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指輪転生  作者: ナーロッパ大使館員
一章 ピアルノー氏の蒐集品
11/40

ピアルノー氏の小説


 不躾(ぶしつけ)訪問者(ほうもんしゃ)をスヴェンセンに見送らせた翌日。

 その日没(にちぼつ)前、思わぬ出来事があった。

 早馬(はやうま)で子爵邸の詰所(つめしょ)に到着したその伝令(でんれい)は、アーロン・アンダマンとリアンノン・アンダマンが(すで)(りょう)(ざかい)を越えてイズーダン子爵領内(りょうない)に入ったという(しら)せと、二人からの手紙を(たずさ)えていた。

 それは事前に知らされていた予定を さらに四日以上前倒(まえだお)しにした帰還の報告であった。

 エリオンは急遽(きゅうきょ)、一日の仕事を終えつつあった官僚(かんりょう)たちを呼び戻すと、矢継(やつ)ぎ早に指示を出して子爵邸に(いた)街道(かいどう)沿いの馬車宿(ばしゃやど)要所(ようしょ)の村落への衛士(えいし)派遣に加え、補給と替え馬の手配まで、思いつく(あら)ゆる下準備をさせて領主一行の到着に(そな)えさせた。



 ◇◇◇

 


 イズーダン子爵邸内にある行政官(ぎょうせいかん)用の執務室(しつむしつ)

 使用人達が一日の仕事を終え、屋敷全体が夜の眠りに落ちてからも部屋の明りは(とも)され続けていた。


 その書物(かきもの)(づくえ)が、ゆらゆらと明滅(めいめつ)する(あか)りに照らされている。

 机上(きじょう)無造作(むぞうさ)に広げられ、開封された書簡や端に積まれた紙の(たば)、未開封のまま置かれた封筒。

 それを横目(よこめ)に、執務室の壁に衛士が一人(ひとり)背を(もた)れ、無言で立っている。

 さながら置物(おきもの)の様に静かだが、眠ってはいない。

 彼女はエリオンの背後、執務室の窓越(まどご)しに広がる夜闇(よるやみ)に目を()らし、そこに時折(ときおり)(あらわ)れる(ほの)かな光を 夜警(やけい)が持つ松明(たいまつ)の動きを観察していた。


 一方、書物机に向かうエリオン・アンダマンは書類の山から一つを手に取って凝視(ぎょうし)しているかと思えばその場に放り出す。

 かと思えば目線(めせん)だけを動かして読んだり、ぼんやりと全体を眺めたり、退屈そうにしている。

 彼は先刻(せんこく)届けられた手紙を目の前に広げ、その内容について考えていた。

 

 (おく)(ぬし)(いわ)く、()()()()()()()()()()手紙。


 そこには、ピアルノー叔父の葬儀を(めぐ)ってアーロンとリアンノンが()()たりにし、各々(おのおの)が書かずにいられなかった、彼等の不審(ふしん)(あお)った光景と出来事が簡潔(かんけつ)(まと)められていた。

 そうして(もたら)された情報は、それ自体は具体的な脅威でないにも関わらず、捨て置けない胸騒ぎをエリオンに覚えさせた。


 ピアルノー・アンダマンの葬儀。

 あの商人、コルゾ・キーリバの言っていた事が頭を()ぎる。


 〝実態(じったい)がどうあれ、(とみ)があると聞けば人は(あつ)まり、(むら)がって来るものですし……物騒(ぶっそう)輩族(やから)も少なくありません〟


 顔に両掌(りょうて)を当てて、あくびを押し殺す。

 蓄積(ちくせき)した疲労からくる眠気に(あらが)いつつ そこまで考えてからウトウトと意識を失いかけた刹那(せつな)、スヴェンセンがエリオンに声を掛けた。

 

