ピアルノー氏の葬式
イズーダン子爵邸をオーデン一行が訪ってから数日後、帝国で名を馳せた冒険家ピアルノー・アンダマンの訃報が 帝室から国内に向けて公表された。
布告文は彼の偉業と帝室への貢献を讃え、当代皇帝と王太子それぞれから その死を惜しむ一文が寄せられた、簡素ながらも厳かなものだった。
同時に市井ではピアルノー・アンダマンに関わる様々な噂が大衆紙の三文記事と共に流布し、莫大な遺産の行く末や、年の離れた若妻と子に関わる荒唐無稽なゴシップ、更には10年以上前に書かれた、ピアルノー・アンダマンを主役に据えた官能小説が復刻されたりと、人々にとって恰好の娯楽の的となっていた。
◇◇◇
程なく帝国南領の主要都市チタ・パルマ郊外の邸宅で ピアルノー・アンダマンの遺族によって遺体無き葬儀が行われた。
イズーダン領アンダマン家からアーロン・アンダマンとリアンノン・アンダマンが参列し、アンダマン本家からも代表として数名が参列した他には親族と極親しい人々だけが招待され、葬列に加わった。
空の棺を囲んで行われた埋葬式は、慎ましく静かなものであった。
その間、エリオン・アンダマンは不在の兄に代わってイズーダン領主代行の任を預かりながら、遺産分割協議にむけた数多の根廻しを手配し、さながら八面六臂に仕事をこなしていた。
◇◇◇
「エリオン様。 失礼しても宜しいでしょうか」
声をかけられたエリオンが書類から顔を上げると、執事は神妙な面持ちで、イズーダン子爵に来客があります、と告げた。
朝、母と兄から手紙が届いた。
葬儀が終わって間もなく、南領を出発する直前に送れられたその手紙によれば 二人は一週間以内に帰還してくる。
アーロンが戻り次第、予定通り南領へ出立する準備に取り掛かる為にも 彼らの不在期間に発生した要件を早急に検める必要があった。
その引き継ぎ準備の他に割く時間など無く、面会申請も当面は断るようにと申し付けていた筈だが……
「急ぎの用件なのか?」
「用件は仰られませんでしたが……」
執事曰く、彼がその男性客に対して領主は不在で代行は目下多忙の為、後日改めて来館するよう伝えると、
〝自分はアンダマン本家の遣いで来ている、使用人如きが私を追い返すと、後で領主と本家の叱りを受けることになる〟
と怒鳴りつけられたらしい。
その余りに激しい剣幕に、異論を挟むことが出来なかったことを、彼は申し訳無さそうに謝罪した。
「この旦那の言う通りですよ」
縮こまった老執事の背後から声が聴こえるや、大女がヌッと顔を覗かせた。
◆◆◆
長身と鮮やかな赤い髪
色素の薄い肌と虹彩
北方人特有の容姿
目の下の隈
酒精と汗の匂い
◆◆◆
「……酷い有様だな。 スヴェンセン」
「へえ、おかげさまで。
野郎のキーキー言う声で起こされちまいました」
スヴェンセン。
エリオン・アンダマンがイズーダン領内に擁する密偵網の構成員にして、彼直属の護衛。
比類なき戦士もとい蛮族だ。
「どんな奴だった?」
「あー……
見たことない顔でした。 身なりは 良かったと思います。
あの怒鳴り方は、苛めに慣れたクソ野郎ならではって感じで。
聞いてるだけで胸糞が悪くなりました。
最悪の目覚ましでさ」
「そうか」
エリオンは立ち上がって上着を纏ってから執事の肩に手を置き、来客を応接室に通すよう言いつけた。
◇◇◇
応接室でエリオンを待っていたのは、面識の無い人物であった。
見るからに高価な仕立ての衣服に身を包んだ、彼より幾らか年嵩のその男は、非常に丁寧にお辞儀をしてイズーダン領主代行への謁見に感謝する口上を述べると、自分はホト男爵家の御用商人でコルゾ・キーリバという準貴族だと名乗った。
「使用人からの報告では、アンダマン本家の遣いという話だったが……私の記憶違いだったかな?」
「恐らく、彼は聞き間違えたのでしょう。 私めは遣いで来た訳ではなく、アンダマン本家の類縁なのです。
本家当主カリバン様の妹御であらせられる、シゼル様が私の家と婚姻を介して繋がっております」
張り付いた笑顔。 慇懃な口調で、悪びれる様子さえ無い。
ホト男爵家? シゼル・アンダマンの類縁?
この男が言う事の真偽確認は後に回すとして、アンダマン本家の名を出して執事にした放言を 聞き間違いで済まそうとするとは……
それとも、叔母の名前を出せば押し通せるとでも思っているのだろうか?
「なるほど。 本家の遣いで無いのなら、失礼させてもらおう」
エリオンが立ち上がると、コルゾ・キーリバは慌てて捲し立てた。
「お、お待ちください! 事は貴家のピアルノー様に関する事なのです!
