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指輪転生  作者: ナーロッパ大使館員
一章 ピアルノー氏の蒐集品
12/40

ピアルノー氏の葬列


 日は変わって翌日の正午(しょうご)過ぎ、イズーダン子爵邸に領主とその一団が到着した。

 屋敷の玄関(げんかん)出迎(でむか)えたエリオンは 目に見えて疲労(ひろう)しているものの大事(だいじ)()さそうな二人の様子を見て安心した。


 「無事で良かった。 ……何があったんだ?」


 「ああ、エリオン。 色々あったが問題はない。

 こうして無事到着できたからな!

 お前こそどうだった? 問題は無かったか?」

 

 「問題はない。 話はある。

 だが二人さえ良ければ、一服(いっぷく)ついてくれ。 その後に話をしよう」


 「じゃあ そうさせて(もら)おう。 風呂は準備できてるか?」



 ◇◇◇


 

 彼等が各々(おのおの)食事と小休止(しょうきゅうし)をとっている間、エリオンは()()ぎの為に執務室から領主室に運び込んだ書類を(あらた)めつつ、時間を(つぶ)していた。

 先に姿を(あらわ)したのは母 リアンノン・アンダマンだった。



 ◇◇◇


 「送った手紙は読みましたね? エリオン」


 ()()きの女給(メイド)喫茶一式(きっさいっしき)を準備し終えて領主室を離れると、リアンノンが唐突(とうとつ)に切り出した。

 長椅子(ソファ)に掛けた彼女(リアンノン)留守(るす)(ちゅう)の出来事を大まかに説明していたエリオンは、突然切り出された話題(わだい)一瞬(いっしゅん)沈黙(ちんもく)し、すぐに(うなず)いた。


 手紙。 ()()()の事だろう。

 書類の(たば)から取り出した手紙を広げて、喫茶(きっさ)用の長机(ながづくえ)に置いた。


 そこには葬式(そうしき)仕切(しき)っていた喪主(もしゅ)、ピアルノー・アンダマンの奥方(おくがた)が若い男性を連れ立って参列していた事を皮切(かわぎ)りに、叔父の生家(せいか)アンダマン家からの弔問者(ちょうもんきゃく)に対し、今や女主人(おんなしゅじん)となった未亡人(みぼうじん)の生家から不釣(ふつ)り合いに()人数(にんずう)参列者(さんれつしゃ)が招待されていた事などが(つづ)られている。

 また、アンダマン本家からの参列者以外ほぼ全員がリアンノンともアーロンとも面識(めんしき)の無い、見知(みし)らぬ人々で()められていた事も。


 そして何より……


 「……水柳(みずやなぎ)(いえ)どころか、マリオとアリエルが葬式に(まね)かれていなかったのは (ゆる)(がた)い事だと思う」


 「そうね。 でもそれだけじゃ無いの。

 生前(せいぜん)(ピアルノー)とその交友関係(こうゆうかんけい)を知っている者として、私が始終(しじゅう)感じていたのは、違和(いわ)感。

 式に(つど)った面々(めんめん)異質(いしつ)さよ」


 母のこの意見に対しては、異論(いろん)がある。

 第一(だいいち)に、式に誰を招待するかは葬儀(そうぎ)を執り行う喪主である、叔父の未亡人に裁量(さいりょう)(けん)が有る。

 結果(けっか)、誰が来ていようがピアルノー叔父()()無関係だ。

 そもそもここ十年以上、あの出来事…… 父が急逝(きゅうせい)して少し後に起こった()()()()以来、私達の中の誰一人として叔父に会いに行った者はいない。

 あれ以来、それまでの親密(しんみつ)な関係が(うそ)だったかの(よう)に、叔父との交流(こうりゅう)はパタリと途絶(とだ)えていた。

 当然(とうぜん)、その間に叔父が結婚相手として(むか)えた女性と面識(めんしき)は無いし、その親族に対しても同様(どうよう)だ。

 何も知らない以上、我々が口を(はさ)余地(よち)は無い。

 まあ、亡夫(ぼうふ)葬儀(そうぎ)に若い男性を連れて来るのは非常識(ひじょうしき)だと思うし、そんな人物が招待した人々に好印象(こういんしょう)を抱く事は難しいが……


 「それが 母さん達が当初(とうしょ)の予定を(けず)ってまで帰還してきた理由?

