。 

 ()()()()、アーロンを救う為に一刻(いっこく)(あらそ)う事態になっている。

 今更(いまさら)アンダマン本家に泣きついて、彼らに希望を託すのは愚策(ぐさく)だ。

 ()()を巻き込んでも、状況が好転(こうてん)する事は無い」


 これから自分がしようとしている事は、黒に近い灰色……流れによっては(まぎ)れも無い違法(いほう)行為(こうい)に成る。

 目的の為に、当事者(とうじしゃ)は少なければ少ない(ほど)()い。

 勿論(もちろん)、アーロンの事は誰にも知られてはならない。

 だから、アンダマン本家にも現段階(げんだんかい)では協力を(あお)(わけ)にいかない。


 兄の命が(から)んだ、時間との戦い。

 その糸口(いとぐち)は旧代官邸にある。

 あの地に行かなければならない。


 「……分かりました。

 ここで貴方(あなた)の帰りを待つ事にするわ。 アーロンと一緒に。

 せめて、万全(ばんぜん)の準備をして行ってらっしゃい」 



 ◇◇◇



 数日後、馬車と騎馬の一団(いちだん)が南領に向けてイズーダン子爵邸を()った。

 領内(りょうない)視察(しさつ)(こう)(よそお)巧妙(こうみょう)偽装(ぎそう)されたその一群(いちぐん)を率いるのはエリオン・アンダマン。


 首元に黒い鍵を下げ、その懐中(かいちゅう)に二通の封筒と一枚の便箋(びんせん)(しの)ばせていた。


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