ピアルノー氏の葬列
日は変わって翌日の正午過ぎ、イズーダン子爵邸に領主とその一団が到着した。
屋敷の玄関で出迎えたエリオンは 目に見えて疲労しているものの大事無さそうな二人の様子を見て安心した。
「無事で良かった。 ……何があったんだ?」
「ああ、エリオン。 色々あったが問題はない。
こうして無事到着できたからな!
お前こそどうだった? 問題は無かったか?」
「問題はない。 話はある。
だが二人さえ良ければ、一服ついてくれ。 その後に話をしよう」
「じゃあ そうさせて貰おう。 風呂は準備できてるか?」
◇◇◇
彼等が各々食事と小休止をとっている間、エリオンは引き継ぎの為に執務室から領主室に運び込んだ書類を検めつつ、時間を潰していた。
先に姿を表したのは母 リアンノン・アンダマンだった。
◇◇◇
「送った手紙は読みましたね? エリオン」
御付きの女給が喫茶一式を準備し終えて領主室を離れると、リアンノンが唐突に切り出した。
長椅子に掛けた彼女に留守中の出来事を大まかに説明していたエリオンは、突然切り出された話題に一瞬沈黙し、すぐに頷いた。
手紙。 二通目の事だろう。
書類の束から取り出した手紙を広げて、喫茶用の長机に置いた。
そこには葬式を仕切っていた喪主、ピアルノー・アンダマンの奥方が若い男性を連れ立って参列していた事を皮切りに、叔父の生家アンダマン家からの弔問者に対し、今や女主人となった未亡人の生家から不釣り合いに多人数の参列者が招待されていた事などが綴られている。
また、アンダマン本家からの参列者以外ほぼ全員がリアンノンともアーロンとも面識の無い、見知らぬ人々で埋められていた事も。
そして何より……
「……水柳の家どころか、マリオとアリエルが葬式に招かれていなかったのは 許し難い事だと思う」
「そうね。 でもそれだけじゃ無いの。
生前の彼とその交友関係を知っている者として、私が始終感じていたのは、違和感。
式に集った面々の異質さよ」
母のこの意見に対しては、異論がある。
第一に、式に誰を招待するかは葬儀を執り行う喪主である、叔父の未亡人に裁量権が有る。
結果、誰が来ていようがピアルノー叔父とは無関係だ。
そもそもここ十年以上、あの出来事…… 父が急逝して少し後に起こったある事件以来、私達の中の誰一人として叔父に会いに行った者はいない。
あれ以来、それまでの親密な関係が嘘だったかの様に、叔父との交流はパタリと途絶えていた。
当然、その間に叔父が結婚相手として迎えた女性と面識は無いし、その親族に対しても同様だ。
何も知らない以上、我々が口を挟む余地は無い。
まあ、亡夫の葬儀に若い男性を連れて来るのは非常識だと思うし、そんな人物が招待した人々に好印象を抱く事は難しいが……
「それが 母さん達が当初の予定を削ってまで帰還してきた理由?