 それとも、この手紙をイズーダンに入るまで発送せずに置いた理由がその〝違和感〟という事かい?」


 「いいえ。 予定を()()げて来た理由はもっと実際的(じっさいてき)なことよ。

  葬儀の閉式(へいしき)後からずっと()けられていたの。

  南領(なんりょう)から手紙を送ったら中身を見られるか、盗られる可能性があったのよ。

  式が終わってから家に帰ってくるまで毎日、あなたに手紙を出したわ。

  さ 何通(なんつう)(とど)いてる?」


 母のサラリとした物言(ものい)いに面喰(めんく)らいながら、聞き返した。

 「尾けられる? (ぬす)みだと? 一体誰が」


 「遺産(いさん)目当(めあ)ての連中(れんちゅう)よ。

 私達があらかじめ想像していた以上に、ピアルノーの遺産の(うわさ)は南領を(さわ)がせていたみたいね。

 葬列に(くわ)わっていた人間は()れなく尾けられていたんじゃないかしら。

 南領を出るまでの間、私達でさえ行く先々(さきざき)(かわ)(がわ)好奇(こうき)の目に(さら)されたわ。 ……ウンザリするほど ね。

 旧代官邸(きゅうだいかんてい)協議会場(きょうぎかいじょう)だとバレるのも時間の問題に思えた。

 そうなれば遺産が残置(ざんち)されている()()()()()()あの屋敷(やしき)が、協議(きょうぎ)を前に略奪(りゃくだつ)される可能性すらあった。

 急いで家に戻ってくる理由になるでしょう?」


 突然の情報に、頭が追いついて行かない。


 「……予定を()()げるべきか?」

 漏れるように(ひと)()ちた。


 「それは名案(めいあん)ね、エリオン。 でも準備は済んでるの?」


 「いや、全部はまだだけど、それどころじゃ無い」


 リアンノンはエリオンの様子を見て プッと吹き出すと(なだ)めるように言った。


 「気にしなくても大丈夫よ。 言ったでしょ? 〝可能性すらあった〟って。

 あなたの()けてくれた護衛(ごえい)の……えっと、(ネコ)さん? 彼女に水柳の家までお使いを頼んだから」


 ネコが? しかし……

 「あいつは水柳の家の誰とも 面識が無い」


 リアンノンはエリオンに向かって右手の(こう)を向けた。

 その人差し指に、金属製の台座(だいざ)(みが)き上げた玉石(ぎょくせき)(いた)()せた指輪を着けている。

 それは封蝋に押す紋章(もんしょう)をあしらった印章(シール)だった。


 「安心なさい。 不肖(ふしょう)息子達(むすこたち)と違って、水柳の家との定期書簡(ていきしょかん)()やした事は()いから。

 彼女が水柳の家に私からの手紙を届けてくれれば、マリオ達が旧代官邸の見張(みは)りに取り掛かってくれる(はず)よ」


 そこで扉がノックされ、アーロン・アンダマンが顔を(のぞ)かせた。


 「呼んだか?」



 ◇◇◇



 「うん。

 母さんの言う通り、喪主側の参列者の面子には私も違和感を感じた。 明らかに親族では無さそうな者たちも居たからな。

 あれは商人か……準貴族(じゅんきぞく)だったんじゃないかな」


 準貴族……。


 エリオンはコルゾ・キーリバとキーリバ商会について、その来訪(らいほう)とレナートからの報告を、二人にかい(つま)んで説明した。

 コルゾ・キーリバがアンダマン本家でのアーロンの評判を持ち出したあたりに差し掛かると、彼は不愉快そうに顔を(しか)めた。


 「……以上の事実から(かんが)みるに、このキーリバと言う商会は実態(じったい)以上に(おのれ)を小さく見せている可能性が高い。

 もし彼等が引き続き叔父上の遺産(いさん)分割(ぶんかつ)協議(きょうぎ)介入(かいにゅう)してきた場合、敵対(てきたい)路線(ろせん)得策(とくさく)では無いと思う。

