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仮面の大公殿下とお嫁様  作者: 高瀬 紫
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なぜ?


 夢を見ていた?


 ぼんやりと意識が浮上してきて、そんな事を思う。あれはもう2年も前の事だったのだと思い返して、あの方が大公殿下だったのかと理解する。だからこそ名乗る事も、お顔を見せる事も無かったのだと。

 

 確かに大公殿下は仮面を付けているけれど、元婚約者が泣き喚いて拒む程醜く恐ろしいようには見えない。仮面から覗く口元は整っているし、金色の瞳はとても優しげだ。わたしを抱き寄せて見詰める殿下の瞳を思い返してうっとりする。


 仮面を外したらさぞ美しい顔立ちだと思うのだけれど、違うのかしら? でも今のわたしにとっては、仮面を付けていようがいまいが殿下のお人柄はとても好ましいので、寧ろわたしなどで良いのかぐらいまでになっている。

 もし殿下の仮面の下が想像と違ったとしても受け入れられる、それくらいは結婚する事に乗り気になっていた。


 でも。

 もし大公殿下があの時の方なのだとしたら……わたしに同情されて、だから望んで下さったのかしら。


 お優しい方だから。

 目を閉じて深呼吸をする。そう、あの方がわたしを望んで下さったのは、それが理由なんだわ。


 ズキン。

 何故か胸の真ん中が痛んだ。健康だけが取り柄なのにどうしたんだろう。実家の領地へ援助して下さって、わたしもいかず後家にならずに済むのだもの。大公殿下には感謝しなければ。……もしかしてわたしを見初めて下さったなどと、一瞬でも甘い夢を見てしまっただけ。大丈夫、傷つくのはルーファス様で慣れている、だから大丈夫。


 自らに言い聞かせて、気持ちを飲み込む。大丈夫、わたしはまだ頑張れる!


 上半身をベッドから起こして、ハタと我に返る。

 あれ? わたし何故ベッドにいるの?

 確か……大公殿下にお会いしてご挨拶をして、殿下の金色の瞳を見てあの日を思い出して。それから殿下があの方かと聞こうとしたら、殿下に抱きしめられ……えぇ?!


「お目覚めかな、眠り姫」


 真横から聞き覚えのある良いお声を掛けられてグリンとその方を見ると、なんとも楽しそうな表情の大公殿下がいらした。椅子に座ってベッドの中のわたしをニコニコと見つめている。


 全部見られてた?!


 瞬間カァッと顔に血が昇る。慌ててベッドに潜り込みブランケットを引き上げた。


 何故? 何故ここに大公殿下がっ?!


「本来なら眠っている淑女の顔を覗き込むなんて無作法は駄目なんだろうけど、さすがに私の腕の中で気を失われると言うのは心配だった。それに」


 視界に影が落ちて殿下の気配がわたしの真上に近づく。抱きしめられた時の香りが再び蘇って、鼓動が更に痛い程速くなった。


「私達は婚約者……なのだろう? これくらいは許されると思ってね」


 そう言って殿下の大きな手がわたしの額に触れた。男性のーーー長い指と手の平の少し硬い感触。剣ダコなのかもしれない。思わず緊張して固まってしまう。


 やはりお兄様ともお父様とも違う、当たり前なのだけれど、でもルーファス様の時はこんなに意識はしなかった。彼にはもっと友達のような、親戚のような穏やかな感情で。


 クスリと微かに笑う声を耳が拾って、気配が離れる。


「熱は無いようだ。多分慣れない旅の疲れだろう、無理をさせてしまってすまなかった」


 少し後悔するような、寂しげな気配を感じて慌てて起き上がる。


「い、いえ! ご配慮頂いたおかげで思いの外ここまでの道のりを楽しむ事が出来ましたので、殿下にご心配いただくような事は何もっ!」

 

「……本当に?」


「……っはい!」


 殿下の顔がわたしに寄せられ思わず身を引いてしまったが、絶対に顔が赤いのはバレている。だって殿下ったらめちゃくちゃ楽しそうなんだもの!


「貴女は面白いね、あぁ、興味深いと言ったほうが良いのかな。私の仮面を見ても訝しがりもしなければ怖がりもしない。私の噂は知っているのだろう?」


「とても人望のある、優れた騎士であったとお聞きしております」


「それだけではないだろう?」


 探るように目を見つめられ、その強さに思わず晒してしまう。だから殿下のオーラがっ!!


「……仮面を決してお外しにならない事と、以前婚約者がいらした事は存じ上げております」


「その元婚約者に、泣かれて婚約解消した事は?」


「人間ですもの、人の付き合いの数だけ事情がありますし、その理由は当人にしか計り知れないものがある事を殿下はご存知のはずです」


 わたしは殿下にルーファス様との婚約解消の話を既にしている。どんな理由だろうと、離れてしまえば同じ婚約解消なのだ。


「……そうだったな。だが貴女が私の婚約者となり、将来夫婦となるのならば、この仮面の下の事情を知る必要がある。知った後に、今後どうしたいのかを決める権利も」


 殿下の表情がふと自嘲めいたものになり、それが今までの殿下の苦難の跡であると解った。


「あ、あのっ!」


 思わず声をあげてしまう。殿下の言葉を遮る事など不敬である事は分かっていたけれど、でもきっと心の傷を晒す事の辛さは誰も同じ筈だ。


「無理に、なさらなくても大丈夫ですよ? いつか、殿下がわたしに見せても良いとお思いになられたその時にお願いします」


「気にはならないと?」


「いずれ夫婦になられる方の御顔は出来れば拝見したいですけれど、……でも今は殿下がわたしを側におきたいと思ってくださる、そのお気持ちだけで十分なのです」


 それに、殿下のオーラだけでもこの動悸なのに、それ以上はわたしにはまだ無理ですっ! この距離でだってドキドキしてるのに、心臓がもたないわ。


 わたしをその金色の瞳で暫く見つめていた殿下は、やがてホゥと息を吐いた。


「其方がそう言うならそうしよう。だが……いや、急がずとも良いか。時間はまだある、私達は互いをまだ知らなすぎるからな」


 そう言えば、殿下に聞きたかった事があるのを思い出した。


「殿下、一つ質問をしてもよろしいでしょうか?」


「なんだ?」


「わたしに出来る事はありますか?」


 問いを聞いて、殿下の動きが一瞬止まる。


「……それは何を想定して質問しているのか、逆に聞きたい」


「殿下はわたしの縁談と同時に、領地への問題も解決して下さいました。わたしがここに来るまでのご配慮といい、顔もまともに合わせた事のない縁談の相手になさる事では無いと思ったので。殿下はわたしになら出来る事があると、そう思ってわたしを召喚なさったのでしょう?」


 そう問いかけたわたしに、殿下は驚いたようにビクッと肩を震わせて俯くと、みるみるうちにその白かった耳を赤く染めた。


 え?




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