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指輪転生  作者: ナーロッパ大使館員
一章 ピアルノー氏の蒐集品
13/40

ピアルノー氏の義妹Ⅰ


 「ア゛ァ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁあ゛!!!!」


 「「アーロン!」」


 咄嗟(とっさ)にリアンノンがグラスの中身をアーロンに()()けた。

 が、炎は一層(いっそう)燃え上がる。

 エリオンは掛けてあった厚手(あつで)外套(コート)(つか)むと、火煙(ひけむり)()かれてヨロヨロと歩く兄に(おお)(かぶ)せた。

 視界(しかい)(ふさ)がれてそのまま(つまづ)いたアーロンを何とか受け止め、側に置いてあった花瓶の中身を(そそ)ぎ、濡れた外套()しに兄から立ち(のぼ)(ほのお)を押し叩いた。


 「何でもいい 水を!」


 エリオンの()(よう)を見たリアンノンも 家具に()いてあった絨毯(じゅうたん)をアーロンに覆い被せると、水差(みずさ)し片手に息子の消火(しょうか)に加わった。 


 「誰か! 来てくれ! 早く!」



 ◇◇◇



 ()()く、領主室に執事と衛士達が(あわ)ただしく入って来た。

 エリオンは彼等(かれら)に医者を連れて来るよう指示を出し、次いで、侍従(じじゅう)女給(メイド)達にも湯を沸かしてから医者の指示に(したが)(よう)に、と()げた。

 その時点(じてん)ですっかり火は消えていたが、アーロンはその場に倒れたまま動かない。

 リアンノンが懸命(けんめい)に声を()けるも反応は無く、外套(がいとう)の下で(ちから)()く上下する胸部(きょうぶ)の動きから、(かろ)うじて呼吸(こきゅう)をしている事が見て取れた。



 ◇◇◇



 子爵邸付きの医官(いかん)とリアンノン・アンダマンに(ともな)われ運ばれて行くアーロンを寝室まで見送ってから、無惨(むざん)に荒れた領主室に戻り、(あらた)めてその惨状(さんじょう)を見渡す。


 ……何故(なぜ)、いや 何が起こった?


 混乱と失望(しつぼう)茫然(ぼうぜん)と立ち尽くしそうになる気持ちに流されまいと、エリオンは無理(むり)()り思考を(はたら)かせた。


 考えろ。 突然(とつぜん)燃えたのは、あの封筒だ。

 アーロンが刃を入れた途端(とたん)発火(はっか)した。 そう見えた。

 その数迅(すうしゅん)(まえ) 私が手に持っていた便箋(びんせん)が先に燃え上がった。

 ……共通(きょうつう)しているのは紙だ。 あの珍しい、緑色の植物紙。


 考えながら漫然(まんぜん)視線(しせん)を動かしていたエリオンは ふと、視界の(すみ)に白い物を(とら)えた。

 近寄って 手に取る。

 水を吸ってひしゃげているものの、それは 先程(さきほど)の便箋に使われていた植物紙と同じ紙に見えた。


 「一体どこから……?  」


 左右(さゆう)(かど)をつまむ様にして広げ、隅々(すみずみ)まで(あらた)めた。


 どう見てもただの紙 無地(むじ)の紙だ。

 しかし これも手掛(てが)かりになるかも知れない。

 濡れた紙を元に戻すには、凹凸(おうとつ)の無い平板(ひらいた)に置き、広げて乾かす必要がある。


 「誰か、近くにいるか?」


 エリオンが声を上げた直後、両手で持っている()れそぼった紙の表面にプツプツと無数(むすう)黒点(こくてん)が浮かんだ。

 それに続く様に繊維(せんい)の焼ける匂いが立ち上ると、エリオンは反射的(はんしゃてき)に指を(はな)していた。

 べちゃっと音を立てて床に落ちた後、黒い部分はじわじわと全体に広がり、最後には紙の形をしたびしょ濡れの(すす)だけが残された。


 「……何なんだ! こいつは!」


 先刻(せんこく)まで酒杯を片手に、母と兄と談笑(だんしょう)していた。

 この場所で、二人の無事の帰還を喜んで。

 家族(そろ)っての晩餐(ばんさん)を前に、穏やかな時間が流れていた。


 兄に封筒を渡した自分を殴り倒してやりたい、そんな気持ちが無い混ぜになって、エリオン自身(じしん)(さいな)んだ。


 証人から渡された封筒?

 これは一体何だ?

 ()められた?

 誰に?