 「ようやっとお出ましだ」



 ◇◇◇



 夜警に案内されて執務室に入ってきたその男は、帽子を取って最初にエリオンに挨拶し、それからスヴェンセンと二言(ふたこと)三言(みこと)軽口(かるぐち)()わした。


 褐色(かっしょく)の肌をした痩身(そうしん)の男性。

 法衣(ほうえ)貴族が好む 質実(しつじつ)で良質な、清潔感のある(よそお)い。

 (つや)のある長髪を(かんざし)でまとめている。


 彼が従者の手を借りるまでも無く自身の外套(がいとう)と帽子をテキパキと衣紋掛(えもんかけ)に掛け終えるのを見計(みはか)らって、エリオンが口を開いた。


 「お帰り レナート。 帝都周りはどんな様子だった?」


 「(にぎ)やかでしたよ。 あちらでもピアルノー様は人気者ですね。 

 それよりも随分(ずいぶん)仰々(ぎょうぎょう)しい出迎えでしたが、何か起こったんですか?」


 「領主一行が無事イズーダンに入ったらしい。 予定よりずっと早いが、その出迎えだよ。

先触(さきぶ)れも有って無い様な速度で踏破(とうは)して来たようだ。 道中(どうちゅう)で何も聞かなかったのか?」


 「どおりで(あわただ)しかったんですね。

 今回は西方から行商をしながらの帰り(みち)でしたが、その途中で大殿(おおとの)御一行(ごいっこう)については何も。

 敢えて言うならどこの酒場でも、大なり小なりピアルノー様の話は聞こえてきましたが」


 「叔父上の話か。 どの様な内容だった?」

 

 「ピアルノー様の遺産 (おも)に財宝と……未亡人についてでした。

 それらも一応、今回の報告書に纏めてあります。

 あ、ピアルノー様を主人公にした小説も売れているそうですよ。 必要でしたら一式(いっしき)(そろ)えておきますが」

 

 「そうか。 では 頼む」


 ピアルノー叔父の小説……

 叔父の蒐集品(コレクション)に触れる様な内容だとすれば、目を通しておくべきだろう。



 ◆◆◆



 後日、〝ピアルノー・アンダマンの淫靡(いんび)探索行(たんさくこう) 完全版〟全十六巻がイズーダン子爵邸に届いた。

 エリオン宛に送られて来たその荷物を、既に南領の旧代官邸に向けて出立していた不在のエリオンに代わって開封したのは リアンノン・アンダマンであった。


 その顛末(てんまつ)後程(のちほど)(かた)るとしよう。



 ◆◆◆



 この人物、レナートはスヴェンセン同様エリオンの腹心(ふくしん)であり、彼の密偵網(みっていもう)を構成する重要人物の一人だ。

 普段はとある商会の会頭(かいとう)として、その運営を務めつつ各地で情報収集に(いそ)しんでいる。

 エリオン・アンダマンがイズーダン子爵領内に(よう)する密偵(みってい)達の隠蓑(かくれみの)として設立されたこの商会は当初、イズーダン城下の一商店から始まった。

 事業は順調(じゅんちょう)に拡大し、今や領内のみならず帝国各地に支店を置く大店(おおだな)となっている。

 それらは全て、レナートの手腕(しゅわん)によるものだ。


 レナートの報告書を運び入れた後、それぞれ執務室の長椅子に掛けて、エリオン手ずから()れた珈琲(コーヒー)を飲みながら、三人は話を続けた。


 「……領主一行の早期帰還は予想外だった。 

 彼等が南領から送って来た手紙にはその様な事は微塵(みじん)も書かれていなかったが、今日届いた新たな手紙を読む限り、奇妙な事態になっている様だ。

 予定通りであれば、二人は明日にも子爵邸に到着する。

 その後の話し合いの内容次第だが、我々の予定にも変更が出る可能性がある。

 レナート、今日から(しばら)くはスヴェンセンと一緒に子爵邸内に滞在して欲しい」


 「承知しました。

 ただ、商会の番頭(ばんとう)を同行させて来ています。

 この話が終わったら本店(ほんてん)に戻したいのですが、問題ないでしょうか?」

 