それとも、この手紙をイズーダンに入るまで発送せずに置いた理由がその〝違和感〟という事かい?」
「いいえ。 予定を繰り上げて来た理由はもっと実際的なことよ。
葬儀の閉式後からずっと尾けられていたの。
南領から手紙を送ったら中身を見られるか、盗られる可能性があったのよ。
式が終わってから家に帰ってくるまで毎日、あなたに手紙を出したわ。
さ 何通届いてる?」
母のサラリとした物言いに面喰らいながら、聞き返した。
「尾けられる? 盗みだと? 一体誰が」
「遺産目当ての連中よ。
私達があらかじめ想像していた以上に、ピアルノーの遺産の噂は南領を騒がせていたみたいね。
葬列に加わっていた人間は漏れなく尾けられていたんじゃないかしら。
南領を出るまでの間、私達でさえ行く先々で代る替る好奇の目に晒されたわ。 ……ウンザリするほど ね。
旧代官邸が協議会場だとバレるのも時間の問題に思えた。
そうなれば遺産が残置されているかも知れないあの屋敷が、協議を前に略奪される可能性すらあった。
急いで家に戻ってくる理由になるでしょう?」
突然の情報に、頭が追いついて行かない。
「……予定を繰り上げるべきか?」
漏れるように独り言ちた。
「それは名案ね、エリオン。 でも準備は済んでるの?」
「いや、全部はまだだけど、それどころじゃ無い」
リアンノンはエリオンの様子を見て プッと吹き出すと宥めるように言った。
「気にしなくても大丈夫よ。 言ったでしょ? 〝可能性すらあった〟って。
あなたの従けてくれた護衛の……えっと、猫さん? 彼女に水柳の家までお使いを頼んだから」
ネコが? しかし……
「あいつは水柳の家の誰とも 面識が無い」
リアンノンはエリオンに向かって右手の甲を向けた。
その人差し指に、金属製の台座に磨き上げた玉石の板を載せた指輪を着けている。
それは封蝋に押す紋章をあしらった印章だった。
「安心なさい。 不肖の息子達と違って、水柳の家との定期書簡を絶やした事は無いから。
彼女が水柳の家に私からの手紙を届けてくれれば、マリオ達が旧代官邸の見張りに取り掛かってくれる筈よ」
そこで扉がノックされ、アーロン・アンダマンが顔を覗かせた。
「呼んだか?」
◇◇◇
「うん。
母さんの言う通り、喪主側の参列者の面子には私も違和感を感じた。 明らかに親族では無さそうな者たちも居たからな。
あれは商人か……準貴族だったんじゃないかな」
準貴族……。
エリオンはコルゾ・キーリバとキーリバ商会について、その来訪とレナートからの報告を、二人にかい摘んで説明した。
コルゾ・キーリバがアンダマン本家でのアーロンの評判を持ち出したあたりに差し掛かると、彼は不愉快そうに顔を顰めた。
「……以上の事実から鑑みるに、このキーリバと言う商会は実態以上に己を小さく見せている可能性が高い。
もし彼等が引き続き叔父上の遺産分割協議に介入してきた場合、敵対路線は得策では無いと思う。
場合によって協c 「よくぞ追い返したぞエリオン! 英断だ!! 留守を任せて良かった!」
「……いや、巫山戯ずに聞いて欲しい」
「巫山戯てなどいない。 協調はしないし、すべきでは無い。
キーリバ商会のやり方は恐らく、貴族家を共犯関係に貶める事で成り立っている。
お互いに小銭を稼げている間は良いが、一度躓けば、奴ら諸共帝室に対する詐称の矢面に立たされる。
この商会の遣り口は、その時に備えて共犯者を増やしながら、それまでの間は儲けを折半する事で便宜を図らせる、手垢まみれの手法に思える」
先ほどまでの飄々とした表情は一変し、アーロンの瞳に剣呑な色が宿っていた。
「御意に、領主」
エリオンは頭を下げ、内心では兄と意見が一致した事に胸を撫で下ろした。
◇◇◇
アーロンとリアンノンが手配した水柳の家に対する根廻しと、先の読めない南領の状況を踏まえ、エリオンの出立を出来る限り前倒すことが決まった。
それから夕食までの一時は、食前酒を片手に再会を喜ぶ親兄弟による 雑談混じりの会談となった。
◇◇◇
「……証人のオーデン氏は信用しても良さそうだな。
問題はやはり、遺産目当ての輩族共……次点で叔父上の奥方の一族になるのかな?
アンダマン本家については……誰が来るかに依るなあ。 まあ相続人の名が分かったら報せてくれ。 すぐに攻略法を送る」
アーロンがニヤリと笑う。
「宜しく、兄さん。
不安があるとすれば、もう一方の相続人かな……情報が少ない。
叔父上の妻君はどんな人だった?」
エリオンがそう言って母と兄を見ると、それぞれなんとも形容し難い表情をしていた。
「勿体ぶらずに。 どんな印象を受けた? 若い男性を連れていたと書いていたけれど」
先に答えたのはアーロンだ。
「外見と声しか知らない相手の評価基準など、容姿くらいしか無いが…… あれほどの女性を悪し様に言う男は世の中には居まいよ!