 オーデン




 「畜生(ちくしょう)(ども)がぁあ!!」



 エリオンが足下(あしもと)(すす)(かたまり)(ちから)(まか)せに蹴り飛ばす。

 それは無数の黒い飛沫(しぶき)となって、領主室の漆喰(しっくい)(かべ)に叩きつけられた。



 ◇◇◇



 「失礼します」


 領主室で呆然(ぼうぜん)と立ち尽くしていたエリオンの入室(にゅうしつ)許可(きょか)()たず、二人の人物が入って来た。

 それは レナートとスヴェンセンだった。


 「……レナート、ナヴィラク・オーデンとウィル・オーデンについて、徹底的に調べてくれ。

 南領(なんりょう)基盤(きばん)を置く(もと)法衣(ほうえ)貴族(きぞく)で、ピアルノー叔父上の遺産(いさん)分割(ぶんかつ)協議(きょうぎ)証人(しょうにん)に指名された人物と、その又甥(またおい)だ」


 「承知しました。 何が起こったんですか?」


 (いた)って平静(へいせい)に振る舞う二人の表情には、異様(いよう)様相(ようそう)のエリオンを心配する気持ちが(にじ)んでいた。


 「彼等から、証人から受け取った書状が発火し、アーロンが……

 領主が負傷した」


 そう、最早(もはや) オーデン一族(いちぞく)を信用する事は出来ない。

 これは(なん)らかの魔術(がら)みの(わな)(ちが)い無い。

 ……魔術(まじゅつ)。 


 「……ネコは? まだ戻っていないのか?」


 「いる」


 レナートとスヴェンセンの間から声がした。

 二人が左右に身を()けると、そこに女性が一人立っていた。



 ◆◆◆



 (とが)った耳 大きな目をした女性


 身体に作り合わせた 軽やかな(よそお)

 手と(くるぶし)と頭以外 顎下(あごした)まで隠れている


 傷も黒子(ほくろ)(しわ)もない肌


 白味(しろみ)がかった赤金(あかがね)色の(ひとみ)頭髪(とうはつ)

 (まゆ)(まつげ)



 ◆◆◆



 「ネコ お帰り。

 早速(さっそく)で悪いが、アーロンの容体(ようだい)を見て欲しい。

 魔術で攻撃された可能性があるんだ」


 「おけ」


 「宜しく頼む」


 この女性 ネコは、エルフだ。

 どういう訳か二音(におん)以上の言葉は喋らない。

 エリオンがイズーダン領内に(きず)いている密偵網(みっていもう)最古参(さいこさん)の一人だが、困ったことにその職務(しょくむ)に対する熱意(ねつい)は高いとは()えない。

 しかし、神代(かみよ)を生きたとされる星明(ほしあけ)(たみ)(ぞく)する彼女の、神秘(しんぴ)と魔術への造詣(ぞうけい)はエリオンの知る(かぎ)余人(よじん)追随(ついずい)(ゆる)さない水準(すいじゅん)にある。


 「……」


 「どうした?」


 ネコは人差し指でエリオンを()してから、その指先(ゆびさき)を横に()らしてクルリと円を描いた。


 会話の代わりに、彼女はしばしば身振(みぶ)手振(てぶ)りで意思(いし)疎通(そつう)(はか)ってくる。

 この仕草(しぐさ)が意味するのは〝後ろを向け〟だ。


 そこで、エリオンの視界にレナートとスヴェンセンの顔が入った。

 彼らは揃って驚愕(きょうがく)の表情を浮かべ、その視線はエリオンの背後(はいご)釘付(くぎづ)けになっていた。

 振り向いたエリオンが目にしたのは、思いも()らない奇怪(きかい)現象(げんしょう)であった。



 ◇◇◇



 漆喰(しっくい)(かべ)

 真白(ましろ)背景(はいけい)()った無数(むすう)の黒い飛沫(しぶき)

 エリオンが先ほど蹴り飛ばした煤灰(はい)の成れの果て。

 その一つ一つが腐肉(ふにく)(むら)がる蛆虫(うじむし)(ごと)(うごめ)いている。

 壁、床、天井と、飛び散った先のあらゆる場所で動き回っていた(むれ)は、(みちび)かれる様に一点(いってん)に向かって徐々(じょじょ)に集合し、やがて一つの(かたまり)になると、突如(とつじょ)停止して、その場に(ちから)()く広がった。


 そこに残されていたのは、あの 緑色の便箋(びんせん)であった。

 


 ◇◇◇



 目の前で燃え尽き、たった今(すす)から再生した植物紙。

 これこそが最初に燃えた一枚……エリオンが手に取ったあの便箋(びんせん)だったのだ。

 触れるだけで即時発火し、燃え尽きると再生する。

 それを繰り返す。 何度でも、何度でも。

 ()れるものが居なくなるまで。


 エリオンの脳裏(のうり)に、燃え(さか)るイズーダン子爵邸が浮かんだ。

 そこに()められた意図(いと)認識(にんしき)した瞬間(しゅんかん)()(よう)の無い憎悪(ぞうお)が押し寄せた。


 「エリ!」

 「ン゛ッ」


 ネコが背中に体当たりして来た。


 彼女はエリオンの肩を両手で(つか)むと力任せに引き寄せ、彼と目を合わせながら頭を左右に振った。

 その荒っぽい気遣(きずか)いは、(おさ)(がた)い怒りに支配されそうになった彼の気持ちを、不思議と落ち着かせてくれた。


 そうだ。 今は考え込む時ではない。


 「……ネコ、ありがとう。 ここはもう良いからアーロンを()に行って欲しい。

 母さんも一緒にいるが、問題無いか?」


 「ない」


 そう答えるや、(かろ)やかな足取(あしど)りで領主室を出て行った。


 エリオンは領主室の一角(いっかく)、アーロンが()していた場所に向かうと、水浸(みずびた)しになった絨毯をひっくり返した。

 思った通り、そこには植物紙の封筒があった。

 あの(とき)一度(いちど)燃え上がり、その後に再生(さいせい)したのだろう。

 つまり、アーロンを燃やしたのが、この封筒。


 ……この植物紙が、()れた相手を巻き込みながら(おのれ)を焼き、燃え尽きた後に再生するとするならば、直接(ちょくせつ)(さわ)らなければ如何(どう)なる?