 場合によって協c 「よくぞ追い返したぞエリオン! 英断(えいだん)だ!! 留守を任せて良かった!」


 「……いや、巫山戯(ふざけ)ずに聞いて欲しい」


 「巫山戯(ふざけ)てなどいない。 協調(きょうちょう)はしないし、すべきでは無い。

 キーリバ商会のやり方は恐らく、貴族家(きぞくけ)共犯(きょうはん)関係に(おとし)める事で成り立っている。

 お(たが)いに小銭(こぜに)(かせ)げている(あいだ)は良いが、一度(つまず)けば、(やつ)諸共(もろとも)帝室(ていしつ)に対する詐称(さしょう)矢面(やおもて)に立たされる。

 この商会の()(くち)は、()()()(そな)えて共犯者(きょうはんしゃ)を増やしながら、()()()()()()(もう)けを折半(せっぱん)する事で便宜(べんぎ)(はか)らせる、手垢(てあか)まみれの手法(しゅほう)に思える」


 先ほどまでの飄々(ひょうひょう)とした表情は一変(いっぺん)し、アーロンの(ひとみ)剣呑(けんのん)(いろ)宿(やど)っていた。


 「御意(ぎょい)に、領主」

 エリオンは頭を下げ、内心(ないしん)では兄と意見が一致(いっち)した事に胸を()()ろした。



 ◇◇◇



 アーロンとリアンノンが手配した水柳(みずやなぎ)(いえ)に対する根廻(ねまわ)しと、先の読めない南領(なんりょう)の状況を()まえ、エリオンの出立(しゅったつ)を出来る(かぎ)前倒(まえだお)すことが決まった。

 それから夕食までの一時(ひととき)は、食前酒(しょくぜんしゅ)片手(かたて)に再会を喜ぶ親兄弟による 雑談(ざつだん)()じりの会談(かいだん)となった。



 ◇◇◇



 「……証人(しょうにん)のオーデン氏は信用しても良さそうだな。

 問題はやはり、遺産目当ての輩族(やから)共……次点(じてん)叔父上(おじうえ)奥方(おくがた)の一族になるのかな?

 アンダマン本家については……誰が来るかに()るなあ。 まあ相続人(そうぞくにん)()が分かったら(しら)せてくれ。 すぐに攻略法(こうりゃくほう)を送る」

 アーロンがニヤリと笑う。


 「(よろ)しく、兄さん。

 不安があるとすれば、もう一方の相続人(そうぞくにん)かな……情報が少ない。

 叔父上の妻君(さいくん)はどんな(ひと)だった?」


 エリオンがそう言って母と兄を見ると、それぞれなんとも形容(けいよう)(がた)表情(ひょうじょう)をしていた。


 「勿体(もったい)ぶらずに。 どんな印象(いんしょう)を受けた? 若い男性を連れていたと書いていたけれど」


 先に答えたのはアーロンだ。

 「外見(がいけん)と声しか知らない相手の評価基準(ひょうかきじゅん)など、容姿(ようし)くらいしか無いが…… あれほどの女性を()(ざま)に言う男は()(なか)には居まいよ!