うん。 美しいというか、妖艶……いや、凄い体つきをしていた。
再婚相手には事欠かないだろう。
参列した本家のお偉方も鼻の下を伸ばしていたよ。
私には丁寧というか、素っ気無かったがな。
……ただ、相当に緊張しているのを隠している風にも感じたな。
まあ、年若い未亡人が貴族の男共に囲まれて警戒するのは普通の事だろうが。
一緒にいた若者も、防波堤か番犬代わりなのかも知れん。
母さんはどう思った?」
話を振られたリアンノンは手に持っていた杯を置くと 目を瞑って言った。
「私には、彼女が私達二人を避けている様に感じられた。
もしかしたら ピアルノーから私達のことを聞いていたんじゃないかしら」
兄も私も黙ってしまった。
母の意見は正鵠を射ている様に思える。 しかし、それが意味する処に辿り着けない。
ほろ酔いで頭が澱んでしまっている事が、厭わしかった。
その時 チクリ と胸に何かが当たった。
胸元に手を突っ込んで引っ張り出す。
くたびれた 嵩のある封筒。
これは……
◇◇◇
……馬車の扉が開き、黒髪の青年がエリオンに差し出した……
〝 ……お待たせしました。 どうぞ、お納め下さい 〟
◇◇◇
確か、あの時ウィル・オーデンから受け取ったオーデン氏直筆の書状。
エリオン・アンダマンが証人の補佐役である事を裏付ける一筆だ。
今の今まで忘れていた。
「何だそれ?」
「オーデン氏に貰った念書…… 内容を確認するのを失念していた」
「開けるか? ナイフあるぞ」
エリオンが封筒をアーロンに渡すと、彼はそれを開封し、中身を卓上に広げた。
◆◆◆
中に入っていたのは一通の封筒と便箋
仄かに緑色に染んだ 上質な紙で織られた封筒は
深緑色の封蝋で綴じられ
その上に丸い印章が押されている
それが 封筒と同じ紙で出来た便箋に包まれている
◆◆◆
「良い紙だ」
アーロンが封筒を手に取ってつぶやいた。
エリオンは置かれた便箋を眺めてから手に取った。
何も書かれていない真新の植物紙。 アーロンの言う通り素晴らしい品質だ。
あの見事な馬車はピアルノー叔父からの贈り物と言っていたが、それ以外にもこれ程上質で希少な植物紙を平然と使用するオーデン氏は一体何者なのだろうか。
ん? 植物紙……ピアルノー・アンダマンと植物紙。
ん! そうだ、これはあの封筒……鍵についての奇妙な追伸と、もう一通の裂かれた手紙が入っていた……あの二通と同じ紙だ。
「わざわざ糊付けしてあるな……あーエリオン、この封筒も開けて良いか?」
「どうぞ」
……それだけか?
植物。 植物紙。
何だろう。 引っかかる事が……
◇◇◇
〝 ……公文書用の皮紙は 予備を積荷に入れっぱなしになっておりましてな 〟
◇◇◇
そうだった。 皮紙が見つからずに、それから四半刻、オーデン氏御自慢の馬車の前で待たされた。
あの時は 馬車の内装を私に見せるが為に、彼がわざと時間をかけていたのではないかと……
皮紙?
再度、手元の便箋を検めた。
オーデン氏は公文書用の皮紙に、エリオン・アンダマン補佐役任命の一筆を認めた……筈だ。
だが、手に持っているこれは、動物の皮ではない。
どう見ても植物紙だ。
混じり気のない、きめ細かな繊維を使用している。
鬆の一つも入っていない、綺麗な仕上がり。
いや ここに点が一つあるな……
真新だった紙の上に無数の黒点が浮かび上がったかと思うと、繊維の焼ける香ばしい匂いがエリオンの鼻口を突いた。
手から離すと便箋はヒラリと床に落ち、そのまま燃え上がった。
エリオンがアーロンの方を向いた時、兄は丁度ナイフで封筒を開封しているところだった。
緑色の封筒は 刃が入った切込から発火し、火は激しく燃え広がる。
ナイフを持っているアーロンの手から腕そして胴体へ。
その身体が瞬く間に炎に包まれた。