 「構わない。 ところでネコが見当たらないんだが、一緒じゃなかったのか?」


 「いいえ、同行してません。 でも城下(じょうか)で会いましたよ? ここに来る前に。

 その時にエリオン様から召集(しょうしゅう)があった事も話をしてあります」


 「……まあいい。 報告を始めてくれ」


 レナートが(うなず)き、書類を手に話し始めた。


 「コルゾ・キーリバという商人とその商会について、取り急ぎ調査しました。 先ずはキーリバ商会から。

 これまで当商会と取引はありませんが、以前から度々(たびたび)その名を聞く事はありました。

 中堅(ちゅうけん)どころの老舗(しにせ)で、奢侈品(しゃしひん)嗜好品(しこうひん)を中心に独自(どくじ)の仕入れルートと販路(はんろ)を持っています。

 一般民衆向けの(たな)は殆ど持っておらず、主な顧客(こきゃく)は貴族家や一部の富裕(ふゆう)(そう)

 それら顧客に対しては物売(ものう)りに(とど)まらず、様々な要望(ようぼう)事情(じじょう)に応じた特別注文や御用(ごよう)()きも行なっているようです。

 (むし)ろ、こちらが主要(しゅよう)な〝商材(しょうざい)〟……キーリバ商会の()()と云っていいと思います」


 ……貴族向けの萬屋(よろずや)商売といったところか。


 「誰と どの(よう)な取引をしているんだ?」


 「家格(かかく)が伯爵以下の貴族家とそれに(じゅん)ずる家々(いえいえ)が顧客ですが…… 特別注文の内容までは、知れませんでした。

 周到(しゅうとう)に、見事な手際(てぎわ)(かく)されています」


 「我々と彼等(キーリバ)では運営(うんえい)方針(ほうしん)に違いがある様だな」


 客層(きゃくそう)貴賤(きせん)を問わず、広域(こういき)販路(はんろ)(きず)く事が我々の会是(かいぜ)だ。

 これは帝国全土と諸外国の主要都市という、広大な地域を(また)()けて情報収集を行なう上で、必然的にそうなっている。

 要するに情報網を広く浅く()(めぐ)らせる必要に()られての事であり、そこに富裕層や貴族の顧客が求めるところの信用……つまり、顧客情報の徹底(てってい)した隠匿(いんとく)(せい)(そな)えるのは難しい。

 だがキーリバ商会は顧客を選別(せんべつ)し、窓口(まどぐち)(しぼ)る事でそれを可能にしている。


 「ええ。 商圏(しょうけん)も、主要な客層も我々とは()()()です。

 それにつけ加えるなら、キーリバ商会には会頭(かいとう)以下(いか)多数(たすう)(じゅん)貴族が在籍(ざいせき)しています」


 準貴族。 世襲権(せしゅうけん)の無い、一代(いちだい)(かぎ)りの爵位(しゃくい)

 帝国の準貴族は世襲(せしゅう)貴族家の推薦(すいせん)を受けて帝室(ていしつ)から授与(じゅよ)される階級(かいきゅう)で、同じく世襲領地を持たない法衣(ほうえ)貴族が帝国運営に不可欠(ふかけつ)文武(ぶんぶ)官僚(かんりょう)としての職務(しょくむ)(にな)一方(いっぽう)、そういった義務も無い特殊(とくしゅ)な爵位だ。

 一部の大商人や高位聖職者(せいしょくしゃ)、高名な学者、それ以外に強力(きょうりょく)な魔法使いや他国の要人(ようじん)にも与えられる事がある。

 文字通り貴族に準ずる階級ではあるが、帝国貴族同様の特権(とっけん)利権(りけん)がその称号に付属(ふぞく)しているわけではなく、名誉と箔付(はくづけ)の意味合いが強い。

 また、授与の条件(じょうけん)として一定額の献上金(けんじょうきん)を納める必要がある為か、帝室が売僧(まいす)真似事(まねごと)をしていると揶揄(やゆ)する声も聞かれる。