 うん。 美しいというか、妖艶(ようえん)……いや、(すご)(からだ)つきをしていた。

 再婚相手(さいこんあいて)には事欠(ことか)かないだろう。

 参列した本家(ほんけ)のお偉方(えらがた)も鼻の(した)()ばしていたよ。

 私には丁寧(ていねい)というか、()()()かったがな。

 ……ただ、相当(そうとう)緊張(きんちょう)しているのを(かく)している(ふう)にも感じたな。

 まあ、年若(としわか)い未亡人が貴族の男共(おとこども)(かこ)まれて警戒(けいかい)するのは普通の事だろうが。

 一緒にいた若者も、防波堤(ぼうはてい)番犬(ばんけん)()わりなのかも知れん。

 母さんはどう思った?」


 話を振られたリアンノンは手に持っていた(さかずき)を置くと 目を(つむ)って言った。


 「私には、彼女が私達二人を()けている様に感じられた。

 もしかしたら ピアルノーから私達のことを聞いていたんじゃないかしら」


 兄も私も黙ってしまった。


 母の意見は正鵠(せいこく)()ている様に思える。 しかし、それが意味する(ところ)辿(たど)り着けない。

 ほろ酔いで頭が(よど)んでしまっている事が、(いと)わしかった。

 その時 チクリ と胸に何かが当たった。

 胸元に手を突っ込んで引っ張り出す。

 くたびれた (かさ)のある封筒。

 これは……



 ◇◇◇



 ……馬車の扉が開き、黒髪の青年がエリオンに差し出した……

 〝 ……お待たせしました。 どうぞ、お(おさ)め下さい 〟



 ◇◇◇



 確か、あの時ウィル・オーデンから受け取ったオーデン氏直筆の書状。

 エリオン・アンダマンが証人(オーデン氏)補佐役(ほさやく)である事を裏付(うらづ)ける一筆(いっぴつ)だ。

 (いま)(いま)まで忘れていた。


 「何だそれ?」

 

 「オーデン氏に(もら)った念書(ねんしょ)…… 内容を確認するのを失念(しつねん)していた」


 「開けるか? ナイフあるぞ」


 エリオンが封筒をアーロンに渡すと、彼はそれを開封し、中身を卓上(たくじょう)に広げた。



 ◆◆◆



 中に入っていたのは一通の封筒と便箋(びんせん)

 (ほの)かに緑色に()んだ 上質な紙で()られた封筒は

 深緑色(ふかみどりいろ)封蝋(ふうろう)()じられ

 その上に丸い印章(シール)が押されている

 それが 封筒と同じ紙で出来た便箋(びんせん)に包まれている



 ◆◆◆



 「良い紙だ」

 アーロンが封筒を手に取ってつぶやいた。


 エリオンは置かれた便箋(びんせん)(なが)めてから手に取った。

 何も書かれていない真新(まっさら)の植物紙。 アーロンの言う通り素晴らしい品質だ。

 あの見事な馬車はピアルノー叔父からの贈り物と言っていたが、それ以外にもこれ程上質で希少(きしょう)な植物紙を平然(へいぜん)と使用するオーデン氏は一体何者なのだろうか。

 ん? 植物紙(しょくぶつし)……ピアルノー・アンダマンと植物紙。

 ん! そうだ、これはあの封筒……鍵についての奇妙な追伸と、もう一通の裂かれた手紙が入っていた……あの二通と同じ紙だ。 


 「わざわざ糊付(のりづ)けしてあるな……あーエリオン、この封筒も開けて良いか?」


 「どうぞ」


 ……それだけか?

 植物。 植物紙。

 何だろう。 引っかかる事が……



 ◇◇◇



 〝 ……公文書用(こうぶんしょよう)皮紙(かわかみ)は 予備を積荷(つみに)に入れっぱなしになっておりましてな 〟



 ◇◇◇



 そうだった。 皮紙(かわかみ)が見つからずに、それから四半刻(しはんこく)、オーデン氏()自慢(じまん)の馬車の前で待たされた。

 あの時は 馬車の内装(ないそう)を私に見せるが(ため)に、彼がわざと時間をかけていたのではないかと……


 皮紙(かわかみ)

 再度、手元(てもと)の便箋を(あらた)めた。

 オーデン氏は公文書用(こうぶんしょよう)()()に、エリオン・アンダマン補佐役(ほさやく)任命(にんめい)一筆(いっぴつ)(したた)めた……(はず)だ。

 だが、手に持っているこれは、動物の皮ではない。

 どう見ても植物紙だ。

 ()じり()のない、きめ(こま)かな繊維(せんい)を使用している。

 ()の一つも入っていない、綺麗(きれい)仕上(しあ)がり。

 いや ここに点が一つあるな……


 真新(まっさら)だった紙の上に無数(むすう)黒点(こくてん)が浮かび上がったかと思うと、繊維(せんい)の焼ける(こう)ばしい(にお)いがエリオンの鼻口(びこう)を突いた。

 手から(はな)すと便箋(びんせん)はヒラリと床に落ち、そのまま燃え上がった。


 エリオンがアーロンの方を向いた時、兄は丁度(ちょうど)ナイフで封筒を開封しているところだった。


 緑色の封筒は ()(はい)った切込(きりこみ)から発火し、火は激しく燃え広がる。

 ナイフを持っているアーロンの手から腕そして胴体へ。


 その身体(からだ)(またた)()に炎に(つつ)まれた。


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