 エリオンは領主室の暖炉(だんろ)(わき)に置いてあった(まき)用の(はさみ)を手に取って、それで封筒を(つま)()げた。

 そこからゆっくりと動かしてみたが、燃える事は無い。

 そのまま長机(ながづくえ)に置いてあった、銀製の(トレー)の上に(うつ)す。


 燃えない。


 最後に、床に落ちたままとなっていた便箋を(つま)んでその上に置いた。

 エリオンは(しば)らく便箋を観察していたが やはり燃焼(ねんしょう)している様子は無かった。


 よし。


 「レナート、スヴェンセン。

 この植物紙には何らかの悪意(あくい)ある魔術が込められている。

 私が戻るまで、この紙と封筒を誰も(さわ)ることがない様に見張(みは)ってくれ。 領主室には、誰も入れるな」


 「合点(がってん)

 スヴェンセンが言った。

 

 「それから ……ここ領主室に、他にも罠が仕掛(しか)けられている前提(ぜんてい)で動いてくれ。

 ()ぐに戻るから、それまではくれぐれも慎重に行動して欲しい」


 「()()()()()()()()……そりゃつまり()()()() 観察して、探って、見逃すな……ってやつですか?」

 

 「ははっ。 符牒(ふちょう)じゃ無いよ。 文字通りの意味だ」

 スヴェンセンの揚げ足取りに、エリオンが笑った。

 それを受けて彼女も口角こうかくを上げ、静かに(うなず)く。

 二人のやり取りを見ていたレナートもエリオンと目が合うとニコリと笑い、(おお)せの(とお)りに、と言って軽く(こうべ)を下げた



 ◇◇◇


 

 イズーダン領主の屋敷は、(いま)だに(あわ)ただしく(ざわ)めいていた。

 エリオン・アンダマンは通り掛かる先々(さきざき)で細かな指示を出し、自身の不安を押し殺しつつ、困惑(こんわく)した使用人達を安心させる為に(こころ)(くだ)いた。



 ◇◇◇



 アーロン・アンダマンの寝室(しんしつ)にエリオンが入室した時、医官は既に部屋を離れており、リアンノン・アンダマンとネコだけがその場にいた。

 リアンノンは部屋の中央にある天蓋(てんがい)付きベッドの横に置かれた椅子に腰掛けて、寄り添うように息子の様子をじっと見守っていた。 

 ベッドには全身を包帯(ほうたい)で巻かれたアーロン・アンダマンが横たえられている。

 ゆっくりと上下動(じょうげどう)するその胸元(むなもと)の動きから、深く眠っている事が分かる。


 「火傷(やけど)の程度は、見た目ほど深刻(しんこく)じゃ無いそうよ。

 医者は私たちの対応(たいおう)が良かったと言っていたわ」


 気丈(きじょう)に振る舞っているが、その相貌(そうぼう)憔悴(しょうすい)しきっていた。


 突然(とつぜん)緊急(きんきゅう)事態(じたい)一段落(いちだんらく)してから、(つか)()(おとず)れた静寂(せいじゃく)の中、眠る兄の(かたわら)で 母は何を思っていたのだろう。


 「……母さん すまない。 確認(かくにん)不足(ぶそく)だった。

 ……私の所為(せい)だ」


 私の落ち度で、兄さんがこんな目に()道理(どうり)は無い。

 (いそが)しさにかまけて後回(あとまわ)しにしていた事柄(ことがら)が、今日、目の前に落ちて来た。

 思いもよらない 最悪(さいあく)(かたち)で。


 リアンノンは少し驚いた顔をしてから、皮肉(ひにく)っぽく言った。

 「じゃあ、あなたが開封して、アーロンの身代(みが)わりになるべきだった?」


 その言葉(ことば)に エリオンは無言で項垂(うなだ)れることしか出来なかった。

 

 「……それとも 私か……使用人の誰かかしら?」


 リアンノンはそう言って立ち上がると、何も言えずに俯いていたエリオンの手を取った。

 顔を上げたエリオンの目に映ったのは、涙で(ゆが)んだ(ひとみ)で彼を見つめる 母親の顔だった。


 「あなたの所為(せい)じゃない。 もっとずっと、恐ろしい事になる可能性も有ったわ。

 アーロンは生きている。 今はそれで充分(じゅうぶん)よ」


 そう言って、息子を優しく抱き寄せた。

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