 「キーリバ商会は 貴族家との婚姻(こんいん)勢力(せいりょく)維持(いじ)しているのか?」


 原則として貴族の婚姻は同じ帝国貴族家出身者の間でしか認められていない。

 しかし、準貴族に叙任(じょにん)された者は帝国貴族の末席(まっせき)(かぞ)えられる為、その出自(しゅつじ)を問わずに貴族と婚姻関係を結ぶ事ができる。

 これこそが準貴族と市民を(へだ)てる最大の違いだ。


 「手元(てもと)の情報でそこまで言い切る事は出来ませんが、大体は()推察(すいさつ)(とお)りかと。

 キーリバ商会に(ぞく)する家々から貴族家に養子(ようし)惻女(そくじょ)輿入(こしい)れがあった事実は確認できました。

 相当(そうとう)数の貴族と伝手(つて)を持っているのは間違いありません」


 「まさか その中にアンダマン本家も(ふく)まれているのか?」


 「私の調べた(かぎ)りでは、そういった事は有りませんでした。

  しかしアンダマン家は大身(たいしん)ですから、家系図(かけいず)(すみ)っこに書かれている様な、傍流(ぼうりゅう)の誰かがキーリバ商会の息の掛かった養子や愛妾(あいしょう)を迎え入れている可能性は 否定出来ません」


 そうなると、あの男が自称(じしょう)していた アンダマン本家の遠縁(とおえん) と言う(はなし)(あなが)出鱈目(でたらめ)ではないのだろうか。


 「コルゾ・キーリバについてはどうだ?」


 「……それが、殆ど何も。

 その名を持つ商人は、確かにキーリバ商会の一員です。

 ですが、私の方ではそれ以上に詳しい事は判りませんでした。

 キーリバ家の人間は商会の中枢(ちゅうすう)を担っている一方 極々(ごくごく)一部の管理職(かんりしょく)(のぞ)いて、(まった)く表舞台に出て来ません」


 謎の多い老舗商会。

 ピアルノー叔父の遺産分割に関わろうとして来た様に、これまでも貴族間の相続や揉め事に介入(かいにゅう)してきたとすれば、貴族相手の(あきな)いは連中にとって御手(おて)(もの)なのであろう。

 しかし、貴族は市井(しせい)の人間より金は持っているものの 客として相手をするには気を(つか)手合(てあ)いだ。

 顧客情報(こきゃくじょうほう)秘匿(ひとく)(しか)り、相続(そうぞく)(ひと)つとっても関係者全てが納得する形で軟着陸(なんちゃくりく)させる事が出来なければ、次は無い。

 ましてや、そこに介入し利鞘(りざや)(かせ)ぐ為には多大な労力(ろうりょく)根廻(ねまわ)しが必要となる。

 (なみ)の商会では到底(とうてい)履行(りこう)不可能な案件(あんけん)だ。

 彼等が有能な会員を揃えている事は()(まで)()いが、貴族家と婚姻を結ぶ事でその影響力と販路を伸長(しんちょう)させているのが事実であれば、認識(にんしき)(あらた)めるべきかも知れない。

 恐らくキーリバ商会には、相応(そうおう)強力(きょうりょく)で、(うしろ)(ぐら)側面(そくめん)がある。 

 ()たして、コルゾ・キーリバを追い返したのは早計(そうけい)だったか(いな)か……


 「……エリオン様。 一体この男と何があったのですか?」


 「うん……。

 ああ昨日、ここに来た。

 アンダマン本家及びピアルノー叔父上の遺族と証人に対して、自分を遺産協議の補佐役として推薦して欲しいという依頼の為に。

 〝受諾(じゅだく)すれば追加〟の心付(こころづ)持参(じさん)でな」


 「ははっ それは大胆(だいたん)ですね。

 承諾(しょうだく)したんですか?」


 「冗談(じょうだん)じゃねえ」

 エリオンに代わって返事をしたのはスヴェンセンだった。


 エリオンは片方の(まゆ)を上げてから頷いた。

 「そうだな。 ここからはお前が見てきた事を話してくれ」


胡散(うさん)(くさ)い野郎でしたよ」

 そう言ってスヴェンセンは報告を始めた。

 


 ◇◇◇



 スヴェンセンが話し終わる頃には、日が替わりつつあった。

 エリオンがイズーダンを出発する直前まで、二人には更なる情報収集と精査(せいさ)を進める様にと指示を出し、翌日に控える領主一行との会合に備えてその日は解散した。



 ◇◇◇

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