遠からず故人の遺産分けが行われる筈です!」
「どう言う事だ?」
思いがけず出てきたピアルノーの名前にエリオンが反応したのを受けて、梳かさずコルゾ・キーリバは話しを始めた。
「先達て皇帝陛下から、ピアルノー様の訃報が発布されたのはご存知の事と思います。 ご存知ですよね?
……私どもの様な商人の耳には日頃から貴賤を問わず凡ゆる噂が流れてきますが、ここ最近は中でもある種の話……ピアルノー様が遺された莫大な遺産と秘宝の数々が隠されている場所について、また、それらの相続人の近辺を嗅ぎ回る様な話が特に多く聞かれます。
実態がどうあれ、富があると聞けば人は集まり、群がって来るものですし……物騒な輩族も少なくありません。
そういう者たちへの枝払いはじめ、我が家には、過去にも 貴族間の会合を補佐した実績が有ります。
加えて 私自身も遠縁ではありますが、相続人であるアンダマン本家と繋がりも御座います。
そこで 遺産分けのお役に立てれば、と思い立ちまして此度の訪問に及んだ所存なのです」
「成程。 だが、何故当家にその様な話を?
遺産相続は証人と相続人達の間で処理される。
彼らに直接相談すべきだろう」
事実 我が家はアンダマン家の一員ではあるが、今回の遺産相続に権利を有していないため、関わりは無い。
私が証人の補佐役だという点を除けば。
「残念ながら、アンダマン本家の方々とは、いまだ謁見に預かることが出来ていないのです。
……証人は何と言えば良いか、かなりの御高齢で、その時は 会話になりませんでした。
もしかしたら、痴呆を患い始めておられるのやも……」
軽く眉を顰め、小さく首を振って続けた。
「……ですから、私が閣下にお願いしたいのは、私めと我が商会を遺産分割協議の〝補佐役〟として 相続人の皆様へと御推挙頂くことなのです」
成程。
オーデン氏には断られ、アンダマン本家からは相手にされなかった、と言ったところか。
やはり、この男はエリオン・アンダマンが既に証人から依頼を受け、当の補佐役として活動している事は知らない。
もし知っていれば、補佐役への推薦を依頼しに来たりなどしないだろう。
オーデン氏は 己が職務に課せられた守秘義務を徹底している様だ。
であれば、尚更、何故この男は態々ここイズーダン子爵領まで来た?
関係者の推薦が欲しければ叔父の遺族が居る南領か、アンダマン本家の膝下で売込みをするべきだ。
「キーリバ殿、貴殿の立派な心がけに感心します。
しかし、そうであれば尚更 当家ではお力になれないと思うのですが」
エリオンは長椅子に腰をゆっくりと下ろし、不自然にならない程度に砕けた表情を作って話しかけた。
「ご謙遜を、アーロン様は…… おっと失礼、イズーダン子爵は当主カリバン様の覚えめでたい秀才……アンダマン本家でも一目置かれておられるとか。
それに証人のあの、オーゼン?と言ったか……貴家は彼とも親しくしていらっしゃるのでしょう?」
アーロン・アンダマンに対する評価は概ね正しい。
アンダマン本家当主カリバン・アンダマンは父アエル亡き後のアーロンにとっては師匠であり、貴族としての見本とも云える存在だ。
師弟の仲は良好で、それだけにアンダマン本家内では認める者と僻む者がいる。
兄の評判は良し悪し半々といった所か。
この男の言う通り、アーロンが補佐役を推薦すればカリバン・アンダマンは便宜を図るか、少なくとも考慮はするであろう。
だが、一方のオーデン氏と当家は、特に親しくしていない。
それどころか、彼が叔父の遺言状を応接室で読み上げたあの日に初めて会って以後は、書簡のやり取りはあるものの、一度も会っていない。
エリオンの沈黙をどう捉えたのか、コルゾ・キーリバは胸元から布袋を取り出して卓上に置いた。
「御容認を下されば、当商会は感謝を惜しみません。
無論、改めてお礼もさせて頂く所存です。
こちらはまず ほんの気持ちですが…… 」
彼が手を離すと、布袋はザラっという硬質な音を立てた。
さて 金貨か宝石か……
一瞬、受け取ってこの男を利用することも考えてみたが、無理だな。
手を組むには余りにも怪しい。
それに、スヴェンセンの反応を見るに、私の部下とこの男では何処かで折り合いがつかなくなる。
「この様なものは必要ありません。 納めてください」
「え、いや」
「不要です」
「しかし……」
「……」
「……」
コルゾ・キーリバがノロノロと袋に手を伸ばし、その胸元に仕舞うのを見送ってから、エリオンが呼び鈴を手に取って素早く鳴らす。
「残念ながら 当家は協力できそうも無い」
その余韻が消えきらないうちに応接室の扉が開くと、長身の衛士が応接室へと入ってきた。
「客人はお帰りになるそうだ」
誤解です、お待ち下さい、と弁明するコルゾ・キーリバをスヴェンセンが制し、そのまま半ば持ち上げる様に連れて行った。
扉に向かうスヴェンセンの背に向けて指示を出す。
「間も無く日も落ちる。
安全な所まで見送って差し上げろ。
くれぐれも慎重にな」




